色褪せない幸福を

三冬月マヨ

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【五】

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「それでも、話して下さい」

「それを聞くのは司令なんだろうけど、俺達が代わりにとか図々しいけど、一人で抱えるより、ずっと良いから」

 …ああ、本当にお強いお二人です。
 真っ直ぐで強い視線に、僕は息苦しさを覚えて片手で胸を押さえました。
 これは、今の僕には無い強さなのでしょう。
 真っ直ぐと起きた事から目を逸らさずに、受け止め様とする強さ。
 それは、きらきらと輝いて見えまして、眩しくて僕は目を細めます。
 きらきらとしたそれは、何時か見ました天の川を彷彿とさせますね。きらきらとぽかぽかと。それは、あの宝の箱の様に…。

「…あ…」

 ぽたりと、また僕の目から雫が落ちました。
 何故、忘れていたのでしょう?
 
雪緒ゆきおさん!?」

 卓袱台に両手をついて、勢い良く立ち上がりました僕に、瑞樹みずき様が驚きます。優士ゆうじ様も、軽く目を見開いています。
 ああ…申し訳ございません。
 ですが、気付いてしまったのです。
 そうしましたら、居ても立っても居られなくなったのです。
 
「失礼、致します…」

 それだけを何とか言葉にしまして、僕はぱたぱたとお行儀悪く、お茶の間を飛び出しました。
 行き着く先は、勿論、僕のお部屋です。
 そこにあります、大切な大切な宝物。
 旦那様と僕の大切な大切な宝の箱です。
 せい様がぽかぽかだと仰って下さった、大切な大切な、青い青いお空に、きらきらとしたお星様が散りばめられた、あの、宝の箱です。

「…ああ…」

 箪笥の上に飾ってあります、長方形の箱を両手で持ち、僕はへたりと畳の上へと座り込んでしまいました。

「…そうでした…」

『そろそろ、また修復せんとな』

 あの日、それが…旦那様の最期のお言葉だったのです。
 真っ青だったお空も、きらきらとしていたお星様も色褪せて来ていたのです…箱の合わせ目、丁寧に散りばめられたお星様の端等、糊も剥がれて来ています。
 喉が痛く、熱さも感じます。

「…も…しわけ、ござ、いません…」

 何故、何故、この様に大切な事を放って置いたのでしょう?
 落ち着きましたら、では無く、忙しい中でも、こちらを優先しなければなりませんでしたのに。
 辛いですとか、哀しいですとか、苦しいですとか、その様な感情と、しっかりと向き合わなければいけませんでしたのに…。

「…雪緒さん…」

 かたりと、障子が音を立てます。
 濡れた顔を上げましたら、障子に手を掛けて、心配そうに佇む瑞樹様と、その後ろに同じ様に佇む優士様が居ました。

「…いきなり…申し訳ござ、いませんでした…」

 瑞樹様と優士様も、この宝の箱がぽかぽかですと仰って下さいました。
 ですが、今はどうでしょう?
 奥様から戴き、あの頃から続いていた、きらきらとした想いは今も在るのでしょうか?
 きらきらとぽかぽかとした想いは、今も褪せずに在るのでしょうか?
 在って欲しいです。
 僕が目を逸らしていた間も、残って居て欲しいです。
 ですが…目を逸らしていた間に、こちらはこんなにも変わってしまいました。
 それは、一日でしたら、微々たる変化なのでしょう。
 それでも、毎日毎日目にしていれば、何かが違うと気付く筈です。
 ですのに…僕は…無意識なのでしょうか…この宝の箱から目を逸らしていました…。
 何時も、何時でも、ぽかぽかとほわりと、じんわりと広がる…その様な、温かい想いを下さっていたのに…目を逸らしていました…。
 今、胸が痛みますのは、そのせいなのでしょう。
 皆様方が注いで下さった想いを無碍にしましたから…。

「…嫌、です…この箱が…想いが無くなるのは…嫌です…奥様…お妙さん…旦那様…消えないで、下さい…」

 ぽろぽろと目から水が溢れ、宝の箱を濡らして行きます。

「…ああ…」

 駄目です。
 これでは、ふやけてしまいます。
 僕は慌てて、宝の箱を顔の高さより高く上げました。

「…瑞樹…」

 ぼそぼそとした話し声が聞こえますが、今の僕には、その内容を聞き取る事が出来ません。
 想いをこれ以上失くさない為に、必死に腕を掲げます。

「…直ぐ戻って来るから…!」

 腕と一緒に、顔も上を向きます僕の耳に、切羽詰りました瑞樹様のお声が届きました。僕よりも、力強く廊下を駆けます音も。
 あんなに急いで何処へ?
 
「あ、まさか、朝餉に何かありましたでしょうか?」

「…ある訳無いです。腕、疲れないですか?」

 あ。
 上を向いていて解りませんでしたが、優士様は居らっしゃるのですね。
 ずびっと、お行儀悪くお鼻を鳴らして僕は答えます。

「…疲れません…これ以上、この箱を崩したくはありませんから…」

 形のある物は、何時かは壊れます。
 解っていますが、僕は、もうこちらの形も、そこに在る想いも、これ以上失いたくはないのです。

「…首が疲れないですか?」

「…疲れません…。下を向くと雨が降りますので」

 優士様は、尚も静かに僕に問い掛けます。
 この様なお返事で、申し訳ございません。
 呆れてしまわれても、文句等言いません。

「…雪緒さん」

「はい」

 すっと、目の前に優士様のお顔が現れました。何時の間に距離を縮められたのでしょう?
 身を屈めて、僕を見ます優士様の目は、とてもお優しくて、呆れる等と、その様な感情は見当たりませんでした。
 その事に、僕の胸がまたちくりと痛みます。
 優しくしないで下さい。
 甘やかさないで下さい。
 情けないと、呆れて下さい。
 ですのに、優士様は優しく微笑みます。

「…俺は…俺達は、雪緒さんの鼻を摘んだり、頭を撫でたり、ましてや抱き締めるだなんて事は出来ません。そんな事をしたら、高梨司令にころ…怒られてしまうから」

「…はい?」

 その様な事で、旦那様はお怒りにはならないと思いますが…。勤務中の旦那様は、それ程に厳しかったのでしょうか?

「でも、話を聞いたり、一緒にご飯を食べたりは出来ます」

「…優士様…?」
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