黒い青春

樫野 珠代

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本編

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霧の中を歩いていた

周りが何も見えない真っ白な世界

その視界が急に暗黒の色に染まりだす

それはいつしか俺の世界全てを覆い尽くしていた









俺は家を飛び出した。
向かったのは、所属事務所にいる人物。


三沢さんだ。


少なくとも俺の知らない、何かを知ってる人。
もしかしたら美月の居場所だって知ってるかもしれない。
例の調査会社の人間に報告を受けて。


俺を送った後、三沢さんは事務所でする事があると言っていた。
マネージャーの仕事は俺の付き添いやスケジュール管理だけではない。
それ以外にも諸々の庶務がある。
ここ数日、ずっと俺の近くで俺の世話をしていた分、その仕事も溜まっていたはず。
それが僅かな時間で終わるわけがない。
だから連絡を入れるよりも先に行動に移っていた。



案の定、扉を開けるとデスクに座った三沢さんが見えた。
「三沢さん、話がある。」
そう言いながら足早に三沢さんへと駆け寄った。
俺の突然の登場に驚いた顔をして、
「ど、どうしたの?いきなり。」
「いいから!時間がないんだ!」
「時間がない?」
声を荒げた俺の様子に戸惑う三沢さんはやや反応が鈍い。
それに苛立ち、三沢さんの腕を掴んだ。
「ごめん、本当に急ぐんだ!」
「わ、わかったから。とりあえず・・・。」
「一体、何事?」
三沢さんの声を遮るように後ろから社長の声が響いた。
「社長。」
「葵、あなた帰ったんじゃなかったの?それに何?大声出して。」
「それは・・・・。」
何をどう話せばいいのか、頭が回らない。
それに早くしなければと気が焦ってしまう。
普段の俺とは明らかに違うのを察した社長は、
「二人とも、社長室に来なさい。話はそれからよ。」
そう言って消えていった。

くそっ、時間がないのに!
唇を噛みしめ、苛立ちを封じ込める。

美月を失うかもしれない、それを思うと胸が痛くて。
抉られるみたいに俺の身体はその痛みで今にも押し潰れそうだった。
胸に手を当て、ぎゅっと服を掴む。


美月・・・会いたい。


会って話したい。


そして触れたい。


頼むから無事でいてくれ。


強くそう願いながら俺は社長室へと歩き出した。






応接用のソファに座った三人に暫しの沈黙が流れた。
けれどそれもすぐに社長の声で散っていく。
「それで?葵がなぜこんな時間にわざわざ事務所にいるの?しかもかなり焦ってたように見えたけど。」
「社長、後できちんと話します!だから今は三沢さんと話をさせてもらえませんか?急いでるんです。」
「葵・・・。」
目を細め、俺をじっと見つめてくる社長から視線を逸らさずにそう訴える。
俺の言葉をどう受け止めたのかはわからないけれど、社長はほっと息を吐いた。
「いいわ。ただし、ここで、私の目の前で話す事。」
「それは!」
「それが出来ないなら、三沢には仕事に戻って貰うわ。」
「っ・・・。」

それは駄目だ。
三沢さんに何が何でも美月の居場所を聞かなければ。
そうでなければ美月が・・・・。

苦渋の選択だったけれど、悩んでる時間さえ惜しい。
俺の心中を察したのか、社長はこう付け足した。
「その代わり、二人の会話が終わるまで一切わたしは口出ししないから。思う存分、話し合いなさい。」
そう言って社長は立ち上がり、少し離れた所にある窓際の自分のデスクに戻った。
そしてゆっくりと煙草を吸い始めた。

それを目の端に捉えながら、俺は三沢さんへと視線を向けた。
「三沢さん、美月はどこですか。」
「え・・・・・?まさかそんな事でここまで来たの?葵、前にも言ったけど・・・。」
「違う!」
思わずまた声を荒げていた。
はっとして、すぐにトーンを下げようと自分を落ち着かせる。
そして、
「部屋に居ないんだ。」
ようやくそれだけ言えた。
けれど、
「買い物にでも出かけてるとか。すぐに戻ってくるわよ。」
三沢さんからの言葉はとても短絡的なものだった。
さらに、
「それに彼女の行方を私が知ってるはずないでしょう?あなたとさっきまでずっと一緒だったのよ?」
美月の事よりも、穏やかでない様子の俺を諭すように告げてきた。
「例の調査会社からの連絡も?受けてない?」
「ええ。」
「ホントに?」
「ホントよ。それに、実はね、あの日・・・葵の部屋に行ったあの日から身辺調査はしてないの。これ以上しても成果は期待できそうになかったし。それにその必要もなくなったでしょう?」
「どうして!」
「どうしてって・・・。」
戸惑いを浮かべ、三沢さんは訝しげに俺を見返す。

埒が明かない。

社長がいるからあまり込み入った話ができなくて。
ずっと遠まわしに言ってたけど、それももう無理。

「美月が・・・美月が死ぬかもしれないんだ。」
「なんですって?どういう事?」
驚いた表情で俺を見返す。
「それはこっちが聞きたい!なんでこんな事に・・・」
「葵・・・。」

