1 / 5
001
しおりを挟む――親が決めた婚約者とは、どのように接するのが正解なのだろうか。
私は対面の席に座っている、同い年の青年の顔をちらりと見つつ考える。
婚約者の存在を知らされたのは、この寄宿制学校に入学する少し前だった。なんとも唐突な話だが、議会で交流した父親同士が意気投合し、そのままノリで決めてしまったらしい。
もちろん貴族の家柄では許婚の文化も根強いことを承知していたが、いくらなんでも当人同士の意見くらい聞いてやれと私は思ってしまった。
そして、ほとんど入学直前に婚約者たるアレクシスと顔合わせをし――
――悪くはない。
私が抱いた感想は、そのようなものだった。
身長は平均より高く、顔立ちは凛々しさがあり、性格は穏やかで癖がなく、会話からは良識と常識がうかがえる。至極真っ当な好青年だった。
一目で恋に落ちるような魅惑の美青年などではないが、長く付き合っていくに値する良き人間。
少ない交流ながらも、私は婚約者に対して悪くない印象を抱いていた。
そして――
――大して進展もないまま学校生活を送りつづけ、今に至るのである。
「――ミラベル」
ふいに、彼はこちらの名前を呼んだ。
私はブラウンの髪の青年を見つめる。その瞳は、どこか困ったような色が浮かんでいた。
「その……こうして、きみと話すことは……これまであまりなかったが……」
うまい言い方が見つからなそうな婚約者――アレクシスの様子に、私はおもわず失笑してしまいそうになった。
もしかしたら、彼は緊張しているのかもしれない。こんなふうに二人で向かい合ってティータイムを過ごすのは、初めてだったから。
学校に入ってからはそれなりに時間が経っているものの、私とアレクシスはそれほど言葉を交わしているわけではなかった。男女共学とはいえ寮は別々なので、授業以外ではあまり会うことがないのだ。そしてお互いに同性の友人との付き合いもあるので、どうしても二人で時間を過ごす機会というものがなかった。
――いちおう婚約者同士という間柄なのに、そんな調子で大丈夫なのだろうか。
たぶん、アレクシスもそう思っていたのだろう。
だから「今日の午後の休み時間に、二人でお茶をしないか」と、彼はめずらしく私を誘ったのだ。
そして――私も迷わず了承の意を伝え、今に至るというわけだ。
「……たまには、こうして話をするのも悪くないんじゃないか。そう思ったんだが……迷惑じゃなかったか?」
「ううん、大丈夫。私もあなたと、少しは交流しておいたほうがいいと感じていたから。……婚約者だしね?」
「まあ、うん……。一応は、な」
どこか小恥ずかしそうな表情で、アレクシスは頬を掻いた。
お互いに関係性自体は否定していない。つまるところ、それだけ嫌悪感や不満感は持っていないということだった。
私は穏やかな気分で紅茶を飲み、不思議な心地に口を綻ばせる。
恋愛というものは、その人に夢中になり忘れられなくなることだと思っていたけど――
現実の男女の関係というものは、もしかしたらこんな感じのほうが良いのかもしれない。胸を高鳴らせ、恋煩うような相手よりも……平静な心で話し合える異性のほうが素敵だった。
「……ミラベル」
「うん?」
「今日は――」
アレクシスがそう言いかけた時だった。
私たちと同様に、喫茶と歓談をしていた周りの学生たちが――何やらざわめきたつ。
その理由は、皆々の視線の先を見やればすぐにわかった。目立つバラの花束を抱えた金髪の男子が、女子の一人に話しかけていたからだ。
「……カルヴィンね、あれ」
私は有名な……もとい悪名高い、キザな色男の名前を呟いた。
黙っていれば美青年、喋ればただのナルシスト。女子たちの間ではそんな評なのが、カルヴィンという男子だった。きっと、また誰か可愛い子を口説き落とそうとしているのだろう。
いったい相手は誰なのか――
そう気になって、彼が話しかけている女子の顔を確認した。
そして――私はなんだか妙に納得してしまった。
「こ……困りますっ。こんな花束、わたし、急に渡されても……」
「フッ……遠慮することはないさ。ボクの気持ちは本物だよ。このバラは、きみに対する情熱の証なのさ」
「うぅ……」
話の通じなさそうなバカに大困惑している女子――プリシラは、今にも泣きだしそうな様子だった。
清楚でおとなしそうな見た目の彼女だが、じつはプリシラも学校では有名人の一人である。
その理由がまた不可思議なのだが――
率直に言うと、彼女は“モテすぎる”のである。
いったい何がそこまで男子を魅了するのかわからないのだが、プリシラはとにかく異性からの人気が凄まじかった。彼女が告白される場面を見かけるのは、じつはこれが初めてではない。私が目にしただけでも数回はあるし、見えないところではもっと求愛されているのだろう。
そしてプリシラ本人は恋人を持つ気がないらしく、延々と男子の声を断りつづけているようだった。だというのに、ああして毎度まいど男から言い寄られているのは……なんというか、ちょっと可哀想かもしれない。モテすぎるのも考え物だった。
「……あんな花、もらっても置く場所に困るでしょうに」
私は遠方のやり取りを、呆れ顔で眺めながら呟いた。
綺麗な花はプレゼントの定番ではあるが、状況を考えなければ逆効果である。実家の屋敷なら花瓶がいくらでもあるかもしれないが、ここは寮で生活する学校だった。大量の花を活けておけるようなスペースなんてあるわけない。
