黒い青春

樫野 珠代

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空の言うとおりだった


会う事はもちろん、声を聞く事さえも出来ず


気付けば半年過ぎ、周りは灼熱の太陽を嫌でも実感できる景色が広がっていた











あれから。

空の部屋を出てから、一度も空と会話を交わさず、そのまま別れた。
何か言おうと思ったけれど、空の纏う雰囲気がそれを拒んでいて。
私を見る事もなく、空は社長さんと行ってしまった。


私は重い空気を引きつれて、新居へと赴いた。
日吉さんに勧められた部屋は、セキュリティもしっかりしてるし、居心地の良い住み心地でとても満足している。
だから心機一転できる!・・・と思っていたけれど、どうやらそんな考えは甘く。
どうしても空の事を考えてしまう自分がいた。

それでも生活のために働き口を探さなければならない。
そうして仕事探しを始め、妥協に妥協を重ね、2ヶ月前、ようやく仕事が見つかった。
前職と同じような職種だけど、給料は全然低い。
ギリギリの生活になりそうだなと思いながら、それでも日々過ぎて、こうして現在に至っている。

復活させた携帯から空の声が聞こえる事もなく、ましてや心を躍らせるようなメールもない。
ただテレビに映る空の姿のみ。
なんだか数ヶ月前に戻ったみたい。
自嘲ぎみの笑みを浮かべ、そんな事を考えていた。


ふいに携帯が鳴った。
画面に表示されていたのは以前に登録しておいた一条社長からの着信を知らせるもの。
何かあったのだろうか。
不安になりながら、通話ボタンをおす。
「はい。」
『橘さん?一条です。夜遅くに申し訳ございません。どうしても橘さんに確認したい事がありまして。今、少しだけ宜しいでしょうか?』
確認したいこと?
なんだろう・・・
不安がさらに広がる。
それでも気になり、拒否することができない。
「はい、大丈夫です。」
心を落ち着かせながらそう続ける。
『実は葵のマンションで会った後、葵からあなたとの事を打ち明けられました。二人はお互いに気持ちを確認し合っていると、そして今後も交際は続けると葵からはそう聞きました。』
その言葉に息を呑む。
何も答えられない私に、社長は続ける。
『葵は今や国民的な俳優となりました。これからさらに飛躍する為にも今は仕事に専念できる環境が必要です。余計なゴシップや噂等で葵を煩わせたくありません。出来る限り、それらから切り離したいと考えております。そこで橘さんに確認したいのですが、葵との事をどのように考えてますか?』
「それは・・・。」
何をどう言えばいいのか、言い淀んだ。
たとえ私が何を言っても、一条社長が次に告げる言葉が容易に想像できたから。
『反対』だと。

でも・・・それでもきちんと言っておかなければならない気がした。
だって空もきちんと社長に私との事を話してくれたから。
私が一緒に住まないと言った時あんなに怒らせた空が、それでも私を見放さずに私を想っているんだってわかったから。
私は葵を好きなんじゃない、ちょっと不器用ででも真っ直ぐに私に感情をぶつける空が好きなんだもの。
「私、空が好きです。一般人である私が有名人である彼のそばにいることがどんなにマイナスなことかもよくわかってます。きっと数え切れないくらい空にも、そして事務所の人達にも迷惑をかけると思います。だけど、空がそれでもそばにいることを許してくれるのなら、私はそばにいたい、そばにいて空を助けたいとおもってます。本当に勝手な事ばかり言ってすみません。」
どこまでそれが伝わったかわからないけれど、それが私の精一杯の今の気持ちだった。
けれど社長の口調はあくまで淡々としていて胸を突く質問を投げかけてくる。
『どんなに傷ついて苦しんでも葵から離れることはないと言い切れますか?』
「はい、空がそれを望んでくれるのなら。」
今までだって何度も傷ついて、何度も苦しんだ。
でも結局は空のそばにいたいっていう気持ちが勝って。
私から離れることなんて出来なかった。
だから社長の質問にも即座にそう答えられた。
けれど、
『葵が裏切る行為をしたとしても?』
「え・・・?」
一瞬、私の心が揺れた。
空に限ってそんな事はない、そう思っていても。
不安はいつでも付きまとっていて。
それを社長も見通していたのだろう。
『この業界では有り得ることです。誘惑が多い世界ですから。』
不安をさらに煽るようにそう付け足した。
「わ、私は・・・・・・空を信じます。もし事実がYESだとしても空がNOと言うなら、私はそれを信じ続けます。」
そう言った声は震えていた。
たぶん自信の無さが声に表れたんだと思う。
これじゃ、一条社長も納得するどころか、より一層、反対の意を示すだろう。

