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悪役にも花束を
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「うっ…ぐっ…うぅ…っ…」
とあるマンションの一室にあるソファーに座り文庫本を手に、俺は泣いていた。
「…また泣いてるのか」
そんな俺を、何処か面白そうに見下ろす眼鏡。
「だって、だってよ…っ…! 何で殺すんだよーっ!!」
「悪役だからな」
そう一言言って、目の前のローテーブルにコーヒーの入ったマグカップを二つ置いて、眼鏡は俺の隣に腰を下ろした。
大の男二人が座っても、まだ余裕のあるふかふかのソファーで、こいつが座った重みで、俺の尻の辺りが少し沈んだ。
俺が手にしている文庫本は、こいつが書いた小説だ。
よくある"異世界転生したら勇者でした"って奴。
ただし、BL。ボーイズラブ。勇者様は同じパーティーの騎士とイチャコラ致してる。
悪役、この話では魔王だ。それを倒す為に旅をしてるんだが、至る処でセックスしてる。どんだけ致すんだってぐらい、致してる。因みに勇者は受けだ。
そんな勇者に、魔王は惚れていた。
いたが、敵対する者同士。勇者と騎士はラブラブだし、魔王が入り込む余地は無い。
で、魔王は勇者に殺される。
魔王は最期に、ただ幸せそうに笑うのみ。
勇者に想いを告げる事なく散って行った。
「うっ、うっ、うっ、せ、せめて想いを告げさせてから死なせてやれよ~」
「必要無い。そう云うのが良いんだ。浪漫だろ?」
眼鏡はニヤリと笑いながら、俺にボックスティッシュを差し出して来た。
「うっ、うぅ…おにぃ~…」
ずびびっと、そこから3、4枚抜き取って俺は鼻をかみつつ眼鏡を睨んだ。睨んだと思う。
しかし、眼鏡はその奥の瞳を和らげるだけだ。
眼鏡こと田中征爾、35歳、職業小説家。
何の因果か、俺、島田篤紀の同居人。
いや、俺がこいつの処に転がり込んだっつーか、拉致られた。
10日前のあの日、何をどう解釈したらそうなるのか頭の痛くなる事を、こいつは口にした。
曰く『俺に惚れてるのか』と。
フリーズする俺に『俺もお前に惚れている』と、追い打ちが掛けられた。
そして、咄嗟に『俺は便秘持ちだ!』と叫んだら。
奴はドラッグストアへと買い物に行った。
そして、トイレに鍵を掛けて籠もってたら、こいつは便座に座る俺の目の前に瞬間移動して来やがった。で、決められた。浣腸を。
溜まりに溜まった物を出してスッキリしたのは良いが、これじゃあ大惨事になると云う脅し文句が使えない。尻にブツを突っ込まれると、ワタワタしてたら、便秘は食生活が悪いせいだと怒られて、食生活改善の為に眼鏡と同居しろと言われて。気が付いたら、翌日には引越し業者が現れて。あれよあれよと云う間に、こいつのマンションに連れ込まれ、現在に至る。
うん。
俺の後ろの穴は、まだ処女だ。
こいつと暮らし始めて、いつ突っ込まれるのかとハラハラしていたが、何も無い。
何も無いが、いつかは突っ込まれる。
なら、さっさと突っ込んで俺を楽にして欲しい。
いや、男とヤりたい訳じゃない。
俺は女の子が好きだし。
男とヤった事なんか、当然無いし。
しかし、俺はこいつから逃げられないし。
なら、さっさと突っ込んで発散して、俺から離れて欲しいと思う訳で。
とっとと引導を渡して欲しい。
今のこの状態は、じわじわと真綿で首を絞められている様な物だ。
「まあ、しかし。そこまで惚れられると男冥利に尽きるな」
何でだ。
「俺が惚れてるのは悪役で、お前じゃない」
お前はお呼びで無い。
だから、眼鏡外して前髪掻き上げて、熱っぽい目で見て来るな。
お前は俺に惚れてるって口にしたけど、俺は違うからな。
「俺をモデルにして書いてる。だから、その悪役は俺だ。お前は俺に惚れてる」
こいつは日本語を話しているんだよな?
何か色々とおかしいよな?
誰かこいつに正しい日本語の使い方を教えてやってくれ。
「お前が何と言おうと、俺はお前に惚れてないし、俺がここに居るのは、お前から逃げられないからだし、家賃やら食費やら光熱費が浮くからだし」
言いながら俺は出されたコーヒーを一口飲んで立ち上がった。
うん。
拉致って来たのは、こいつだからな。
俺は抵抗のつもりで、ビタ一文金を出していない。
惚れた腫れたとかは、どうでも良い。
突っ込めば、こいつも満足するんだろ?
