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プロローグ
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ダグラスは込み上げてくる笑いをぐっと堪えた。
まさか、こんなに上手くことが運ぶとは。俺にもようやく運が向いてきやがった――
「ダグラス、あの男の財宝も奪っておいた方が良かったんじゃねぇか」
店から逃げ出す途中で仲間の一人が名残惜しそうに言う。
ダグラスは軽くため息を吐き、その仲間をたしなめた。
「あんな大金を持ち歩き、希少な種族を抱えた男だぞ。明らかに只者じゃねぇ。これでいいんだよ」
まぁ、気持ちはわかるがな。
とダグラスは内心で続けた。
あの男、妙な雰囲気を纏っていて必要以上に警戒したが催涙玉でやけに動きが鈍くなっていた。
あの姿をみたら「財宝も奪えたんじゃないか」と思っても仕方がない。
だが、これでいい。
奪った妖精猫を売るだけで十分な金が手に入る。今はただ、あの男が街の衛兵に通報する前にこの街から逃げてしまえばいい。
「にしてもうるせぇな。殴って気絶させちまうか?」
他の仲間が背負った布袋揺すりばがら言った。
奪った猫のことだ。袋に入れられた猫は慌てふためいて「みゃーみゃー」と鳴き続けている。
小さいから暴れても問題はないが、鳴き声で人が注目する。
「やめとけ。うっかり殺しちまったら金は半分以下だぞ」
ダグラスはそう言ったが、布袋を背負った男は煩わしそうに首を振った。
「じゃあ、他の方法でこいつを何とかしてくれ」
「暗くて怖がっているんだろう。袋に光を取り込む穴を開けてやればいい」
仲間の一人がそう言って、布袋にナイフで穴を開けようとした時だった。
「ウゴオオォォォ!」
けたたましい轟音が空気を震わせた。
衝撃は後方から。その場にいた誰もが振り向き、恐怖で身を強張らせた。
「なんだ、あれは」
ダグラスの顔から笑みが消える。
視線は一点に釘付けだ。
見慣れた街並みに見慣れぬ異形の化け物がいる。
建物よりも巨大な紅い竜が、牙をむき出しにしてこちらに迫ってきていた。
♢
胸が熱い。
焼けるようだ。
毒は全身に回っている。命を奪うものではなく、力を弱める類のものだったらしいが、おかげで全身に力が入らない。
それでも私は力を振り絞った。
許せぬ。人間風情がこの私を出し抜くなど。
許せぬ。私から何かを奪うなど。
許せぬ。その子を傷つけるなど。
変身は解けていた。
巨大な私の身体が店の天井を壊す。
すまない、レンリ。店を壊してしまった。そして、君を怖がらせた。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。
飛び上がった私の姿を見て、街の住人たちが悲鳴を上げる。
この騒ぎではすぐに衛兵が集まってくるだろう。
問題ない。そんなに時間はかからない。
視線の先に奴らがいた。私からあの子を奪った、あの薄汚い人間どもだ。
私の姿を見て怯えている。いいぞ、もっと怖がれ。
お前たちにはこんな恐怖では生ぬるい。
後悔してももう遅い。生きたいと思えなくなるような悲惨な死を与えてやる。
私は牙を剥いた。
その牙を男たちに向ける。
殺してやるつもりだった。人間の命など私には羽虫ほどの価値しかない。
しかし、私牙が奴らを貫く寸前に鳴き声が聞こえた。
「にゃー」
布袋の中から聞こえたその鳴き声は私に冷静さを取り戻させるには十分だった。
この子の前で、凶暴な私の一面を見せたくなかったのだ。
この子が私に怯えれば、もう二度とあの笑顔を向けてはくれないかもしれない。私にすり寄り、腕の中で眠ってはくれないかもしれない。
それが嫌だった。
男たちは私の迫力に怯え、腰を抜かしたらしい。
布袋を爪先でつまみ、ひょいと奪い取っても彼らは何も言えずにいた。
布袋の中身をそっと手のひらに出す。子猫が転がり落ちてきて、私の顔を見て「にゃー」と鳴く。
無事なようだ。
私はほっと胸を撫でおろした。
「あ、あの……」
声をかけられて振り返ると、そこにレンリが立っていた。
足が震えている。声が上ずっている。目には涙を貯めている。
今まで出会った他の生物と同じように彼女は明らかに私を恐れていた。
仕方のないことだ。彼女のようなか弱き者には私のようなドラゴンは刺激が強い。
私はゆっくりと歩みを進め、彼女と一定の距離を保ったまま財宝を再び彼女の前に差し出した。
「壊してしまった店の修理代だ。人間の価値観は私にはわからないがこれで足りるだろうか」
私の言葉に彼女は呆気に取られていたが、微かに頷いた。
良かった。洞穴には財宝がまだ残っているが、それを取りに行っている間に衛兵は迎撃の準備を済ませるだろう。
財宝を渡して、ここに長居する理由は無くなった。
この子のミルクをまた調達する必要はあるだろうが、それは今度こそ事情を話してリディアに頼もう。
私は翼を広げ、飛び立つ準備をした。
ふと思い出し、レンリを見やる。
「この子の名前だが、さっき決めたぞ。『マオ』だ。いい名前だろう」
私がそう言ってもレンリは何も言わなかったが、代わりに子猫が腕の中で鳴く。名前を気に入ってくれたようだ。
