旦那様と僕

三冬月マヨ

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はじまって

【十四】旦那様の宝物

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 雪緒ゆきおと共に帰宅したら、家に泥棒が侵入していた。
 何だ、これは。
 頭が痛い処では無いし、更には。

「みくちゃんと同じだ」

 と、云う天野の言葉に頭を押さえた。
 兎にも角にも、こんな処では話は出来ない。
 相楽さがらとみくに雪緒を頼み、勤務地である駐屯地へと向かう。
 こいつは、唯の泥棒では無い。
 …みくと同じあやかしだ。
 俺達と同じ、黒い瞳の人間の姿の妖。
 それは、現状公にはされてはいない。
 当たり前だ。人を襲い、喰らうのが妖だ。
 それが、自分達と同じ姿を取り、人に紛れて暮らしている等知られてはならない。
 知られたらどんな事になるのか、考えただけでも空恐ろしい。
 みく曰く『はぐれ者』、『弱いから、人の中に隠れる』、『人の姿になったら、もう妖には戻れない』、『人の姿になったら、人を喰らう事は無い』そうだ。
 だが、そんな言葉等、妖の言葉等信じられる筈が無い。
 だから、俺と天野の目の前で、妖から人の姿になって命を乞うみくを斬ろうとしたのだが、天野に止められた。
 信じ難い事に、天野は人の姿になったみくに、一目惚れをしたのだ。
 頭が痛いなんて物じゃない。
 言い争いの末、天野がみくを監視、怪しい動きをすれば即斬る。そう云う事で落ち着いた。上の人間も、それで良いと。自分は人になった妖を見分けられるから、その方面で役に立つと、みくは口にした。
 それから七年、みくに怪しい動きは無い。
 常に傍に居ると云う事から、天野とみくは婚姻を結んだ。
 ついでに言うなら、みくは男だ。
 声も姿も女の様だが、着物の下に隠されたそこには御立派な物がある。
 何故、それを知っているか、だと?
 号泣する天野から聞かされたからだ。
『みくちゃんに、押し倒されて操を奪われた』
 と。
 俺はただ、遠い目をして『…そうか…』と呟いた。
 閑話休題。人になった妖に、後ろ盾等ある筈も無く、犯罪に走る者が多々いる。
 今回の様に、警察の手に渡る前に俺達が捕えられれば、軽犯罪ならば人の常識を教え、戸籍を与え、仕事を教え、職を紹介し、人になった妖が居れば、その情報を提供して貰う。気が付けば、そんな流れが出来ていた。
 この男も、そうなるのだろう。
 そうして事の次第を話し、男を預け、天野と帰宅をしたら。

「雪緒が部屋から出て来ない?」

「ん~。ゆかり君は知ってるのかなあ? これくらいの、青い箱なんだけどね~? その潰れた箱を見てから、沈んでしまってね~」

 俺の言葉に、相楽が軽く両手を広げて見せた。

 ああ…。
 それは、雪緒が家へ来た時に鞠子まりこがあげた物だ。
 雪緒は嬉しそうに、それを受け取っていたな。
 その笑顔が余りにも無垢だったのを覚えている。
 皆を待たせて雪緒の様子を見に行けば、雪緒は壁に背中を預けて、青い箱を膝の上に乗せて眠っていた。
 その頬には、涙の痕があった。
 頬に触れれば、未だ濡れていて、そっとその涙を親指で拭う。
 雪緒がこんなに泣くなんてな。
 お妙さんが去る時も泣いたが、泣き疲れて眠るだなんて事は無かった。
 鞠子が逝った時も。
 涙を堪える雪緒に『無理はしなくて良い』と言ったら『旦那様がお泣きになりませんのに、僕が泣く訳には行きません』と、返って来た。
 押し入れから布団を取り出して敷き、雪緒の手から箱をそっと取り、布団に横たえて頭を軽く撫でてから部屋を後にした。