そんな私の言葉を聞いたアレクシスは、どこか不安そうな表情で、確かめるように尋ねてきた。
「……寮室には花瓶が一つ、備えつけられてなかったか?」
「ああ、ちっちゃいアレでしょ? 数輪くらいしか入らないけどね」
たまに同室の女の子が、週末の休日に芍薬などを買ってきて花瓶に挿しているのを思い出す。殺風景になりがちな寮室では、その程度の花でもある程度の華になった。
私は紅茶をすすりながら、相変わらずナルシストなカルヴィンと対応に苦慮しているプリシラの様子を覗き見する。個性の強い人間に好かれると難儀なものね、と内心で同情していると――
ふいに、おそるおそるといった声色で、アレクシスがふたたび尋ねかけてきた。
「……花のプレゼントは嫌いか?」
「えっ? ……あー、ううん。べつに、私は嫌いじゃないけど……」
唐突な質問に少し戸惑いながら、私はそう答えた。
実際に、花の匂いは好きなほうだ。あのカルヴィンみたいに、いきなり大量の花を押し付けてきたら迷惑するかもしれないけど――
家族や、親友や、そして……恋人のような身近な人から、真心をこめて贈られる花はとても素敵で嬉しいプレゼントだった。
私がその自分の考えを話すと、アレクシスは一安心したように穏やかな笑みを浮かべた。
そして――彼は、隠すように椅子の下に置いていた紙袋を取り出すと、その中にあるものを表にした。
それは花束だった。
たった二輪のバラを紙で包装した、慎ましやかな花のプレゼントである。
こんなものを、目の前に見せられる心当たりは――少しだけあった。
「――明日が誕生日だろう?」
「……なんだ、覚えてたのね」
私はちょっと恥ずかしさを感じつつ、ごまかすように笑いながら言葉を返した。
学生が外出できるのは週末だけなので、昨日の休日に花屋にいって買ってきたのだろう。寄宿制学校の学生生活はストイックなので、貴族が実家でやるような誕生日パーティーなんてものは存在しなかった。
だから今年の誕生日も、両親からメッセージカードが届いておしまいと思っていたけど――
どうやら、そんなことはなかったらしい。
「……ありがとう」
私は婚約者からの贈り物を受け取りながら、ちらりと向こうで注目を集めているプリシラたちを見遣った。
どうやらほかの学生たちはあっちばかり見ているようで、私たちのやり取りに気づいている人間はいないようだ。
誰にも見られない中で、私はアレクシスへと視線を戻して口を開いた。
「次のあなたの誕生日には、私も何かプレゼントしないとね」
「無理にしなくても――」
「無理にじゃなくて、したいからするのよ」
私ははっきりとした口調で言いながら、そしてニッコリと笑って伝えた。
「――だって、あなたは私の婚約者なんだから」
10
あなたにおすすめの小説
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
婚約破棄された私はカエルにされましたが、悪役令嬢な妹が拾って舞踏会で全部ひっくり返します
まぴ56
恋愛
異世界貴族の私は、婚約者に捨てられ――口封じに“蛙”へ。
声も出せず噴水の縁で震える私を拾ったのは、嫌味たっぷりで見下すように笑う妹のミレイだった。
「汚らしいお姉さま――わたくしが連れ帰って、たっぷり苛めて差し上げますわ」
冷たく弄ぶふりをしながら、夜な夜な呪いの文献を漁るミレイ。
やがて迎える、王も出席する大舞踏会。ミレイの千里眼が映す“真実”が、裏切り者たちの仮面を剥ぎ取っていく――
呪いが解ける条件は、最後のひと押し。
姉妹の絆が、ざまぁと逆転を連れてくる。
醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい
サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。
──無駄な努力だ。
こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
社畜の私は異世界でも社畜精神が残ったままだった
木嶋うめ香
恋愛
貴族学園の小さな部屋で、私は一人書類仕事に追われていた。
今日も寮には帰れそうにない、机の上には大量の未処理の書類。
せめて空腹を紛らわそうと、ビスケットを鞄から取り出し水を汲んでこようとして立ち上がった途端、視界が暗くなり倒れた。
床に倒れた反動で、頭を床にぶつける。
その衝撃で思い出した、私は前世ブラック企業に勤めていた社畜で、二十三連勤サービス残業付きの末、体調を崩し亡くなったアラサー営業職だった。
他サイトでもアップしています。
折角転生したのに、婚約者が好きすぎて困ります!
たぬきち25番
恋愛
ある日私は乙女ゲームのヒロインのライバル令嬢キャメロンとして転生していた。
なんと私は最推しのディラン王子の婚約者として転生したのだ!!
幸せすぎる~~~♡
たとえ振られる運命だとしてもディラン様の笑顔のためにライバル令嬢頑張ります!!
※主人公は婚約者が好きすぎる残念女子です。
※気分転換に笑って頂けたら嬉しく思います。
短めのお話なので毎日更新
※糖度高めなので胸やけにご注意下さい。
※少しだけ塩分も含まれる箇所がございます。
《大変イチャイチャラブラブしてます!! 激甘、溺愛です!! お気を付け下さい!!》
※他サイト様にも公開始めました!
【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる