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しおりを挟む大人の社交といえばダンスパーティー、などというのは、なんとも古臭い考え方なものである。
さりとて、古臭い貴族の家系の子供たちばかりが通う学校では――相変わらずそういうのが重視をされていた。
世間と価値観がズレているのではなかろうか、などと思うこともあるのだが、貴族の一員である私が声高に言えるはずもなく。
結局のところ強制参加のイベントには抗えず――
私は久しぶりにドレスを着こんで、パーティーホールで暇を持て余していた。
「……退屈だわ」
テーブルの上に並べられた皿からビスケットを一つ摘まみながら、ぼけーっとホール中央のほうを眺める。
そちらには礼服姿の男子と、ドレス姿の女子たちが、演奏に合わせて楽しげにダンスをしていた。慣れた足取りの学生もいれば、たどたどしく相手に合わせている学生もいる。前者は上級生が多く、後者は下級生が多いのだろう。
私も入学初年度は、ダンスなんてろくにしたことがなかったので戸惑ったものだ。今でもあの時のことは記憶に残っている。上級生の男の子から誘われてペアを組んだのだが、思いっきり相手の足を踏んでしまったりして恥ずかしいことこの上なかった。
そんな経験もあって、私はどうにもダンスに参加するのは乗り気になれないところがある。だからダンスパーティーのイベントの時は、たいてい端っこの歓談スペースで友人とおしゃべりして時間を過ごすことが多かった。なんとも有意義でない時間の過ごし方なものだ。
「…………」
で、なんで今は独りぼっちで突っ立っているのかというと。
理由は単純――さっきまで話していた同じ寮室の友達が、異性からダンスの誘いを受けて旅立ってしまったのである。
ちらっと件のペアを覗くと、わが親友はなんとも乙女な顔つきでハンサムな殿方からリードされていた。……あの子のあんな顔、初めて見たんだけど?
いやいや、べつに羨ましいわけじゃないけど。うん。
ただ、こうして無言で楽しそうにしている諸君を眺めているだけというのは、なんというか若干の虚しさというものが――
「――ずいぶん暇そうにしているんだな」
「うわぁっ!?」
真横からいきなり声が降りかかってきて、私は思いっきりビクっと後ずさってしまった。
「……そんなに驚くことか?」
すぐそばには、呆れ顔のアレクシスが立っている。いつの間に近づいてきたのだろうか。ぜんぜん気づかなかった……。
私はアハハと笑ってごまかしつつ、彼の礼服姿を一瞥した。
さすがは良家のお坊ちゃんらしく、正装が着慣れていている。その凛々しい顔立ちと相まって、なんとも絵になる光景である。こんな男子がダンスホールでフリーだったら、すぐさま女の子が寄ってきそうなものであるが――
「……そっちこそ、暇なの? 踊る相手とかは?」
「残念ながら俺はモテなくてな」
「うっそだぁ」
「こういう場所で人気があるのは“フリー”のやつだろ?」
「……まあね」
私は苦笑しながら頷いた。
そう、ここでいうフリーとは暇そうにしている学生のことではない。まだ恋人のいない、恋愛関係になるチャンスのある相手のことを指しているのだ。
その意味では、私やアレクシスは“脈なし”の存在だった。べつに婚約関係を隠しているわけでもないので、同学年なら大抵の人は把握しているはずだ。相手が婚約者持ちだとわかっていてダンスに誘うような度胸を持った人間は、当然だがなかなか存在しなかった。
――軽妙な音楽が奏でられるなか、ダンスの傍観者たる私たちはしばし雑談をする。
授業のことや、寮生活のことなど。何気ない普段の日常について会話をしていると、時間はあっという間に過ぎ去っていった。
ふいに音楽が聞こえなくなり、ホールの中央に目を向けてみると――ダンスを終えたペアたちの多くが離散してゆく様子が見えた。
次の一曲が始まるまでは、少しの休憩を挟むことになる。その間に参加者たちは歓談したり、あるいは次のダンス相手を探したりするのだろう。
「――あ」
私は向こうから、旅立っていた親友が帰還しようとしているのを見つけた。
ダンスの感想はどうだった? なんて聞いてみようかなと思いながら、小さく手を振る。
彼女もこちらに気づいたようで、私たちのほうを見ると――
――逃げていった。
…………なんで?
