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勇者、領主に会う
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しおりを挟む冒険者ギルドにつくと、ユクシムさんが受付の前で待っていた。
それが割と普通な状況ではないということはギルドの中で酒を飲み交わす冒険者達の様子を見ればわかる。
皆静かに黙りこくっていて、時折チラチラとこちらの様子を伺っているから相当に気にしているのだろう。
緊張して酒を飲む手は止まっているし、あれでは飲んでも味などわからないのだろうなと思う。
というかこの人たち、こんな昼日中からお酒を飲んで、働かなくても大丈夫なのだろうか。
「ハル様、お待ちしてました。さぁ、行きましょう」
ユクシムさんに挨拶して、導かれるままに外に出ると一台の馬車が止まっていた。
どうやら、それで領主様のお屋敷まで行くらしい。
ユタムの街に来る時に乗った行商人のトーマスさんの荷馬車とは違い、見るからに高級そうな馬車だった。
人の乗るところはそんなに広くなく、体の大きなユクシムさんと乗ると向かい合わせでも狭く感じる。
馬車の作りが違うのか、それとも街の道がある程度整備されているからなのか、揺れもそんなに大きくは感じなかった。
「ライオッド卿は話のわかる人ですし、あまり緊張しなくていいですよ」
と和ませようとしてくれるユクシムさんだったが、俺にはそれよりも気になることがあった。
「あの、ユクシムさん。敬語じゃなくていいですよ。勇者とはいえ、俺はまだ未熟だし普通に話して貰えた方が落ち着きますから」
俺がそう言うとユクシムさんはキョトンとした顔になる。
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
ユクシムさんが俺よりも歳上であるという理由はもちろんだけど、それよりもなんとなく敬語に慣れていないような感じがして落ち着かなかったのだ。
恐らく、普段は冒険者達を相手にするユクシムさんは敬語を使うこともあまり多くないのだろう。
無理して敬語で話されるよりも少し乱暴なくらいの言葉遣いの方はユクシムさんには合っている気がした。
「あ、ああ。すまん、助かる」
とユクシムさんは少し焦った様子でいった。
思った通り、少し無理をしていたのだろう。
慌ててはいたが、ホッとしているようでもあった。
馬の蹄の心地よい音を響かせながら馬車は進み、程なくして領主様の屋敷に到着した。
冒険者ギルドからそう遠くなく、歩いてもいけそうな距離である。
ユクシムさんによると
「ギルドの客人だったとしても領主様の屋敷に歩いて入っていけば目立つ。この方が、逆に目立たなくていい」
とのことだった。
思えば馬車が止まっていたのもギルドの正面ではなく裏口の方だったし、これも自分の素性をまだ明かしなくないという俺への配慮だったのだろう。
馬車は領主様のお屋敷の門をくぐり、それから庭園を横切って正面玄関の前で停車した。
綺麗な服を着た紳士のような佇まいの御者に扉を開けてもらい馬車を降りると、すぐに屋敷の中から使用人らしき男性が出てきて馬車の前にキリッと立ち頭を下げる。
「お待ちしておりました。ユクシム様、ハル様。執事のグラハムと申します。当家の主人がお待ちです。どうぞ中へ」
グラハムさんのその立派な態度に、ここが相当な金持ちの家であることを実感した俺は今更だが緊張し始めていた。
グラハムさんに案内されて屋敷の中に入る。
外から見ても思ったが、ここはもう屋敷というよりも城である。
街の外からでもその姿が見えるくらいに大きい建物なのだから、中も当然相当広い。
もしもグラハムさんと逸れたら間違いなく迷うと判断した俺は、グラハムさんとユクシムさんの後ろにピッタリとくっついて決して離れないように心がけていた。
「ハルくん、そんなにあからさまに緊張しなくても……」
と俺を見てユクシムさんが苦笑していたが、そんなことは気にしない。
お屋敷で迷子になる恥に比べたらこんなものはどうってことないのだから。
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