黒い青春

樫野 珠代

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番外編

S.H.E.

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★ 後篇 ★







次の日。

私は、青井家の門前に佇んでいた。

手汗がとんでもないことになってる。
それくらい緊張しているということ。
それもそのはず。
だって、空と一緒に彼の両親へ報告すべき事があるから。

昨日、空は仕事が深夜まで入っていたから、その後そのまま実家に戻ると言っていた。
私はそれよりも数時間早く実家に戻り、母への報告を済ませた。
そして父にも。
今日、空の家で報告をした後、改めて空は私の家に来る事になっている。
もちろんそれも私の両親には報告済みだ。

空は自分の両親にどう伝えたのだろう。
私のようにギリギリまで話さないってことはないとは思う。
けれど・・・空の口からそんなことを聞いたわけではないから何とも言えない。

深呼吸を数回繰り返し、ゆっくりと指をボタンへと近づけた。

ピンポーン。

懐かしい音、だけど今の私には心臓に変な負担のかかる音以外の何物でもない。

『はぁーい。』
陽気なおばさんの声が聞こえてきて、そのまま待っていると玄関のドアが開き、おばさんが顔を出してきた。
「お、お久しぶりです。美月です。」
きっと作り笑顔も怖いものになってるはず。
緊張して顔の筋肉がおかしいのは自覚できた。
そんな私を気にも留めず、
「まぁ!みーちゃん!暫く見ない内にこんなに綺麗になって!あ、入って入って!」
そう言っておばさんは私を招き入れた。
「お、お邪魔します。」
「やだわ、他人行儀ね。みーちゃんは家族も同然じゃない。」
おばさんの言葉にドキリとした。
か、家族も同然!?
「こーんなに小さい時から知ってるんですもの。」
そう言ってにっこりとほほ笑んだ。

あ、そういう意味ね・・・
フェイントなんていりません、おばさん。

「あ、これ。お土産です。」
すっかりと存在を忘れていた物を思い出し、それをおばさんに差し出す。
「やだ、こんな事しなくていいのに。」
そう言いながら、おばさんはありがとうと言って受け取る。
「でも奇遇ね、同じタイミングで帰ってくるなんて。」
「え?」
「ほら、うちの下の息子、空もね、今朝早く帰ってきたのよ。今、上で寝てるわ。」
「そ、そうですか。」
返事をしながらも、心臓はバクバクしっぱなし。
青井家のリビングは広い。
というか、天井が高くて、余計に広く感じる。
それでも壁の一部には小さな落書きが残されていて、どこか懐かしい。
「ホント、みーちゃんがここにいると一瞬で昔の事を思い出すわね。いっつも大地や空と一緒に遊んでくれて。大地は自分勝手に動き回ってその後ろをみーちゃんが追いかけて、そして空はそれを羨ましそうに見ていて。私や妙子さんはそれを見ながらいつも同じ事を話してたのよ。」
「同じ話?」
妙子さんというのは私の母の名前で、二人はとても仲が良い。
控え目な母にとっては心強い親友というところだろうか。
そんな二人が何の話をしていたのか。
ちょっと気になる。
「みーちゃんが大きくなったら2人のどちらかと結婚してくれればいいのにって、そんな話ばっかり。大地と一緒になったらみーちゃんが大変よねーとか、空と一緒になったらみーちゃんが引っ張っていかなきゃねーとか。ホント、親バカよねぇ。」
「は、はは、ははは・・・。」

これは試練というものなのでしょうか。
それともおばさん、ひょっとして知ってる上での意地悪ですか・・・?