「……俺が隣にいたから、じゃないか?」
「えっ? ……ああ、そういう。んもぅ」
どうやら私がアレクシスと一緒にいるのを見て、邪魔しちゃいけないと思ったようだ。私は構わないし、たぶんアレクシスも気にしないだろうから、そんな気遣いしなくてもいいのに。
それにしても、わが親友が逃げ出したとなると――
しばらくは二人っきりになる、ということでもあった。
「…………」
「…………」
なんとなく、言葉に困って二人とも無言になる。
このまま他愛のない雑談をしつづけるのは、はたしていかがなものだろうか。
せっかくのダンスパーティーなのだから――という思考がどうしてもよぎった。
ちらり、と私はアレクシスの顔をうかがう。
彼は少し悩んだような表情で、何かを言いたそうにしていた。
そして、ついに、決意したように口を開き――
「その――」
「――プリシラ! 相手がいないようなら、オレがダンスの相手になってやるぜ?」
よく響く声が、この距離でもはっきりと聞こえてきた。
出端をくじかれたアレクシスは、困ったように頬を掻いている。どうやら言い出すのを諦めてしまったようだ。
私は眉をひそめながら、声の発生源のほうに目を向けた。
向こうには思ったとおり“あの”プリシラと、そして――
「遠慮はするな。オレが足取りをフォローしてやるから、安心しろ」
「え、えぇ!? そ、そんな急に……。あの、わたし……今日はダンスをしないつもりで――」
「さあ、そろそろ次の曲も始まる時間だ。オレについてこい」
「な、なんで踊ることになってるんですかっ!?」
うーん、ちょっと可哀想……。
相変わらずプリシラは異性から絡まれまくっているご様子である。もともと彼女はダンスをすべて断っているようだが、相手の男はそんなことを気にせず強引に誘っていた。
「……あれはクランシーか」
隣のアレクシスが、呆れたように名前を言った。
「知り合いなの?」
「いや、男子の間では有名なだけだ。家はでかいが礼儀は欠片もない――なんて陰口を叩かれているようだな。ま、本人はまったく気にしていないみたいだが」
「ははぁ……」
私は説明を聞きながら、クランシーという男子のほうを見る。
ずいぶんと長身で体格がよく、振る舞いは自信に満ちあふれていた。顔立ちは驚くほど精悍で、鋭い目付きは獣を思わせるかのようだ。間近で向かい合うと、たぶんかなり威圧されるのだろう。
……にしても、プリシラは変な男を引き寄せる業でも背負っているのだろうか。
「あんな強引な誘い方、みっともないにもほどがあるわね」
「……そうだな」
「ダンスに誘うなら――もっと紳士的にすべきだと思わない?」
「……ふむ」
プリシラとクランシーのやり取りを眺めながら口にした感想に、アレクシスは何か納得したようにあごに手を当てた。
そして彼は――意を決したように頷いてみせる。
「では、ミラベル嬢――」
改まったような態度で、アレクシスはこちらに振り向いた。
その瞳はとても真摯な色をしていて、まっすぐと私の顔を見つめていた。
……こういう彼も、たまにはいいわね。
なぁんて、内心で思いながら。
「きみが厭わないのであれば、ぜひとも――俺とダンスに興じていただけないだろうか」
私は淑やかに微笑を浮かべ、少し気取ってカーテシーをしながら。
「もちろん、よろしくお願いしますわ。――アレクシス様」
そう快く、誘いを受けるのだった。
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