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24.クリスマス①

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12月24日 夕方

 バラエティの撮影が終わり、楽屋に戻ったヒナキは、スマホの画面を見るなり絶望した。いや、正確には歓喜と落胆が同時にやってきて、頭がすぐに回らなかった。
「jun_uranosさんがライブ配信を開始しました。リアルタイムで視聴しよう!」
 そんな通知が、1時間前に届いていた。ヒナキも仕事で運用している、大手SNSのアプリからだ。
「クソッ、見逃したか?」
 大急ぎでイヤホンを差して、アプリを立ち上げる。幸いなことに、まだ配信は続いていた。ホッとしながら、見慣れたアイコンをタップする。画面の中には、サンタ帽を被った潤の他に、URANOSのリーダー MEGが映っていた。
『……ハイ。というわけで、話してばかりも仕方がないということで、前にFCライブで好評だったのでね。「ARISE」を弾いてみました。どうだった?』
 潤はヴァイオリンを演奏していたようだ。背景は、スタジオらしき場所である。
『おっ、ライブ見られなかったから嬉しいって。ありがとね~俺らもあなたに聞いてもらえて嬉しいよ』
『本当、ありがとうございます。……ああ、今来てくれた人のために説明すると、今日俺とMEGは2人で作曲をしてまして。ハイ、ある程度作業したので、配信でもやろうかなと。ゆるゆると喋り出した次第です』
『でね、せっかくこんな場所にいるのに喋ってばっかだと勿体無いねって、2人でチョロっと楽器を触ってみました。貴重な日曜の夕方なのにありがとね、みんな。もう1時間以上やってんだね』
 2人は随分上機嫌らしかった。 MEGはキーボードの前に座って、トナカイの角と鼻をつけている。彼がギター以外にも様々な楽器を演奏できることは知っていたが、鍵盤に触れているのは初めて見た。
——ということは、ここはMEGの作曲部屋なのだろうか? だとしたら、すごく貴重だ。
 確か、MEGは作曲にはキーボードを使っていると言っていたはずだ。推測に基づく不確かな情報でありながら、少しばかり興奮してしまう。画面の中の2人があまりにも楽しそうにしているので、つられて笑顔が浮かんだ。
「にしても、この2人がインライって珍しいな……」
 ヒナキは思わず呟いて、リアクションを送った。2人は視聴者からのコメントやリアクションを見ては、律儀に返事をしている。と、ある時 MEGが誰かのコメントを目にして、不思議そうな顔をした。
『ん……? 高永ヒナキの公式アカがこのインライ見てる……って、マジ!?』
「えっ」
 ヒナキは慌てて自分のアカウントを見た。試しにコメント入力のバーをタップする。
「あ……やば」
 焦っていたせいで、うっかり自分の公式アカウントで配信にアクセスしてしまっていたようだ。基本的に管理はマネージャーの相良に任せていたのだが、彼が共演者を軒並みフォローするものだから、いつのまにかJUNのアカウントもフォローしていたらしい。
——最悪だ。気づかなかった!だってインライの通知来るのって閲覧用アカだけだと思ってたから……。
『ヒナキさん見てるんですか? お疲れ様です』
 潤がカメラに近寄ってきて、こちらに手を振った。すごく爽やかだ。ヒナキは思わず額を押さえ、悶えてしまった。
「無視するわけにはいかないし……」
 そう思い、ヒナキは「気にしないで」とだけコメントを残した。それに、視聴者たちが反応を示した。
 「高永ヒナキ本物!?」「ヒナキくんーー」「ラヴァチェンじゃん」「ヒナキくんとJUNくん仲良いんだね」などと、コメントが嵐のように流れ始める。
——どうしよう。間違えましたとか言って配信から出て行っても変だよな……? 本当は閲覧アカからコメントしたいけど。
——仕方ない。このまま見よう。
『よし。あと1,2曲くらい演奏しようかな。それで今日は締めくくりましょう』
『いいね。何する?』
 そう言ったMEGに対して、コメントが次々に届く。「ヒナキくんいるならラヴァチェン主題歌!」「Never Let Me Go歌って!」「急に終わりモードって、まさか今夜デート!?」「終わらないで~」そんな内容がどんどん流れていく。
『Never Let Me Goね。まだライブで数回しかやってないけどいいの?』
『いいんじゃね~? クリスマスプレゼントってことで。いや、クリスマス特別バージョン? いま俺とJUNしかいないし』
『クリスマス特別バージョンか。ふふっ、いいかも。じゃあ1つはNever Let Me Goね。他は?』
 「Sorrow in Your Eyesがいい!」「URANOSの新曲!」「なんかクリスマスソング聴きたい!」「クリスマスな感じ」視聴者のコメントはバラバラだ。
『JUNどうする?』