「そうそう!あの日も盛り上がったのよね~。みーちゃん争奪戦!」
「へ?」
争奪戦?
「あら、覚えてない?何歳の頃だったかしら。たぶん小学校2年生か3年生の頃ね。空が無理して走ったせいでね、体調崩して寝込んだ事があったんだけど、みーちゃんはずっと空のそばから離れなくって。タオルを替えたりして甲斐甲斐しくってね、妙子さんと言ってたのよ、なんだか空の奥さんみたいよねって。」

それを聞いて、一瞬にして当時を思い出した。

あの日だ。
私が空を傷つけた日。

大地にご褒美と称したキスをした現場に空がいて、空もご褒美が欲しいってねだってきたけど、私はそれを拒んで。
空はそのせいで走り出して、結果、高熱でうなされることになってしまった。 3日間も。

あの時、空を心配するのは当然だと思う。
だってその空が無理をした原因が私だったのだから。


「その後、何日か経った頃にね、ここで妙子さんと話してる時にみーちゃんが飲み物を取りにきてね、その時に冗談で訊いてみたの。『みーちゃん、うちにお嫁にこない?』って。そしたらみーちゃん、うーんって真剣に悩んじゃって。でも、暫くして『いいよ。』って答えたの。」
「私が?」
ま、全く覚えてない。
「そうよ。で、驚いたのがその後の言葉。『みー、空ちゃんのお嫁さんになる。そしたらずっと空ちゃんを守れるよね?』って。思わず妙子さんと顔を見合わせちゃったわよ。てっきりみーちゃんは大地の方が好きなんだと思ってたから。妙子さんも同じ考えだったみたいで『大地君じゃなくて空君なの?』って訊いたの。」
「わ、私はなんて?」
「『大ちゃんは強いし、皆に人気なんだよ。みーがいなくてもみんながいるから平気なの。でも空ちゃんは違うもん。小さいのに一人で病気とたたかってるでしょ?みーはそういう空ちゃんと一緒にたたかうの。一人より二人の方がいいでしょ?それにみんな知らないだろうけど、空ちゃんは強いんだよ。だって何回も病気に勝ってるもん。みーは空ちゃんが一番強いと思う。』そう言い切るみーちゃんに私も妙子さんも感心したのよー。」

自分の小さい時のことなのに、新鮮な思い出だった。
そんな事言ったことも、そんな過去があったことも全く記憶されてなくて。
というか、そんな小さい頃から私って・・・

すると、急におばさんが笑いだした。
「あははは、問題はその後。ドアの陰でね、それを聞いてた大地が拗ねちゃって大変。自分のおもちゃにそれをぶつけちゃって、それでも気が収まらなかったのか、今度は空に絡んじゃって。空にしたらとんだ八つ当たりよね。わけもわからず大地に絡まれて。結局、空はみーちゃんのところに逃げてきて、みーちゃんはそんな空を慰めて。それを見た大地がみーちゃんの手を引っ張って空から離そうとしてたのよね。あはは、ホント可笑しかったわぁ。」
おばさんはお腹を抱えて笑っている。

ああ、そういう事か。
大地が言ってた『宣言』ってこのことだったんだ。
すっかり忘れていたそれは想像以上に、子供らしい容赦のないものだった。

でも昔の私って、意外と空の肩を持つ人だったんだ・・・
自分のことなのに、他人事のように感じる。

「昔話は終わった?」
いきなり後ろから聞こえてきた声は、まさにその話に登場した人物のもの。

び、びっくりした。
いつの間に・・・

「あら、もう起きたの?もう少しゆっくりすればいいのに。お父さん、少し遅くなるって言ってたし。」
そう言っておばさんは立ち上がり、空の食事の支度に取りかかるため、キッチンへと向かった。
その間に空が私の横に立つ。
「美月、もう来てたんだ。」
「う、うん。」
どこかぎこちなくなるのは仕方ないと思うの。
この状況で私はどういうスタンスでいればいいのか、全くわからないんだもの。
「ね、ねぇ。おばさんには今日のこと・・・。」
おばさんに聞こえないように小さな声で空に訊ねる。
空は小奇麗に整えた格好で私の隣りへと座りこんだ。
「ごめん、詳しい話は何もしてないんだ。今朝帰ってきたばかりだし。」
「そ、そっか。」
おばさんのさっきの様子から薄々はそんな感じがしてたけど。
やっぱりまだ何も知らないんだ。
それもちょっと困るんだけどな。


