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向日葵―奇跡の時間―
向日葵の想い【三】
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『…笑わなくて良いからね…』
その方は何処か困った様に…何処か寂しそうに眉を下げて笑いました…――――――――。
チチチ…と、雀の囀りが聴こえます。
ああ、今日も良いお天気なのね、何故だか懐かしい夢を見た気がするわと、薄く目を開いた時。
「うお!? 雪緒!?」
と、紫様の驚愕に満ちた声が聞こえて来まして、私はベッドから身体を起こしました。
「おはようございます、旦那様。お召し物のお着替えのお手伝いをさせて戴きますね」
「そんな物は要らん! お妙さんはどうした!?」
「お妙様は朝餉の支度中です。旦那様を起こして来る様に仰せつかったのですが、無断でお部屋の中に入るのは忍びなく、こうしてお出でになるのをお待ちしておりました」
部屋の障子を開けて顔を覗かせて、一間空いた先にある紫様の部屋の方を見れば、昨夜と同じ様に廊下に正座をする雪緒君が居ました。
…くらくらと目眩がしますわ…。
それは紫様も同じ様で、片手を髪に差し込んで、それを忙しなく動かしています。
「とにかく、そんな気遣いは不要だ。俺は良いから、お妙さんの手伝いをしてやってくれ」
「はい。では、その様に致します」
紫様の言葉に、雪緒君はまた三つ指をついて深く頭を下げた後に立ち上がり、台所の方へと歩いて行きました。
「…紫様…」
その背中を見送ってから、私は部屋から廊下へと出て、紫様の元へと歩いて行きます。
「あ、ああ、騒がせてしまったか? すまんな」
「いいえ。丁度目が覚めていた処でしたから、問題ありませんわ。…問題なのは…」
「…ああ…」
…雪緒君よね…。
「…今日は健康状態を見る為に、相楽の処へ雪緒を連れて行くが、鞠子も来るか? 身体の調子は? 一昨日の朝、咳き込んでいたが無理はしていないか?」
「あらあら。お気遣い有難うございます。私なら大丈夫ですので、勿論ご一緒させて戴きますわ」
◇
「旦那様、奥様、私はこれより"ばば"になります」
朝餉の後で、雪緒君にお風呂掃除を頼んだお妙さんが、私達に頭を下げて来ました。
一体、いきなり何事かと。雪緒に風呂掃除を頼んだのは、それを伝える為かと紫様がお妙さんに顔を上げる様に言いましたら、お妙さんは目に涙を浮かべて話し始めました。
「坊ちゃんが私の事を"お妙様"と呼ぶのです。何度"さん"で構わないと言っても聞いてくれないのです! 今朝だって、私が目を覚まして部屋から出たら、廊下で正座をしていて…っ! まだ四時ですよ!? まだ、真っ暗なのに、何時からそうしていたのか…っ…!! 危うく今朝の旦那様の様に叫ぶ処でしたが、何とか声は抑えましたが…っ…!! 余り孫とは接して来ませんでしたが、孫の様に坊ちゃんと接してみようかと…ですので、坊ちゃんを呼び捨てにしてしまいますが、どうぞ御容赦を戴けたらと…」
…ああ…。
紫様と二人で額に手を置いて、長い、長い溜め息を溢してしまいました。
「…ああ…そうしてくれて構わない…その…世話を掛けてすまない…」
「いいえ。坊ちゃんの笑顔を見る為に、ばばも気張りますよって!」
トンと拳を作って胸を叩いて、悪戯っぽく笑うお妙さんに、私も紫様も、口元を綻ばせます。
「今日は診療所へと行かれるのですよね? その間に、坊ちゃんが悪さしないように、物置小屋に鍵を付けて置きますね」
その言葉に、私も紫様も静かに頷きます。
昨夜、紫様が雪緒君を部屋へと担ぎ込んで、その担いだままで押し入れを開け、布団をバサバサと畳の上へと下ろし、片手で四苦八苦していたら。
『この様な立派なお布団は僕には不要です。丁度良い空間が出来ました事ですし、僕はこちらの押し入れでお休みをさせて戴きますね。こちらは、物置小屋より暖かいですし、極楽浄土の様です』
と、押し入れに手を伸ばして言って来たので、無理矢理に雪緒君を布団の上へと押し付けて、その上から毛布と掛け布団を掛けたそうです。
…ああ…乱暴過ぎて目眩がします…。
けれど、雪緒君にはそれで丁度良いのかも知れないわね…。
『あの、このお布団は綿もはみ出ていなくて、とても柔らかくて軽いのですね。毛布も、何処も穴が空いていないようですし…隙間風も入って来ませんし…うぅん、やはりお布団は僕には不要です』
そして、眠る様にと紫様が言った後に、雪緒君がそう言って身体を起こして来たので、紫様は慌てて、その鼻を摘まみ『お前が眠るまで梃子でも動かんぞっ!!』と、怒鳴り付けたそうです…。
そうして話を聞けば、隙間風の吹く物置小屋で眠るのも、綿のはみ出た布団も、穴の空いた毛布も、雪緒君にとっては当たり前の事でしたと、雪緒君を何とか眠りに付かせて戻って来ました紫様の言葉に、お妙さんは号泣してしまいました。
これが大きな街で暮らす私達と、小さな村で暮らす方々の違いなのでしょうか…それとも、雪緒君の親族が極端なのでしょうか…私には解りませんが…ただ、もうこの様な事が無い様にと願いながら、私は眠りに就く前に文を認めました。
