スレイヴイーター

鬼畜姫

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沈黙の聖女

とある貴族の求愛譚

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 不思議な気分でした。
 わたくしが信じている愛とは、もっと粘着質で、どす黒いものだと思っていたのですから。
 こんなドロドロに焼かれ過ぎている部分もあるというだけで、本当は色んな形をしていたのですね。
 そして、他者という存在が毒となるか、薬となるかなんて――完全に理解できないのなら、信じられると思う者を受け入れるしかない、と。

 思えば、私は人の毒に慣れすぎていたのかもしれません。
 シスターとして拒絶を良しとせず、受け入れるだけの日々だったのですから、こんなにも耐性が無い人の気持ちを深く考えることをしませんでした。

 皆で幸せになる。

 救いを差し伸べる時には、この教えの下にいつも引き寄せていたのです。

 強引に行かなければ、迷っていれば死んでしまう状況だってありました。
 そんな時は決まって回復魔法が頼りとなります。
 結果、命を救ってくれた存在である私を受け入れてくれるようになるわけです。
 吊り橋効果に期待していたわけではありませんが、結局のところはそれを狙える自分がいかに人から受け入れ易い人間だったのかようやく理解できました。

 ええ、それはもう苦しみなんてまったく感じないほどに。
 感覚は麻痺してしまっていたのです。

 そして私は今、ようやく胸の痛みを感じるようになりました。

 これが御主人様の毒なのでしょう。

 甘く、切ない……酷く傷んだ心。
 それを飲み込んだ私は、苦しくもあり、嬉しくもありました。
 だって御主人様の心を感じていられるのですもの。

 ああ、けれどこれはまだほんの一滴。

 身体が少しだけ触れているだけのつながりしかありません。

 私が全身で愛を飲み込める日は来ないかもしれませんが、きっとこれから少しずつ増えていくのでしょう。

 全てを今すぐ欲しいなんて考えは贅沢すぎますよね……。

 すぐ側にいる顔を見つめれば、困った顔をした御主人様が苦笑いを浮かべています。

「僕をまた気絶させたいのかな?」

 御主人様の態度には、『もう、君の好きにしなよ』という心が見え透いているので、ズルいなと私は思いました。
 そんな顔をされたら、蕩けた顔でおねだりできないではありませんか。

「ふふっ、君もそんな顔で怒るんだな」

 全然怖がっていないので、普段見せない表情に喜んでいる様子です。

 悔しいです。

 年上の威厳をもっと感じて下さい!

 しかし、私の表情は幼く見せるのか、御主人様の態度は一向に変わりません。

「怒った顔も可愛いよ、マリア……。明日からの僕を側で見守ってくれ。どうしようもない僕だけど、君を守る為に外の世界へ飛び出してみせるから――」

『見捨てないで欲しい』

 簡単に見透かせる弱気な心を隠して――。
 言葉を飲み込んだ御主人様は、「おやすみ」と言ってから私の頬にキスをしました。
 それから、ゆっくりと瞼を閉じます。

 私も御主人様も身体が睡眠を欲してしまい、ここまでが限界のようです。
 声を出した痛みは和らぎましたが、私も起き上がってベッドを整える気力すら失っていました。

 私もそのまま自然と瞼を閉じていきます。

 痛みを我慢していたのが解放されて、そのまま意識は小さく萎んでいくのです。

 ああ、起きたら世界はこれまでと一変するのでしょう。

 しかし、私がそれを台無しにするわけにはいきません。
 私の為に努力しようとしているのに、私が欲情を我慢しない訳にはいきませんから。

 そうですね、私が信じてあげなくてどうするのですか。

 この我慢の先に、本当の愛が待っているのだと。

 ええ、ここから始めましょう。
 御主人様の活躍される愛の物語を。
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