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おかげでせいで、せいでおかげで
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「他人に影響を及ぼすというのは、自分の魂をその人間に与えることにほかならないから。いちど影響を蒙った人間は、自分にとって自然な考え方もしなければ、自分にとって自然な情熱で燃え上がることもない。美徳にしても本物ではなく、罪悪だって- もし、罪悪などというものがあるとしての話だが-それだって借り物にすぎない。
その人間は、だれか自分以外の人間が奏る音楽のこだまとなり、自分のために書かれたものでない役割を演じる俳優となる。人生の目的は、自己を伸ばすことにある。自己の本性を完全に実現すること、それこそがわれわれがこの世に生きている目的なのだ。」
これはオスカー・ワイルドの言葉。
“自分のために書かれたものでない役割を演じる俳優となる”
と
シビルが死んだときの
“あの少女はほんとうに生きてはいなかった、だから、ほんとうに死んだわけではない”少なくともきみにとっては、あの女はつねに夢であり、シェイクスピアの劇のなかを次から次へとただよいうつり、そのなかに現れて劇を美しくした亡霊にすぎない。
といってドリアンを励ますシーンがあるが、ふと台詞を思い返してみるとわりとひどいことを言っているな、と。とくに、俳優という役割への偏見というか、一種の蔑視みたいなものを感じるところ。
最初の文にある通り、ヘンリー卿の言い分は“人生の目的は自己を伸ばすことにある”というのが本音であるから、他人が考えた物語のなかで、他人を演じているうちは、ほんとうにその人本人の人生を生きてはいないということになるのだろう。“ほんとうに生きてはいないのだから、ほんとうに死んだわけでもない”これは、言葉遊びみたいなものだけど、ドリアンはこんなヘンリーの言葉にまたもや感化されてしまうのだ。
どうしてオスカーはこんなことを書いたのだろう。オスカーはどちらかというと目立ちたがり屋なところがある。目を引くような格好をするし、お喋りも上手。本の書き手としても優秀だけれど、肝心の本を読む層が少ないのだ。おかげで金に困るのだが、仕事は執筆よりも講演の方が多かったという。だからようやく掴んだチャンスで、自分が書いた脚本で劇が行われ、その結果、称賛を浴びるのが自分ではなく俳優だったとすれば、面白くない…ことでもあったのか、不満があったのか、そういったことを思い出しでもしたのだろうか(真意は不明であるが)
たしかに、魅力的な役柄を演じた俳優は、その役柄の魅力をプラスされた評価を受けることができると思う。もちろん、その俳優の演技力や表現力のちからがあることは否めないけれど、そのなかには確実に、魅力的なキャラのちからも加わっての評価を受けることができる。
そこに対して、それを生み出した製作者や著者は、世間からはあまり評価されづらいのかもしれない。私は、気になった映画やドラマなどがあれば作者を調べるけれど、大抵の人は、好きなキャラを演じている役者に目がいくだろうし、そのまま偶像崇拝的な情熱でもって相手を推すようにもなるだろう。
だけど、だからといって俳優という職をバカにはできない。例えば、これは少し例外的、特異的かもしれないが、美輪明宏の場合、彼は歌手であり俳優であり声優でもある。それだけではなく、自分で舞台演出もするし、衣装も揃えたりメイクもしたり音響やライティングまで幅広く自分で手掛けることでも有名である。美輪はジブリ映画『もののけ姫』で犬神のモロの君役を演じている。この収録で、モロがおっこと主に「もはや言葉まで無くしたか」という台詞をいうシーンがあり、
このシーンで宮崎駿が「遠い昔、モロとおっこと主は良い仲だったんです」ということを美輪明宏に伝えると、それだけで全てを察した美輪は「わかりました」と言って、演技の仕方を変え、その後一発OKだったという。
このことに宮崎駿も驚いたような、感嘆の調子で「たいへん結構でした」と挨拶したそうで、このことからも、俳優というのはいろいろな人間の機微を理解してその上で表現しなければならない、大変な仕事なのだなと感じる。
そして、多くを語らなくても、たった一言でなにが言いたいかが伝わるってのは、芸術家の真髄だなと思う。そういえば、「芸術が映し出すものは、人生を観る人間であって、人生そのものではない」とワイルドも書いていたな。
