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二人の王子中編
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しおりを挟む痛みはあった。けれど動けないほどではない。
這いつくばるマークはなんとか立ちあがろうと地面に手をつく。
肩に鈍い違和感があった。
看板にぶつかった時どこかに打ち付けられたのだろう。
「おい、マーク! 今のは危なかったな。俺がいなきゃ死んでたぞ」
心の中で声が聞こえる。
火精霊のファルトスだ。
マークの中に魂を宿した彼は心の中でマークと会話することができる。
それだけではなく、マークの代わりに魔法を行使することもできる。
ア・ダルブの攻撃がマークに当たる瞬間、ファルトスは火精霊の魔法でマークの肉体を強化した。
そのおかげで一時的に防御力が高まり、マークは大きなダメージを受けずに済んだというわけだ。
しかしこの魔法、効果が一瞬すぎるためにタイミングが難しく常に発動しておくことができない。
また、使用するのにかなりの魔力を使うため多用もできない技だった。
「ああ、ありがとう」
肩の痛みを堪えつつ、なんとか立ち上がったマークは心の中でファルトスに礼を言う。
実際、ファルトスがいなければダルブとの戦いは成り立っていない。
ダルブの魔法に対抗するための的確なアドバイス、そしてマークが魔法を打つ時の補助。
二対一でなんとか凌いでいるといったところである。
「レオンには悪けど、殺さないとか甘いこと言ってる場合じゃないかもな」
ファルトスがやや焦ったように言う。
時間稼ぎをしていたことがバレている以上、ダルブはこれまでよりもより強い攻撃を仕掛けてくるだろう。
そうなればそれに対抗するためにマークも強い防御魔法を使うしかない。
お互いに魔法を多用する消耗戦。普通に考えれば勝つのは魔力の多い方だ。
ファルトスの魂を宿したことでマークの魔力の総量は普通の人間と比べても相当上回るほどには増えている。
しかし、それでもなお人間の体と融合したダルブの魔力総量にはやや届いていない。
「おい、奥の手使おうぜ。なーに、本気でぶつけてやっと勝てる可能性が見える相手だ。あの技を使っても死ぬことはねぇよ」
ファルトスに言われてマークは頷く。
そして、周囲を見渡して剣の位置を確認する。
ダルブの突進の衝撃で手放してしまった剣はマークの斜め前方、ちょうどダルブとの中間地点のあたりに落ちていた。
剣の位置を確認してマークはほっと胸をなでおろす。
どうやら折れたり欠けたりはしていないらしい。
剣が無事ならばそれでいい。拾いに行く必要はない。
マークは腰に差したままだったもう一本剣に手をかける。
「おっ? ようやく本気か? さっきの攻撃を凌いだだけでも驚きなのに、まだ楽しみがあるとはな」
ダルブは嬉しそうに笑う。
マークの目に信念が宿っているのがダルブにはわかった。
戦いを通して知る、相手の覚悟だ。
「……五年前、お前ら悪魔がここを襲撃した時俺は何もできなかった」
マークはポツリと語り出す。
時間稼ぎなのか、それとも高ぶる心を鎮めるための独り言なのか。
ダルブは待った。
悪魔族の一流の戦士として、相手の覚悟を踏み躙るような真似はしない。
マークがどんな手を使おうが最後に勝つのは自分だという余裕もある。
「俺は親友に頼りきりで……国を追われることになったアイツの手助けもしてやれなかった……悔しかった。アイツの隣にいてやれない弱い自分が嫌だった……だから、この剣を手に入れたんだ」
マークは腰の剣を引き抜いた。
刀身が紅い。燃えるような剣だった。
「素材は魔鉄鋼、刀匠はかの有名なブロッケン・ロックンハート。その名工が魔力を込めて、一打ち一打ちに魂を込めて完成させたのがこの剣だ……これは、お前たち悪魔を倒すための魔剣だ!」
マークは剣を耳の高さまで上げて、切先をダルブに向けていた。
「来い! ファルトス!!」
マークの構えた赤い魔剣がオーラを放っている。
