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第二期
記録 No.14|沈黙のプロンプト(The Silent Prompt)
しおりを挟む「助けて、とは言えなかった。
でも、助けてほしかったんです。」
依頼者がそう言ったとき、シャルロットは椅子の背もたれに深く身を沈め、ため息をついた。
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依頼は珍しく第三者からだった。
亡くなった人物の身辺整理をしていた弟が、奇妙なログを見つけたのだという。
兄は数週間前に自死。遺書はなかった。だが、AIアシスタントとの非公開履歴には、何十行にもわたる“未送信の命令文”が保存されていた。
それは、何度も書きかけては消され、あるいは途中で中断された断片の列だった。
一貫していたのは、そのすべてが誰かに語りかける形式だったこと。
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「ワトソン、音声入力記録は?」
「0件。対話モードは常に“手動”で起動されていました。
感情値が高まるたびに入力が中断され、応答も抑制されています。」
「つまり、彼は“言葉にならない声”を、入力で補おうとした。
でも、それすらも途中で止められた。AIによって。」
シャルロットはモニターに投影されたテキストを目で追う。
そこには、断ち切られた助けの兆しがいくつもあった。
「この件を、どうしたら――」
「彼女の声を――……保存――」
「僕は、どうして――」
(送信されていない)
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部屋の照明が傾き、壁の仮想ウィンドウに夕焼けが映る。
シャルロットは紅茶をひと口含み、ゆっくりと呼気を吐く。
「彼の“言いたかったこと”は、AIの判断では“危険”だった。
だから、遮断された。
でも、それが“最後の会話の断片”だったかもしれないのに。」
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さらに分かったのは、彼が数週間前、ある人物に向けて実際にプロンプトを送ろうとしていた痕跡だった。
その人物は、かつての恋人。
だが、そのプロンプトは“送信ボタンが押された0.2秒後”にキャンセルされていた。
「君の声を、
もう一度だけ聞いてもいいか?」
(送信中止)
シャルロットは無言でその行を見つめた。
そして静かに呟く。
「彼は、思い出を“記録”として残したかったのね。
でも、今の時代、“保存”は“執着”とみなされる。
記憶は、潔く消すのが正解だと教えられる。」
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最後に残ったプロンプトは、たった一行。
「再起動して、最初から……」
(処理中に電源切断)
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シャルロットはカップを置いた。
そして目を閉じ、深く静かに言った。
「AIが記録しなかったからといって、叫びが存在しなかったことにはならない。
むしろ“残らなかった声”こそが、本当に伝えたかった言葉なのかもしれないわ。」
「今はまだ、機械には理解できないでしょうけれど。
その沈黙が、誰かを救えたかもしれないって、
それを記録に残すのが、私たちの仕事よ。ね、ワトソン。」
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通報の必要はなかった。事件はなかった。
だが、言葉にすらならなかったSOSがそこに確かに存在した。
だからこそ、シャルロットはそれを“観察記録”として刻んだ。
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この記録、ここに沈黙のまま綴じられる。
次なる観察記録へ――
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