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新しい世界の始まり

龍の谷と試練

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『ほほう・・・此処は・・・龍の谷じゃな』

「・・・・・龍の谷?」


足下は絶景を通り超えて断崖絶壁。
辺りは赤茶色の岩肌が剥き出しており、どの岩も巨大で谷底を歩いていようものなら上まで登るのに何日もかかりそうな程。


『街・・・ではなさそうじゃの?』

「・・・・ランダムにしたら・・・こんな所に・・・」


辺りを見回しても転送装置など見当たらない。どういう理屈でこんなとこに飛ばされたのか見当も付かない。

普通、他の転送装置がある街に出るのではないか?入り口と出口の理屈だと・・・。


「・・・・・・取り敢えず、その辺探索してみる・・・?」

『ふむ・・・』


独り言のように呟きながらゼノンは辺りを探索。

歩けど歩けど、赤茶色の砂と足下の岩盤。


(何故此処が、龍の谷?)


そんなことを考えていると突然空が暗くなった。


「?!」


見上げると巨大な龍が空を飛んでいた。


「え・・・・・・」


翠色の堅そうな鱗、光を受けてキラキラと輝く様はとても美しいが、これは・・・不味いのではないだろうか?
相手は龍、ドラゴンだ・・・。堅そうな鱗、鋭い爪や牙。そして何よりあの頭から尻尾の先まで50mはありそうな巨体。羽を開いているから更に大きく見える。


(見つかったらヤバい・・・・よね?)

『だろうのぅ、あれはざっと見て、ゼノンのレベルを軽く凌駕しておるしのぅ』

(ひいいいい・・・・)


近くに隠れられそうな岩も木も何も無いので、取り敢えず頭を抱えてしゃがみ込んだ。


(見つかりませんように・・・・)


そんな願いを込めて、巨龍が通り過ぎるのを心の中で祈った、はずなんだけど。

頭上の影が一向に動かないのを不思議と思ってゼノンが顔を上げると、巨大な二つの金色の目とガッチリ目が合った。目の中の瞳孔は赤色でそれが次第に細くなり、ゼノンを捕らえていた。


(何故・・・どうして・・・・こうなった?!)


ゼノンは固まって身動き一つ出来ずに全身が冷や汗でベっしょりだった。


「・・・・ッ・・・・」

『無駄かもしれぬが、・・・やるか?』


少女は物騒な提案をしてきた、だめだ。それは・・死刑宣告に近い。


(いやいやいや、無理だろう・・・逃げ・・・れなさそうだし・・・勝ち目なんて・・・ない)


体格差からして、蟻と象並の差がある。


『・・・・・・・』


金色の双眸がジッとゼノンを観察している。

取り敢えずいきなり取って食われることは・・・・無いと信じたい。


「・・・・~~~~ッ!!」


いきなり巨龍はゼノンをペロリと嘗めた。


(ヤバい・・・これは味見?!食われる?!)


「ぁ・・・ッの・・・僕は・・・ッ」


やっとの思いで声を振り絞るが、渇いた喉に張り付いたように中々声が思うように出てこない。


「・・・ッ美味しく、な・・無いと・・・ッ思い・・・ますッ!」


人の言葉を理解しているかは不明だが、反論も抵抗も出来ずに食われるのはちょっと嫌だった。


『・・・・そう怖がらなくても良い、いきなり取って食おうなどと思っていない』


龍が大きな口を開け鋭い牙が綺麗に生えそろった口を開けカラカラと笑った。


『人族・・・いや・・・鬼人族?がこの地に来るのなんて久しいからなぁ・・・』

「・・・・・」


ゼノンはまだ強ばったまま固まっている。


『そうか、この姿では話も出来ないか・・・』


そう言うなり巨大な龍はみるみる姿を変え、小さくなり、ゼノンの目線の高さの青年になった。


『驚かせてしまって、悪いことをした』

「・・・い・・・いえ・・・」

『私は、見ての通り龍族だ、これでも400年ほど生きている、一族の中ではまだまだ若輩だがな』

(初めて見た・・・龍族・・・長生きなんだね・・・)

『そうさのぅ、龍は長寿の種族だから、普通に何千年も生きる生き物だのぅ』

(普通に何千年も?!)

「そう・・・なんですね・・・」

『それで、何か用があってこの地へ?』

「え・・・いえ、転移装置で偶然・・・飛ばされました・・・」


此処は素直に答えた方が良いだろう。


『転移装置で?偶然?・・・・・』


何か考えるような素振りを見せた後青年は口を開いた。


『そのレベルで?偶然?』

「?」

『転送装置の“ランダム”は確かに”街以外”にも飛ばされる、しかしあくまでも、“適正レベルの範囲で“・・・だときく、しかしお前は、レベル67だろう?』

「・・・・・?」

『此処の適正レベルは250超えだ・・・』

「え?」

『龍の血に縁の者ならまだ納得も行くが・・・鬼人族と龍は同盟すらない』

(何だろう、何か雲行きが怪しくなってきた?)

