黒い青春

樫野 珠代

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本編

12






運命は時にとても残酷に思える



だけど本当は違う



一番残酷なのはたぶん・・・・・・・人間自身だ








あれからマスコミは大騒ぎで・・・
その中心人物は、『葵』その人。

あの記事が三沢さんのいうとおり世に出まわった。
そしてこれも三沢さんのいうとおり、その後事務所からのコメントが発表されたが、同じく2人の共演で話題の映画も3日前に封切られ、2人が舞台あいさつをするということを聞きつけたマスコミ各社がそこに押し寄せて映画の興行成績にさらに拍車がかかった。


その報道を毎日、嫌というほど見てきた。
何度も胸が軋んで、目頭が熱くなった。
救いなのは、空と顔を合わせなくて済んでいることだ。
こんな状態ではすぐに気持ちに気付かれてしまう。
それだけはなんとしても避けたかった。
きっとそんな私を空は簡単に切り捨てるはずだから。


ただ・・・
こんな時でもお腹は空くのだと実感してしまう。
今日まで食欲がなく、1日に1食を取るか取らないかの生活が続いていた。
お腹の虫はさすがに耐えきれず、何かくれとアピールする。

はぁ・・・冷蔵庫はもう何もないんだよな。

外に出る気分ではなかった。
けれどこのままここで餓死なんてそんな空に迷惑をかけるような死に方だけは嫌だ。
そう思ったら、自然と外出の準備をしていた。

外はもう秋も終わりを告げ、冬の到来。
厚手のコートが必要になってきた。

どうせなら久しぶりにオシャレして、出かけよう。
そう思って、メイクも普段以上に念入りにした。
服も暫く買ってなくて、衣裳ケースから有り合わせの服を取り出し、本当に久しぶりに悩みながら決めた。
誰かと会う予定もないのに・・・
そんな自分が可笑しくて、最後は笑っていた。


はぁ・・・何やってるんだろう、私。
外に買い物に出かけたのはいいが、何を見ても惹かれない。
と言うか、マンションを出た瞬間に見てしまったものでドキドキして他の事に気が回らない。
いたのだ、空を待ち構えるその種の人達を。
一人ではない。
少なくとも私が気付いただけで数人。
一見、車の中やベンチでのんびりしている人に見えるが、その瞳は少しの隙も見せない鋭さを持っていた。
本人はずっと帰ってきてないのに、それでもと思ってスクープ欲しさに待っているのだろう。

ひょっとしたら私が過敏になってるだけなのかも。

何の足しにもならないそんな言い訳を心で言い続けながら、平静を装い、ようやく近くのスーパーに辿りついた。
けれど、あれだけ空いていたお腹もすっかり鳴りを潜め、色んな食材を見ても反応しなくなっていた。
おまけにあまりに多くの食材や総菜を見過ぎたのか、胃がムカムカしてきて気分が悪くなる状態で。
結局、翌日用にと野菜を少し買うだけで終わった。


マンションに戻り、周りを少し気にしながらエントランスを抜けようとしてキーを取りだした時、そこに男性が立っていた。
背が高くて、肩くらいの髪の長さの後ろから見たら若者に見えるその男性はエントランスの入り口に備え付けの画面のボタンを押してどこかの部屋を呼び出している。

私が開けてもいいんだけど・・・もし空に近づくその手の人達だったらまずいし。

そう悩んでいるとその人物はすぐに諦めたらしく、踵を返し、片足を引き摺りながら横を通り過ぎようとした。
足が悪いんだ…
そう思いながら私はその邪魔にならないように少し脇に退き、そしてキーをセンサーに近づけようとした時。
「もしかして・・・・みーか?」
「え?」
キーを中途半端な高さまで持ち上げた状態でその声に振り返ると、先程の男性が驚いたように私を見ていた。
その瞳を見た瞬間、私の脳裏に一人の人物を思い出した。
ま、さか・・・・
「大地…?」





「元気だったか?」
「見ればわかるでしょ。」
空のマンションから程近いカフェに誘われ、断る暇もなく連れて来られた。
テーブルを挟んで対面で座る形に居心地の悪さを覚えながら言葉を交わす。

