黒い青春

樫野 珠代

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本編

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真実はとてもシンプルだ

何も考えず

ただそこだけを見つめれば見えてくる

俺はようやくその事に気がついた










三沢さんは自分のデスクからファイルを持ってきた。
「ここに書かれている事が真実よ。」
そう言って俺にそのファイルを渡してきた。
その外見は俺が以前、三沢さんから渡された美月に関する書類と全く同じファイル。
俺はそれをパラパラとめくっていく。

最初の数ページを見ただけで俺の手の震えが増していく。
それくらい書かれていた事は俺が以前読んだものとは全く異なる内容だった。


俺がファイルを閉じた時、社長の手が伸びてきてそれを読み始めた。
その間に、三沢さんと俺の会話は続く。
「俺は三沢さんから貰ったファイルを信じてた。だから美月を・・・。」
「葵に渡したファイルは私が書き換えたものよ。」
「どうしてそんな事!」
「あなたを守るため。私はあの時・・・・・・中川さんの一件であなたが変わっていくのをすぐそばで見て感じて、すごく胸が痛かった。私がマネージャーとして紹介された時の、純粋で穢れのない葵が消えていくのがわかったから。」
「三沢さん・・・。」
「その時、決めたの。もう二度と葵をそんな目に合わせない、これ以上、葵が変わっていくのだけは避けなければ。その為ならどんな事でもするって。この10年、あなたの知らない所で色んな手を打ってきた。社長でさえ知らない事もやってきたわ。」
そう言って三沢さんは悲しそうに笑った。
「彼女の事も今までと同じように手を打つ事にしたの。幼馴染なんて一番危ない存在になる可能性が高いもの。出来るだけ葵と引き離さなければ、そう思った。だからファイルの中身を書き変えることにしたの。葵が自ら距離を置くように仕向けるために。そして彼女と今後、関わらない様に。だけど、現実は上手くいかなかった。一緒に暮らし始めるし、挙句に葵が彼女に惹かれていくのがわかったから。内心、すごく焦った。書き換えた事がいつバレてもおかしくなかったから。」
視線を下げ、淡々と話す三沢さんを見ながら俺は思った。

俺は今までどれほど三沢さんを見てただろう。
三沢さんだって感情はある。
俺はそれをどのくらい汲みとってあげてただろう。
きっと・・・全くと言っていいほど、考えてなかった。

「一度だけ彼女・・・美月さんを訪ねて行ったことがあるわ。」
「え?」
三沢さんとの事を考えていた俺はその言葉で現実に戻ってきた。
「葵から離れられないなら、彼女が離れていくように仕向ければいい・・・そう思って。」
「彼女に何を・・・。」
「話をしただけ。葵にとって美月さんがただの性欲処理の一人だって。普通、そんな事を聞いたら一緒になんていたくないでしょう?だから当然、彼女も出て行くものだと思ってた。だけど・・・それでも彼女は居座った。おまけに葵のお兄さんと接触してるなんて。それで確信したの、彼女は葵本人が目的じゃないんだって。余計に葵と引き離さなければって思ったわ。」
そこまで話した三沢さんを、ファイルを見終わったらしい社長の視線が射抜く。
「それで?三沢、あなたは何をしたの?」
社長の言葉に暫しの無言で答えた三沢さんは俺の方を見て、
「3日前、ひどい状態の彼女をそのまま放置したの。ちょっとした警告のつもりで。まさかこんな事になるなんて・・・」
「どういう事?」
話が見えない社長に三沢さんが簡潔に話をしてくれた。
その時の俺はただ事実を受け入れることだけで精一杯だったから。

ようやくあの部屋の状況が理解できた。
俺の思ってたとおりだった。

美月は俺に無理やり抱かれて、そのままの状態でずっと・・・
考えただけで恐ろしくなる。

いくら部屋の中とは言え、今は冬だ。
裸に等しい状態で数時間・・・いやそれ以上かもしれない時間いたんだ。
美月の身体に異変が起こらないわけがない。

美月・・・!

両手で自分の身体を抱きしめ、膨らむ不安や恐怖を閉じ込めようとした。
けれど胸に広がった暗雲はさらに膨張していく。
居ても立っても居られず、ソファから立ち上がり、社長室を出ようとした。
そんな俺に後ろから三沢さんの声が聞こえてきた。

「私には葵が全てだったの。」
それに振り返ると、儚く悲しい微笑みを湛え、三沢さんは俺を真っ直ぐに見つめていた。
「この世界で生きて行くために変わっていく葵なんて見たくなかったの。それだけはわかって。」
「三沢さん・・・。」
何も言えない。

かわってるとも、わからないとも。

許すとも、許さないとも。

答えられなかった。


俺の代わりに答えたのは社長だった。
「三沢。いくら葵のためとは言え、行き過ぎた行為をした事は消えないわ。」
「わかってます。もう・・・わかってます。」
そう言った後、三沢さんは俯き、言葉を発する事はなかった。




それから俺は社長の指示で自宅に戻る事になった。
連絡があったらすぐに俺に知らせるからと約束して。


部屋の明かりをつけると、生々しい現実が再び俺の視界に入ってきた。


俺が破り散らかした服


俺が無理やり抱いて大きくずれたソファやテーブル


俺が何度も抱いた証の体液の跡


それらが責めるように俺の胸に深く切り刻まれる。


ゆっくりと腰をおろし、足元にあるビリビリに引き裂かれた美月の服を掴み抱きしめた。
さらに少し離れた所にある美月の服の破片を拾い集める。
どんなに小さな服の破片も取り逃すことなく。
そうしてかき集めた服たちを抱え込み、ラグに顔を埋めた。

「美月・・・・美月・・・・。」

何度呼んでも返事は返ってこないとわかってる。
だけど、それでも呼ばずにはいられなくて。


― 交友関係は狭く、極力人との接触は避けている

― 特に男性の影は全くなく、必要以上に拒絶している節がある


先程見た調査報告書に書かれていた文字が今でも俺の頭を巡っている。


美月と再会してここに来た時、美月は本当に10年前の事を謝ろうとしてたんだ。


― あの時、すごく後悔した


― ずっと忘れられなくて


それが、美月が交友関係を狭くしていた理由じゃないのか?
そして男性とも・・・


― 今更会う勇気もなくて


― でもどうしても会ってきちんと謝りたくて


美月はずっと会いたくても会えない自分を責めていたんじゃないだろうか。
俺を傷つけた事をずっとひきづって。


― こういのってあんまり慣れてなくて


― 10年ぶりだし


あの言葉だけでも信じていれば・・・

ふと、この部屋で彼女を最初に抱いた時の事を思い出した。
彼女の中に指を入れた時、狭くて慣らすのに時間がかかったんだ。
男と遊んでいたのなら、もっと抵抗なく俺の指を受け入れていたはず。

そうだ、三沢さんを抱こうとした時も一瞬、その疑問が頭に浮かんだんだ。
けれど、酒の酔いでそれはすぐに消えてしまって。

馬鹿だっ、俺は。
冷静に考えていたなら、すぐに色んな矛盾に気づけたはずなのに。
今更、そんな矛盾に気付いても遅いってんだよ!

― ちゃんと聞いてよ!

― 言っても信じてくれないくせに!

そうだ。
俺は美月の言葉をちゃんと聞いてなかった。
美月の言葉を信じられなかった。

― 空、傷つけてごめん

違う。
美月が悪いんじゃない。

10年前も、そして今も。

一番悪いのは俺なんだっ


だから美月・・・・・・頼むから死なないでくれ


俺を恨んでもいい


憎んだっていい


生きていてくれるなら俺はそれで ――――



 



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