今こうしている間にも美月は・・・
そう思うと、胸が張り裂けそうだ。

頭を抱え、俯く俺に、
「彼女が死ぬなんて・・・あなたの考え過ぎじゃない?それとも何か・・・そういう兆しがあったの?」
俺の焦りなんて全然気にしてない、その様子に苛立ちが余計に募る。
「なんで?」
「え?」
「どうして三沢さんはそんなにも冷静なわけ?」
「どうしてって・・・。」
「人が死ぬかもしれないんだ。それなのにどうしてそこまで冷静でいられるんだよ。」
「だってそれはまだ決まったわけじゃないでしょう?」
「兄貴から電話があったんだよ。」
「お兄さんから?」
「ああ。美月が死にそうだって。場所を聞いても教えてくれなくて。」
「前みたいにあなたを騙すための狂言じゃなくて?」
「それも考えた。けど違う、狂言なんかじゃない。なぁ、三沢さん。俺に何か隠してない?」
「まさか葵・・・・・・私を疑ってるの?」
「そうじゃない!そうじゃないけど・・・信じてるけど・・・どうしても腑に落ちなくて。なぁ、三沢さん。俺に嘘なんて吐いてないよな?あの日、ちゃんと美月の事やってくれたよな?」
「あの日って・・・・。」
三沢さんの顔色が徐々に変わっていった。
それを見て、俺の希望も絶望に変化していく。

やっぱり・・・・

信じてたのに・・・
ずっと信頼して、何でも話してきたのに・・・
どうして・・・

「三沢さん、話して。あの日の事だけじゃなくて、これまでの事も。もう嘘は止めてくれ。でないと俺、三沢さんを嫌いになりそうだ。」
「葵・・・・。」
俺に手を伸ばしかけた三沢さんはその手を止め、ゆっくりと下ろした。
そして、

「もう・・・私が信じられない?」
「っ・・・。」
「そう・・・私よりもあの子なのね。」
「三沢さん?」
急に声色が変わった事に気付き、眉を寄せた。

「なんで?どうしてこうなるの?私はずっと葵を見守ってきたわ。誰よりも葵を一番に考えて、何よりも葵の為にしてきた。その結果がこれ?は、最悪よ。」
最後は鼻で笑いながら俺を見てきた。
「今までどれだけあなたの為に動いたか、わかってる?あなたがこの業界で負けない様にすぐそばで守り続けたのも、どんなに嫌な仕事でも、あなたの為ならって思えば何でもしてきた。葵だっていつも言ってくれたじゃない。いつか三沢さんに恩返しが出来る様に頑張るからって。その言葉だけで私はどんな事でも耐えれた。そうやってこの10年、一緒に頑張ってきたのに・・・それなのにあの子が出てきただけでその信頼関係が壊れるなんて・・・そんなに脆いものだったの?私達って!」
「違う!違うよ、壊れてなんかない!ただ俺は・・・。」
「言い訳はたくさん!結局、葵はあの子を選んだ事実は変わらないの。そして同時に私を切り捨てたのよ!」
「三沢さん!」
「・・・・・・あなたを一番わかってあげられるのは私なのにどうして・・・。」
そう言って三沢さんは悲しそうに唇を噛んだ。

二人の間に静けさが広がる。
俺は・・・

何も言えなかった。
三沢さんの言葉の一つ一つが俺の胸を貫いていて苦しくて。
本当にその通りだったから。
この10年、俺を守ってくれたのは紛れもなく三沢さんで。
俺の為に頭を何度も下げたのも。
俺よりも早く現場にいって、スタッフに挨拶していたのも知ってる。
俺を送った後、帰らずに仕事をしていた事も。
なのに、俺の前では気丈でずっと笑っていて。
そして時には厳しく怒ってくれて。
そうやってずっと支えてくれていた。
そんな人を俺は・・・。
ふいに後悔という念が俺の中に芽生え始めた。
その時。


「止めなさい、三沢。」


急に第三者の声が聞こえてきた。
その声はこの部屋にいたもう一人の人物、社長だ。

「優しさや親切心の押し売りはみっともないわ。それに、マネージャーの仕事を私欲の道具に使ってほしくないわね。」
「そんなんじゃありません!」
社長の言葉にすぐさま三沢さんは反論していた。
「じゃあどういう料簡で葵を苦しめてるのかしら?あなたがマネージャーとして葵の為を思うのなら、今の葵の表情ですぐに何かに気付くはずでしょう?違う?」
「そ、それは・・・。」
「私が葵のマネージャーなら・・・そうね、今すぐにでも葵の不安材料を取り除きたいと思うわね。それが何なのか、三沢はわかってるでしょう?」
「それはっ・・・。」
三沢さんは両手をきつく握りしめて、言葉を呑みこんだ。
「少しでも葵のマネージャーだと自覚があるのなら、これ以上、葵を苦しめるのは止めなさい。」
そう言うと、今度は俺に向かって言葉を投げた。

「約束を破ってごめんなさいね、葵。結局、口を挟んでしまったわ。あなた達の話があまりにも平行線で進みそうになかったし、何よりも三沢の発言に我慢が出来なかったの。」
「社長・・・。」
社長がいてくれて良かったのかもしれない。
ひょっとしたらあのまま三沢さんに押し切られて何も言えなくなってたかもしれないから。

「今は感傷に浸ってる暇はないんでしょう?その・・・美月さん?という方の行方を捜す事が先決よね。」
そうだ、社長の言うとおりだ。
俺が頷くよりも早く社長は受話器を取り、電話をかけ始めた。
「三沢、その調査会社って例の所でしょ?」
「は、はい。」
「そう。あなたもその辺はきちんとマネージャーとしての自覚があったわけね。」
意味深発言をした後、社長は先方と話し始め、幾度かの言葉を交わして電話を終わらせた。
「とりあえず美月さんの事は彼らに任せましょう。本業だし、そんなに時間もかからない内に連絡が来るはずよ。」
「・・・はい。」
「さて、時間は出来たわけだし、そろそろ私にも説明して頂戴。今更、隠す必要もないでしょう?」
そう言って俺と三沢さんに視線を送った。







 



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