住めば都の恋愛事情

沖葉由良

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第一章

第二話 人間と吸血鬼

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 昔々のその昔、人間の生きる世界と異種族たちの生きる世界は一つだった。その為、人と異種族との間には様々な契約があった。例えば、人が食糧を与える代わりに、狼や猫などの獣たちはどこかへ行く際の足となり、人が家を与える代わりに周辺の森林の手入れを天狗や妖魔が担っていた。そして、今回の亜矢が交わした契約、吸血鬼に血を与える代わりに吸血鬼は人を主として敬い、"一生"仕えるというものもあったのだった。


「…あんた、何してんのよ…一体……」

「あ、あはは…」


 街から少し離れた結界に近い場所に大きな一軒家がある。そこには、亜矢と亜加莉、そして、亜矢の父親であり村一番の手練れでもある冬矢とうやの三人が住んでいた。
 爺と共に吸血鬼、もといセシルを連れ帰った娘を見て、亜加莉が放ったのは呆れの一言だった。爺に説明を受けてもなお亜矢をジトッとした呆れ眼で見る亜加莉に、亜矢は渇いた笑いを返すより他なかった。


「…俺を疎ましく思っているのか?」

「…ハァ~、そんなんじゃないわ。セシル…って言ったわね」

「あぁ」

「うちのバカ娘が迷惑かけたわね」

「いや、俺は…死にかけてたところを救ってもらっただけだ」

「そう、ところで、契約のことだけど…」

「あぁ。俺は亜矢を主と認めた。仕える覚悟はあるぞ」

「ハァ~…。まぁ、当人同士が異論のない契約なら周りがとやかく言うことじゃないわね。亜矢は、どうなの?」

「ど、どうと言われても…」

「?主従関係込みで血を与えたんじゃないの…?」

「ち、違うよ!私はただ、セシルさんを助けたくて…」

「爺、あんた、亜矢にちゃんと説明したんでしょうね?」

「いやぁ~、そのぉ~、わしは…」


 ギロッと睨まれた爺は、あたふたと後退りながら、目にも止まらぬ速さで森の中へと消えていった。
 姿の見えなくなった爺にチッと舌打ちをして、亜矢の方に向き直った亜加莉は、申し訳なさそうに目をウルウルさせる娘を見て、大きなため息を吐き、セシルと交互に見たあと、セシルにこう言った。


「とりあえず、親同士で話をさせてもらえる?」

「親…」

「そう。まさか…、いないの?」

「…あぁ。親は、俺を生んですぐに死んだ」

「…理由を聞いても?」

「…母親は元々体が弱かった。父親は、俺を身ごもった母親を人間ひとから守るために死んだ」

「…ひと?」

「あぁ。俺が育った場所ではここのように区分けされてる訳じゃなかったから…。異種族だと知られたら、根絶やしにするまで追い回される。俺は、そいつらから逃げてきたんだ…」

「…なるほどね。それで傷だらけだったわけか…」


 一通り話を終え、事情を理解した亜加莉は、しばらく考え込んだのち、亜矢を見て、再びハァ~…と息を吐き、決意したかのようにこう言った。


「セシルの事情はわかった。主がいた方が良いことも。ただ…」

「…奴らが追ってこないとも限らない」

「そこなのよねぇ~…。まぁ、うちは父ちゃんがいるから、なんとかなるけどさぁ」

「村か…」

「そ。そこが問題」


 母とセシルの話し合いをどこか他人事のように聞いていた亜矢が、セシルをまじまじと見つめて、ボソッと呟いた。


「こんなに綺麗なのに、どうしていじめるんだろう…?」

「っ?! 」

「ぷっ、あははははっ」

「??」


 亜矢の言葉にセシルは赤面し、母の亜加莉は大笑いした。当の本人は訳がわからないといった様子で頭上にはてなを飛ばしていた。


「よしっ、腹決まったわ。セシル、あんたは何があっても守ってあげる。その代わり、亜矢を泣かせたら殺すわ。約束出来る?」

「上等だ。主は命に変えても守って見せる。泣かせはしない」

「交渉成立ね」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!私の話を私抜きで進めないで!!」

「亜矢、あんたも女なら腹括りなさい」

「え?」

「言っただろ?拒否権はない」

「えーっ?!」


 すっかり息があった亜加莉とセシルは、亜矢に有無を言わせず、あっという間にセシルの同居が確定。亜矢は、父が反対してくれると思っていたが、あっさり了承。「ママの言うことは絶対だから~🖤」とニヤケ顔で言われ、亜矢は抵抗することを諦めた。
 セシルが一緒に住むことになったその夜、亜加莉は冬矢と話し合っていた。


