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番外編・祭
特別任務【十四】※
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見上げていた首を戻して、須藤は隣に座る杜川に呟く様に尋ねた。
「…例の件は解ったのかい?」
須藤の問いに、杜川は軽く肩を震わせた後に静かに目を細めて、小さく笑った。
「…ふ…。…妖の寿命は長くてね…。…私が生きている内に答えは出ないだろうね…」
「…そうかい…」
何処か寂しそうに笑う杜川に、須藤は軽く肩を竦めてから、まだ湯気の立つ茶を啜った。
「…星も月兎もみく君も…皆、言うのだよ…。…残る物が無くても良いって。…生きて、ここに居た事は変わらないって…笑うのだよ…」
「…そうかい…」
それは、瑞樹と優士、亜矢が知らない事だ。
妖の中には、人の姿を取る事が出来る物が居る。全身を覆う黒い毛も、鋭い爪も牙も、そして、妖の特徴である、赤い眼も失くして、人の姿になる事が出来る。そうして、人として生きているのが、星や月兎、みくである。
杜川と須藤が話したのは、その妖の最期だ。妖が死ぬ時は何も残らない。何も残さない。塵となり崩れて行く。その塵も、空気に溶ける様にして消えて行くのだ。それは、人の姿になっても同じなのか? と。
杜川が山を買い里を作ったのは、共存の目的もあるが、人となった妖の最期を見る為でもあった。人になって人と暮らし、人の中で逝けるのなら、それは幸せだろうと。しかし、妖は人として逝けるのだろうか? と。妖であった事を告白し、人と結ばれた者も居る。だが、最期はどうなるのだろうかと、残る物が無いのかと。その亡骸を弔う事は出来ないのか、と。最愛に何も残せないのか、と。
「…まあ…どの道、俺達だって似た様なもんさ。焼かれて埋められて終わりだ」
「…そうなるまでの過程があるだろう。無粋だね、君は」
「オヤジに浪漫とか求めちゃあいけねえぜ。…冷え込んで来たな。火鉢を持って来るわ」
「あ、待ち…」
杜川は須藤を引き留めようとしたが、須藤は足を止める事無く、飄々と歩いて行ってしまった。
夜空を見上げて、軽く肩を竦めて溜め息を零してから、杜川は伐採されて重ねられていた丸太の方へと顔を向けた。
「…雪緒君に怒られるよ?」
「…失礼…」
杜川が目を細めて頬を緩めれば、その丸太の陰から罰の悪そうな顔をした高梨が現れた。
パチパチと音を立てて燃える篝火の炎に照らされて浮かぶ影が揺れているのは、僅かに吹く風のせいか、それとも。
「…今の話は…」
「…うん? 君も妖の最期は知っているだろう? そう云う事だよ」
高梨が何時から居て、何処から話を聞いていたのかは解らない。が、彼の苦い物を噛み潰した様な表情を見て、杜川は目を伏せてそう呟いた。
「…星も…月兎も…みくも…」
それは、高梨も何度も目にして来た事だ。だが、人となった妖の最期の事等、考えた事は無かった。完全に人にしか見えないのに、最期は妖と同じ様に消えると? 骨も残さずに。その事に、高梨はただ愕然とするしか無かった。そして、それを彼らが受け入れていると云う事にも。何を言えば良いのか、思考は動かずにその事実に止まったままだ。
「…それ、暖かそうだね?」
「は…? あ、これは雪緒が…外へ行くのなら巻いて行けと…」
呆然と目の前で立ち尽くす高梨の首にある物を指差して、杜川は微笑む。
高梨の首にある、深い赤い色の襟巻きは雪緒が編んだ物だ。ここへ来るまでの間、揺れる車の中で『高梨、酔うから』と、義之が止めていたが『せっかくの機会なのです。お戻りになられてからと思いましたが、それではサンタクロース様にはなれません』と、必死に編んでいたのだ。本当に彼は幾つになっても変わらずに可愛いものだと、口元を緩ませたら高梨から睨まれた。
「…っほん。…まあ、実際に確認した訳ではないから、違うのかも知れないがね…。…だが、神隠しとしか言いようのない失踪をした者達が居る…それは恐らく…」
