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番外編・祭
特別任務【十三】
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(…疲れた…)
ぐったりと肩を落とし、顔も俯かせたままで高梨は浴場から脱衣場まで出て来た。
その後に、生温い視線を高梨の背中に向けながらゾロゾロと隊員達が続く。
皆、言葉は無い。ただ、もう、御馳走様と、そんな気持ちで一杯だった。
そんな生温い視線を背中に受けて、高梨はここにもある竹の壁に目を向ける。
元来、この保養所には男湯と女湯しか無かった。つまり、脱衣場も男性用と女性用の二つしか無かった。それをみくが破壊された事をこれ幸いとばかりに、混浴を作り、男性用の脱衣場を竹の壁で二つに分けた。
この壁の向こうに、雪緒も居て、今頃は身支度を整えているのだろうかと思いながら身体を拭き、高梨は竹で編まれた籠の中から真新しい褌を取り出した。
他の皆も、思い思いに身体を拭き、褌を締め、隊服の黒いズボンへと手を伸ばして行く。
「んあ? えいみっつぁん、何だそりゃ?」
そんな時、何処か抜けた様な須藤の声が脱衣場内に響いた。高梨を始め、皆が杜川を見れば、彼は何処か悪戯っぽそうに目を細めて、軽く口の端を持ち上げた。
「む? そう言えば話して無かったかね? しかし、私が朱雀の車に乗って来たのだから、察してくれても良いと思うのだがね?」
そう笑いながら、杜川はズボンに通したベルトを締めて行く。
「五十嵐君の計らいで、私はまた正式な朱雀の一員になったからね。移動と修繕で、皆、疲れているだろう? 今宵は私が見張りをするから、皆はゆっくりと休む様に」
それは二年前の新月の時の話だ。
茶目っ気を出し過ぎた杜川を、何としても懲らしめたいと五十嵐が書類を捏造した事を差す。それにより、杜川は再び朱雀の一員となったのだ。だからと言って、常に朱雀として活動している訳では無いが。年一回の夏の祭り(と、本人は思っている)の時だけで、後はのらりくらりと日々を過ごして居た。今回は雪緒や義之を連れて来る為に、それを活用させて貰ったに過ぎない。
朱雀の隊服に身を包みながら杜川が笑いながら言えば、高梨は目を見開き、他の者達は「流石、親父殿!!」と、両腕を頭より高く持ち上げたかと思うと、籠から隊服を取り出し、それを抱えて走り出した。
「な、何を勝手な事を! おい、待て! 褌のまま出て行くな!!」
慌てて皆を高梨は止めるが、杜川がひたりとそんな彼を見遣る。
「高梨隊長。今の私は司令では無いが、しかし、立場は君よりも上だ。私の命に不服があるのかね?」
「…っぐ…!!」
静かに、しかし鋭く杜川に見据えられて、高梨は喉を詰まらせてしまう。
不服しか無いのだが、己よりも上だと言われてしまえば、それを口にする事は出来なかった。
そうこうしている間にも、隊員達は温泉で火照った身体に服を着るのは煩わしいと脱衣場から出て行く。褌一丁のままで。となると、当然。
「えええええええええええっ!?」
「ちょっ、褌一丁でウロウロしないで下さいよっ!!」
先に風呂から出て、囲炉裏を囲み寛いでいた瑠璃子と亜矢の叫び声が聞こえて来る訳で。
「何だよー! 先生で見慣れてるだろー?」
「そうそう、親父さんとか!」
「先生は褌姿で歩き回ったりしませんっ!!」
「私の父はブリーフですっ!!」
聞こえて来るそんな遣り取りに、高梨は片手で額を押さえ、長い長い息を吐いたのだった。
◇
細い細い、今にも折れそうな白い月が夜空に浮かんでいた。
時折吹く風は冷たく刺す様に、それを見上げる杜川の身体を撫でて行く。
遠くから梟の鳴き声が聴こえて来るぐらいで、ここは静寂に包まれていた。
「ぃよ。ご苦労さん」
そんな中で固い土を踏む音が聞こえ、振り返った杜川の眼前に、湯気の漂う湯呑みが差し出された。
「やあ、ありがとう」
須藤から差し出されたそれを杜川は目を細めて受け取る。
須藤も湯呑みを手にしており、それをずずっと音を立てて啜りながら、杜川が腰掛けている日中に切り倒した木へと腰を下ろした。
「しっかし、お前さんの甥っ子は真面目だねぇ」
肩を揺らしクックッと喉を鳴らす須藤に、杜川は目尻の皺を深める。
「ふ。そこが良いのだよ」
湯呑みに口を付け、杜川は先程までの事を思い出す。
再び皆で囲炉裏を囲み、脱衣場での話を掘り返していた。杜川が見張りに付く事を高梨は渋々と認めたが一人では駄目だと、最低でもあと二人は居ないと駄目だと言い張っていた。その内の一人は自分がやると言い出したから『隊長である君が休まないでどうするのだね? 本番は明日だ。その本番に万全の体制で挑まない気かね?』と、杜川が言えば高梨は『しかし…っ!』と、反論しかけたが『私の実力を知らぬ訳ではなかろう? また、羽目を外していたとして、ここに居る者達は、皆、易々と妖にやられる様な者達ではあるまい? 君は自分の部下達を信用していないのかね?』と言われ、周りから『そうだそうだ!!』と煽られて、高梨は沈黙したのだった。特に星と月兎が五月蠅かった。
「あの様子だと、眠らなそうだけどなあ」
「何。雪緒君が居るから心配はあるまい」
「その為に連れて来たって?」
「さあて、どうかね?」