「本当、こういうの血筋って言うのかしら?」

「たぶんね。俺のばあちゃんも亜加莉のばあちゃんも代々吸血鬼と契約してたんだもんなぁ…。家系…なのかもな…」

「…私は、亜矢が幸せなことが第一。セシルは亜矢を守ると言ったけど、定期的に血を与えないといけないところが心配だわ…」

「あぁ、そうだね…」

「その心配は必要ない」

「「えっ?!」」


 亜加莉と冬矢が声の方へ振り向くと、そこには昼間よりだいぶ顔色の良くなったセシルが立っていた。セシルはスーッと音もなく二人の傍に移動して、そっと目を閉じ、意を決したように言葉を続けた。


「俺は、吸血鬼ではあるが、そこまで多くの血を飲まなくても生きていられる」

「どういうこと?」

「俺はどうやら普通の吸血鬼ではないらしい」

「…というと?」

「混血…と言えば伝わるか?」

「ハーフなの?」

「あぁ。父が吸血鬼、母は…人間だ」

「!!」

「…そうか、それは、さぞ辛い経験をしたね……」


 冬矢の言葉に、セシルは再び口をつぐんだ。亜矢同様、冬矢も自分に対して今までの人間たちとは全く違う対応をしたからだった。そして、しばらく無言で冬矢を見つめたあと、昼間の亜矢を思い出してクスッと笑った。


「やはり、親子は似ると言うのは真実のようだ」

「えっ?」

「まぁ、確かにうちのは亜矢と似てるかもねぇ」

「え?えっ??」


 クスクスと笑うセシルと亜加莉に挟まれ、あたふたする冬矢。その姿を見て、二人は再び静かに笑った。その場に流れる和やかな空気にセシルは(家族ってこういう感じかな…)と思い、少し寂しさを感じたのだった。



「話を戻すが、混血だからか、そこまで血がほしい!とならないんでな。主が許可した時にのみ少量いただくことにする」

「そう。少し安心したわ…。でも」

「ん?」

「昼間のような状態になるまで飲まないってのはダメだからね」

「そうだぞ!死にかけたと聞いたし、一、二週間に一度くらいの頻度では血をもらった方がいい。大丈夫、亜矢はあぁ見えて強い子だ。ちょっとやそっとじゃ死にゃしないよ」

「…あ、ありがとう……」

「礼ならバカ娘に言ってやって!」

「そうそう♪」

「あぁ…、わかった…」


 セシルは小さく頷いて、微笑んで見せた。そのあまりにも儚げで美しい姿に亜加莉と冬矢は思わず生唾をゴクリと飲んだ。



ー亜矢の部屋ー
 契約する上で一番大事な"親同士の話し合い"を済ませたセシルは、自身に与えられた部屋へ行く前に亜矢の部屋を訪れた。
 部屋の中はとても静かで、物音ひとつせず、ただ微かな甘い香りと亜矢のスースーという小さな寝息だけが響いていた。


「…この匂い、好きだな…」


 鼻をスンスンと鳴らし、亜矢の部屋の香りを嗅いで、セシルはポツリと呟いた。どこか落ち着く感じを覚え、口角が自然と上がっていた。初めて嗅ぐはずのその香りは、どこか懐かしく、セシルは亜矢の眠る顔を見て、改めて彼女を生涯守り抜こうと心に誓い、静かに部屋を後にしたのだった。
 その誓いは契約からか、自身の情からか、今のセシルにはわからない。ただ、優しい気持ちをくれる彼女と彼女の家族を守れたら…と心から思うのだった。


「みつけたぞ…、セシル…」


 静かな森林に不穏に響く低い声。それは、誰の耳にも届くことなく、夜の闇に消えていった。
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