朱雀とて、人の姿になった妖の総てを把握している訳では無い。みくは高梨と天野の前で、妖から人になった。星は高梨の家で盗みを働いて、みくに見つかり捕まった。こんな事例等、そうそうある物では無い。こうしている今も、この寒空の下で、誰に知られる事無く消えて行く元妖が居るのかも知れない。
「…さて。君のこれは命令違反だね? 休めと私は言った筈だがね?」
「は、え!?」
それまで、何処か悲壮感を漂わせていた筈の、杜川の鋭い指摘に高梨は慌てた。
「そんな君にはお仕置きが必要だね? なあに、眠れるまで私の相手をしてくれるだけでいいさ。それで、明日、君が使い物にならなくても私のせいではない。命令を守らない君が悪いのだよ? 動けないと云う醜態を晒したりはしまいね?」
杜川は腰を浮かせながら、足元に寝かせて置いた刀を手に取る。朱雀の一員であるから、刀を持つ事は禁止されていない。車を借りる時に五十嵐に許可も貰ったし、この刀を用意したのは五十嵐本人だ。そして、これは長年杜川が愛用していた刀だった。
「…っ、しっ、失礼します…っ…!!」
笑みの形に目は細められては居るが、そこに暖かな温度は感じられない。
高梨は額に僅かな汗を滲ませると、喉を詰まらせながらもそう言って、そこから駆け出した。
「ぅおっとおっ!?」
「すまんっ!!」
その時、火鉢を抱えて歩く須藤にぶつかりそうになったが、高梨は間一髪で躱して駆けて行った。
「何だい何だい、まあた虐めたのか?」
「酷いね、私を何だと思っているのだね?」
足元に刀を置き、再び腰を下ろしながら杜川はにやけながら自分を見る須藤に、軽く唇を尖らせ拗ねて見せた。
「んあ? まあまあ甥っ子を可愛がるオヤジ、かな? って、いい加減熱い熱いっ!! んじゃあ、酒とツマミ取って来るわ!」
火鉢を杜川の前に置いたと思ったら、須藤はまた建物の方へと踵を返して行った。どうやら須藤は杜川と呑むつもりらしい。
「やれやれ…」
と、杜川は須藤の背中を見送りながら、また夜空を見上げた。
「…例の件は解ったのかい?」
須藤の問いに、杜川は軽く肩を震わせた後に静かに目を細めて、小さく笑った。
「…ふ…。…妖の寿命は長くてね…。…私が生きている内に答えは出ないだろうね…」
「…そうかい…」
何処か寂しそうに笑う杜川に、須藤は軽く肩を竦めてから、まだ湯気の立つ茶を啜った。
「…星も月兎もみく君も…皆、言うのだよ…。…残る物が無くても良いって。…生きて、ここに居た事は変わらないって…笑うのだよ…」
「…そうかい…」
それは、瑞樹と優士、亜矢が知らない事だ。
妖の中には、人の姿を取る事が出来る物が居る。全身を覆う黒い毛も、鋭い爪も牙も、そして、妖の特徴である、赤い眼も失くして、人の姿になる事が出来る。そうして、人として生きているのが、星や月兎、みくである。
杜川と須藤が話したのは、その妖の最期だ。妖が死ぬ時は何も残らない。何も残さない。塵となり崩れて行く。その塵も、空気に溶ける様にして消えて行くのだ。それは、人の姿になっても同じなのか? と。
杜川が山を買い里を作ったのは、共存の目的もあるが、人となった妖の最期を見る為でもあった。人になって人と暮らし、人の中で逝けるのなら、それは幸せだろうと。しかし、妖は人として逝けるのだろうか? と。妖であった事を告白し、人と結ばれた者も居る。だが、最期はどうなるのだろうかと、残る物が無いのかと。その亡骸を弔う事は出来ないのか、と。最愛に何も残せないのか、と。
「…まあ…どの道、俺達だって似た様なもんさ。焼かれて埋められて終わりだ」
「…そうなるまでの過程があるだろう。無粋だね、君は」
「オヤジに浪漫とか求めちゃあいけねえぜ。…冷え込んで来たな。火鉢を持って来るわ」
「あ、待ち…」
杜川は須藤を引き留めようとしたが、須藤は足を止める事無く、飄々と歩いて行ってしまった。