軽く片目を瞑って笑う杜川に、須藤は軽く首を掻いて夜空を見上げた。
ぐったりと肩を落とし、顔も俯かせたままで高梨は浴場から脱衣場まで出て来た。
その後に、生温い視線を高梨の背中に向けながらゾロゾロと隊員達が続く。
皆、言葉は無い。ただ、もう、御馳走様と、そんな気持ちで一杯だった。
そんな生温い視線を背中に受けて、高梨はここにもある竹の壁に目を向ける。
元来、この保養所には男湯と女湯しか無かった。つまり、脱衣場も男性用と女性用の二つしか無かった。それをみくが破壊された事をこれ幸いとばかりに、混浴を作り、男性用の脱衣場を竹の壁で二つに分けた。
この壁の向こうに、雪緒も居て、今頃は身支度を整えているのだろうかと思いながら身体を拭き、高梨は竹で編まれた籠の中から真新しい褌を取り出した。
他の皆も、思い思いに身体を拭き、褌を締め、隊服の黒いズボンへと手を伸ばして行く。
「んあ? えいみっつぁん、何だそりゃ?」
そんな時、何処か抜けた様な須藤の声が脱衣場内に響いた。高梨を始め、皆が杜川を見れば、彼は何処か悪戯っぽそうに目を細めて、軽く口の端を持ち上げた。
「む? そう言えば話して無かったかね? しかし、私が朱雀の車に乗って来たのだから、察してくれても良いと思うのだがね?」
そう笑いながら、杜川はズボンに通したベルトを締めて行く。
「五十嵐君の計らいで、私はまた正式な朱雀の一員になったからね。移動と修繕で、皆、疲れているだろう? 今宵は私が見張りをするから、皆はゆっくりと休む様に」
それは二年前の新月の時の話だ。
茶目っ気を出し過ぎた杜川を、何としても懲らしめたいと五十嵐が書類を捏造した事を差す。それにより、杜川は再び朱雀の一員となったのだ。だからと言って、常に朱雀として活動している訳では無いが。年一回の夏の祭り(と、本人は思っている)の時だけで、後はのらりくらりと日々を過ごして居た。今回は雪緒や義之を連れて来る為に、それを活用させて貰ったに過ぎない。
朱雀の隊服に身を包みながら杜川が笑いながら言えば、高梨は目を見開き、他の者達は「流石、親父殿!!」と、両腕を頭より高く持ち上げたかと思うと、籠から隊服を取り出し、それを抱えて走り出した。
「な、何を勝手な事を! おい、待て! 褌のまま出て行くな!!」
慌てて皆を高梨は止めるが、杜川がひたりとそんな彼を見遣る。
「高梨隊長。今の私は司令では無いが、しかし、立場は君よりも上だ。私の命に不服があるのかね?」
「…っぐ…!!」
静かに、しかし鋭く杜川に見据えられて、高梨は喉を詰まらせてしまう。
不服しか無いのだが、己よりも上だと言われてしまえば、それを口にする事は出来なかった。
そうこうしている間にも、隊員達は温泉で火照った身体に服を着るのは煩わしいと脱衣場から出て行く。褌一丁のままで。となると、当然。
「えええええええええええっ!?」
「ちょっ、褌一丁でウロウロしないで下さいよっ!!」
先に風呂から出て、囲炉裏を囲み寛いでいた瑠璃子と亜矢の叫び声が聞こえて来る訳で。
「何だよー! 先生で見慣れてるだろー?」
「そうそう、親父さんとか!」
「先生は褌姿で歩き回ったりしませんっ!!」
「私の父はブリーフですっ!!」
聞こえて来るそんな遣り取りに、高梨は片手で額を押さえ、長い長い息を吐いたのだった。
◇
細い細い、今にも折れそうな白い月が夜空に浮かんでいた。
時折吹く風は冷たく刺す様に、それを見上げる杜川の身体を撫でて行く。
遠くから梟の鳴き声が聴こえて来るぐらいで、ここは静寂に包まれていた。
「ぃよ。ご苦労さん」
そんな中で固い土を踏む音が聞こえ、振り返った杜川の眼前に、湯気の漂う湯呑みが差し出された。
「やあ、ありがとう」
須藤から差し出されたそれを杜川は目を細めて受け取る。
須藤も湯呑みを手にしており、それをずずっと音を立てて啜りながら、杜川が腰掛けている日中に切り倒した木へと腰を下ろした。
「しっかし、お前さんの甥っ子は真面目だねぇ」
肩を揺らしクックッと喉を鳴らす須藤に、杜川は目尻の皺を深める。
「ふ。そこが良いのだよ」
湯呑みに口を付け、杜川は先程までの事を思い出す。
再び皆で囲炉裏を囲み、脱衣場での話を掘り返していた。杜川が見張りに付く事を高梨は渋々と認めたが一人では駄目だと、最低でもあと二人は居ないと駄目だと言い張っていた。その内の一人は自分がやると言い出したから『隊長である君が休まないでどうするのだね? 本番は明日だ。その本番に万全の体制で挑まない気かね?』と、杜川が言えば高梨は『しかし…っ!』と、反論しかけたが『私の実力を知らぬ訳ではなかろう? また、羽目を外していたとして、ここに居る者達は、皆、易々と妖にやられる様な者達ではあるまい? 君は自分の部下達を信用していないのかね?』と言われ、周りから『そうだそうだ!!』と煽られて、高梨は沈黙したのだった。特に星と月兎が五月蠅かった。
「あの様子だと、眠らなそうだけどなあ」
「何。雪緒君が居るから心配はあるまい」
「その為に連れて来たって?」
「さあて、どうかね?」
軽く片目を瞑って笑う杜川に、須藤は軽く首を掻いて夜空を見上げた。
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