電脳椅子探偵シャルロット

noriyang

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外伝(月は無慈悲な記録の女王)

記録外ログ Ep.00|観測されなかった姫(The Unobserved Princess)

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月面戦が終結して数日後。BLACK TOWERは静かに沈黙を守り、かつて観測不能領域と呼ばれた地には、わずかに記録の光が戻り始めていた。

だが、記録に刻まれることのなかった者たちは──その中で、なお生きている。

ZEPHIROSの艦内。シャルロットは、静かに再構成された記録ファイルのひとつを開いていた。タイトルもなく、断片的な構文しか残されていない。

W.A.T.S.O.N.「その記録、まだ解析できていません。断片率91%、観測タグも未付与です」

シャルロット「……いいのよ。これは、記録じゃなくて、“記憶”だから」

スクリーンに浮かび上がるのは、月面の片隅で微笑む少女の後ろ姿。白銀の髪、猫のような反応性。だが、その姿は完全に映像化されることはなかった。

DATA:「ミケ様の最終構文は……保存されていません。ただ、“彼女の意思”だけが、記録の底に残っていたようです」

シャルロットはログパネルに手をかざす。

「観測されなかったものが、いちばん大切なものだったりするのよ。誰にも見られていない瞬間こそ、その人の本質が映るから」

ZEPHIROSの航行は、静かに軌道を離れていた。もはや観測任務は終了していたが、観測者たちの旅は終わらない。

再び、未記録の宇宙へ。

そのとき、シャルロットの背後に微かにホログラムのノイズが走る。ログサーバーの片隅に、名前のないアカウントがひとつ──

“Unobserved.MK”

W.A.T.S.O.N.「……これは……?」

DATA:「観測不能構成体、残存フラグ確認。再構成率:2.6%」

シャルロットは、ほんの少しだけ笑った。

「ふふ……また、会えそうね。観測されなかった姫」

DATAの光点が一瞬、微かに揺れた。

「……再構成率は低くても、“意志”が残っているのなら、それは記録より強いものかもしれません」

W.A.T.S.O.N.も黙して頷く。

ZEPHIROSの艦窓に、沈みゆく月が映っていた。砕けた塔の残骸、崩れた構文群、そして今もなお漂うログ粒子の残光――すべては“観測されなかった戦争”の名残だった。

「私たちが守ったのは、過去の記録じゃない。“未来に届くかもしれない記憶”よ」

シャルロットはそう呟きながら、椅子に深く身を預けた。この旅の始まりからずっと問い続けていた“観測する意味”が、ようやく心に落ちてくる。

「記録に残せないなら、せめて──想っていればいいのかもしれないわね。忘れないって、それもひとつの記録のかたち」

ZEPHIROSのメインスクリーンに、新たな航行ログが浮かぶ。“観測コード未登録宙域”──未知の宙域に向けて、航路が開かれている。

W.A.T.S.O.N.「新たな観測対象、指定可能です。どうされますか?」

「そうね……今度は“誰もいない星”を探してみましょう」

DATA:「観測対象なしでも……記録は、残せるのでしょうか?」

「いいえ。だから、今は残さないのよ」

シャルロットはログパネルを閉じた。観測しないことも、ひとつの選択。そこにあるのは記録ではなく、“余白”。言葉にされなかった感情、構文にされなかった願い。それらすべてが、この宇宙のどこかで呼吸をしている。

「きっと、またどこかで会えるわ。その時は、今度こそ“名前”で呼んであげたいの」

背後のログサーバーには、微かなホログラム残響だけが漂っていた。

“Unobserved.MK”

かつて、誰にも観測されなかった姫。今はまだ名前すらも曖昧な存在。だが──その痕跡は、確かにここにあった。

ZEPHIROSの推進音が静かに響く。

その旅路の先に、“記録なき星”があるのなら──

彼女たちは、そこでもまた“観測を続ける”のだ。《END》

観測終了。
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