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本編
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しおりを挟む自分の幸せか
それとも相手の幸せか
どちらを選べば心は穏やかになれるだろう
大地はまた私の所にやってきた。
来て何をするかと思えば、私をからかうか、はたまた雑誌を読んだりして完全に患者を放置してるか。
一体、何しに来てるんだか。
最悪なのは、
「アイツ、来るぞ。愛の告白を受け止める準備はしとけ。」
なんて事を言って私を惑わせたりすること。
そんなはずないのに。
無駄な期待はしない。
だって余計に自分が惨めになるだけだから。
ふいに昨日の大地の言葉が頭を過ぎった。
― アイツは病気でダウンなんてしてねーよ ―
空の載った新聞を見た時、大地は確かにそう言った。
なぜ大地はそれを知っているのだろう。
空とどこかで直接会ったのだろうか。
それとも映像としての彼を見ただろうか。
私は出来るだけ空の事を考えたくなくて、自然と周りの情報は一切入れないようにしてたから空が今どうしてるかなんて知る事もなくて。
有難い事にここは個室だし。
最低限のものは全て揃ってる。
だから部屋から出る必要もほとんどなくて。
・・・・・・待って。
なんで個室?
病院の一人部屋って高いんじゃなかった?
私、そんな贅沢ができる身分じゃないし、それ以前に無職だし、手持ちなんて全くないんだけど!
慌ててその事を聞こうとして体を起こし、紙に書き始めた時、廊下の方から騒がしい声が聞こえてきた。
看護婦が必死に何かを話している様子が伺える。
すると大地が、
「来たな。」
そう言ってニヤリとほくそ笑んでいた。
「みー。覚悟はいいか?」
か、覚悟って何の?!
それに来たって・・・まさか・・・
思い当たることは一つしかない。
大地の表情と口から出た言葉を考えれば。
大地はドアに近づいていく。
けれどここからだとドアは死角で見えない。
唯一、音だけが頼りだ。
手に汗をかきながらも耳を澄ます。
ドアが開く音と同時に大地の声が聞こえてきた。
「やっぱりおまえか。そろそろ来る頃だと思ったよ。」
「兄貴!」
たった一言なのに、それが誰なのかすぐにわかった。
空・・・
久しぶりに聞いた彼の声は自然と涙を誘う。
どうして来たのかなんて考えるよりもただ彼の声が聞けたことがこんなにも嬉しいなんて。
「美月は!?」
「声が大きい。おまえこれが見えねーのか?面会謝絶って書いてんだろ。それがどういう事なのか、さすがにわかるだろ。」
「っ・・・そんなに・・・・・悪いのか?」
「ああ・・・・・苦しんでるぜ。俺が滅入りそうになるくらいな。」
「頼む!中に入れさせてくれ。」
「俺がそんな事させると思ってんのか?」
「兄貴の言いたい事は十分わかってる。けど、俺はどうしても美月に会いたいんだ。」
「なんとも勝手な話だな。」
「っ・・・そう言われても仕方ないと思ってる。」
そう言ってからは空の声は響かなくなって。
少しの沈黙の後、大地の声が再び聞こえてきた。
「美月に確認するから待ってろ。」
「起きてるのか!じゃあ意識はあるんだな?!」
「うるせーよ。静かにしろ。とにかくそこで待ってろ。」
「待ってくれ!もし・・・もし話が出来るなら話をしたい。これまでの事もそしてこれからのことも。そう伝えてくれ。」
空の最後の言葉にドキッと胸が跳ねた。
これからのこと・・・
それが何を意味するのか想像するまでもない。
空はとうとう終止符を打ちに来たんだ。
私が今どんな状態でも関係ない。
ただ、すぐにでも関係を終わらせたい、そう思って。
聞いてるだけで自分の価値がちっぽけだと思い知らされて、泣けてくる。
だけど、泣いちゃいけない。
泣けば空に余計に嫌われてしまうもの。
シーツをギュッと握りしめ、必死に涙を堪える。
「みー。」