そしたら、お前、もう要らないわ。って、捨てられるんだろ?
なら、その時の為に金は残して置かないとならない。
悪役なら、そうするだろ。
てか、頼むからそうしてくれ。
もう、お前が絡む物には手は出さないから。
「…それならば、私は華と散りましょう…」
「うっ!?」
歩き出そうとした俺の腕を掴んで、眼鏡は耳元でそっと囁いて来た。
低く落ち着いた声だ。イケボとは、この事を云うんだろう。
まあ、実際顔も良いしな。切れ長の涼やかな目元に、左目の下には泣き黒子。
目に掛かる前髪が鬱陶しいのか、度々後ろへと撫で付けたりする仕草とか。
厚くもなく、薄すぎもしない唇とか。
俺の顔とパーツ交換しろと言いたい。
その鼻、ちょっと削って俺にくれ。
なんてこいつの見てくれはともかく。
「…ううぅ…っ…!」
その言葉に、俺の涙腺は崩壊した。
その言葉は、とある乙女ゲームの悪役の最期の言葉だ。
主人公と共に、魔王を倒すべく聖女になる教育を受けてて、試験を受けて。
だけど、聖女となるのは主人公の出来レースな訳で。
それに気付いた悪役は、主人公を立派な聖女にする為に汚れ役になるんだ。
だけど、そんなの主人公は知らない。
護衛に付いた騎士とイチャコラしてたりする。
その騎士は、悪役の婚約者なんだが、能天気いや、朗らかな主人公に惹かれて行って、婚約解消を…。
悪役は傍から見たら主人公を虐めていた訳だから、そんな悪役を庇う人も居なくて。
それでも、悪役は涙を見せずに気丈に振舞うんだ。
こんな簡単に、振る尻尾を変える犬は要らないとか言ってさ。
もう、何でそんな事を言うのかっ!!
そんな傷心の彼女の元に、魔王の使いが来る訳だ。
"その力、存分に揮ってみたくはないか?"
って。
彼女は、逡巡して"いいわ"と頷く。
魔王の弱点を探り、それをどうにかして主人公に伝える事が出来たら…って。
そ・れ・な・の・に・!
主人公も騎士も、彼女は敵だと認定していて、耳を貸そうともしない。
そこで彼女は言うんだ『…それならば、私は華と散りましょう…』って。
元婚約者の騎士の剣に斬られた瞬間に。
プレイしてた時はもう、涙で画面が見えなかった。
コントローラーを持つ手はぶるぶる震えるし。
てか、斬った瞬間にバイブするなよ!
そんな機能要らねーよ!!
ホラーゲームだけにしとけよ!!
「…お…ぼい出させるな"よぉ~…うう…」
当然の様に、俺はそのゲームの世界にダイブして書き換えてやった。
彼女が幸せになりますように、って。
…したら…彼女は主人公とラブラブだし、騎士は魔王のバター犬になった…。
…うん…まあ…彼女が幸せなら良いけど…何か解せない…。
泣きながら、宛がわれた部屋に行こうと足を踏み出したら、ぐらっと視界が揺れた。
「っと。…お前、熱くないか…?」
傾きかけた俺の身体を支えてくれた眼鏡が眉を寄せた。
「…あー…泣き過ぎたかも…寝てれば下がる…」
久しぶりに泣きまくったからな…。
泣いて泣いて泣きまくって、この力に目覚めたんだよな…。
何か言いたそうな眼鏡を放置して、自室へと入り、俺はベッドへと。
そして、夢を見た。
熱出す前に読んでた小説の夢だ。
魔王と勇者が対峙していた。
勇者の足元には、魔王からの攻撃を受けた騎士が倒れている。
燃える目で魔王を睨み付ける勇者。
それを、愛しそうに見詰める魔王。
でも、勇者は気付かない。
瀕死の騎士の事だけを思っている。
ああ、ここで決着が付くんだ。
ここで魔王は死ぬんだ。
そんなのは見たくない。
だから、俺は声の限りに叫んだ。
「死ぬな――――――――っ!!」
その瞬間、世界が変わった。
俺の目の前には天蓋付きのベッドがあった。
そして、そこで蠢く三つの影。
一人は騎士。
一人は勇者。
一人は魔王。
もれなく全員全裸だ。
瀕死だった筈の騎士が、ピンピンとしていた。
怪我なんて、これっぽっちも無い。
そう、下半身も。
「…っ…お、前たち…いつから…っ…」
全身を赤く染めた勇者が、背後から魔王に抱き締められながら、目の前で蹲る騎士に声を掛けた。
勇者の目には涙が浮かんでいる。
開かれた勇者の脚の間に蹲っていた騎士が顔を上げて、咥えていた物を一舐めしてから口を開く。
その刺激に身体を震わす勇者を、愉悦の表情で魔王は見ていた。
「…最初から…総ては魔王様の為に…」
……………うん、目を覚まそうか俺…。
魔王…幸せそうだから…いいよな……。
◆
「…お前…本にも入れるのか…」
目を開けた俺の耳に、そんな言葉が入って来た。
「…へ…?」
「最後の方を読んでみろ」
ベッドの脇に椅子を置いて座っていた眼鏡が、何とも言えない表情であの小説を俺に渡して来た。
身体を起こして、ベッドヘッドに背中を預けようとしたら、そこに枕を差し込まれた。
む。何気に気が利くな。
「…最後の方って…」
てか、これを渡す前に眼鏡は何て言った?
