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二人の王子中編
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王都の戦い。
オード対ア・ドリス。
燃える火の岩が降り注ぐ中を掻い潜るように避けながらオードは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
まったく。どうして火系統の魔法を使う相手が僕なんだ。
と心の中で悪態をついてみるが、それが状況の打開に繋がらないことは本人が最も理解している。
そもそも悪魔を惹きつけるという作戦において誰がどの悪魔と戦うのかというところまでは作戦は練られていない。
どこにどの悪魔が、何体来るのかは完全に運任せだった。
一対一の状況になっただけでも幸いである。
「逃げてばかりか! それじゃあ私には勝てないな!」
ア・ドリスの高笑いがオードの耳に届く。
彼女はちょうど街の上空に静止してオードを見下ろしていた。
高く上げた右手の手のひらの上に轟々と燃え盛る大きな岩が浮かんでいた。
オードは振り向いてドリスの位置を確認しながら走り、角を曲がって路地裏へと入り込んだ。
狭い通路と建物をうまく使って姿を隠したのだ。
そんなことはお構いなしにドリスは作り出した岩を振り下ろした。
ものすごい速度で岩は落ちていき、建物を半壊させる。
オードが隠れた方向とは全く関係ないところの建物だった。
「遊んでるのか」
物陰から顔を出し、周囲の様子を伺いながらオードが呟く。
ドリスが見当違いのところを攻撃するのはこれでもう五回目だった。
その度に屋敷が壊されていき、街はすでにほぼ壊滅状態といってもいい。
ドリスが魔法をコントロールできていないとは考えづらく、わざとやっているようにしかオードには思えなかった。
「ど、どうしようオード……」
オードの心の中で土精霊のデイクイーンが不安そうに語りかける。
オードは「心配ないよ」と返す。
「君と僕の相性はぴったりだ。力を合わせればきっとあのドリスって悪魔にも負けない」
「う、うん」
デイクイーンにそう言い聞かせてからオードは腰に巻いたポーチの中身を確認する。
ポーチの中には魔法植物の種が数種類入っている。
そのどれもが魔力を吸収すると即座に成長し、なんらかの戦闘に有利な効果を与えてくれる植物ばかりだった。
学院時代と卒業してからの数年間、オードが勉強して知識を深め、自ら育て始めた植物たちの種だった。
オードは周りの人間から見れば優秀な魔法使いだった。
それは学院の卒業時に彼の成績が学年で三位だったことからも伺える。
しかし、当の本人は自分の才能に自信を持っていなかった。
それは決して消極的な考えでも、謙遜しているわけでもなく、オードが自分を客観的に見て感じていることだった。
確かに魔法に関する知識はある。
勉強も得意だった。
一年生の頃はレオンやルイズに圧倒され驚いていた節もあるが、三年の後半には知識でルイズに並んだという自負もある。
だが、それだけだった。
極端なことを言えば知識なんて勉強すれば誰でも手に入れることができる。
学校でしか評価を得られない分野だ。
実際の戦闘で必要な力は自分にはないとオードは悟っていた。
ヒースクリフのような判断力もルイズのような洗練された技術もマークのような度胸もない。
そんな自分に何が出来るだろうか。
オードはこの自分に足りない物たちをあっさりと手放した。
求めたって仕方がないと割り切った。
これは決して後ろ向きな気持ちになったわけではなく、反対に前向きな気持ちで得た決断だった。
ない物を追っていても仕方がない……なるばある物で自分にできる最大限を尽くそうと。
「デイクイーン、頼むよ」
オードは他人事そう言うと建物の影から飛び出した。
「やっと出てきたかネズミちゃん!」
ドリスが笑い燃える岩をオードに向かって投げる。
今度は確実にオードのことを捉えていた。
当たればタダでは済まないことは事前に威力を見てるから知っている。
それでもオードは臆することなくポーチから取り出した種を岩に向かって投げつけた。
「デイクイーン!」
オードが叫び、右手を突き出す。
右手から伸びた緑色の魔力はデイクイーンの力だ。
魔力は投げつけた種を包み込むようにまとわりつく。
そして、種を芽吹かせる。
ドリスの位置からでは何が起きたのかを理解するのに数秒かかった。
いや、視界にはその光景は入っていたのだが理解するのに脳が追いつかなかったのだ。
「な、なんだぁ!?」
数秒遅れたドリスが驚愕の声を上げる。
ドリスの目の前には巨大な木が一本生えていた。
太い幹に青々と茂った葉。一瞬で出てきたとは思えない。もう何百年もそこにあったかのような大木だった。
その大木の枝がドリスの投げつけた岩を取り囲み、受け止めている。
燃えていたはずの火はいつのまにか消えていた。
「樹齢二百年相当の『蓄水樹』だ。その根と幹は斧を通さない程硬く、水を大量に含んでいるために容易には燃えない。君の魔法に対する『最適解』さ」
オードが自慢げに言う。内心では上手くいってよかったと安心している。
蓄水樹は確かにオードの説明した通りの能力を持つ。
しかし、それは成熟した木にのみ現れる特徴だった。
若木では逆に幹はしなやかにしなり、内に含む水分量も多くはならない。
そして、その成長速度は魔力を吸っても尚遅い。
一瞬で樹齢二百年相当の大木を出現させるなど本来ではあり得ないことだった。
それを可能にしたからくりがデイクイーンの魔力である。
土精霊のデイクイーンは自身の魔力を使って植物の成長を促進させるという稀有な能力を持っていた。
その力を使い成長の遅い蓄水樹を一瞬で巨木に成長させたのである。