けれど、一条社長の話は私の想像を超えていた。
『わかりました。では、その方向で契約書を作成しましょう。これで取引成立ですね。』
「え?あの、それはどういう・・・。」
『以前、橘さんが入院されている時にお話をしたはずですが、覚えてませんか?』
「入院・・・。」
そう言われてうっすらと思い出した。
でも、取引成立って・・・。
『事務所としても例の件を一刻も早い解決を望んでおりました。葵から話を聞いて、これならば取引としても十分に価値はあるかと思い、橘さんに最終確認をしたくてご連絡を差し上げたんです。』
「最終確認・・・ですか。」
『ええ。詳しくは後日改めてお話をさせて頂きたいと思います。ご都合の良い日に事務所までお越しいただけますか?』
「あ、はい。」
『それでは失礼します。』
理解する前に話は終わりをむかえ、ただ流れに任せて電話を切る。

何がどうなってるの?

素朴な疑問だった。
携帯を見つめたまま茫然としていると、いきなりドアホンが鳴り響き、ビクっと体が反応した。

誰?
なんで、ドアホンが鳴るの?

玄関へと向かいながら不審に思っていた。
だってここはオートロックで外からの訪問者はまずエントランスで足止めされる。
なのに、それ抜きでいきなりドアホンが鳴るなんて・・・

恐る恐るドアスコープを覗き、そこに立つ人物を認識すると勢いよくドアを開けた。
それと同時に外から手が伸びてきてドアを掴み、相手は一気に体を中へと滑り込ませ、すぐさまドアを閉めた。
そして、あっという間に私はその腕の中へと収められていた。
「そ、空?」
「・・・だろ。」
「え?」
空の声が曇って何を言ってるのかわからなかった。
すると、空は体を離し、罵声を上げた。
「危ないって言ってんの!なんでチェーンせずに開けるんだよ!」
「なんでって、空だったから。」
単純な答え。
相手が誰だかわかったら、チェーンなんてせずに開けるものでしょ?
けれど空はそれで納得できなかったらしく、
「わかんないだろ!こんなに帽子も深く被ってるのに!」
そう言って帽子を脱ぎ捨て、沸騰中。
そんな空に戸惑いながらも冷静に答える。
「わかるよ。どんな格好してても空なら見分けられる自信あるもの。」
そう言うと、空は目を見開き、急に顔を赤く染めた。
そ、そこで赤くなられても困る。
伝染したみたいに私も恥ずかしくなった。
「美月、顔赤い。」
「そ、空だって!」
「俺は別に・・・。」
そう言って顔を逸らす空がとても愛おしく感じた。
だから空の胸に飛び込んで素直な気持ちをぶつけた。
「会いたかった、ずっと。」
ギュッと空の服を掴むと、空はふわっと私を包み込んだ。
「俺もすっげー会いたかった。」
空はそう言うとさらに腕に力を込め、私を抱きしめた。


どちらからかはわからない、気付いたから唇が重なっていて。

そしてどちらからかはわからないけれど、気付いたらベッドの上で愛し合っていた。

とても甘く、そしてとても激しく。

今までの苦しみを拭い去るくらい、とても執拗に。


そして私はようやく、空の恋人に昇格した。



 





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