寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編

いつか、また【一】

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 思えば、少し前から様子がおかしかったのだ。
 瑞樹みずきは手にした花を持つ手に力を込めて、主のほぼ居ない棺桶を睨んだ。

 月の無い夜だった。
 朝からしとしとと降っていた雨は、夜には土砂降りになっていた。
 そんな天候のせいもあったのだろう。
 その数日前から、彼の様子がおかしかったのもある。
 高梨は休めと言った。
 だが、この棺桶に入るべき彼は、それを断った。
 そして、彼は左腕だけをここへ残して消えたのだ。

 天野たける
 朱雀第十一番隊副班長。
 彼は、愛する妻を一人残して、この世から姿を消した。

 ◇

「そう云やあ、家は見付かったのか?」

 昼時の食堂で、同じテーブルを共にする天野が瑞樹にそう問い掛けて来た。
 あの年末の特別任務から、早七ヶ月が経っていた。そして、春に瑞樹が高梨班に戻って来てから、三ヶ月が経った。瑞樹としては、まだ治療隊に居たかったが、津山の『問題はありません。もう少し、自分に自信を持ちなさい』と云う言葉と共に、送り出されてしまったのだ。
 この春に、休みの形態が変わった。個々の休みだったのが、隊毎の休みになったのだ。その方が効率が良いから、との事だった。そして、戻ってからの瑞樹は、ほぼほぼ天野と行動をしていた。天野自ら瑞樹を鍛錬すると言い出したのだ。珍しいと思ったら『珍しく、天野がやる気を出しているから、付き合ってやってくれ』と、同じく珍しいと思った高梨に言われて瑞樹は頷いた。

「あ、いえ、まだ…」

 カツカレーのカツをフォークに刺して瑞樹が答えた。そんな瑞樹の手元を、隣に座る優士ゆうじが塩な目付きで見ているが、瑞樹は気付かない。
 優士と二人で朱雀の宿舎を出て、家を借りようと話したのは、あの特別任務のあった冬の事だ。しかし、男二人が風呂に入れる程の、ゆとりのある風呂がある家が中々見付からず難航していた。いっそ、建てた方が早いのでは、と、つい先日、優士と話し合ったばかりだった。

「そうか。俺にアテがあるから、少し待ってくれないか?」

 愛妻弁当を食べる手を休めて、天野が窓の外を見て言ったから、瑞樹も優士もその視線に釣られて窓の外を見る。夏の陽射しが眩しく目に刺さるが、それを我慢して外を見れば、訓練場へと続く手前の、中庭と言って良い場所の木陰に、二人の人物が居るのが見えた。高梨とその伴侶である雪緒ゆきおだ。今日は土曜日だから、雪緒が弁当を持ってやって来たのだろう。木の葉や下草が揺れている事から、それなりに風が吹いているのだと思われる。気温はそれなりに高く、食堂では扇風機がゴウゴウと音を立てて居るが、外に居る二人には暑さ等関係無いらしい。雪緒が水筒に入れて来た茶を高梨が笑顔で受け取り、それを美味しそうに口に含んでいる姿が見えた。

「…変わらないな」

「え?」

 ぽつりと。
 何時も豪快な天野がぽつりと呟いたその声は小さく、瑞樹は聞き取れなくて聞き返したが、天野は『いんや』と、白い歯を見せて笑った。だが、その笑顔は何処か寂しそうに、瑞樹には見えた。

 ◇

「何か今日、副隊長おかしくなかったか?」

 その日の夜、自分達の城で、風呂上がりに布団の上で瑞樹は優士に髪を拭かれながら、昼に思った事を口にしていた。

「そうか? みくさんの弁当を食べた後に、足りないとせい先輩の唐揚げを奪って怒られていたから、体調に問題は無いと思うが?」

 しかし、背後に座る優士の返事は相変わらずの塩だ。
 確かに、天野は笑いながら星の唐揚げを食べていたが。
 瑞樹が言いたいのは、食欲…体調の事では無い。

「いや、そうなんだけど、そうじゃなくって…何か…何だか…」

(…消えてしまいそうな…居なくなる様な…)

 そんな気がした。と、口にしたら本当になりそうな気がして、瑞樹は俯いて口を噤んだ。

「…瑞樹」

 優士が髪を拭く手を止めて、静かに瑞樹の名を呼ぶ。

「ん?」

 もう髪が乾いて、次は梳かすのかと顔を上げて軽く背後を振り返ろうとしたら、伸びて来た優士の手が瑞樹の顎を軽く掴んだ。

(あ)

 と、思った時には、優士の唇が瑞樹のそれに重ねられていた。

「何が不安なのかは解らないが、確信の無い事ならそう思い悩むな。新月が近い。心を乱すな」

「…お、おお…」

 軽く触れるだけの口付けに瑞樹は顔を赤くして、もごもごと返事をした。
 優士の声は塩だし、言葉も厳しいが、間近で見る優士の瞳は甘く優しくて。
 今の口付けが瑞樹を心配し、慰める為の物だと解った。
 解ったが。
 優士にその気があった訳では無いと思うが。
 風呂上がりで、布団の上で、更には明日は休みで。

「…もう少し…」

 と、身体を動かして優士と向かい合えば『少しだけで良いのか?』と、意地が悪そうに目を細められた。

(この、解ってるくせにっ!!)

 とは口に出さずに、ぐっと拳に力を入れて、少しの上目遣いと、少しだけ頬を膨らませて瑞樹は優士を見た。

「…いっぱい…したい、です…はい」

「了解」

 優士は小さく笑いながら、瑞樹を布団へと押し倒した。
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