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第一章
第一話 平凡な暮らし
しおりを挟む小さな村の小さな街にとても不思議な場所があった。その名は"箱庭"。別名ボックスガーデンと呼ばれるそこには、多くの異種族たちが住んでいた。その場所の周辺には五百メートル程離れたところに結界があり、外の者は中には入れないし、中の者も外へは出られなかった。
そんなある日、一人の少女が結界付近の森で道に迷っていた。名は市ヶ谷 亜矢。街に住む高校二年生だ。彼女は、母親に頼まれた用事を済ませるため結界師の元へおつかいに出て、道に迷っていたのだった。行けども行けども変わらない景色、不気味な静けさの中、時折聞こえる獣のような声に身を震わせながら、辺りを見回して一歩、また一歩と歩みを進めていた。と、その時だった。
ガサッ、ガザサッーーー…
「っ?!」
なにやら物陰から音が聞こえ、亜矢はビクッとさらに身を震わせ、音の方向に振り向いた。するとそこには、傷だらけの少年が横たわっていた。
「ひっ!だ、誰…?」
物陰に横たわる少年は、亜矢の声にピクリとも反応せず、亜矢は不意に不安になり、少年の元へ駆け寄った。
少年のすぐ近くまで駆け寄ると、亜矢は重大なことに気がついた。
「この人、人間じゃ…ない……?」
人のそれとは明らかに違う尖った耳、口から覗く牙、陽の光が当たった肌から上がる微かな煙、亜矢は瞬時に思った。"吸血鬼だ!"と。
事の重大さに気付いた亜矢は、自身の羽織っていたカーディガンを少年にかけ、彼を必死に担いで木の影まで運んだ。
「ハァ…ハァ…、こ、ここまで運べば、だ、大丈夫…だよね?」
未だ動かない彼を見て、さらに不安になった亜矢は、携帯を取り出し、どこかへ電話し始めた。
プルルルーー…、プルルルーー…、ガチャッ
ツーコールで出た電話の相手は、心底面倒そうな声で第一声を発した。
『はい』
「あ、もしもしママ?私、亜矢」
電話の相手は亜矢の母、亜加莉であった。亜加莉は自身の娘に対する態度とは思えない程の不機嫌さで、亜矢に用件を早く言うよう急かした。
『何?私忙しいんだけど』
「あのね、森で道に迷ってたら、傷だらけの吸血鬼が倒れてたんだけど、ピクリとも動かないの。どうしたらいい?」
『……えっと、ツッコミ所が多すぎて頭が追い付かないわ…。吸血鬼がなんだって?』
「倒れてて、声かけても反応がないの」
『いや、ちょっと待って…、その前に貴女、迷ってるって言った?』
「うん、言った」
『~~~~っ!!…ハァーーーッ…』
「え~っと…、エヘッ」
『"エヘッ"じゃないわ!このバカ娘!!』
盛大なため息の後、亜加莉の怒声が森中に響いた。亜矢は、ばつが悪そうに後頭部をカリカリとかき、姿の見えない母に謝る動作をしていた。
何を隠そうこのおつかい、今回が初めてではなく、そして、迷うのも初めてではなかった。地図を書いてもダメ、印を付けてもダメ、何度か一緒に行って目印を作ってもダメという状況に亜加莉は頭を抱えつつも、自身の手が離せない為亜矢を頼るしかないのだった。
『仕方ないわね。今、周りにある物教えてちょうだい』
「えっと、吸血鬼さんと、大きい木!」
『吸血鬼は物じゃないわ!!』
「ごめんなさ~い!」
『大きい木、大きい木…、あ、あそこね』
「場所わかるの?!」
『だいたいね。今、爺に電話したから、そこで待ってなさい』
「はーい!」
電話を切り、亜矢は膝元に眠る吸血鬼を静かに眺め、(まつ毛長いなぁ…)などと暢気に思っていた。
「おや、そこにおるのは亜矢っ子じゃねぇか?」
「あ!爺!♪来てくれたのね!」
「ふぉっふぉっふぉっ、この爺、亜加莉ちゃんの為じゃったらどこへでも行くわい」