今更、一体なにを話せというのだろう。
最後に見たのは・・・そうだ、あの日だ。
公園で見たのが最後。
あれから10年も経ってるんだとつくづく感じた。
だって目の前に座る人物は、あの頃の面影をほんの少しだけ残しただけのすっかり変わった外見をしていた。
長めの茶髪で耳にはピアス。
あごひげを生やし、でも眉はきっちりと揃えられていて薄めのサングラスを付けて。
細いストライプのTシャツにチャコールのテーラードジャケットを羽織り、タイトなジーンズ、胸元にはチェーンが光っている。
10年でずいぶんと垢ぬけた感じ。
そう思いながら目の前に座る男性を見据えた。
するといきなり、
「とうとう空とくっついちまったか。」
ニヤっと笑い、大地は私を見返す。
「何、急に。」
「一緒に住んでんだろ?さっき、鍵持ってたじゃねーか。しかもその荷物。」
そう言って大地は隣りの椅子に置いた先程の野菜たちに視線を移す。

失敗したと思った。
もう少し気をつけるべきだった。
大地が何を考えているのかわからないが良い感じだけはしない。

無言のままでいると大地はそれをなんでもないかのようにスルーした。
「空もホント、すげーよな。」
「何が?」
冷たい口調になるのも当然だと思うのよ。
だって相手は昔自分を裏切り傷つけ、そして全く動揺しなかった男。
そんな相手に今更会って笑顔で話せって方が無理。
それになんかさっきから引っかかる。
大地の態度が何か…そう何かを含んでるように感じるの。
「まさか今もみーのことを追いかけまわしてたとはな。ストーカーだぜ、ホント。」
そう言って注文していたコーヒーが来ると、それをすすりながら飲む。
そして、
「昔から空はおまえに惚れてたもんな。」
「知らないわ、そんなの。」

嘘。
嫌というほど知ってる。
その気持ちを必要以上に傷つけたんだもの。

でもそれを大地に言うことではない、そう思って知らないふりをした。
「へぇ、空があんなにおまえのことばっか見てたのに?わが弟も可哀想な奴。」
「そこまで弟想いだとは思わなかったわ、大地。時間って人を変えるものね。」
「俺以上に変わった奴がいるだろ、おまえのすぐ近くに。あんな超高層マンションに住んで有名人になってさ。でも笑えるのが、そんな奴でも過去は虚しい思い出しかねーってことだな。」
「大地に言われたくないと思うわよ、それ。」
「俺はまだマシさ。それなりに謳歌してたからな。でも空は・・・」
そこまで言うと大地はぐいっと上半身をテーブル上に近づけ、私に聞こえる程度の声で話しだした。
「おまえ、知ってっか?あいつ、俺らのセックスを隣りの部屋で盗み聞きしてたんだぜ?何度もさ。」
そんなの、知ってるわよ。
今更そんなこと言われたって取り乱したりしないわ。
「だから?今更そんなこと言ってどうしたいわけ?」
「へぇ、知ってたのか。」
私が動じないことに大地は少し驚いたようだが、すぐにいつもの表情に戻った。
「ははーん、空が話したんだな。ったく、ホント根性ねーな空は。俺の弟とは思えねー。ま、だからあの時の脅しも効いたんだろうけどな。」
「脅し?」
「ああ。あん時・・・みーと付き合ってる時、他に何人か女がいたんだわ、俺。それを空に見られてな。で、大丈夫だとは思ったけどよ、ほらアイツ、みーにすげー惚れてたからさ、チクられたら困ると思って罠に嵌めたんだ。そしたら面白いくらいに引っかかってさ。」
罠?
「・・・・・・・どういうこと?」
嫌な予感がした。
なんだか今にも暗く深い穴に落ちそうな感じの嫌な予感。
「だからさ、空にいいもんやるっつって夕方、部屋にいるように言ったわけよ。そしてアイツに俺達の情事を聞かせてやったわけ。みーが帰った後、あいつに部屋に行ったら真っ赤な顔してさ、イカってるわけよ。でもさ『おまえが盗み聞きしたってみーが知ったら嫌われるし、何よりみーが傷つくぞ。』って脅したら急に大人しくなってな。」
可笑しそうに笑いながら大地はそう話した。

