2 / 24
プロローグ
2
しおりを挟む
胸が熱くなった。
鱗の下のもっと奥。今まで感じたことのないような気持ちが湧いて来る。
いや、気のせいだ。
この胸の温かさは熱袋の膨張によるものだ。そうに決まっている。
しがみついてきた子猫は助けを乞うように身体をぶるぶると震わせていた。
レイテオ山の風は冷たい。妖精猫は身体中をふわふわの毛に覆われているが、それでも子猫には厳しい環境だろう。
「やめろ、そんな目で見るな」
そう言っても子猫は離れようとしなかった。
宝石のような瞳に真っすぐ私が映っている。恐怖でも嫌悪でもなく、ただただすがるその視線についに私は根負けした。
「……仕方がない。少し温めてやるだけだぞ」
そう言って子猫を翼の中に入れ、風から守ってやる。
ドラゴンの体温は子猫を温めるにはちょうどいいようだ。子猫は安心しきったように私の腕に顔をうずめる。
その時だった。
喉の奥に厚い何かを感じて私は慌てて口を押える。
そういえばまだ日課の火を吹く作業を終わらせていなかった。
眠っている間に熱袋が膨張し、限界に達したのだ。
「ま、まずい」
翼の中には子猫がいる。
私の炎を食らっては一溜りもないだろう。
私は慌てて空に顔を向ける。
熱袋から勢いよく熱が放出され、レイテオ山の朝に炎の花が咲く。
「……危なかった」
ひとしきり炎を吐き終えた後、私は子猫の様子を確認する。
なんてことはない。子猫は何事もなかったかのよう眠っている。
すやすやと寝息をたてるその小さな顔を見つめていると、再び胸のあたりがきゅーっと熱くなった。
♢
そこまで話すとリディアは腹を抱えて笑った。
「あんた、完全にやられちまっているじゃないか」
「ち、違う。これは一時的な保護だ! 決してかわいいなどと……」
必死に否定する私の腕の中で子猫が再び小さく寝返りをうった。
その柔らかな寝息がまた私の胸の奥をくすぐる。
「リディア、この子が飲める母乳のようなものはないか。朝から何も食べておらんのだ」
子猫を起こさぬように尋ねるとリディアは僅かに首を傾げた。
「母乳ねぇ。町まで下りればヤギの乳くらい売っているだろうけど、生憎ここにはそんなものはないよ」
考えてみれば当然だ。エルフはそもそも草食で、動物由来の物を口にしない。
特に、一人暮らしの彼女には無縁なものだろう。
しかし、町か……。
最後に人里に下りたのはもう何十年も前のことだが、その時はえらい目にあった。うーむ……。
「代金はもちろん支払う。代わりに買ってきてはくれまいか」
洞窟の中にはいつぞや魔王を倒した時に人間の国王から貰った財宝がそのまま残してある。
ミルクを買うくらい事足りるはずだ。
私がそう言うと彼女は呆れた様子で首を横に振った。
「年寄りを使い走りにする気かい? その子を育てるんなら必要な物は他にもあるんだ。あんたが自分で行ってきな」
いや、まだ育てると決めたわけでは……、と反論する私の話は聞かず、彼女は家の中に戻ってしまう。
腕の中では子猫が気持ちよさそうに眠っているが、そのうち腹を空かせて目を覚ますだろう。
何もすることができずに泣き続けられたらたまったものではない。
仕方ないか……。
覚悟を決めて翼を広げる。
飛んでいけば洞穴に戻ってから街にってもそう時間はかかるまい。
何とかこの子が起きる前に食料を調達しなければ。
私が飛び立とうとすると、家の扉が再び開いた。
「待ちな」
中から出て来たリディアが呼び止める。
その手には温かそうな毛布を抱えている。
「飛んでいる間は風から守ってやれないだろう。私が作った毛布だ。そこらの物よりずっと温かい」
リディアは一度子猫を抱きかかえ、それから毛布に優しく包んで私に返す。
「育てるなら名前が必要だね。いいのを考えておやり」
だから育てるとは……、と反論する気はもうない。言っても無駄だろう。
私は彼女に礼を言い、名前のことを頭の片隅で考えながら再び空へと飛びたった。