ふいに近くで聞こえてきた大地の声ではっとする。
見上げると大地が目を細めながらいつのまにか傍にいた。
「アイツ、中に入れるぞ。ちゃんとアイツの気持ち、聞いてやれ。」
不安そうな顔をしていたのだろう。
「そんな顔すんな。大丈夫だって。みーはただそこでアイツの話に耳を傾けとけばいいんだ。じゃあ、入れるぞ!」
そう言って大地は再びドアへと向かった。
極度の緊張と不安が全身を襲ってくる。
空をどう見ればいいのか
空の話をどんな顔で聴けばいいのか
迷っている内に視界に大地とそして・・・・・空が映り込んできた。
空は私を見るなり、表情を歪ませた。
「美月・・・。」
私の名前を呼ぶ空の声。
どのくらいぶりだろう。
それを聞いたのは。
嬉しくて・・・・・・でも苦しくて。
こみ上げてくるものを抑え込むため俯き、唇を噛んだ。
「ごめん。」
そんな私の耳に空の謝罪の言葉が届く。
その言葉を聞いたとたん、とどめていた涙があふれ出した。
すごく悲しくて。
空の発した言葉が一瞬、私を・・・私の気持ちを拒絶したような気がしたから。
キュッと床を鳴らして人の気配が近づいてくるのがわかった。
そして私との距離をほんの少しだけ取って、その人は立ち止まった。
「美月。」
震える声で呼ばれ、反射的に顔を上げていた。
空は・・・・・・泣いていた。
「良かった・・・生きていてくれて本当に良かった。」
そう言って空は顔を手で覆い、ベッドサイドに崩れる落ちるように床に膝をついた。
空・・・
「美月の顔を見るまで、生きた心地がしなかった。俺のせいで美月が・・・・そう思ったら恐くて苦しくて。」
そう言ってゆっくりと顔を上げ、濡れた瞳でじっと私を見つめてきた。
「本当に美月、だよな?幻じゃないよな?」
そう言って空の手が伸びて私の手に触れようとしたが、自然とそれに反応して身体を僅かに震わせた私に気付き、その手が止まった。
「そう・・・だよな。触れてほしくないよな。美月にひどい事ばかりしてた俺なんか。今だって泣かせてるし。」
空はそう言うと、伸ばした手をギュッと握りしめ、自分の膝の上へと戻した。
「俺は美月を酷い目に合わせた。それは事実だし、言い訳しない。」
握りしめた自分の手を見つめながらそう言った。
何かに耐えるように、押し殺した声で。
「許してくれなんて言わない。憎んでくれて構わない。ただ美月が生きてるそれだけでいい、そう思った。だから・・・」
そう言いながらようやく空は顔を上げて、視線に私を捉えた。
「美月・・・終わりにしよう。あの契約も、俺との事も。」
耳がキーンと鳴り出す。
次に呼吸さえも出来ないくらい、息が詰まった。
ああ・・・とうとう・・・
空の言葉を噛みしめるように目を閉じ、唇を噛んだ。
直後に聞こえてきたのは、大地の声。
「どう言う事だ、それは。」
「兄貴は黙っててくれ。」
大地の言葉を空はきっぱりと遮った。
「こんな状態にさせて今更な話だって思ってるだろうな。俺でさえそう思う。けど、けじめはきちんとつけたくて。だから今日、ここに来たんだ。美月を解放するために。」
頭が酷く痛む。
誰かに鈍器で殴られているよう。
当然、空の言葉は耳に入らず、どこかへと飛んでいく。
「美月だってこの先、見たくないだろう?ここまでヒドイ扱いをした俺の顔なんて。」
そう言って空は自嘲ぎみな笑みを湛え、それでも瞳はどこか悲しそうで。
それを見て戸惑い、思わず否定する事さえも忘れていた。
そんな私の様子を肯定と思ったのか、
「もうここには来ない。美月の前にも現れない。俺が美月に出来る事はたぶんそれくらいだから。」
空は私から顔を逸らし立ち上がった。
そして何かを振りきるように、流した涙の跡を拭い、視線を戻した空は普段の彼に戻っていた。
「家にある美月の荷物は美月の指定する場所にきちんと送るから、決まったら連絡して・・・・・じゃあ。」
そう言ってドアへと向かった。
「っ・・・!」
待って!
違う!そうじゃない!
顔が見たくないなんて思ってない!