夜空を見上げて、軽く肩を竦めて溜め息を零してから、杜川は伐採されて重ねられていた丸太の方へと顔を向けた。
「…雪緒君に怒られるよ?」
「…失礼…」
杜川が目を細めて頬を緩めれば、その丸太の陰から罰の悪そうな顔をした高梨が現れた。
パチパチと音を立てて燃える篝火の炎に照らされて浮かぶ影が揺れているのは、僅かに吹く風のせいか、それとも。
「…今の話は…」
「…うん? 君も妖の最期は知っているだろう? そう云う事だよ」
高梨が何時から居て、何処から話を聞いていたのかは解らない。が、彼の苦い物を噛み潰した様な表情を見て、杜川は目を伏せてそう呟いた。
「…星も…月兎も…みくも…」
それは、高梨も何度も目にして来た事だ。だが、人となった妖の最期の事等、考えた事は無かった。完全に人にしか見えないのに、最期は妖と同じ様に消えると? 骨も残さずに。その事に、高梨はただ愕然とするしか無かった。そして、それを彼らが受け入れていると云う事にも。何を言えば良いのか、思考は動かずにその事実に止まったままだ。
「…それ、暖かそうだね?」
「は…? あ、これは雪緒が…外へ行くのなら巻いて行けと…」
呆然と目の前で立ち尽くす高梨の首にある物を指差して、杜川は微笑む。
高梨の首にある、深い赤い色の襟巻きは雪緒が編んだ物だ。ここへ来るまでの間、揺れる車の中で『高梨、酔うから』と、義之が止めていたが『せっかくの機会なのです。お戻りになられてからと思いましたが、それではサンタクロース様にはなれません』と、必死に編んでいたのだ。本当に彼は幾つになっても変わらずに可愛いものだと、口元を緩ませたら高梨から睨まれた。
「…っほん。…まあ、実際に確認した訳ではないから、違うのかも知れないがね…。…だが、神隠しとしか言いようのない失踪をした者達が居る…それは恐らく…」
朱雀とて、人の姿になった妖の総てを把握している訳では無い。みくは高梨と天野の前で、妖から人になった。星は高梨の家で盗みを働いて、みくに見つかり捕まった。こんな事例等、そうそうある物では無い。こうしている今も、この寒空の下で、誰に知られる事無く消えて行く元妖が居るのかも知れない。
「…さて。君のこれは命令違反だね? 休めと私は言った筈だがね?」
「は、え!?」
それまで、何処か悲壮感を漂わせていた筈の、杜川の鋭い指摘に高梨は慌てた。
「そんな君にはお仕置きが必要だね? なあに、眠れるまで私の相手をしてくれるだけでいいさ。それで、明日、君が使い物にならなくても私のせいではない。命令を守らない君が悪いのだよ? 動けないと云う醜態を晒したりはしまいね?」
杜川は腰を浮かせながら、足元に寝かせて置いた刀を手に取る。朱雀の一員であるから、刀を持つ事は禁止されていない。車を借りる時に五十嵐に許可も貰ったし、この刀を用意したのは五十嵐本人だ。そして、これは長年杜川が愛用していた刀だった。
「…っ、しっ、失礼します…っ…!!」
笑みの形に目は細められては居るが、そこに暖かな温度は感じられない。
高梨は額に僅かな汗を滲ませると、喉を詰まらせながらもそう言って、そこから駆け出した。
「ぅおっとおっ!?」
「すまんっ!!」
その時、火鉢を抱えて歩く須藤にぶつかりそうになったが、高梨は間一髪で躱して駆けて行った。
「何だい何だい、まあた虐めたのか?」
「酷いね、私を何だと思っているのだね?」
足元に刀を置き、再び腰を下ろしながら杜川はにやけながら自分を見る須藤に、軽く唇を尖らせ拗ねて見せた。
「んあ? まあまあ甥っ子を可愛がるオヤジ、かな? って、いい加減熱い熱いっ!! んじゃあ、酒とツマミ取って来るわ!」
火鉢を杜川の前に置いたと思ったら、須藤はまた建物の方へと踵を返して行った。どうやら須藤は杜川と呑むつもりらしい。
「やれやれ…」
と、杜川は須藤の背中を見送りながら、また夜空を見上げた。
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