何となく嫌な予感を覚えつつ、ページを捲った。
「………悪い…」
何とか読み終えて、俯いてただ一言俺は言った。
うん。俺が夢で見たのと同じ内容だった。
多分、熱出したせいだ…本の中にまで入れる力に目覚めたんだ…マジかよ…。
「わざとじゃないんだろ。なら、謝る必要は無い。まあ、お前の望みは解った」
俺の様子を見て、熱のせいで力に目覚めたと云う話を思い出したのか、殊更に優しい笑顔を浮かべて眼鏡は言った。
「は?」
望み?
望みって何だ?
何をどうしたらそんな言葉が出て来るんだ?
「3Pは無理だが、背面座位はしてやる」
「はああああああああああああ――――――――っ!?」
その後の話によると、俺は三日間熱に魘されていたらしい。
バイト! と、蒼白になってたら、しっかりと眼鏡が連絡を入れてくれてたそうだ。
人のスマホ勝手に弄るなよと思ったが、貴重な収入源を失う訳には行かないから、礼を言った。
そうしたら、眼鏡はニヤリと口の端を上げて、こう言ったんだ。
「熱が下がったら、後ろを慣らして行こうな」
と。
――――――――…俺、島田篤紀26歳。処女喪失へのカウントダウンが始まりましたとさ…。
とあるマンションの一室にあるソファーに座り文庫本を手に、俺は泣いていた。
「…また泣いてるのか」
そんな俺を、何処か面白そうに見下ろす眼鏡。
「だって、だってよ…っ…! 何で殺すんだよーっ!!」
「悪役だからな」
そう一言言って、目の前のローテーブルにコーヒーの入ったマグカップを二つ置いて、眼鏡は俺の隣に腰を下ろした。
大の男二人が座っても、まだ余裕のあるふかふかのソファーで、こいつが座った重みで、俺の尻の辺りが少し沈んだ。
俺が手にしている文庫本は、こいつが書いた小説だ。
よくある"異世界転生したら勇者でした"って奴。
ただし、BL。ボーイズラブ。勇者様は同じパーティーの騎士とイチャコラ致してる。
悪役、この話では魔王だ。それを倒す為に旅をしてるんだが、至る処でセックスしてる。どんだけ致すんだってぐらい、致してる。因みに勇者は受けだ。
そんな勇者に、魔王は惚れていた。
いたが、敵対する者同士。勇者と騎士はラブラブだし、魔王が入り込む余地は無い。
で、魔王は勇者に殺される。
魔王は最期に、ただ幸せそうに笑うのみ。
勇者に想いを告げる事なく散って行った。
「うっ、うっ、うっ、せ、せめて想いを告げさせてから死なせてやれよ~」
「必要無い。そう云うのが良いんだ。浪漫だろ?」
眼鏡はニヤリと笑いながら、俺にボックスティッシュを差し出して来た。
「うっ、うぅ…おにぃ~…」
ずびびっと、そこから3、4枚抜き取って俺は鼻をかみつつ眼鏡を睨んだ。睨んだと思う。
しかし、眼鏡はその奥の瞳を和らげるだけだ。
眼鏡こと田中征爾、35歳、職業小説家。
何の因果か、俺、島田篤紀の同居人。
いや、俺がこいつの処に転がり込んだっつーか、拉致られた。
10日前のあの日、何をどう解釈したらそうなるのか頭の痛くなる事を、こいつは口にした。
曰く『俺に惚れてるのか』と。
フリーズする俺に『俺もお前に惚れている』と、追い打ちが掛けられた。
そして、咄嗟に『俺は便秘持ちだ!』と叫んだら。
奴はドラッグストアへと買い物に行った。
そして、トイレに鍵を掛けて籠もってたら、こいつは便座に座る俺の目の前に瞬間移動して来やがった。で、決められた。浣腸を。
溜まりに溜まった物を出してスッキリしたのは良いが、これじゃあ大惨事になると云う脅し文句が使えない。尻にブツを突っ込まれると、ワタワタしてたら、便秘は食生活が悪いせいだと怒られて、食生活改善の為に眼鏡と同居しろと言われて。気が付いたら、翌日には引越し業者が現れて。あれよあれよと云う間に、こいつのマンションに連れ込まれ、現在に至る。
