きみ専用、瀬川食堂休日限定開店

玖堂

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素直になれない筑前煮

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「そろそろ焼き芋屋が来る頃だな」
この間までタオルケット1枚で寝ていたのが嘘みたいに肌寒くなった今日この頃。
ウインドブレーカーのポケットに両手を突っ込んだ佐原は言った。
「俺さ、焼き芋屋が来ると懐かしくなるんだよね」
「どうして」
「小さい頃、俺が唯一食べれた野菜だったから。母さんが焼き芋屋が来るといつも買ってくれたんだ」
朝日が佐原の睫毛を照らした。
「今思うと、焼き芋1本て結構高いじゃん?それなのに毎回買ってくれてさ、それ程俺の好き嫌いを心配してくれてたってことじゃん」
佐原と居ることで気づいたことがある。
相手の良いところを見つけるのが上手いのだ佐原は。
「進路希望調査、出した?」
「もうとっくに出したぞ」
「早いな!俺なんか真っ白。名前すら書いてない」
「せめて名前ぐらいは書いておけ」
あとどれ位、こうやって佐原と会えるのだろうか。7月の大会で3年生が引退し、俺たちがチームの要になってから早3ヶ月。
「受験なんて来年じゃん?年が明けてから考え始めても遅くはないと思うんだよね。むしろ早いぐらい!」
提出した進路希望調査には、家から通える私立の大学を3校書いた。経済学部と法学部で悩んで、経済学部にした。
特にこれといってやりたい事も見つからなかったので無難な道を選択した。無難過ぎるほど。今の成績からして、3校とも合格圏内だろう。
最近の俺は守りがちだ。守り姿勢が強過ぎて自分自身を見失っている。
進路の事もそうだし、部活も、感情も。
傷付いた訳でもないのに、傷付くのが怖い。
「瀬川、どうした?」
昇降口に着いたのにいつまでも靴を履き替えないでいる俺を見て、佐原は心配そうな顔をしていた。
「あ、いや」
「瀬川は調理系の学校に行くの?」
俺が、調理の学校?
「瀬川が作る飯、美味いから」
まるで心の中を見透かされたような気分だ。
「調理は考えていなかった」
本当は一瞬だけ考えたことがあった。
調理系の学校に行きたいなんて言ったら両親はどう思うだろう。
兄さんだったら。
話し上手で人との付き合いが好きな兄さんだったら、両親は納得しただろう。
俺は兄さんが持っているものを全て持っていない。
納得されるはずがない。
「どうした瀬川。具合悪い?」
ぐっと目を瞑り、息を大きく吸った。
秋って嫌だな。センチメンタルな気分になる。

中間テストがあったため、久しぶりの部活になった。
結局佐原は、進路希望調査を提出しなかったそうだ。その事で進路希望の先生に呼ばれて、まだ体育館には来ていない。
ウォーミングアップのランニングをしているとようやく佐原は現れた。
「進路希望調査、出したのか?」
隣を併走する佐原に聞いた。
「出さなかった」
佐原のランニングフォームはいつだって綺麗だ。話をしている今も。乱れない。
「やりたいことを叶えるための学校を見つけられなかった。だから、進路希望の先生と一緒に探してきた」
佐原はにやりと笑った。
「頑張って探して、2校書いてきた。でも提出しなかった。まだ考え中なんだ」
そんなことってアリなのか?
その後の練習で俺は珍しくミスを連発した。
 
「今日の昼飯はなんだろな~🎵」
すっかり恒例になった土日の午前練の後、俺の家での昼飯会。
「今日は少し時間が掛かる」
「んじゃあ俺は課題をして待ってる」
リビングで佐原は課題を広げ始めた。
俺は冷蔵庫を開けて、こんにゃく、鶏もも肉のパックを出した。野菜室と冷凍室からは人参、里芋、絹さや、ごぼうと蓮根を取り出した。
干し椎茸は今日の朝、練習に行く前にボウルに水と一緒につけて置いた。
小鍋に昆布を入れて弱火にかける。
人参を乱切り、ごぼうも乱切りにして水にさらし、蓮根は少し迷って同じように乱切りにして酢水にさらした。干し椎茸もひと口に。里芋は予めひと口大に切って冷凍庫に入れておいた物をレンジで解凍する。こんにゃくもひと口に切る。
材料を一心不乱に切っている間、練習中に佐原が言っていたことが頭から離れなかった。
進路を一緒に探す。俺には到底理解出来ていない。自分の進路を他人と?
ザクザク
サクサク
トントン
包丁を替えて、鶏もも肉をひと口大に切る。
弱火にかけていた小鍋から昆布を取り出し、かつお節を入れる。

かつお節を取り出した小鍋の中は黄金色に輝いている。
ごま油をひいて熱した深めのフライパンに鶏もも肉を入れる。別に用意した小鍋でお湯を沸かし、ごぼうを下茹でする。ごぼうの下茹では、別にしなくてもいい工程だけどした方が柔らかくなるし、味も染み込みやすくなる。ちょっとしたこだわり。
ごぼうの下茹でをした小鍋で再びお湯を沸かし、こんにゃくを下茹でする。臭み消しだ。
鶏肉に火が通ったら材料を全部入れる。ここで出汁と和風だしの素と砂糖も一緒に入れて煮込む。出汁で使った昆布とかつお節は夕飯に使うので冷蔵庫へ。
「美味そうな匂いがしてきたー!」
リビングから佐原が無邪気な声をあげる。

根菜が柔らかくなったら醤油と酒とみりんを入れ、また少し煮込む。
その間に朝、家を出る前にセットしておいた炊飯器から音がしてご飯が炊けた。
今朝作った味噌汁を温める。
朝食用に多めに作った甘めのだし巻き玉子と、食後のデザートにキウイフルーツを用意する。
仕上げに味見をして、佐原は甘めの味付けが好きだから砂糖とみりんで味を調節する。
「飯、出来たぞ」

「いただきます」
この3ヶ月で佐原が食べれるようになったものが増えた。
里芋食べると、口の中でホロホロと崩れよく味が染みていた。人参とごぼうはよく煮えていて、こんにゃくも臭みがなくて我ながら美味いなと思った。
「美味いなあ」
あ、この笑顔だ。
俺が見たかった、欲しかったもの。
思わずこちらも笑みがこぼれた。
「…俺、司書になりたいかも」
「司書?」
「こう見えて昔から図書館で本を読むのが好きなんだ」
知らなかった。
「でも司書になるにはどの学部に行けばいいか、国公立と私大の違い、何もわからないんだ。今は」
「だから提出しなかったのか?」
「母さんとも話し合いたいし、色々調べたいし、自分が納得いく形になったら改めて提出する」
自分のやりたいこと。
自分が納得できるまで。
俺はそうしてきただろうか。
いつも安全圏を歩いて、不満だけを溜め続けているだけだ。
もっと素直に。
自分の人生に見詰めあっても良いのではないだろうか。
「瀬川、栄養士に向いてそうだよ」
佐原はだし巻き玉子を箸で半分に切りながら言った。
俺は佐原に筑前煮のお代わりをよそいながら「今夜にでも親と話してみよう」
と応えた。
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みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.09 花雨

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2021.08.10 玖堂

ありがとうございます!とても嬉しいです

解除

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