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新しい世界の始まり

黒龍解呪作戦

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龍達は空を見上げて固まっていた。風の音すら聞こえないほどの静寂。

突然現れた漆黒の闇を纏った黒龍の出現がそれほどの異質だった。

しかしそれも次の瞬間には悲鳴に変わった。

黒龍の放った大きな闇の炎のブレスによって一瞬にして草原は焼け野原になったからだ。

巻き込まれた小さな龍達は逃げる術もなく炎に巻かれて絶命していった。


『何だ?!あの黒龍は?!この世界に終焉でも呼ぶ気か?!』


龍達は逃げ惑い黒龍の圧倒的な力に恐怖していた。


『大地すら溶かす龍の吐息か・・・』

『何してるのさ?翡翠?』

『最強の名を頂くなら“あれ”位を討伐すれば良いんじゃないか?』

『呆れた・・・あれはもう“神”クラスだよ?龍の姿をした神を倒せる訳ないよ』


ソラがそう言いながら翡翠と空の上の黒龍を見上げていた。


(おかしいなあ・・・未来視ではこんな自体にはなってなかったんだけど・・・)


ソラは1人首を傾げていた。彼女の能力で近い未来起こりうる内容が映像として視ることが出来た。

その力の発動条件は、その目で視た対象の未来である事。先ほど視たのはゼノンが白龍の呪いを解いて楽しそうに話をしているものだったはずだ。

だから長が会いたがっているといって洞窟へ案内もしたのに。

あんな黒龍が出てきて里を破壊し命を蹂躙していくものではなかったはずだった。どこで未来が変わったのだろう?


『とにかく今は逃げないと!』


そうなのだ、このままでは、隣に居る翡翠が命を落としてしまう。

黒龍の吐息によってその身を半身焼かれて、藻掻きながら・・・・苦痛の中絶命してしまう。

しかもよりにもよって自分を庇う所為で、だ。絶対にそんな自体になりたくない、したくない。

だからソラは一刻も早くこの場を離れたかった。

少しでも黒龍から遠くへ。



▲▲▲


『ゼノン殿・・・最早・・・父様は・・・倒すしか救われないのでしょうか?』

(まだ、手はある?)

『ある、大丈夫なのじゃ、黒龍の頭に触れることが出来れば解呪できる、ただし相手は空の上じゃ、分かるかのぅ?』

「頭に触れることが出来れば・・・・まだ何とかなりそうです」

『頭・・・というと空高く飛んで、父様の頭の上に降り立つしか?』

「はい、生憎と僕には空を飛ぶ翼がありませんが」

『それならば、私がゼノン殿を運びましょう』

「危険かもしれません」

『何を今更、父様を救ってくれようとしている方が命を掛けているのに、息子である私がその命を惜しんで掛けないのはおかしいでしょう?』


珀影はにっこり微笑んでそう答えた。


『・・・・・』


朱里は黙ったまま2人を見ていた。

最早自分が何を言っても聞き届けられないのは理解している。


『では、ゼノン殿、どうぞ私の背に』


白い鱗をした白龍が大きな翼を広げその背に乗るように促す。


『朱里、貴方は里の皆に避難指示を頼みますね』

『・・・どうか、ご武運を』


朱里は祈るように両手を組み、涙目のまま珀影を見送る。

一緒に連れて行って欲しいなんてこと言えるはずもなく、足手纏いなるのも嫌だった。

見送りしか出来ない弱い自分が惨めで悲しかった。

ゼノンは珀影の背に乗り、洞窟を抜け空へと飛び出した。


『これは・・・ッ!!』

「・・・・酷いな・・・」


空から見下ろした里は一面黒い炎に包まれ、美しかった緑が跡形もなく黒に塗りつぶされていた。

龍の死体が炎で燃えた焦げた臭いや血の鉄臭さが辺りに充満していた。


『・・・父様・・・・こんな・・・・どうして・・・』


大きな瞳に涙を溜め震える声で言葉を絞りだしていた。


「・・・珀影さん、今は泣くよりも龍王さんを止めないと・・・」

『・・・そうですね、すみません・・・』


更に上空高く飛び、翼を羽ばたかせる珀影。

雲の中を抜け雲の上に出た時だった。


「!!」

『あ・・・ぐぅ・・・?!』


目の前に黒龍がいて、その手には今し方もぎ取られたような血が滴る翼が1翼。


「え・・・」


グラリとバランスを崩し必死に片翼の翼を動かす珀影だが、巨大な体に、ゼノンまで乗せてそれは無理だった。


『ゼノン殿、・・・すまない・・・・墜ちる』

「え・・・・・?」


思わず下を見たゼノンの表情が一瞬で青ざめる。

無理もない、地上まで高度3000m以上ある。この高さから生身で墜ちたら・・・・粉々になりかけない。


「あ・・・・あああ――ッ・・・・?!」


次第に落下の速度が速くなる。最早死刑宣告に他ならない。


『せめて、貴方くらいはこの命に変えても守ります!どうか、後のことを頼んでも良いだろうか?』


珀影はゼノンの意見を聞く前に背中のゼノンを優しく両手で包み込むとクルリと姿勢を反転させ背中向きで地上へ落下していく。

いくら龍種が堅い鱗をもった種族でもこの高さを背中から墜ちたらタダでは済まないのではないだろうか?