 MEGはニコニコしながらJUNに訊ねた。JUNは、ヴァイオリンの弓を振りながら首を傾げている。今にもサンタ帽がずり落ちそうで、見ているこちらがハラハラしてしまう。
『そうだなぁ。あなた達に俺らの曲をいっぱい聞いて欲しい気持ちもあるけど……クリスマスは年に1回しかないし。せっかくだし、クリスマスの曲にしましょう』
『イェ~~~イ! クリスマスだって! 何すんの?』
『みんなが知ってそうな曲にするよ。MEG、合わせてね』
『俺が知らねぇ曲だったらどうすんだよ』
『大丈夫だって。高校の時やったことあるから』
 そう言って、JUNがMEGにこそこそと耳打ちをする。すると、MEGはにっと歯を見せて笑った。
『みんな、リクエストありがとね。こういう配信はまたやるから、今日できなかったのも今度するって約束する』
 そう言って、ヴァイオリンを構える。しばらく沈黙を作った後、ふっと息を吸う音がした。
 始まったのは、マライア・キャリーの「All I Want For Christmas Is You」だった。JUNがゆっくり弾き始めたイントロに合わせて、MEGが楽しそうにキーボードで伴奏し始める。そこから、2人は息ぴったりにテンポアップした。
 JUNは歌っていないはずなのに、まるでヴァイオリンを使って歌っているかのようだった。自然と頭に歌詞が浮かぶ。普段の2人と違っているようで、やはりどこか彼ららしさが感じられた。
 MEGが時々歌声を重ねる。ハスキーな声がJUNの演奏と重なって、綺麗に響く。マライア・キャリーの歌声とは全然違うけれど、ふんわりと幸せな気持ちになった。
 やがて、曲は終盤へ入る。2人は目を見合わせて、最後の音を自由に響かせた。
『メリクリー!』
 MEGがそう言って、パチパチと大きな拍手をした。JUNも楽器を片手に持ち替えて、MEGとハイタッチをする。
『そういや、宣伝があるんだけどさ。URANOSじゃなくて、個人的な話なんだけど』
 JUNがカメラの向こうにいるファンに向かって語り始める。
『なになにー?』
『来年……3月かな? チャリティコンサートに出ることになったんだ。父親が主催で、俺は歌とヴァイオリンを……ああ、俺の父親って、作曲家で……』
『知ってるよなー! 倉科元だよ。知らない人はあとでググってみて!』
『ふふっ、そう、それで、よかったらあとで詳細ツイーターに上げとくから、チェックして欲しいな。チャリティなので、このコンサートの収益は全て募金団体に寄付されます』
『このコンサート、実はJUNの父さんは毎年やってらっしゃるんだけどさ。こいつが出るのまだ3回目なんだって』
『バンド組んでからは初めてだよ』
『聞いた? 超レアだよ。みんな行ってあげて。俺らもこっそり応援行くわ』
——チャリティイベントか。バンドマンなのに、と言ったら失礼かもしれないが、そういう活動もするんだな。
 ヒナキは感心した気持ちで、画面の中のJUNを見つめた。彼はちょうど画面に近づいて、ファン達のコメントに目を通しているようだった。
『うん、ん……俺のヴァイオリン好き? ありがとね』
 カメラに向かってふわりと微笑むその姿に、ヒナキは図らずも胸が痛くなった。その笑顔が自分に向けられたものじゃないことに、何故か朧げな暗い気持ちを覚えてしまう。
——なんでだろう。なんか、前までと同じ気持ちでJUNを見られなくなっちゃったな。
 こんなのは、不純だ。自分で自分に嫌気が差す。それでも、JUNがファンに向かって愛想を振り撒くのは、嬉しくない。そのファンの中に自分が含まれているとしても。
『さて、そろそろやっちゃおうか。Never Let Me Go』
『そーだね、MEG。みんな、MEGと俺2人バージョンのこの曲は今日限りだからね。楽しんで』
『今日はアコギだからねー。門外不出のアコースティックバージョンだよ』
『おっ、いいね』
 MEGがギターを掻き鳴らす。JUNはヴァイオリンをケースの上に置くと、近くにあった椅子を引き寄せて座った。ちょうど、2人が横並びになっている格好だ。彼らは互いにアイコンタクトをすると、にっこりと微笑んだ。
 聴き覚えのあるイントロが、柔らかい雰囲気で始まる。やがて、JUNの低く甘い歌声がスタジオの中に響いた。
 マイクを通していない分、普段と違って拡散して聞こえる彼の声は、それでも楽器のように正確な音程を紡いでいた。それでいて、ライブよりは肩の力が抜けていて、音源よりはアレンジが効いている。
——やっぱりJUNの歌が好きだな。
——でも、そう思っているのは僕だけじゃないんだ。
 ヒナキは思わず画面に釘付けになりながら、うっとりと声に聴き入る。MEGのギターも、いつもとは違ってのんびりした音を鳴らしていた。
 この音楽がずっと続けばいいのに。そんな心地よさと共に、先ほどからずっと続く妙な暗い感情が、ヒナキの中で絡み合って渦を作っていた。





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