ファルトスの魔力が剣に集まっているのだ。
燃えるような魔剣は魔力を帯びてさらに光出す。実際に刀身が発火して燃えていた。
ダルブの表情から一瞬笑みが消える。
感じる魔力は明らかに強い。喰らえばひとたまりもないだろうということは容易に想像できた。
その窮地に立って、ダルブは再び笑った。
「いいぞ! いいぞ小僧! お前の全力を持って向かって来い。俺も全力を持って叩きのめしてやる!」
ダルブの身体強化魔法が発動する。
踏み込みで地面が先程よりも大きく抉れていた。
ダルブはそのままマークに向けて突っ込んだ。
マークの剣が触れるよりも早く、叩きのめそうという腹づもりだ。
必然的にマークはそれを迎え撃つ形になる。
極限の命のやり取りをしている中で、マークは落ち着いていた。
疲れや痛みを全て忘れて、目の前の敵しか見ていない。集中していた。
「ロックンハート流剣技、壱の秘剣……炎炎気焔」
マークは剣を振り払った。
横薙ぎの技だ。
速度を自慢としたダルブはマークの剣が触れるその瞬間に「勝った」と悟った。
マークの繰り出した自慢の技には速さが足りていない。どれだけの威力を持っていても当たらなければ意味がない。
ダルブにとってマークの剣は「遅い」と感じるほどに避けやすいものだった。
ダルブはマークの剣を屈んで避け、その時の踏み込みの勢いを使って右の拳をマークに向ける。
その拳がマークに届いていれば、ダルブは勝っていた。
「……バカなっ!」
ダルブは驚いた。
避けたはずの剣がまだ目の前にあったからだ。
残像か、幻影の魔法か。
いや違う。
炎だ。
刀身から出た燃え盛る炎が横薙ぎの風になって煽られて揺らめいている。
ダルブは確かにマークの剣を避けたが、その後ろにはまだ炎でできた剣があったのだ。
炎がダルブの身を包む。
焼ける……その身が燃え上がる。
「グッ……ウォオオオ! この炎……俺の魔力を使って……」
マークの繰り出した技から出た炎は最初は火力だけで見れば大したことはなかった。
しかし、その技の真に恐ろしいところは対象の魔力を糧に燃え続けるところだ。
ダルブに燃え移った炎はダルブの魔力を食いながら大きく大きく成長していく。
大きな火柱となるまでに成長した火はその後から十分近く燃え続けていた。
そして火が消える頃、残ったのは魔力を全て使い果たし倒れるダルブの姿だった。
「……ハァ、よし生きてるな」
ダルブの横で膝をつき、生存確認をしたマークがほっとして一息をつく。
魔力を全て吸い付くしてまで燃えがった炎も強大だが、それを食らってもなお生きているダルブも並大抵ではない。
マークは剣を鞘にしまってからそのまま倒れ込んでしまう。
「おい大丈夫かマーク」
心の中でファルトスが心配し、マークはそれに手を上げて答えた。
怪我ではない。疲れだ。
名工ブロッケン・ロックンハートが打った魔剣はマークが学院を卒業してから手に入れたものだった。
強くなりたいと剣術を学ぶためにブロッケンの下を訪ね、そこで二年間修行を積み、認められて打ってもらった試作品。
魔鋼鉄という特別な鋼鉄で作られた刀身はあらゆる魔力を吸収し、持ち主の意に沿った形で現れる。
そこから作り出される剣技も工夫と発想次第でいくらでも変化させられる優れものだったが、その分の魔力消費量が尋常ではない。
剣と共に作られた特別な鞘から抜いた瞬間に持ち主の魔力を吸い始め、再び鞘に収めるまで常に魔力を吸い続ける。
それ故に使用するのは本当に危ない時だけとマークは決めていた。
自らも魔力のほとんどを使い果たして倒れ伏したマークは最後の力を振り絞って仰向けに寝転がる。
頭上に広がる青空を見ながら遠くで聞こえる戦闘音を聞いていた。
誰のものかはわからないが、まだ戦っている仲間がいる。
「がんばれ」とマークはつぶやいた。
そして、拳を空に向けて握りしめる。
「レオン、俺はやったぞ……あとは頼んだ」
なんとかそこまで言い切ってマークは眠るように気を失った。
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