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樫野 珠代

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高校1年-9月

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「ごちそうさまでした!」
両手を合わせ、つぐみが大きな声を出した。それを春菜は笑顔で返す。
「えらいねー、つぐみちゃん。」
「へへっ。」
ハニカミながらつぐみは椅子から飛び降りるとテーブルの上の食器をキッチンへと運ぼうとした。それを見て慌てて春菜が止める。
「あ、いいよ。つぐみちゃんは着替えてこなきゃ。」
「でも・・・。」
「お兄ちゃんが待ってるし。ね?」
「はーい。」
元気よく返事をしてそのまま走りだし、リビングから出ていった。それを見送ると、春菜はテーブルの上を片づけ始めた。すると、それまであまり口を開かなかった祐介が春菜に声をかけた。
「春菜。話があるんだ。」
「話?」
怪訝に思いながらも春菜は手を止め、祐介を見た。祐介は顔を下げていて表情が見えない。春菜が座るのを待っているようだった。春菜は片づけを諦め、ゆっくりと祐介の前の席へと腰をおろした。それを見計らって祐介が口を開いた。
「昨日の話だけど・・・忘れてくれないか。あの時はどうかしてたんだ。なんつーか、つぐみが突然現れて気が動転したまま余計なことばっか話した気がする。それに気持ちわりーだろ?あんな話聞かされてさ。ま、とにかく忘れてくれればいいから。」
「祐介君・・・。」
「それとさ、昨日世話になっといてこう言うのもなんだけど・・・もう俺達に関わらないでほしい。」
「え?」
祐介の言葉に春菜は驚いて目を見開いた。春菜の視線を感じながら祐介は淡々と話しだす。
「春菜のことだからまたつぐみと会う約束でもするつもりだっただろ?それもやめてくれ。つぐみの今置かれてる環境は話したよな?決して恵まれた環境じゃない。実際に家を飛び出すくらいだ。かなり辛いんだと思う。でもその環境でこれからも当分は生きていかなければならない。それに慣れなきゃいけないんだ。」
その時、ようやく祐介が顔を上げて真っ直ぐに春菜を見据えた。
「春菜の所へ行けば楽になるっていう逃げ道を作りたくないんだ。」
「どうして?わからないよ。私と一緒にいることで少しでもつぐみちゃんが楽しいのなら、私はつぐみちゃんと一緒にいてあげたい。」
「確かに春菜と一緒にいるつぐみはとても楽しそうで嬉しそうだった。だから春菜といるときは辛いなんていう感情は忘れているんだと思う。けどその後は?その後の事を春菜は考えてるか?」
「その後?」
「そう。つぐみはその後、かならず自分の家に戻らなきゃいけない。家に着いた瞬間、本来の自分の居場所の現実を実感するんだ。余計に辛さを味わうことになる。春菜と一緒にいる時が楽しければ楽しいほど、その辛さは倍増する。」
「けど・・・つぐみちゃんにも安らぐ場所は必要・・・だと思う。」
「それは俺の所だけでいい。」
「そ、そうだけど。」
「春菜が昨日言ってくれたよな?俺が今できることをしてあげればそれでつぐみは幸せだって。だったら俺が頑張ればいいだけのことだ。」
きっぱりと言い切る祐介に、春菜は何も言えなくなった。祐介君の言うことももっともだ。だけど私だってつぐみちゃんのために何かしてあげたい。それがいけないことなの?
春菜は俯き、膝の上に置いていた手をぎゅっと握りしめた。
「春菜の気持ちは嬉しい。けどその気持ちに責任は持てるか?これから先、どれだけつぐみのために犠牲に出来る?俺は兄妹だし、これから先もつぐみを守っていく覚悟だってある。でも春菜は・・・違うだろ?だったらもう関わろうとしないでほしい。今だけの感情で、これ以上、つぐみに変な期待を持たせたくないんだ。」
祐介の言葉がズシンと思く響く。
私はただつぐみちゃんが楽しんでいる顔を見れたらそれでいいと思ってた。それで十分だとも。でもそれはあくまで他人の私が客観的に想う理想なだけなのかもしれない。そんな私と違って、祐介君はつぐみちゃんの今だけじゃなくこれから先の事まできちんと考えていた。その違いがあまりに大きくて、自分の考えが浅はかだと今更ながら気づく。確かに私は、これから先のことなんてわからないし、責任だってもてない。つぐみちゃんのためだと思っていたけど、結局独りよがりだったのかもしれない。
春菜の表情を見て、祐介は納得してくれたのだとわかり、ほっとした。
そんな祐介に、
「祐介君にも?」
「え?」
急に問われたことに祐介は驚く。
「祐介君にも、私は関わっちゃダメなの?それは祐介君にとってマイナスなことになるの?」
悲しい瞳を向けられ、祐介はそれから逃れるたけに目を背けた。そして、
「少なくともプラスにはならない。」
突き放された気がした。ようやく普通に話せるようになったと思ってたのに。また再会した頃のように避けられる毎日が続くの?
「おかしいよ・・・だって、そんなの友達じゃないもの。」
「俺は・・・男と女の間に友達なんて関係が存在するとは思わねーし。」
愕然としている春菜に祐介の言葉が覆いかぶさる。するとその時、
「じゃーん!」
突然の声と同時につぐみが姿を現した。
「お!準備できたんだな。」
「うん!」
「よし、じゃあ帰るか。」
そう言って祐介は立ち上がり、つぐみの持っていた荷物を肩に担いだ。そしてつぐみの手を取り、
「じゃあ、俺達帰るから。」
春菜の顔を見ることなく、祐介はそのまま玄関へと歩いていく。春菜は慌ててその後を追った。つぐみが靴を履き終えると祐介は、
「世話になったな。じゃあ、さっきのこと頼んだから。」
「あの・・・。」
「またねー、はるなお姉ちゃん。」
祐介に言おうとした言葉はつぐみの声にかき消される。笑顔で手を振るつぐみに春菜は何と言って良いのかわからなくなる。
「つぐみちゃん、元気でね。」
その一言だけがようやく口から出てきた。つぐみは大きく頷き、祐介を見上げた。
「お兄ちゃん、行こう!」
つぐみは祐介の手を引いた。
「ああ。」
つぐみに促され、祐介はちらっと春菜を見ると春菜に何も言うことなく、その場から去っていった。