ここまで書いていて気づいたのだけど、おそらく俳優というのは、その職業の人というより、自分の人生を生きれていない人間のことを指しているのかもしれない。そういう人間に対して、自分の人生を生きろという意味も込められているのかも。
その人間は、だれか自分以外の人間が奏る音楽のこだまとなり、自分のために書かれたものでない役割を演じる俳優となる。人生の目的は、自己を伸ばすことにある。自己の本性を完全に実現すること、それこそがわれわれがこの世に生きている目的なのだ。」
これはオスカー・ワイルドの言葉。
“自分のために書かれたものでない役割を演じる俳優となる”
と
シビルが死んだときの
“あの少女はほんとうに生きてはいなかった、だから、ほんとうに死んだわけではない”少なくともきみにとっては、あの女はつねに夢であり、シェイクスピアの劇のなかを次から次へとただよいうつり、そのなかに現れて劇を美しくした亡霊にすぎない。
といってドリアンを励ますシーンがあるが、ふと台詞を思い返してみるとわりとひどいことを言っているな、と。とくに、俳優という役割への偏見というか、一種の蔑視みたいなものを感じるところ。
最初の文にある通り、ヘンリー卿の言い分は“人生の目的は自己を伸ばすことにある”というのが本音であるから、他人が考えた物語のなかで、他人を演じているうちは、ほんとうにその人本人の人生を生きてはいないということになるのだろう。“ほんとうに生きてはいないのだから、ほんとうに死んだわけでもない”これは、言葉遊びみたいなものだけど、ドリアンはこんなヘンリーの言葉にまたもや感化されてしまうのだ。
どうしてオスカーはこんなことを書いたのだろう。オスカーはどちらかというと目立ちたがり屋なところがある。目を引くような格好をするし、お喋りも上手。本の書き手としても優秀だけれど、肝心の本を読む層が少ないのだ。おかげで金に困るのだが、仕事は執筆よりも講演の方が多かったという。だからようやく掴んだチャンスで、自分が書いた脚本で劇が行われ、その結果、称賛を浴びるのが自分ではなく俳優だったとすれば、面白くない…ことでもあったのか、不満があったのか、そういったことを思い出しでもしたのだろうか(真意は不明であるが)
たしかに、魅力的な役柄を演じた俳優は、その役柄の魅力をプラスされた評価を受けることができると思う。もちろん、その俳優の演技力や表現力のちからがあることは否めないけれど、そのなかには確実に、魅力的なキャラのちからも加わっての評価を受けることができる。
そこに対して、それを生み出した製作者や著者は、世間からはあまり評価されづらいのかもしれない。私は、気になった映画やドラマなどがあれば作者を調べるけれど、大抵の人は、好きなキャラを演じている役者に目がいくだろうし、そのまま偶像崇拝的な情熱でもって相手を推すようにもなるだろう。
だけど、だからといって俳優という職をバカにはできない。例えば、これは少し例外的、特異的かもしれないが、美輪明宏の場合、彼は歌手であり俳優であり声優でもある。それだけではなく、自分で舞台演出もするし、衣装も揃えたりメイクもしたり音響やライティングまで幅広く自分で手掛けることでも有名である。美輪はジブリ映画『もののけ姫』で犬神のモロの君役を演じている。この収録で、モロがおっこと主に「もはや言葉まで無くしたか」という台詞をいうシーンがあり、
このシーンで宮崎駿が「遠い昔、モロとおっこと主は良い仲だったんです」ということを美輪明宏に伝えると、それだけで全てを察した美輪は「わかりました」と言って、演技の仕方を変え、その後一発OKだったという。
このことに宮崎駿も驚いたような、感嘆の調子で「たいへん結構でした」と挨拶したそうで、このことからも、俳優というのはいろいろな人間の機微を理解してその上で表現しなければならない、大変な仕事なのだなと感じる。
そして、多くを語らなくても、たった一言でなにが言いたいかが伝わるってのは、芸術家の真髄だなと思う。そういえば、「芸術が映し出すものは、人生を観る人間であって、人生そのものではない」とワイルドも書いていたな。
ここまで書いていて気づいたのだけど、おそらく俳優というのは、その職業の人というより、自分の人生を生きれていない人間のことを指しているのかもしれない。そういう人間に対して、自分の人生を生きろという意味も込められているのかも。
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