うん。
俺の後ろの穴は、まだ処女だ。
こいつと暮らし始めて、いつ突っ込まれるのかとハラハラしていたが、何も無い。
何も無いが、いつかは突っ込まれる。
なら、さっさと突っ込んで俺を楽にして欲しい。
いや、男とヤりたい訳じゃない。
俺は女の子が好きだし。
男とヤった事なんか、当然無いし。
しかし、俺はこいつから逃げられないし。
なら、さっさと突っ込んで発散して、俺から離れて欲しいと思う訳で。
とっとと引導を渡して欲しい。
今のこの状態は、じわじわと真綿で首を絞められている様な物だ。
「まあ、しかし。そこまで惚れられると男冥利に尽きるな」
何でだ。
「俺が惚れてるのは悪役で、お前じゃない」
お前はお呼びで無い。
だから、眼鏡外して前髪掻き上げて、熱っぽい目で見て来るな。
お前は俺に惚れてるって口にしたけど、俺は違うからな。
「俺をモデルにして書いてる。だから、その悪役は俺だ。お前は俺に惚れてる」
こいつは日本語を話しているんだよな?
何か色々とおかしいよな?
誰かこいつに正しい日本語の使い方を教えてやってくれ。
「お前が何と言おうと、俺はお前に惚れてないし、俺がここに居るのは、お前から逃げられないからだし、家賃やら食費やら光熱費が浮くからだし」
言いながら俺は出されたコーヒーを一口飲んで立ち上がった。
うん。
拉致って来たのは、こいつだからな。
俺は抵抗のつもりで、ビタ一文金を出していない。
惚れた腫れたとかは、どうでも良い。
突っ込めば、こいつも満足するんだろ?
そしたら、お前、もう要らないわ。って、捨てられるんだろ?
なら、その時の為に金は残して置かないとならない。
悪役なら、そうするだろ。
てか、頼むからそうしてくれ。
もう、お前が絡む物には手は出さないから。
「…それならば、私は華と散りましょう…」
「うっ!?」
歩き出そうとした俺の腕を掴んで、眼鏡は耳元でそっと囁いて来た。
低く落ち着いた声だ。イケボとは、この事を云うんだろう。
まあ、実際顔も良いしな。切れ長の涼やかな目元に、左目の下には泣き黒子。
目に掛かる前髪が鬱陶しいのか、度々後ろへと撫で付けたりする仕草とか。
厚くもなく、薄すぎもしない唇とか。
俺の顔とパーツ交換しろと言いたい。
その鼻、ちょっと削って俺にくれ。
なんてこいつの見てくれはともかく。
「…ううぅ…っ…!」
その言葉に、俺の涙腺は崩壊した。
その言葉は、とある乙女ゲームの悪役の最期の言葉だ。
主人公と共に、魔王を倒すべく聖女になる教育を受けてて、試験を受けて。
だけど、聖女となるのは主人公の出来レースな訳で。
それに気付いた悪役は、主人公を立派な聖女にする為に汚れ役になるんだ。
だけど、そんなの主人公は知らない。
護衛に付いた騎士とイチャコラしてたりする。
その騎士は、悪役の婚約者なんだが、能天気いや、朗らかな主人公に惹かれて行って、婚約解消を…。
悪役は傍から見たら主人公を虐めていた訳だから、そんな悪役を庇う人も居なくて。
それでも、悪役は涙を見せずに気丈に振舞うんだ。
こんな簡単に、振る尻尾を変える犬は要らないとか言ってさ。
もう、何でそんな事を言うのかっ!!
そんな傷心の彼女の元に、魔王の使いが来る訳だ。
"その力、存分に揮ってみたくはないか?"
って。
彼女は、逡巡して"いいわ"と頷く。
魔王の弱点を探り、それをどうにかして主人公に伝える事が出来たら…って。
そ・れ・な・の・に・!