オードの言う通り、二人の相性は驚くほどにぴったりだった。
オード対ア・ドリス。
燃える火の岩が降り注ぐ中を掻い潜るように避けながらオードは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
まったく。どうして火系統の魔法を使う相手が僕なんだ。
と心の中で悪態をついてみるが、それが状況の打開に繋がらないことは本人が最も理解している。
そもそも悪魔を惹きつけるという作戦において誰がどの悪魔と戦うのかというところまでは作戦は練られていない。
どこにどの悪魔が、何体来るのかは完全に運任せだった。
一対一の状況になっただけでも幸いである。
「逃げてばかりか! それじゃあ私には勝てないな!」
ア・ドリスの高笑いがオードの耳に届く。
彼女はちょうど街の上空に静止してオードを見下ろしていた。
高く上げた右手の手のひらの上に轟々と燃え盛る大きな岩が浮かんでいた。
オードは振り向いてドリスの位置を確認しながら走り、角を曲がって路地裏へと入り込んだ。
狭い通路と建物をうまく使って姿を隠したのだ。
そんなことはお構いなしにドリスは作り出した岩を振り下ろした。
ものすごい速度で岩は落ちていき、建物を半壊させる。
オードが隠れた方向とは全く関係ないところの建物だった。
「遊んでるのか」
物陰から顔を出し、周囲の様子を伺いながらオードが呟く。
ドリスが見当違いのところを攻撃するのはこれでもう五回目だった。
その度に屋敷が壊されていき、街はすでにほぼ壊滅状態といってもいい。
ドリスが魔法をコントロールできていないとは考えづらく、わざとやっているようにしかオードには思えなかった。
「ど、どうしようオード……」
オードの心の中で土精霊のデイクイーンが不安そうに語りかける。
オードは「心配ないよ」と返す。
「君と僕の相性はぴったりだ。力を合わせればきっとあのドリスって悪魔にも負けない」
「う、うん」
デイクイーンにそう言い聞かせてからオードは腰に巻いたポーチの中身を確認する。
ポーチの中には魔法植物の種が数種類入っている。
そのどれもが魔力を吸収すると即座に成長し、なんらかの戦闘に有利な効果を与えてくれる植物ばかりだった。
学院時代と卒業してからの数年間、オードが勉強して知識を深め、自ら育て始めた植物たちの種だった。
オードは周りの人間から見れば優秀な魔法使いだった。
それは学院の卒業時に彼の成績が学年で三位だったことからも伺える。
しかし、当の本人は自分の才能に自信を持っていなかった。
それは決して消極的な考えでも、謙遜しているわけでもなく、オードが自分を客観的に見て感じていることだった。
確かに魔法に関する知識はある。
勉強も得意だった。
一年生の頃はレオンやルイズに圧倒され驚いていた節もあるが、三年の後半には知識でルイズに並んだという自負もある。
だが、それだけだった。
極端なことを言えば知識なんて勉強すれば誰でも手に入れることができる。
学校でしか評価を得られない分野だ。
実際の戦闘で必要な力は自分にはないとオードは悟っていた。
ヒースクリフのような判断力もルイズのような洗練された技術もマークのような度胸もない。
そんな自分に何が出来るだろうか。
オードはこの自分に足りない物たちをあっさりと手放した。
求めたって仕方がないと割り切った。
これは決して後ろ向きな気持ちになったわけではなく、反対に前向きな気持ちで得た決断だった。
ない物を追っていても仕方がない……なるばある物で自分にできる最大限を尽くそうと。
「デイクイーン、頼むよ」
オードは他人事そう言うと建物の影から飛び出した。
「やっと出てきたかネズミちゃん!」
ドリスが笑い燃える岩をオードに向かって投げる。
今度は確実にオードのことを捉えていた。
当たればタダでは済まないことは事前に威力を見てるから知っている。
それでもオードは臆することなくポーチから取り出した種を岩に向かって投げつけた。
「デイクイーン!」
オードが叫び、右手を突き出す。
右手から伸びた緑色の魔力はデイクイーンの力だ。
魔力は投げつけた種を包み込むようにまとわりつく。
そして、種を芽吹かせる。
ドリスの位置からでは何が起きたのかを理解するのに数秒かかった。
いや、視界にはその光景は入っていたのだが理解するのに脳が追いつかなかったのだ。
「な、なんだぁ!?」
数秒遅れたドリスが驚愕の声を上げる。
ドリスの目の前には巨大な木が一本生えていた。
太い幹に青々と茂った葉。一瞬で出てきたとは思えない。もう何百年もそこにあったかのような大木だった。
その大木の枝がドリスの投げつけた岩を取り囲み、受け止めている。
燃えていたはずの火はいつのまにか消えていた。
「樹齢二百年相当の『蓄水樹』だ。その根と幹は斧を通さない程硬く、水を大量に含んでいるために容易には燃えない。君の魔法に対する『最適解』さ」
オードが自慢げに言う。内心では上手くいってよかったと安心している。
蓄水樹は確かにオードの説明した通りの能力を持つ。
しかし、それは成熟した木にのみ現れる特徴だった。
若木では逆に幹はしなやかにしなり、内に含む水分量も多くはならない。
そして、その成長速度は魔力を吸っても尚遅い。
一瞬で樹齢二百年相当の大木を出現させるなど本来ではあり得ないことだった。
それを可能にしたからくりがデイクイーンの魔力である。
土精霊のデイクイーンは自身の魔力を使って植物の成長を促進させるという稀有な能力を持っていた。
その力を使い成長の遅い蓄水樹を一瞬で巨木に成長させたのである。
オードの言う通り、二人の相性は驚くほどにぴったりだった。
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