鱗の下のもっと奥。今まで感じたことのないような気持ちが湧いて来る。
いや、気のせいだ。
この胸の温かさは熱袋の膨張によるものだ。そうに決まっている。
しがみついてきた子猫は助けを乞うように身体をぶるぶると震わせていた。
レイテオ山の風は冷たい。妖精猫は身体中をふわふわの毛に覆われているが、それでも子猫には厳しい環境だろう。
「やめろ、そんな目で見るな」
そう言っても子猫は離れようとしなかった。
宝石のような瞳に真っすぐ私が映っている。恐怖でも嫌悪でもなく、ただただすがるその視線についに私は根負けした。
「……仕方がない。少し温めてやるだけだぞ」
そう言って子猫を翼の中に入れ、風から守ってやる。
ドラゴンの体温は子猫を温めるにはちょうどいいようだ。子猫は安心しきったように私の腕に顔をうずめる。
その時だった。
喉の奥に厚い何かを感じて私は慌てて口を押える。
そういえばまだ日課の火を吹く作業を終わらせていなかった。
眠っている間に熱袋が膨張し、限界に達したのだ。
「ま、まずい」
翼の中には子猫がいる。
私の炎を食らっては一溜りもないだろう。
私は慌てて空に顔を向ける。
熱袋から勢いよく熱が放出され、レイテオ山の朝に炎の花が咲く。
「……危なかった」
ひとしきり炎を吐き終えた後、私は子猫の様子を確認する。
なんてことはない。子猫は何事もなかったかのよう眠っている。
すやすやと寝息をたてるその小さな顔を見つめていると、再び胸のあたりがきゅーっと熱くなった。
♢
そこまで話すとリディアは腹を抱えて笑った。
「あんた、完全にやられちまっているじゃないか」
「ち、違う。これは一時的な保護だ! 決してかわいいなどと……」
必死に否定する私の腕の中で子猫が再び小さく寝返りをうった。
その柔らかな寝息がまた私の胸の奥をくすぐる。
「リディア、この子が飲める母乳のようなものはないか。朝から何も食べておらんのだ」
子猫を起こさぬように尋ねるとリディアは僅かに首を傾げた。
「母乳ねぇ。町まで下りればヤギの乳くらい売っているだろうけど、生憎ここにはそんなものはないよ」
考えてみれば当然だ。エルフはそもそも草食で、動物由来の物を口にしない。
特に、一人暮らしの彼女には無縁なものだろう。
しかし、町か……。
最後に人里に下りたのはもう何十年も前のことだが、その時はえらい目にあった。うーむ……。
「代金はもちろん支払う。代わりに買ってきてはくれまいか」
洞窟の中にはいつぞや魔王を倒した時に人間の国王から貰った財宝がそのまま残してある。
ミルクを買うくらい事足りるはずだ。
私がそう言うと彼女は呆れた様子で首を横に振った。
「年寄りを使い走りにする気かい? その子を育てるんなら必要な物は他にもあるんだ。あんたが自分で行ってきな」
いや、まだ育てると決めたわけでは……、と反論する私の話は聞かず、彼女は家の中に戻ってしまう。
腕の中では子猫が気持ちよさそうに眠っているが、そのうち腹を空かせて目を覚ますだろう。
何もすることができずに泣き続けられたらたまったものではない。
仕方ないか……。
覚悟を決めて翼を広げる。
飛んでいけば洞穴に戻ってから街にってもそう時間はかかるまい。
何とかこの子が起きる前に食料を調達しなければ。
私が飛び立とうとすると、家の扉が再び開いた。
「待ちな」
中から出て来たリディアが呼び止める。
その手には温かそうな毛布を抱えている。
「飛んでいる間は風から守ってやれないだろう。私が作った毛布だ。そこらの物よりずっと温かい」
リディアは一度子猫を抱きかかえ、それから毛布に優しく包んで私に返す。
「育てるなら名前が必要だね。いいのを考えておやり」
だから育てるとは……、と反論する気はもうない。言っても無駄だろう。
私は彼女に礼を言い、名前のことを頭の片隅で考えながら再び空へと飛びたった。
3
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる