旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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麦わら帽子

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 そよそよと、朝の早い時間のまだ涼しさを感じさせる風の中で、僕は首に軽く手拭いを巻いて縁側に腰掛けています。
 目を閉じて耳を澄ませば、遠くで蝉の鳴き声が聞こえて来ます。あともう少しもしましたら、気温の上昇と共に大合唱になるのでしょう。
 まだ草や木の葉には朝の露が残っています。それらは朝の光に照らされて、とても瑞々しく青々と輝いています。そちらも、蝉の鳴き声に吸い込まれる様にして消えて往くのでしょうね。
 ゆらゆらと、地面に映ります木の葉の影が揺らめいています。
 さわさわと耳に触ります木の葉の擦れる音が気持ち良いですね。
 つい、先程までは、それにしゃきしゃきとした、軽やかな鋏の音がありました。

 はい。先日、風邪で熱を出して寝込んでしまいました僕でしたが、ようやくあの日に旦那様がお約束して下さった事が叶いました。
 片手には櫛を持ち僕の髪を梳きながら、また、片手には鋏を持ち梳いた髪を掬い上げ切って行くのです。
 奥様に切って戴いた時とは違いまして、何故だか胸がくすぐったく、何故だか面映ゆくて。ですが、それが気持ちが良いだなんて。旦那様の手は不思議ですね。

 さて。その旦那様ですが、つい先程にぴたりと鋏の音が止みましてから、微動だにしていない様に感じます。

「…旦那様…?」

 どうされたのでしょうか? 
 まさか、何処の誰かとは申しませんが、霧吹きで僕の髪を湿らせた時に、その飛沫でお風邪を召しましたとかはありませんよね?

 軽く首を傾げまして、声を掛けましたら。

「すまん! 手が滑った!!」

 ◇

 猿も木から落ちる、弘法も筆の誤り、麒麟の躓き、千慮の一失…他には何がありますでしょうか?

 僕は麦わら帽子を深く被らさせられまして、旦那様の後を付いて行きます。
 前を歩きます旦那様の背中を見上げながら、僕は思うのです。
 切羽詰まった様な『手が滑った!!』の声に振り返りましたら、旦那様は頭を深く下げて居まして、その頭の上で両の掌を合わせていたのですが…そのお姿が…その…失礼ではありますが…大変可愛らしかったのです、と…。
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