その方は何処か困った様に…何処か寂しそうに眉を下げて笑いました…――――――――。
チチチ…と、雀の囀りが聴こえます。
ああ、今日も良いお天気なのね、何故だか懐かしい夢を見た気がするわと、薄く目を開いた時。
「うお!? 雪緒!?」
と、紫様の驚愕に満ちた声が聞こえて来まして、私はベッドから身体を起こしました。
「おはようございます、旦那様。お召し物のお着替えのお手伝いをさせて戴きますね」
「そんな物は要らん! お妙さんはどうした!?」
「お妙様は朝餉の支度中です。旦那様を起こして来る様に仰せつかったのですが、無断でお部屋の中に入るのは忍びなく、こうしてお出でになるのをお待ちしておりました」
部屋の障子を開けて顔を覗かせて、一間空いた先にある紫様の部屋の方を見れば、昨夜と同じ様に廊下に正座をする雪緒君が居ました。
…くらくらと目眩がしますわ…。
それは紫様も同じ様で、片手を髪に差し込んで、それを忙しなく動かしています。
「とにかく、そんな気遣いは不要だ。俺は良いから、お妙さんの手伝いをしてやってくれ」
「はい。では、その様に致します」
紫様の言葉に、雪緒君はまた三つ指をついて深く頭を下げた後に立ち上がり、台所の方へと歩いて行きました。
「…紫様…」
その背中を見送ってから、私は部屋から廊下へと出て、紫様の元へと歩いて行きます。
「あ、ああ、騒がせてしまったか? すまんな」
「いいえ。丁度目が覚めていた処でしたから、問題ありませんわ。…問題なのは…」
「…ああ…」
…雪緒君よね…。
「…今日は健康状態を見る為に、相楽の処へ雪緒を連れて行くが、鞠子も来るか? 身体の調子は? 一昨日の朝、咳き込んでいたが無理はしていないか?」
「あらあら。お気遣い有難うございます。私なら大丈夫ですので、勿論ご一緒させて戴きますわ」
◇
「旦那様、奥様、私はこれより"ばば"になります」
朝餉の後で、雪緒君にお風呂掃除を頼んだお妙さんが、私達に頭を下げて来ました。
一体、いきなり何事かと。雪緒に風呂掃除を頼んだのは、それを伝える為かと紫様がお妙さんに顔を上げる様に言いましたら、お妙さんは目に涙を浮かべて話し始めました。
「坊ちゃんが私の事を"お妙様"と呼ぶのです。何度"さん"で構わないと言っても聞いてくれないのです! 今朝だって、私が目を覚まして部屋から出たら、廊下で正座をしていて…っ! まだ四時ですよ!? まだ、真っ暗なのに、何時からそうしていたのか…っ…!! 危うく今朝の旦那様の様に叫ぶ処でしたが、何とか声は抑えましたが…っ…!! 余り孫とは接して来ませんでしたが、孫の様に坊ちゃんと接してみようかと…ですので、坊ちゃんを呼び捨てにしてしまいますが、どうぞ御容赦を戴けたらと…」
…ああ…。
紫様と二人で額に手を置いて、長い、長い溜め息を溢してしまいました。
「…ああ…そうしてくれて構わない…その…世話を掛けてすまない…」
「いいえ。坊ちゃんの笑顔を見る為に、ばばも気張りますよって!」
トンと拳を作って胸を叩いて、悪戯っぽく笑うお妙さんに、私も紫様も、口元を綻ばせます。
「今日は診療所へと行かれるのですよね? その間に、坊ちゃんが悪さしないように、物置小屋に鍵を付けて置きますね」
その言葉に、私も紫様も静かに頷きます。
昨夜、紫様が雪緒君を部屋へと担ぎ込んで、その担いだままで押し入れを開け、布団をバサバサと畳の上へと下ろし、片手で四苦八苦していたら。
『この様な立派なお布団は僕には不要です。丁度良い空間が出来ました事ですし、僕はこちらの押し入れでお休みをさせて戴きますね。こちらは、物置小屋より暖かいですし、極楽浄土の様です』
と、押し入れに手を伸ばして言って来たので、無理矢理に雪緒君を布団の上へと押し付けて、その上から毛布と掛け布団を掛けたそうです。
…ああ…乱暴過ぎて目眩がします…。
けれど、雪緒君にはそれで丁度良いのかも知れないわね…。
『あの、このお布団は綿もはみ出ていなくて、とても柔らかくて軽いのですね。毛布も、何処も穴が空いていないようですし…隙間風も入って来ませんし…うぅん、やはりお布団は僕には不要です』
そして、眠る様にと紫様が言った後に、雪緒君がそう言って身体を起こして来たので、紫様は慌てて、その鼻を摘まみ『お前が眠るまで梃子でも動かんぞっ!!』と、怒鳴り付けたそうです…。
そうして話を聞けば、隙間風の吹く物置小屋で眠るのも、綿のはみ出た布団も、穴の空いた毛布も、雪緒君にとっては当たり前の事でしたと、雪緒君を何とか眠りに付かせて戻って来ました紫様の言葉に、お妙さんは号泣してしまいました。
これが大きな街で暮らす私達と、小さな村で暮らす方々の違いなのでしょうか…それとも、雪緒君の親族が極端なのでしょうか…私には解りませんが…ただ、もうこの様な事が無い様にと願いながら、私は眠りに就く前に文を認めました。
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