妖精猫は竜の背中で爪を研ぐ

六山葵

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プロローグ

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私は竜である。
名前はイグ・ドラニケル・ソウルハート。
聡明で偉大な名だろう。私自身がそういう存在だからだ。

悠久の時を生きるドラゴン族の中ではまだ若い方だが、蓄えた力は全盛期に近い。
人間やドワーフ、エルフと共に旅をし、英雄と肩を並べて魔王を討伐したこともある。

牙、爪、翼、そして極めた魔法。
私に敵うものなどいない――そう、本気で思っていたのだ。

今朝、あの“強敵”に遭遇するまでは。

その強敵は勇ましく、私を見ても怯まない。
懐に飛び込み、私の動きを翻弄し、ついには私を慌てさせた。

手がつけられない。
私一人ではどうしようもない。
数十年ぶりに、私は知り合いに会いにいくことにした。



「それで連れてきたのが、その猫ってわけかい」

偏屈なエルフの婆・リディアが、深いため息をつきながら言った。

私の掌には、爪より小さな黒い子猫――
いや、妖精猫ケットシーがすやすやと眠っている。

「ただの猫ではないぞ。絶滅の危機に瀕した妖精猫だ」

子猫は私を見ても逃げなかった。
むしろ、「にゃー」と鳴いて歩み寄り、すり寄ってきたのだ。

その瞬間、最強の炎龍イグ・ドラニケル・ソウルハートは悟った。

――私の強敵は、この小さな命である、と。

「アンタそれ、可愛さにやられただけさね」

リディアが鼻で笑う。

「な、そんなバカなことがあるか。この私が、人々に恐れられるが、可愛さにやられるなど……」

声が大きすぎた。
掌で子猫がぐずり出す。

知能の高い種族のせいか、泣き方は人間の赤子とよく似ていた。

「おお、すまん。大きい声を出したな。違うぞー、怒ったわけじゃないぞー。ほら眠れー、眠れー」

そう言って掌を左右に揺らす。
それが心地よかったのか、子猫はまたすぐに眠りについた。

「ハッハッハッ、完全に手玉に取られてるじゃないかい」

高らかに笑うリディアを慌てて止める。

「大きな声を出すな。起きちゃうだろ」

リディアは「おっと」と言って口を覆い子猫の顔を覗く。
何とか起こさずに済んだようだ。

「それで、この子どうしたんだい」

リディアが尋ねる。
私は今朝起きたことをありありと彼女に語った。



ドラゴンの朝は喉のイガイガから始まる。
眠っている間に熱袋が膨張し、放っておくと喉が腫れ始めるからだ。

若い竜程平気だというが、歳を取れば誰もが通る道。
かくいう私もここ最近はこのイガイガと戦っている。

解消するには一度火を吹くしかなく、ドラゴンの巣では毎朝多くの炎の柱が立ち昇る。

いつものように住処を出て、山の頂上まで飛ぼうとした。炎を吐くためだ。

一歩足を踏み出してすぐに私は視界の端で動く物を捉えた。

それが、あの子猫である。

私が住んでいるのはレイテオ山の中腹。
岩に囲まれた洞穴の中だ。

周囲に人の気配はなく、誰もいないひっそりとした場所を選んだ。

それなのに子猫はいた。

「お前、どこから来たんだ」

妖精猫は知能の高い種族だ。
言葉も理解できるはず。

そう思って訪ねてみても、子猫は

「にゃー」

と鳴くばかりだった。

「まぁ、どうでもいい。ここは私の住処だ。お前はどこか他のところを探せ」

そう言って子猫を突き放す。
どこから来たのかわからないが、来れたのならば帰れるだろう。

私がそう言って遠ざけると子猫は不思議そうに私の顔を見上げる。

子供は苦手だ。
ただでさえドラゴン族はその大きさから他種族に畏怖されている。
子供であれば尚更怖がる。

今まで出会ったどんな子供も、皆私を見て泣いてきた。

せっかく作った安息の地で泣き出されたら溜まったものではない。

早くどこかへ行ってくれないだろうか。

そう考えていると子猫はよたよたと危うい足取りで歩き出し、私の前足にひしとしがみついたのである。
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