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二人の王子中編

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ヒースクリフは焦っていた。
街中を懸命に走る中で、腕に抱えた王冠だけは落とすまいと力を込める。

反対の腕にはレイテリア教司祭、エルシムがいた。

魔法で気を失っている彼はヒースクリフの腕に抱えられたままピクリとも動かない。

大の男を一人抱えたままヒースクリフが走れるのはエルシムを「浮遊」で浮かせているからだ。

王宮から魔魔堂のある商店通りへ向かうヒースクリフ。
小道を走り抜けたところで足を止めた。

異変に気付きすぐに来た小道へと身を隠す。

物陰が覗くように顔を出すヒースクリフの視線の先にはアーサー派の魔法使いが三人いた。髭面の男、背の高い男、細身で眼鏡をかけた男だった。

「またか」

誰にも聞こえない声でヒースクリフは呟く。

魔魔堂に着くのが遅れている理由は追手の足の速さにあった。

ヒースクリフの予想よりも遥かに早く、街中にアーサー派の魔法使い達が点在している。

目的はもちろん王冠を持つヒースクリフだった。


息を整えてからヒースクリフはもう一度物陰から魔法使い達を観察する。

飛び出してしまったが、彼らには気付かれていないようだった。

風精霊シルエルの姿を隠す魔法は健在のようだ。

レオンの肉体から飛び出した四人の精霊。

火精霊のファルトスはマークに水精霊のアーティアはルイズに土精霊デイクイーンはオードにそして風精霊のシルエルはヒースクリフの身に宿っている。

シルエルの得意魔法「同化」は周囲の風景を巧みに操り、使用者の姿をかくすことがだきる。

簡単に言えば透明になれる魔法だ。

その魔法を使いヒースクリフは戴冠の儀の最中にアーサーの前に姿を現し、一瞬のうちに司祭エルシムを奪還した。

しかし、この同化の魔法は不完全なものであった。

マーク達と違いヒースクリフは精霊王の下で修行を積んだわけではない。

時の流れを操作する魔法空間に入ったわけでもない。

精霊を操るその力はマーク達と比べて数段劣る。

それでもヒースクリフはよくやっていた。
不完全とはいえ、姿を消すことができるようになったのだから。

ただ、不完全な魔法では警戒する魔法使い達の横を素通りするのはリスクが高すぎた。

それまでも追手の姿が見えるたびにヒースクリフは立ち止まり、道を迂回してやり過ごしてきた。

今ヒースクリフに選択できる方法は二つ。

バレるのを覚悟で透明になったまま三人の魔法使い達の横を通り抜けるか、今までと同じように迂回して別の道を見つけるか。

前者であればリスクが高まる。
バレればその場で戦闘は避けられないだろうし、そうなれば援軍を呼ばれてしまう可能性もある。

しかし、魔魔堂はもう目と鼻の先。
バレなければより早くダレンやクエンティンの下にたどり着くことができる。

反対に迂回する方は安全策だ。
戦闘になるリスクは低いが時間がかかる。

そして、それまでの状況から察するに時間がかかればかかるほど追手の包囲は厳しくなる。

ヒースクリフは横を通り抜ける道を選択した。

目の前にいる三人の魔法使い達に警戒している様子はない。

恐らく指示された内容に忠実にここを封鎖しているだけだろう。

ヒースクリフがまさにここを通ろうとしているなど考えもしていない様子だ。

ヒースクリフは足音を立てないように忍足で道を進んだ。

シルエルの魔法では姿は隠せても足音は消せない。

音を立てないことが素通りを成功させる鍵になる。


三人の魔法使いは通路の真ん中に集まって何やら雑談をしているようだ。

今が内戦中だという緊張感は彼らからは感じられない。

幸い、道は広くスペースは十分にある。

ヒースクリフは問題なく歩みを進め、三人の魔法使いのちょうど真横に差し掛かった。

その時だった。

「……ウゥ」

呻き声が上がった。
ヒースクリフではない。目の前の三人の魔法使いでもない。

腕に抱えたシルエル司祭だ。

司祭はまだ気を失っているようだが、呻き声を上げるタイミングが不味かった。

ヒースクリフの首筋を緊張の汗が流れる。

距離的には確実に聞かれたと思う。
しかし、呻き声は小さかった。

「どうか気に留めないでくれ」とヒースクリフは心の中で願った。


「ん?」

三人のうちの一人、髭面の男が何かに気づいたように声を上げる。

視線はヒースクリフのいる方へ向けられた。

シルエルの魔法でヒースクリフの姿は彼らには見えていない。

それがわかっていても自然と動きが止まってしまう。

ジーッと何もない空中を凝視する男。

その視線はヒースクリフとバッチリあっていた。

息を押し殺し、ヒースクリフは待った。
動けば気付かれるという確信があった。

すぎる時間が果てしなく長いように感じた。


「どうした?」

髭面の男の行動を不思議に思ったのかその隣にいた背の高い男が尋ねる。

髭面の男は視線を外さないまま答える。

「いや、何か聞こえた気がしたんだ」

髭面の男の言葉に背の高い男は笑う。

「気のせいだろ。ここの建物は全部調べたし、誰もいなかっただろ。その後で誰か入って来たんなら流石に気づくさ」


髭面の男は「そうだよな」と返したが、疑念は完全には晴れていないようだ。

返答した後もヒースクリフのいる辺りを疑わしそうに見つめている。

「このままではいずれバレてしまう」とヒースクリフが思った時だった。

激しい轟音と共に大きな煙が上がった。
場所はヒースクリフの進行方向。魔魔堂のある方だ。


「なんだ?」

髭面の男が驚き、振り向いて黒煙を見上げる。

同じように黒煙を見ていた背の高い男が答える。

「ああ、バルドルト卿だろう。なんでも鼠を二匹見つけたらしい」

その言葉を聞いてそれまで黙っていたもう一人の男が声を上げる。細身で眼鏡をかけた男だ。

「なぁ、俺達も行ったほうがいいんじゃないのか?」

三人の男の視線は完全に黒煙の方に向かっている。

今しかないと直感したヒースクリフは足音を立てぬようにその場を移動した。

安全な距離を保ってからヒースクリフは建物の影に身を隠し、男達の会話の続きを聞く。

ここでやり過ごしても魔魔堂に来られたら意味がない。
魔魔堂で何が起こっているのか、二人は無事なのかと心配する気持ちはあったが、目の前の三人の男の動向を無視するわけにはいかなかった。

どうやら三人の中では背の高い男がリーダー格のようだ。


「馬鹿野郎、俺達に出された指示はここで待機。そして周辺警戒だ。命令を無視するわけにはいかねぇ」


背の高い男はそれが真実であると言わんばかりに自信満々で眼鏡の男に言う。

眼鏡の男は「でも……」と食い下がるが、背の高い男に

「戦っているのはあのバルドルト侯爵家の当主だぞ? 下手に戦いに手を出したら手柄を横取りされたと因縁をつけられてこの国で生活できなくなっちまう」

と諭されて、続く言葉を飲み込んで俯いてしまう。

髭面の男も背の高い男に賛成のようでどうやら三人はここに留まるようである。

都合のいいことにその騒動で髭面の男は疑念を忘れてしまったらしい。

すぐにまた雑談を始めた姿を見てヒースクリフはほっと胸を撫で下ろした。
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