解決策を考える時間も無い中、2人は地上へと到達してしまった。

激しい爆音を響かせて珀影は背中から炎で燃える地面に叩きつけられた。

ゼノンは彼の腕の中で包まれていたとはいえ衝撃は凄まじく、何度も体をぶつけた。


(イテテ・・・・生きてる・・・・)


包まれていた両手が力なく崩れ、ゼノンがその中から解放され外へ出ると・・・


「!!!!」


地面は赤い夥しい程の血で染められ、激しく燃えていた炎さえ、その血で消えていた。


「は・・・・珀影さん!!!」


折れた骨が内臓でも突き破ったのだろう、激しく吹き出す血に、大きな口からゴフッと血がこぼれ落ちた。


『あ・・・ぁ・・・ゼノ・・・ン殿・・・・無事・・・・で――・・・』

「もう喋らないで!」

(治せるか?!)

『完全ではないがある程度は、可能じゃ』

(頼む・・・・・目の前で・・・誰にも死んで欲しくない・・・)


「セイントヒーリング」


薄い緑色の光がゼノンの掌から広がり、珀影を包み込んだ。

虚ろで曇った瞳をしていた珀影の瞳に再び光が宿った。

流れ出て失った血は戻ることはないが、ある程度の怪我、骨折も徐々に治っていく。

今にも目の前で消え入りそうだった命の蝋燭が再び息吹きだした。


『・・・――ッ?!・・・ぇ・・えっと・・・・私は・・・・?』


珀影は驚いた表情のまま自分の両腕を確認し、突き出た骨があったはずの腹も確認した。衣服は破けているが、傷跡はなかった。


「よ、良かった・・・・・」

『ゼノン殿・・・・私は今死んでいたような・・・・?どうして・・・』

「回復魔法を使いました」

『回復・・・魔法・・・こんな威力の回復魔法私は知りませんが・・・・しかし、ありがとうございます、このご恩は――・・・』

「まだ、終わってません、話は後で」

『そうでした、まずは父様を・・・』


珀影は立ち上がり、再び空に飛ぼうとして、言葉を失った。


『・・・・・ゼノン殿・・・・』


珀影の言おうとすることをゼノンは分かって俯きながら謝罪するしか出来なかった。


「・・・・すみません・・・・翼は欠損し既に失われていたようで・・・・」

『そうですか・・・・ですが・・・それでは・・・・どうやって父様の頭の上に・・・』

『珀影様、話は朱里から聞きましたぜ、我らの背をその方に・・・』

『お前達・・・避難したのではなかったのですか?!此処は危険です!』


声の方を向くと若い男達が数十名ほど立っていた。


『先ほどの爆音・・・・ゼノンさんの回復魔法・・拝見しました!常に動く足場なら黒龍の攻撃も当たりにくいでしょうぜ、我らの背を足場としてゼノンさんに跳んで頂ければ、危険も減ると思いやす』


(え・・・・僕が跳ぶの?空の上で龍の背を?風もあるのに・・・・絶対足滑らせるよ・・・)

『・・・・ゼノン殿が危険では?いくら鬼人族とはいえ・・・』

『足を滑らせると?そんなに運動神経ダメなんですかい?』


チラリと男達の視線がゼノンに集まる。


「・・・・えっと・・・・あまり・・・良い方では・・・ないです」

『なんと、・・・・まぁ・・・滑らせたら拾いますんで、安心してくだせぇ』

「・・・・・・わ・・分かりました、お願いします」


珀影以外の翼を持つ龍種が階段のように螺旋に飛び上がる。


「・・・・・」


ゼノンは意を決してその背を跳び次の龍の背に着龍する。

それを何度も繰り返し、無事黒龍の姿が見えるところまで上ってこれた。

この時ゼノンは自分の精神力を褒めてやりたいと思った。

何とか黒龍の真上に来たものの、どうにも近づけないのだ、闇が濃すぎて近付くだけで龍達が苦しそうにする。

ゼノンにはあまり感じないが、良くないものであることは理解している。


『・・・ぐうううう・・・・こんなはずでは・・・・ッ』

「・・・・大丈夫です、ここから先は僕がッ」

『え?』


さっきまで震えていたゼノンが自ら龍の背を跳んで黒龍の頭上に飛び降りたのだ。

一歩間違えば、黒龍に乗るどころか、そのまま空ぶって上空に投げ出されていたかもしれない大きな賭けだった。

しかし見事にその賭けには勝った。

額に触れ、魔法を口にする。


「セイントリカバリー」

(あれ?ハイリカバリーじゃないんだ?)

『上位の解呪魔法じゃ』


眩しいくらいの白い光が黒龍を包み込んでいた。
黒龍は光に最初は藻掻きながら手当たり次第に吐息を吐きまくったりしていたが、次第に落ち着いたように何の抵抗もしなくなった。


次第に高度も落ちてきて、地上がすぐ側に見える。

ゼノンは墜ちまいと必死に黒龍の角にしがみついていた。

白い光に包まれたままの黒龍は大きく1度だけ咆哮をすると意識を失ったのか急に落下速度が増した。

本日2度目である。


「え・・・マジか・・・・・ッ」

『ゼノンさん!』

『龍王様?!』


周りに先ほどの龍達が寄ってきて、ゼノンを拾ってくれたが、肝心の龍王はどうなったのだろう?

