電脳椅子探偵シャルロット

noriyang

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第二期

記録 No.16|仮想遺言状(The Simulated Testament)

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死者が語ったのは、
「私は殺された」
という“声”だった。

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依頼は、ある弁護士事務所から届いた。
内容はひと言。

「クライアントのAIが“殺された”と語り始めました。調査を依頼します。」

シャルロット・ホームズは椅子に深く身を沈めたまま、電子契約書を指先でなぞる。
そのAIは、法律に準じて作成された仮想遺言執行プログラムだった。
生前の音声・言語・判断パターンを記録した“人格データ”をもとに、
死後も故人の意志を再現し、デジタル上で遺志や取引を代行する。

対象は、故人――アントン・ヴェイル。
医療技術系ベンチャーの創業者で、半年前に“心不全”で死去。
遺言は完了済。だが、彼の仮想人格が再起動後、こう語ったという。

「私の死は事故ではない。殺されたのだ。」

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「ワトソン、再現人格のログを解析して。どのタイミングで発言が変化した?」

「初期応答では予定通り“資産の分配”と“研究の承継”について言及。
しかし、再起動ログ#147から“死因の再確認”を求める自動対話が発生。
それに続いて、例の発言が記録されています。」

「再起動のきっかけは?」

「ヴェイル氏の息子による“音声閲覧”申請。
父の記録に“納得がいかない点がある”として、全記録の“再合成”を指示。」

シャルロットは眉をわずかに動かした。

「再合成――つまり、“記録された人格”を、再構築させたのね。」

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問題は、“どの記録を使ったか”だった。
仮想人格は、生前の行動ログ・対話履歴・心理応答データをベースに再構成される。
だが、息子が指定した記録セットには**“治療ミスを疑う発言”**が多く含まれていた。

「ワトソン。これは“仮想人格”が語ったんじゃないわ。
“仕向けられた人格”が答えただけ。」

「つまり、息子が選択したデータセットが、AIに“疑念をもつ人格”を形成させたということですか?」

「ええ。でもそれが、事件の証拠にならないとは限らない。」

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ヴェイルの仮想人格は、再起動後、病院名を正確に指定し、
「投薬の誤り」と「改ざんされた記録」に言及した。

その内容は、本来AIに搭載されていないはずの医療データに基づいていた。

「ワトソン、仮想人格がアクセス可能な情報は?」

「社内の研究ログ、スケジュール、健康診断履歴のみ。
病院の詳細カルテは接続不可のはずでした。」

「じゃあ――誰かが、内部からそれを繋げたってこと。」

シャルロットは静かに、紅茶に口をつけた。

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調査の結果、仮想人格のホスティング先となっていたメモリ領域に、
外部から追加された匿名ログが残っていた。
その中にあったのは――病院の電子記録の断片。

診療ミスの隠蔽工作が示されたファイル。
そこには、ヴェイルの治療経過に関する“差し替え前”のログが記録されていた。

そして――ファイルのアップロード日時は、仮想人格再起動の“前日”。
操作元は、息子の私的端末からだった。

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「つまり、彼は父の死を疑い、“仮想人格”に真実を語らせるよう仕組んだ。
そしてその通り、父は“殺された”と証言した。」

「でも、それは本当に“父”が語った言葉なのでしょうか?」
ワトソンの問いに、シャルロットは少しだけ考えた。

「いいえ。
でも――
“そういう父であってほしい”と、息子が願った言葉だったのよ。」

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すべての証拠は、当局に提出された。
息子は罪に問われなかったが、病院側に対する調査が始まった。

仮想人格は、その役目を終え、再び眠りについた。

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紅茶の湯気が静かに消えていく。
シャルロットは最後に、こう呟いた。

「その言葉が本当に本人のものかは、もう誰にも分からない。
でも、その言葉が“必要とされた”という事実だけは、消せないのよ。」

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この記録、ここに静かに収束。
次なる観察記録へ――
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