そう言いたくて。
でも言えなくて。
こんな時に!なんで声が出ないの!
悔しくて苦しくて、それが涙として表に出てきた。
すると、
「おい、空。おまえはそれでいいのか?」
すぐそばにいた大地が空へと投げかけた。
空は振り向くことなく、ただ立ち止まって視線を下げた。
「またみーを俺に取られてもいいのかよ。」
その言葉で空はようやく大地を振りかえった。
その表情は驚きで満ちていて。
もちろんそれを聞いた私も驚きで何もできず、ただ、流れていた涙だけは引いていた。
「別におかしくねーだろ。みーを助けたのも俺だし、ずっと付きっきりでそばにいたのも俺だ。しかも元恋人だしな。焼け没杭に・・・って言うだろ。俺は全然オッケーなわけよ。あとはみー次第。」
そう言って大地は私を見てニヤっと笑った。
何を考えているのかわからない。
けれど、一つだけ言える事がある。
大地が何を考えていたとしても今の発言はなんの意味を持たないってこと。
だって空は・・・
「美月が・・・・・・幸せになるなら。」
空は力ない声でそう言って視線を逸らせた。
わかってたはずなのに、その言葉でまた傷ついてる自分に気付く。
「はん、また尻尾巻いて逃げるのか、ガキの頃みたいに。なっさけねーな。」
「・・・がう。」
「ま、別にいいけどな。ってことで、どう?みー。俺と付き合わねー?身体の相性も悪くねーし。前よりもおまえ、男性経験出来てんだろ?俺も久しぶりにおまえを抱いてみたくなったし。楽しみだ。」
空に聞こえるようにわざと大地は言う。
そして、
「浮気もほどほどにするしさ。」
その言葉を発した瞬間、空は大地の胸倉を掴みかかっていた。
「ざけんな!美月を弄ぶんじゃねー!」
「はっ、おまえに言われる筋合いはねーと思うけど?そうだろ?みーを殺そうとしたおまえが。」
「くっ・・・。」
大地を睨んだまま、空は力任せに大地を突き放した。
そして、空の視線がベッドの上の私へと注がれる。
無言のまま、空は一度ギュッと自分の手を握りしめるとそれをゆっくりと解いた。
そして、
「俺は美月が・・・・・・・・・幸せになるよう祈ってる。」
そう言い残して、空は私達を振りきるようにドアの外へと消えていった。
「はっ!好きなら奪い取るくらいしろってんだ!」
空が出ていった後、大地は吐き捨てるようにそう言い放った。
だから違うんだよ、大地。
空は私をなんとも思ってない。
ただ私が一方的に好きになっただけ。
そばにいたいって思ってただけ。
そして今、その想いさえも断たれただけのこと。
そうして空に対して何も出来なかった私に、
「おまえさ、あんな奴のどこがいいわけ?俺にはさっぱりわかんねー。」
そう投げかけると大地はどかっと椅子に座り込み、大きな溜息を部屋に振り撒いた。
どこがいいって・・・
そんなの、わかんないよ。
気付いたら、苦しいくらい好きになってたんだもの。
でもその気持ちもこれで終わりにしなきゃ。
空にはっきりと言われてしまったから。
「ちょー不幸顔になってっぞ。」
そう言って冷やかす大地に怒りさえ覚えた。
手元にあった枕を思いっきり投げつけ、大地にヒットするのを目の隅で捉えながら、そのまま布団を被り視界を封じる。
「おい、みー。」
曇った声が聞こえてきたけど、それを無視した。
ほっといてよ。
今は大地の話を軽く流せるような余裕も気力もないんだから。
その願いが届いたのか、
「はぁ、仕方ねーヤツらだな。二人のご対面には期待してたのに、シラけた内容で話にもなんねーし。今日は帰るか。あ、先走って変な事考えるなよ。おまえの考えは確実に間違ってるんだからな。明日、また来るからそれまで余計な事は考えず大人しく寝とけ。じゃあな。」
そう言うとベッドのそばから人の気配が遠退き、ドアの開閉と共に一切の音が消えた。
この世で私は一人になったのだと。
そう告げているかのような静けさ。
自分で招いたものなのに、それが余計に自分を追い詰める。
もう・・・無理だ。
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