「そうそう!みーちゃん、知ってる?その子ね、彼女がいたんですって!もうびっくり。彼女がいるなんて聞いてなかったし。しかも今日、その子を連れてくるって言うのよ。いきなり過ぎるわよ、それを聞いたのが昨日の夕方なんだから。おかげで美容院にも行けなかったわ。」
そう言ってぶつぶつと不満を口にするおばさんに、何も言えず顔をヒクつかせていた。

それ、私なんですけど・・・

なんどもそう言おうとしたが、おばさんはすでに心ここにあらず。
「まさか、少し前に騒がれてた女優さんが相手じゃないわよね?それともその前のナントカってアイドルの子とか?この子ったら、有名になったと思ったら急にそんな話題ばっかりでしょう?この子は否定してたけど、母親としては複雑よ。火のない所に・・・って言うでしょう?」
誰に言っているのか、それとも独り言なのか。
とりあえずわかったのは、もうすぐ来ると思っている『空の彼女』のことで頭がいっぱいらしいってこと。
それでも空の目の前にブランチを出していくのはさすが親だ。

私はチラッと空を横目で捉えた。
空は口を押さえ、笑いを堪えている。

もう!笑ってないで、早くこの状況をどうにかして!

憤慨しそうになる私の耳に、急におばさんの声が響いた。
「みーちゃんはお付き合いしてる人いるの?」
「へ?」
「いないわけないか。こーんなに綺麗になって帰ってくるくらいだもの。そう思わない?空。」
「っ・・・ああ、そうだね。」
笑いを押し込め、空は返事をする。
そんな空をギロリと睨むと、空は慌てて視線を逸らした。
おばさんは嬉々として私の前に座り、身を乗り出して訊いてくる。
「で?相手はどんな人なの?うちの空よりも素敵な人なんでしょ?」
「えっと・・・どう、でしょう・・・ねぇ。」
言葉に詰まり、曖昧な返事をする私に、笑いを堪えなくなった空が思いっきり噴き出した。
「あはは、駄目だ。我慢できない。」
そう言ってお腹を抱えて笑い続けた。
「ちょっと!空!」
もちろんおばさんは理解できないのは当然で、
「何?どうしたの?」
そう言って呆気にとられて見ていた。
けれど、次第におばさんはほっとしたような表情に変わっていった。
「いいわね、やっぱり。」
「え?」
「空がこんな風に楽しそうにしてるのってもう何年も見てなかったから。やっぱりみーちゃんは特別ね。」
「特別・・・?」
「そう。昔から空が笑ったり、泣いたり、怒ったりする時は必ずと言っていいほど、みーちゃんが関わってるのよね。自分や他の人の事には無頓着なのに。みーちゃんが大学に行くために実家を離れた時なんか特に空は・・・」
「もう充分だろ、俺の昔話は。」
さっきまで笑っていた空は鳴りを潜め、おばさんの言葉を遮った。
「それにおふくろの方がひどいと思うけど。数年ぶりに戻ってきた俺よりも美月とこうして会ってる時の方が嬉しそうだし。」
「そりゃそうよ。みーちゃんは私の娘同然だもの。久しぶりの娘との再会を喜ばない親がいるもんですか。」
当然とばかりに言い放つおばさんに空は苦笑している。
「でも、こんな息子でさえ結婚を考える歳になったんだし、みーちゃんもいつかはお嫁に行っちゃうのよね。そう思うと寂しいわ。」
そう言っておばさんは自分で用意したコーヒーのカップを手に取りながら、溜息をついた。
すると、ようやく空はさらっと本題へと繋ぐ言葉を告げた。


それを聞いた直後、おばさんは、行動がストップしたまま私と空を交互に見つめ、次の瞬間、歓喜の声と物(コーヒーカップ)が割れる音が近所中に響き渡った。




― 安心しろよ、美月はもうすぐ娘になるから ―


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