「すまんが買い物に行ってくるから、未だ居てくれるか? 雪緒は泣き疲れて眠っているから、もしも俺が居ない間に起きて来たら…」

「あ。んじゃさ、アタイ、ご飯作ってるよ。アンタ、手伝ってよ」

「おう」

「じゃあ、僕は紫君の買い物に付き合おうかなあ~。で、そのまま帰るねえ~」

 箱を片手に茶の間に居る面々に声を掛けたら、それぞれから、そんな声が上がった。
 雑貨屋へと向かう道すがら、この箱の事を相楽に話すと『そっかあ~。鞠子ちゃんが…うん、雪緒君の宝物なんだねえ~』と、優しく笑っていた。
 雑貨屋で、箱の色と見比べながら必要な物を購入して、相楽と別れた。
 帰宅すれば、未だ雪緒は起きては来ておらず、天野とみくが飯の用意は出来てるから、雪緒と食べろと言って帰って行った。
 お前達は食って行かないのかと問えば『それ、直すんだろ?』と、天野が目を細めて箱を見た。
 その気遣いが有難く、俺は箱の修繕に取り掛かった。
 店に行けば、これと同じ物等、幾らでも買える。
 だが、鞠子があげて、雪緒が受け取ったのは、この潰れた箱なのだ。これの代わり等、無い。
 それ程に、嬉しかったのか。
 それ程に、与えられて来なかったのか。
 これを手にした時の、あの笑顔を消してしまいたくは無い。
 守らなければ。
 そう思ったのは、その笑顔を見た時だったのか、それとも…。

「…旦那様…?」

 そう思った時、雪緒が茶の間にやって来た。

「ああ、起きたのか。もう、大丈夫なのか?」

 泣き腫らした目は赤く、腫れぼったい。
 だが、雪緒はそれに気付いているのか居ないのか。

「…それ…」

 卓袱台の上にある箱を見て、直したのかと聞いて来た。

「ああ、相楽とみくから話を聞いてな。慌てて材料を買って来た。あ、不格好だって文句は言うなよ? ったく、こんな小さな星、どうやって切ったんだ。ほら、まだ未完成だが、こんな感じで良いか?」

 へこんだ部分を元に戻そうとすれば、穴が開きそうになるし、そこを補強すれば、妙な厚みが出来て貼り直した折り紙が歪むし、星の大きさはどう見ても違うし、どうにも不格好だが。
 それでも。
 この箱を捨てて、新しい物を買う等と云う考えは無かった。

「…ありがとうございます…」

 差し出した箱を、俺より小さな手で雪緒は受け取って、小さく笑った。

「…この箱は、宝の箱なのです…。こちらに来て、初めて戴いた宝物なのです…」

 瞳を伏せて壊れ物を扱う様にそっと、その箱を抱き締める雪緒の姿に、何故だか胸が詰まった。
 そんな不格好な出来でも、お前は喜んでくれるのか。
 それ程に、その箱は、あの日は、お前に取って掛け替えのない物だったのか。

「…そうか…。そんなに大切にして貰えて、鞠子も喜んでいるだろうよ。…ほら、顔を洗って来い。飯はみくが作って行ってくれた」

「はい? ふえ?」

 例えようも無く胸が熱くなって、それをどうにか遣り過ごそうと、雪緒の鼻を摘まめば、間の抜けた声が漏れて聞こえた。

「泣き疲れて眠っちまうなんて、まだまだ子供だな?」

「ふわあああ!? 僕は泣いて…っ…!!」

 わざと意地悪く笑って見せて、その顔を覗き込めば、雪緒は顔を赤くして反発して来たが、そんな腫れた赤い目で言われてもな。

「寝言は鏡を見てから言え。飯を用意する間に顔を洗って来い」

 立ち上がり、その頭を軽く撫でれば、俯いてその小さな肩を震わせたが、嫌がっている訳ではない様だ。
 その事に安堵しながら、俺は台所へと向かった。

 何時か、雪緒に想う相手が出来て、その相手を守りたいと、ここを出て行く日が来るまでは、俺の手等必要ないと、そう云う日が来るまでは、俺が雪緒を守って行かなければな。
 その笑顔を消さない様に。
 その笑顔を壊さない様に。

 そう思うのに、その日が来なければ良いと、何処か心の隅で思ってしまうのは何故なのだろうな?
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