解呪は成功したのか?


『無事成功したようじゃ、今は意識を失っておるが、目を覚ませば戻るだろうよ』

(目を覚ませばって・・・そのまま珀影みたいに昇天しかけないか?)

『む?』

(あの落下速度・・・・普通に滑空とかのレベルじゃなくて墜ちてるよ?)


黒龍の姿は光が消えると白い龍の姿には戻っていたが、未だ意識がないまま上空3000mを落下している。


『龍王様ッ!!』

『気を確かに!!どうか!!』


龍達は叫ぶ。

そして地上が目前に迫ったときに、珀影の叫びが聞こえた。


『父様ァァァァッ!!!』

「!!」

≪――む?!ッ――≫


龍王はパチリと目を開いて地上に激突をする前にヒラリとその身を翻し翼を羽ばたかせた。

ゆっくりと白龍は珀影のもとへと降り立つと龍の姿から人型へと姿を変えた。


『ご無事で・・・・良かった・・・・ゼノン殿・・・本当にありがとうございます!』


ゼノンも無事に地面に足が着いてホッと胸を撫で下ろしていた。


≪あの闇が・・・消失している?――どんな魔法を・・・≫


龍王は言いかけて口を噤んだ。

何故か深く聞いてはいけないような気がしたからだ。


「強い想いの力です」

≪――ふむ・・・そのような話を遠い昔聞いたことがある・・・確か、精霊王の魔道具・・・・――≫


そこまで言いかけて、龍王は黙ったままゼノンを見据えた。

龍王眼・・・強く見据えた相手の称号などの“強さ”を視ることが出来る鑑定眼の一つ。


【“エルフの民との絆、精霊王の加護をうけし者、幻龍の友“】


そんなとんでもない称号がゼノンから見えて、龍王は暫し我が眼を疑った。

(“幻龍の友“とな・・・星と共に産まれその身は死してもなお、何度も蘇るという伝説の星の化身である龍だったか・・・)


そんなことを考えながら龍王はゼノンを見据えたまま固まっていた。


≪――あの闇を払って頂き、感謝しても足りぬ位だ・・ああ・・・申し遅れた、私はこの里の頭をしておる、ゼクセスと申します。≫

『父様?お体の方はもう大丈夫なのですか?』


珀影が心配そうに覗き込み、あ・・。と声を漏らした。


『父様・・・その瞳・・・・・』

≪ぬ?私の目がどうかしたかの?≫

『蒼く澄んでいた瞳が、・・・その色を失って銀色に・・・・』

≪何?珀影、それは誠か?≫


珀影は静かに頷いた。

何やら嬉しそうな龍王の様子に、意味が分からない周りは困惑した表情のまま様子を窺っている。

銀色の瞳に黒色の髪の若い男性、それが今の龍王の人型の姿だ。以前は銀色の髪と蒼い瞳のイケメンだったそうだが・・・。

白っぽい色が抜けたような銀色の瞳を確認すると龍王は周りの者にニコリと微笑んだ。

≪どうやら、昇華進化というらしいな・・・≫

『昇華進化?』

≪何らかの特殊な条件を満たすことで存在を進化できるらしい、現に私は種族が“白龍”から“聖龍”となっている≫

『え?えええええ?!それは・・・本当ですか?!父様』

≪ふむ・・・このまま行けば、いずれは・・・“神龍”も近いもしれん!≫


嬉しそうな龍王に、周りの重鎮達は唖然としていた。

里は崩壊しているが、復興は何とでもなるらしく、その夜は細やかながら宴が開かれた。


『ゼノン殿には本当に感謝している!父様を救って頂き・・・この恩は必ずや・・・』


珀影がゼノンの前に跪き頭を垂れながら口にすると、周りの者達も同じように跪き頭を下げた。


『我ら龍族一同、心より感謝を申し上げる・・・ッ王を民を救って頂いたこと生涯忘れませぬ!!』


お礼にと大量の龍光石と龍笛と呼ばれる貴重な魔道具も頂いた。

笛は龍にだけ聞こえる特殊な音を発し近くに居る龍を呼べるらしい。

その笛は龍光石で出来ていて、吊し紐の先には同じく丸く加工された龍光石が取り付けてあり、笛もそれにつけられたアクセサリーも細かな細工が彫られた見事な一品だった。


『いつでも、呼んで下さい、我ら龍族は貴方の力になりましょう!』


そうして転送装置もないので、近くの街まで龍の背に乗せて貰い届けて貰った。

後で気付いたけど・・・・“帰還の書”の存在忘れてた。と










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暴走する龍の話の回、ちょっと長くなってしまいましたが・・・

色々な場所やダンジョンへの冒険も始まります!ゆっくりではありますが、見守ってもらえたら嬉しいです( ´艸`)


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