私は嬉しくなり、マオを優しく毛布に包みなおしてからレイテオ山の洞穴に向けて飛び立ったのだった。
まさか、こんなに上手くことが運ぶとは。俺にもようやく運が向いてきやがった――
「ダグラス、あの男の財宝も奪っておいた方が良かったんじゃねぇか」
店から逃げ出す途中で仲間の一人が名残惜しそうに言う。
ダグラスは軽くため息を吐き、その仲間をたしなめた。
「あんな大金を持ち歩き、希少な種族を抱えた男だぞ。明らかに只者じゃねぇ。これでいいんだよ」
まぁ、気持ちはわかるがな。
とダグラスは内心で続けた。
あの男、妙な雰囲気を纏っていて必要以上に警戒したが催涙玉でやけに動きが鈍くなっていた。
あの姿をみたら「財宝も奪えたんじゃないか」と思っても仕方がない。
だが、これでいい。
奪った妖精猫を売るだけで十分な金が手に入る。今はただ、あの男が街の衛兵に通報する前にこの街から逃げてしまえばいい。
「にしてもうるせぇな。殴って気絶させちまうか?」
他の仲間が背負った布袋揺すりばがら言った。
奪った猫のことだ。袋に入れられた猫は慌てふためいて「みゃーみゃー」と鳴き続けている。
小さいから暴れても問題はないが、鳴き声で人が注目する。
「やめとけ。うっかり殺しちまったら金は半分以下だぞ」
ダグラスはそう言ったが、布袋を背負った男は煩わしそうに首を振った。
「じゃあ、他の方法でこいつを何とかしてくれ」
「暗くて怖がっているんだろう。袋に光を取り込む穴を開けてやればいい」
仲間の一人がそう言って、布袋にナイフで穴を開けようとした時だった。
「ウゴオオォォォ!」
けたたましい轟音が空気を震わせた。
衝撃は後方から。その場にいた誰もが振り向き、恐怖で身を強張らせた。
「なんだ、あれは」
ダグラスの顔から笑みが消える。
視線は一点に釘付けだ。
見慣れた街並みに見慣れぬ異形の化け物がいる。
建物よりも巨大な紅い竜が、牙をむき出しにしてこちらに迫ってきていた。
♢
胸が熱い。
焼けるようだ。
毒は全身に回っている。命を奪うものではなく、力を弱める類のものだったらしいが、おかげで全身に力が入らない。
それでも私は力を振り絞った。
許せぬ。人間風情がこの私を出し抜くなど。
許せぬ。私から何かを奪うなど。
許せぬ。その子を傷つけるなど。
変身は解けていた。
巨大な私の身体が店の天井を壊す。
すまない、レンリ。店を壊してしまった。そして、君を怖がらせた。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。
飛び上がった私の姿を見て、街の住人たちが悲鳴を上げる。
この騒ぎではすぐに衛兵が集まってくるだろう。
問題ない。そんなに時間はかからない。
視線の先に奴らがいた。私からあの子を奪った、あの薄汚い人間どもだ。
私の姿を見て怯えている。いいぞ、もっと怖がれ。
お前たちにはこんな恐怖では生ぬるい。
後悔してももう遅い。生きたいと思えなくなるような悲惨な死を与えてやる。
私は牙を剥いた。
その牙を男たちに向ける。
殺してやるつもりだった。人間の命など私には羽虫ほどの価値しかない。
しかし、私牙が奴らを貫く寸前に鳴き声が聞こえた。
「にゃー」
布袋の中から聞こえたその鳴き声は私に冷静さを取り戻させるには十分だった。
この子の前で、凶暴な私の一面を見せたくなかったのだ。
この子が私に怯えれば、もう二度とあの笑顔を向けてはくれないかもしれない。私にすり寄り、腕の中で眠ってはくれないかもしれない。
それが嫌だった。
男たちは私の迫力に怯え、腰を抜かしたらしい。
布袋を爪先でつまみ、ひょいと奪い取っても彼らは何も言えずにいた。
布袋の中身をそっと手のひらに出す。子猫が転がり落ちてきて、私の顔を見て「にゃー」と鳴く。
無事なようだ。
私はほっと胸を撫でおろした。
「あ、あの……」
声をかけられて振り返ると、そこにレンリが立っていた。
足が震えている。声が上ずっている。目には涙を貯めている。
今まで出会った他の生物と同じように彼女は明らかに私を恐れていた。
仕方のないことだ。彼女のようなか弱き者には私のようなドラゴンは刺激が強い。
私はゆっくりと歩みを進め、彼女と一定の距離を保ったまま財宝を再び彼女の前に差し出した。
「壊してしまった店の修理代だ。人間の価値観は私にはわからないがこれで足りるだろうか」
私の言葉に彼女は呆気に取られていたが、微かに頷いた。
良かった。洞穴には財宝がまだ残っているが、それを取りに行っている間に衛兵は迎撃の準備を済ませるだろう。
財宝を渡して、ここに長居する理由は無くなった。
この子のミルクをまた調達する必要はあるだろうが、それは今度こそ事情を話してリディアに頼もう。
私は翼を広げ、飛び立つ準備をした。
ふと思い出し、レンリを見やる。
「この子の名前だが、さっき決めたぞ。『マオ』だ。いい名前だろう」
私がそう言ってもレンリは何も言わなかったが、代わりに子猫が腕の中で鳴く。名前を気に入ってくれたようだ。
私は嬉しくなり、マオを優しく毛布に包みなおしてからレイテオ山の洞穴に向けて飛び立ったのだった。
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