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出国準備編
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しおりを挟む「はぁ……」
貴族になってから得た領地クルザナシュの自宅。ハートフィリア邸の二階でレオンは小さなため息をついた。
作られたバルコニーには小さな椅子と可愛らしい机が置かれており、その上にちょこんと置かれたこれまた可愛らしいティーカップからはまだ湯気がたっている。
前方には凛々しくそびえるクルザナシュの山々が並んでおり、人によっては絶景と捉えられるところだろう。
それなのに、レオンの視線は山ではなく屋敷の前に停められた荷馬車に向けられていた。
今回のために雇われたという荷運び人の男が数人、ハートフィリア邸と荷馬車を行き来しては荷物を運び込んでいる。
荷馬車というとレオンは街の住人達もよく使うただのカゴに車輪がついたものを想像するのだが、屋敷の前に停められた馬車は少し違う。
レオンの趣味ではないが、そこそこ豪華な装飾と御者代を持つ高価そうな馬車である。
荷馬車でそのクオリティを持つのだから明日はどんな豪華な物に乗せられるかわかったものではないとレオンはもう一度小さなため息をついた。
バルコニーのある部屋がノックされ、扉が開く。
レオンよりも少し明るい白髪の長い髪をしたメイド姿の女性が部屋の中へと入ってきた。
切れ長の少しするどい目にレオンは少し萎縮してしまう。
「レオン様、まもなく出立の準備が整います。お夕食は街でいくつか食材を調達してまいりますので、その少し後になるかと」
クールそうな少女は要件を伝えると頭を下げ、レオンが「ありがとう」と言う前に部屋を後にした。
その様子にレオンは再びため息をつく。
心休まるはずの我が家に知らない人がいるとこうも緊張してしまうものか、と少し自分が情けなくなるがその少女は今までレオンの周りにはあまりいなかったタイプなので仕方がないだろう。
ハートフィリア邸に突如として現れたメイドは名前をイリファ・レインと言う。
家名を持ってはいるが身分は平民で、いわゆる没落した貴族家の少女である。
その少女がなぜ急にレオンの下で働くことになったのかといえば全てはヒースクリフの差金だった。
クルザナシュを襲い姿を消した盗賊達。そして、その盗賊達を逃した謎の人物。
神官服のようなものを着ていたところからレオンはもしかしたら聖レイテリア教会と関係があるのではないかと考えたわけだが、ヒースクリフはその事実を確認するためにレオン達を聖レイテリア神聖国に視察に活かせる計画を立てた。
その視察の表向きの名目は「新立した国をレターネ神の前でお披露目する」という祭事になるため、貴族として出立するレオンには相応の準備が必要になったのだ。
新しいメイドのイリファも、それから豪華な荷馬車も全てそのためである。
イリファが屋敷に到着したのは昨日の朝だが、レオンは最初ルイズやマークにそうしてきたように気軽に接することを気にかけていた。
なにしろ相手は没落した貴族家の人間。自力で貴族の位を得たとはいえレオンとは共通点がある。
決して主人と使用人の関係ではなく、友人として気兼ねなく接することができればとレオンは考えたのであった。
しかし、それに対するイリファの反応は冷たかった。
「私は平民で、レオン様は私の主人です。どうか節度を保った妥当な対応を所望します」
決して遠慮ではなく、そして恥ずかしがっているわけでもなく、無表情で淡々と述べる彼女にレオンは面食らってしまったほどである。
他にも、荷馬車に荷物を運ぶために現れた荷運び人をレオンが手伝おうとすれば
「それは当主様の仕事ではありません」
とレオンを突っぱねて、バルコニーにお茶の準備をし今までレオンがしてきた家事の全てを代わりに受け持つといった具合で、イリファには隙がなかった。
また、掃除に洗濯、料理といったどれをとってもレオンよりも上手くこなしてしまうためにレオンも口を挟めずにいるのであった。
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