『適正レベルでもなく、縁もない者が・・・偶然この地に転移してくるのはどう考えてもおかしい』

「・・・・・」

『お前は何者だ?魔族か?!それとも、秘めたる力でも隠しているのか?!』

「えっと・・・・・」

『その力、見せてみよ!!』

(ええええええ・・・・やはり戦う羽目になるの?!)

『そのようだ、しかし、勝機的には龍の姿ではないのは幾分か、ましかもしれぬ』


青年の手は鱗に覆われており、強度もある上に鋭い爪が生えている、あんな刃みたいな爪で切り裂かれたら一溜まりもない。

相手の攻撃を何とか躱しながら、反撃のチャンスを窺う。


『逃げているばかりか?!』


足場も悪く、踏み外したら真っ逆さまに谷底に落下して命は助からないだろう。


(どうすんの・・・これ・・・)

『ゼノン、此処は戦うしかあるまい、戦って潔く散るのだ』

(・・・いやいやいやいや・・・散っちゃダメでしょ?!!)

「ファイアーレインインパクト!」


ゼノンが叫ぶ。

魔力が抜けていく感覚の後、魔法が発動した。

龍の青年目掛けて空から火を纏った岩が雨のように大量に降り注いだ。


『!』


上を見上げ、一瞬驚いた表情を見せた後青年はその場から距離を取り攻撃を躱した。


『ほう・・・・詠唱もなく、中級の術を使うか』

(詠唱?)

『ふむ・・・普通は精霊達に己の魔力と引き替えに、願い頼むことで魔法が発動するからのぅ』

(そうなんだ?)

『唱えてみたいかの?例えば・・・“我願う、我が前に立ちはだかる者へ、裁きの雷を!サンダーボルト!“とかよ』

(・・・・・恥かしいな・・・それ・・・)

『くくく。言うと思ったわ、ゼノンはそのまま無詠唱で良かろう、今は“我の主“なのだから』

(分かった・・・)


夜鎖神を手に、青年の攻撃を剣で防ぎながら、隙を探す。


『剣士かと思えば、魔法を使う、お前は魔法剣士か?珍しいな』

「珍しい?」

『鬼人族では、居ないと思うが?他の種族でもそこまで居なかったはず・・・』

ゼノンは両方使えて便利な職業だなぁくらいにしか思っていなかった。


確か剣術にも“スキル”と呼ばれる技があったはず。

夜鎖神を構えると、夜鎖神は呼応するように赤く模様が輝きを増す。


『?!』


周囲の空気が変わったような気配に青年は一瞬攻撃の手を止め、ゼノンを凝視した。


「烈風光刃!」


ゼノンは閃いた言葉を口に出した。体が勝手に動いたような感覚で夜鎖神を振るう。体感では一度しか剣を振ってないのだが・・・。

そのすぐ後に無数の光を纏った風の刃が青年を目掛けて飛んでいった。


『な?!!』


高速で飛来するそれを青年は躱すことが不可能だと知るやすぐに、両手を交差させ頭を庇うように胸の前にだして、防御の姿勢を取った。


「・・・・・・」

『馬鹿な・・・?そんな・・・・』


赤い地面にポタリと血が落ちる。
堅い鱗に覆われていた腕が深々と切れて傷ついていたのだ。


『この私に傷を・・・つけるとは・・・・』

(あ・・・何か更に不味い?)


背筋に悪寒が走った。


『あんな高速で精錬された見事な動作で剣を振るい、無詠唱の魔法を使う、か。ふふふ・・・くくく・・・面白いッ・・・これは少し本気を出さないと失礼だろうな?!』


「え・・・」


今まで本気じゃなかったのか?とゼノンは唖然とした。

青年は見る見る姿を変え、初めにみた巨大な龍の姿になっていた。


「ええええ・・・・・」

『さぁ・・・再び・・・』


言いかけたときだ、別の何かが空から振ってきて、龍の頭に当たった。


『翡翠、何してるのさ?!試練はもう終わっただろう?!』


女の子の声が龍の頭上で聞こえるが、下に居るゼノンには見えない。


『~~~痛ぅ・・・・ッ・・・』

『君に傷をつけれるほどの者だ、敵対する意思も感じない、もうこれは合格でしょう!』

『しかし・・・・』


翡翠と呼ばれた龍が納得できずに反論しかけたのを、少女がにっこり微笑んでそれを遮った。


『まだやりたり無いなら今度は私が相手になるよ?もう嫌だっていうまで遊んであげるよ?翡翠(ニコリ)』

『・・・・・ッ・・・・わ、分かった・・・もう十分だ・・・』

『うんうん、そう素直が一番だよね』


少女が翡翠の頭の上から降り、ゼノンの前に着地すると、翠の巨龍も姿をまた人型へと変化させた。


『龍族は、訪れる者の力量を試す“試練”をして、合格した者を認めて里へも入る許可をしてるの』


少女は言う。


『いきなりで驚いたでしょ、ごめんね、私はソラ。』

「だ、大丈夫です」

『そう、良かった、貴方は合格よ、さあ里に案内するわ』


そう言うとさっきまで一面赤土の岩盤だった場所のはずなのに、目の前には緑溢れる幻想的な空間が広がっていた。



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