「フフッ、相変わらず爺はママのことが好きなのね♪」
「して、また迷った上に"中の者"と一緒じゃと聞いたが、そやつかの?」
「うん。さっきから揺すっても、叩いても、つねっても起きないの」
「ふむ…、こりゃ…イカンな…、瀕死状態というやつじゃ」
「えっ!!?」
「血が足りとらん上に陽に当たったせいか本来なら治癒するはずの傷が化膿しとるわい」
「ど、どうしたら…」
「血じゃ。吸血鬼には血を与えればいい」
「血…、血って、誰のでもいいの?」
「あぁ、異性の血であればの」
「…私の、あげられる?」
「えっ…、そ、そりゃ構わんが、亜加莉ちゃんがなんと言うか…」
「ママには私からきちんと説明するわ!どうしたらいいの?やり方を教えて!」
「ん~…、ん~…、あぁー!もう!!わしゃ知らんぞ!」
「ありがとう♪」
一通りのやり取りの後、爺と呼ばれた初老の男性は、白くもっさりと蓄えた髭を撫で、ツルッとしたスキンヘッドを光らせながら亜矢の人差し指に自身の尖った爪をプスッと刺し、少量の血を出した。
「わぁ~、血だぁ~♪」
「…喜んどる…」
目をキラキラさせながら自分の血を見てニコニコする亜矢を見て、呆れる爺。爺はふぅ…と一息吐くと、血が出ている亜矢の手を掴み、倒れている吸血鬼の口元に持っていき、一滴血を流し込んだ。
「んっ…」
ゴクッと飲んだことを確認した爺は、亜矢の傷口にそっと手を添え、治癒させた。治った傷口を見て、亜矢は再び「すご~い!」と無邪気に喜んで見せた。
亜矢が一人キャッキャッと騒いでいる一方で、血を一滴飲んだ少年が目を覚ました。
「…ここは…?」
「お、目覚めたか。お主、吸血鬼で合っとるかの?」
「…あぁ。そう言うじいさんは、天狗か?」
「そうじゃ。そこの娘に礼を言うんじゃな。自らの血をお主に与えてくれた」
「っ?!…じいさん、意味わかって言ってんのか?」
「あぁ。わしが手伝ったからの」
「……わかった。おい、女!」
「っ?!あ、私?」
「そうだ。まずは助けてくれたこと、礼を言う。ありがとう」
「いえいえ!もう…、大丈夫なんですか?」
「……」
「?」
微笑みながらかけられた言葉に少年は思わず口をつぐんだ。今まで自分が人間から受けてきたどの反応とも違ったからだ。
「お前は…」
「?どうかしました?」
「…怖く、ないのか?」
「怖い?どうして??」
「…いや、何でもない……」
「…??」
全くもって意味がわからない…という顔をしている亜矢を見て、少年は小さく息を吐いて、クスリと笑い、亜矢を見て言った。
「気を失っていたとはいえ、契約は契約だ。お前を主と認めよう。名は?」
「えっ?主?な、何それ??」
「吸血鬼は血を飲んだ相手と主従関係を結ぶのじゃ」
「えーーーっ!?そんなの聞いてないよ!」
「…いいから、名は?」
「聞いてないよ…主とか、そんなのなれるわけないじゃん!私人間だよ?ただの人だよ?私何も持ってないよ?あ、お金?お金が目的とか?え?お金も無いんだけ(ry」
ドンッ
ぶつぶつと独り言を呟き続ける亜矢の後ろの壁に少年の手があり、目の前にある怒りに満ちた少年の顔を直視して、(これが壁ドンかぁ)などと亜矢が感心していると、怒気をまとった声が頭上から響いた。
「名前は、なんと言うんだ?」
「い、市ヶ谷亜矢ですっ!」
「亜矢か…。俺はセシル。セシル・ガーネットだ」
「セシル…さん……」
「契約は交わされた。今日、今、この時から、亜矢、お前が俺の主だ」
「…拒否権は……?」
「ない」
「…ですよね~」
いつも通りの静かな日常。亜矢にとって大切なもののひとつだったそれが崩れ去った瞬間であった。
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