孤高の愛の傍らで…。

礼三

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12 誤解

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 私は王太后様へ拝謁したことがない。
 私は会いたくもないけど…。多分、王太后様も私には興味がないだろう…。
 王太后様へ兄が拝謁した理由は、父に似ていたからだと思う。
 昔…。今もかもしれないが…。
 父を本気で愛していたのだから、父の子供の頃にそっくりだと噂されていた兄へ関心を持つのは仕方ないことだ。
 王太后様の心の内は誰も計り知ることはできない…。だから、あの方が母をどのように思ってられたか…。私は知らない…。
 だけど、純粋に後継者のために父は母を選んだのだと王太后様がお考えなら、後継者でもない女子である第二子の私のことを少なからず憎々しく思っているだろうから会いたくもないはずだ。
 まぁ…。
 私は母と一緒に田舎へ引っ越したのだから関係ない話ではあるが…。


「ようやく…。オレリア様のところへ帰ってきてくださったのですね。あの女とも別れて…」

 王太后つきの側仕えが屈託なく笑う。女の異様なほどの目の輝きを認めて、シリルは違和感を覚えた。

「そのように言ってはなりせんよ…」

 ステンドグラスの光が降り注ぐ温室の奥でオレリアは椅子に腰掛け寛いでいた。
 相変わらず、オレリアは優美であった。ほんの少しだけ首を傾げた動作一つとっても洗練されており上品だ。

「申し訳ございません…」

 窘められた侍女は反省した様子で俯いた。
 シリルには侍女の謝罪までの一連の行動が舞台の上の登場人物を演じているようで白々しく思えた。
 オレリアの前まで進みでたシリルは姿勢を正して頭を下げた。

「お話とは何でしょう…」

 職務の合間にオレリアから呼び出されたシリルは離宮へ訪れた。
 オレリアが移った離宮は王宮の西へ位置する。
 オレリアが花を好きなので、息子の国王は母が珍しく美しい花々を愛でることができるよう温室を綺麗に整えた。
 ただ、西陽が眩しいので、天井と西側の窓へはステンドグラスを配置した。柔らかな日差しを演出するためだった。
 
「?」

 オレリアから返事がないので、シリルは視線をオレリアへ移す。
 オレリアの表情には戸惑いが見て取れた。

「陛下?」

「はい…」

「今日は陛下からのお呼び出しで参上いたしました…。要件は何でしょうか?」

「…。分からないの…。」

「はい?」

「私に何か言うことがあるのではなくて?」

「何でしょう?」

「本当に何もないの?」

 シリルはオレリアとの問答を訝しみ、自然と眉根を寄せていた。
 オレリアはそれが元恋人が本気で不快に思っている仕草だと知っていたので困惑していた。

「私から申し上げることは何もございませんが…。いかがいたしました?」

 オレリアはシリルが仕事の最中へ招集されたのが気に食わないのだろうと推測した。シリルは実直な性格の人間だ。
 オレリアは用件を素直に打ち明けることにする。

「貴方…。離婚したのよね…」

「はい…。妻は出て行きました…」

 メラニーがグラジオラス公爵邸を去ってからもう半年になる。
 それから、ずっとオレリアはシリルが訪ねてくるのを今か今かと待ち構えていた。

「…。じゃあ、今は自由なのでしょう?」

「?」

「私に言いたいことがあるんではなくて?」

 暫し…。二人は視線を交わした。
 オレリアはシリルの言葉を根気強く待った。
 不意にメラニーが離婚を切り出した時に話していたことを思い出し、シリルは面食らった表情でオレリアを見つめた。

「まさかとは思いますが…。私の愛の告白を…。お望みなのですか?」

「きゃーーーーー!」

 シリルの言葉に傍で控えていた侍女たちは歓喜の悲鳴をあげる。
 シリルの眉間へ深い皺が刻まれる。
 オレリアは益々シリルの機嫌を損ねていることを感じた。

「貴女たち…。席を外しなさい…」

「いえ…。陛下、私と陛下は男と女でございます…。部屋に二人きりで残されるのはいかがなものかと…」

「貴方と私の間で今更…。そのような…」

「いえ…。彼女たちが出ていくというのなら、私も退出いたします…」

 オレリアの提案をシリルは真っ向から突っぱねた。
 オレリアの予想を遥かに超えた事態だ。
 シリルの胸中にオレリアへの愛は深く息づいていると思っていたからだ。
 オレリアは観衆を前にシリルへ縋ることが出来なかった。
 王太后として常に見張られ、人々の前では良き国母として毅然と振る舞わなければならない。髪を振り乱して、シリルヘ詰め寄りたかったが、オレリアは王太后らしく冷静に対処した。