私はショックのあまり大地に何も言い返せなくて。
だって、そんなことがあったなんて。
空だってそんなこと一言も・・・・・・ううん、言おうとした。
けどあの時、私、言い訳なんて聞きたくない!って空の話を聞こうともしなかった。
それだけじゃなくて私は・・・

あの時の辛そうな空の顔が頭によぎる。
何度も謝って、何度も自分の気持ちを伝えようとして。
でもそんな空を私は一切受け付けなかった。

あぁ、なんてことをしてしまったんだろう
空はずっと苦しんでたんだ。
私を傷つけるかもしれないという気持ちと、嫌われたくないという気持ちで。
言いたくてもそれが空を蝕んでいて言えなくて。

けれど、あの日、私が無理やり聞き出してしまった。
空にとっては辛い選択だったはず。
その時の空の気持ちを考えたら、胸が締め付けられるような痛みが走った。
もしあの時、私がきちんと最後まで聞いていたら・・・。
そう思ってみたところでもう後の祭りだ。

「みーは空からその事をいつ聞いた?」
「・・・一人暮らしを始める直前。」
「卒業した時か・・・・・・・あぁ、だから空があんなに荒れてたのか。」
「え?」
「おまえはもういなかったから知らねーだろうけど、あいつ、ホント危ねーくらいひどい状態でさ。」
「ひどい状態・・・?」
「俺が朝、家に帰ったらさ前日に高校に合格して嬉しいはずが、ずっと部屋にこもっててさ。どのくらいだったか、確か3日とか4日とか?ドアには鍵がかかってて。んで、中からよく物が割れる音が聞こえてきて。俺、隣りで寝ててあぁとうとうアイツが壊れたって何度も思ったよ。親も心配してさ、何度もドアの外から呼びかけるんだけど、全く無視。」

私だ。
そこまで追い詰めたのは。
私があの時、空をたくさん傷つけて、そして壊してしまった。
しかも私はそんなひどい状態だと知らずに、暫く空を憎んで怨んで。

「その時からアイツは笑わなくなった。いや表情が出なくなったって言った方がいいのかもな。アイツ、高校の寮で暮らすようになったから、すぐに家を出ることになってたし、アイツとはそれっきり。数か月前にちょっとした用で会う事になって、おれはそれからちょくちょくアイツと連絡取ってんだよ。」

大地の声が遠くに聞こえる。
私、ホントに何も考えてなかった。

『あの後、俺がどうしてたか考えた事ある?』

その言葉にどれだけの意味があっただろう。
少なくともあの時にでもその意味を考えようとすべきだった。

『知り合ってからずっと俺の気持ちなんて考えた事もなかったよな』

その通りだ。
全部、空の言うとおり。
大地の話を聞けば聞くほど、身体が震えてきた。
全身の熱が引いていくみたいに冷たく感じる。

「でも考えたらみーもすげーよな。そんな奴と今、付き合ってんだから。元彼の弟で、しかも盗聴の趣味を持ってる奴だぜ?普通、敬遠するだろ。」
「・・・・・がう。」
「え?」
「違う。付き合ってなんかない。空とは・・・・。」
言えない。
これ以上は何も。
「か、帰らなきゃ。」
動揺を悟られたくなくて、立ち上がろうとする私の腕を大地が掴んだ。
「おまえ・・・・真っ青だぜ。大丈夫か?」
「は、なしてっ!」
無意識に大地の手を振り払っていた。

嫌だ、触れないで!

そう思った。

触れてほしいのはただ一人、そう空だけ。

バンっとテーブルを叩き、大地は立ち上がった。
「はっ!なんだそれ。こっちが心配してやってんのによ。」
私を見下ろし何かを言おうとしたが、それを呑みこみ、大地は私を置いてさっさと店を出ていった。


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