主人公も騎士も、彼女は敵だと認定していて、耳を貸そうともしない。
そこで彼女は言うんだ『…それならば、私は華と散りましょう…』って。
元婚約者の騎士の剣に斬られた瞬間に。
プレイしてた時はもう、涙で画面が見えなかった。
コントローラーを持つ手はぶるぶる震えるし。
てか、斬った瞬間にバイブするなよ!
そんな機能要らねーよ!!
ホラーゲームだけにしとけよ!!
「…お…ぼい出させるな"よぉ~…うう…」
当然の様に、俺はそのゲームの世界にダイブして書き換えてやった。
彼女が幸せになりますように、って。
…したら…彼女は主人公とラブラブだし、騎士は魔王のバター犬になった…。
…うん…まあ…彼女が幸せなら良いけど…何か解せない…。
泣きながら、宛がわれた部屋に行こうと足を踏み出したら、ぐらっと視界が揺れた。
「っと。…お前、熱くないか…?」
傾きかけた俺の身体を支えてくれた眼鏡が眉を寄せた。
「…あー…泣き過ぎたかも…寝てれば下がる…」
久しぶりに泣きまくったからな…。
泣いて泣いて泣きまくって、この力に目覚めたんだよな…。
何か言いたそうな眼鏡を放置して、自室へと入り、俺はベッドへと。
そして、夢を見た。
熱出す前に読んでた小説の夢だ。
魔王と勇者が対峙していた。
勇者の足元には、魔王からの攻撃を受けた騎士が倒れている。
燃える目で魔王を睨み付ける勇者。
それを、愛しそうに見詰める魔王。
でも、勇者は気付かない。
瀕死の騎士の事だけを思っている。
ああ、ここで決着が付くんだ。
ここで魔王は死ぬんだ。
そんなのは見たくない。
だから、俺は声の限りに叫んだ。
「死ぬな――――――――っ!!」
その瞬間、世界が変わった。
俺の目の前には天蓋付きのベッドがあった。
そして、そこで蠢く三つの影。
一人は騎士。
一人は勇者。
一人は魔王。
もれなく全員全裸だ。
瀕死だった筈の騎士が、ピンピンとしていた。
怪我なんて、これっぽっちも無い。
そう、下半身も。
「…っ…お、前たち…いつから…っ…」
全身を赤く染めた勇者が、背後から魔王に抱き締められながら、目の前で蹲る騎士に声を掛けた。
勇者の目には涙が浮かんでいる。
開かれた勇者の脚の間に蹲っていた騎士が顔を上げて、咥えていた物を一舐めしてから口を開く。
その刺激に身体を震わす勇者を、愉悦の表情で魔王は見ていた。
「…最初から…総ては魔王様の為に…」
……………うん、目を覚まそうか俺…。
魔王…幸せそうだから…いいよな……。
◆
「…お前…本にも入れるのか…」
目を開けた俺の耳に、そんな言葉が入って来た。
「…へ…?」
「最後の方を読んでみろ」
ベッドの脇に椅子を置いて座っていた眼鏡が、何とも言えない表情であの小説を俺に渡して来た。
身体を起こして、ベッドヘッドに背中を預けようとしたら、そこに枕を差し込まれた。
む。何気に気が利くな。
「…最後の方って…」
てか、これを渡す前に眼鏡は何て言った?
何となく嫌な予感を覚えつつ、ページを捲った。
「………悪い…」
何とか読み終えて、俯いてただ一言俺は言った。
うん。俺が夢で見たのと同じ内容だった。
多分、熱出したせいだ…本の中にまで入れる力に目覚めたんだ…マジかよ…。
「わざとじゃないんだろ。なら、謝る必要は無い。まあ、お前の望みは解った」
俺の様子を見て、熱のせいで力に目覚めたと云う話を思い出したのか、殊更に優しい笑顔を浮かべて眼鏡は言った。
「は?」
望み?
望みって何だ?
何をどうしたらそんな言葉が出て来るんだ?
「3Pは無理だが、背面座位はしてやる」
「はああああああああああああ――――――――っ!?」
その後の話によると、俺は三日間熱に魘されていたらしい。
バイト! と、蒼白になってたら、しっかりと眼鏡が連絡を入れてくれてたそうだ。
人のスマホ勝手に弄るなよと思ったが、貴重な収入源を失う訳には行かないから、礼を言った。
そうしたら、眼鏡はニヤリと口の端を上げて、こう言ったんだ。
「熱が下がったら、後ろを慣らして行こうな」
と。
――――――――…俺、島田篤紀26歳。処女喪失へのカウントダウンが始まりましたとさ…。
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