「はぁ…。貴女たち、そのまま控えて良いわよ…」

「それで…」

「はい…」

「陛下…。陛下と私は…。もう元には戻れません…。終わったことでございます」

「…」

 その言葉に周囲の人間は絶句した。この国きっての真実の恋人たちが…。きっと何かの間違いだと息を飲んで二人を見守る。

 オレリアも人々が囁いていたアルセア王国の純粋な愛物語を信じていた。
 シリルの気持ちは変わっておらず、オレリアを未だに愛しているのだと…。
 オレリアは自分の美貌を自負している。
 女神に見紛うほど美しいと讃えられたオレリアへ心を奪われ、哀れにも好きでもない女と結婚しなければならなかったシリル…。可哀想なこの男はオレリアと結ばれて初めて幸せになるのだ…。
 国王であるルシアンはオレリアを慈しんでくれ、結婚生活に何も不自由も感じず、幸福な人生を歩んできたオレリアだったが、シリルへの気持ちを捨て切れずにいた。
 駆け落ちしようとしてまでシリルはオレリアを愛していたのだから…。
 その気持ちが衰えるはずがない…。

「私の態度が何か勘違いをさせたのなら謝ります…。大変、申し訳ございませんでした…」

 だが、シリルの気持ちはとうに冷めていた。

「貴方…。私を愛していたわよね…」

 オレリアの問いへ、静かな口調でシリルは告げた。

「昔のことではありますが…。愛しておりました…」

 サファイアのように煌めく双眸が潤む。少しでも自分への愛が残ってはいないか…。オレリアはシリルの眼差しを探った。
 焰のように赤い眼差しへ昔のような情熱をオレリアは見つけられなかった。それでも一縷の望みをかける…。

「陛下も崩御なさり、喪も明けたのよ…。貴方だって離婚をしたのだし…。もう、我慢する必要はないわ…」

 昔と変わらず綺麗だな…。

 シリルの率直な感想だ…。だからといって、恋人同士であった時と同じようにシリルが動揺することはなかった。

「私は貴女が王と結婚なされたときに、両陛下とこの国へ忠誠を誓いました。それにその後…。私も妻を娶り、彼女と愛を育んだのです…」

 シリルはメラニーの笑顔を思い起こした。
 風に揺れた野の花のように可憐で慎ましいあのメラニーの微笑みがシリルを導いてくれたのだ。

 今思えば…。初めて会ったデビュタントで…。メラニーは悲嘆に暮れていたあの日々からオレをを解き放してくれたのだな…。

「愛?あの女…。邪魔するだけでは飽き足らず、公爵様を誑かしたの?」

 蒼白な顔をした侍女が呟く。

「君!先ほどから黙って聞いていれば…。メラニーは私の妻だった人だ!誑かすとは何だ!夫婦とは愛しあうものであろう?」

 シリルはその侍女を睨んだ。
 周囲に待機している他の側仕えはシリルの面持ちに震えている。

「お言葉ではございますが…。閣下には王太后様がいらしたではありませんか?」

 果敢にもその女は反論した。

「はっ?恋人であったのは過去の話で…。世間は皆…。今だに…。そんな風に…」

 シリルは言葉を失う。
 この王国にはこの女性のようにシリルとオレリアの恋物語へ憧れているものが多くいるのだと悟った。
 メラニーが言っていた「悪役は疲れた…」の意味を理解したのだ。

「私、思うのですの…。メラニー夫人は私たちの愛…。孤高の愛のために身を引いてくださったのだと…」

 シリルの腕へオレリアは自分の腕を絡めようとしたが、シリルはそっと躱した。

「申し訳ございません…。仰っている意味が分かりかねます…。職務もございますので、私はこれで失礼いたします…」

 踵を返すシリルの背中を見送りながら、この恋はとっくに終わっていたのだと…。オレリアは認めるしかなかった…。
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