ちょっと言い過ぎたか?
祐介はつぐみと歩きながら先程のことを思い出していた。春菜は別に何も悪くない。ただこのままだと俺までもが春菜の温もりにのめり込みそうで、それが怖かっただけだ。俺でさえそう思うということはつぐみはなおさらそれを感じるに違いない。アイツと・・・俺達の母親と一緒に暮らしてるだけに。
つぐみには俺がついてる。離れて暮らしているけど、これからはアイツのことは無視して会える時に会おう。アイツが好き勝手に生きてるおかげでこっちが迷惑してるんだ、それくらい当然だろう。それでつぐみが少しでも楽になるなら俺は喜んでそうする。だから春菜は必要ない。つぐみにも、俺にも。
春菜は怖い存在だと思う。俺に望まない結果をもたらしそうで。昨日の夜のことだってそうだ。気がついたら自分のことを話していた。気が緩むというか、春菜に聞いてほしい気持ちになっていた。しかし帰ってから何度も後悔した。春菜に話したからと言って過去が消えるわけじゃない。むしろ春菜に話したことで自分がどれだけ薄汚い人間かを再確認した。春菜があまりにも真っ白で穢れがないから余計にそう思えるのかもしれない。それに、あのまっすぐな瞳に見つめられると、謀でさえいとも簡単に見透かされ、あげくは呆気なく自白してしまいかねない。これ以上、深入りしてはいけない。俺の中で何かが警告をしていた。
そうだ、その方が春菜にとってもいいんだ。俺達と関わるとロクな事がない。それは今まで経験済みだ。今日の姉妹喧嘩だって俺達に関わらなければしなくて済んだわけで。学校に広まった噂だって、俺が余計なことをしなければ春菜も困らずに済んだはずだ。だからさっきの俺の行動は間違っていない。祐介は心でそう言い聞かせた。



春菜は玄関で動けずにいた。祐介の言葉がずっと心の中に残り2人の消えた玄関のドアをずっと見つめていた。
最後まで私をきちんと見てくれなかった。また無視される日が始まるの?どうしてこうなるのだろう。ようやく普通に話してくれるようになったと思ったのに。また逆戻りだ。祐介君はいつも壁を作ろうとする。周りに溶け込もうともせずにただ一人の世界に入り込んで。少し前の私みたいに。たぶん昨日聞いた過去の話が原因なんだろうけど。でもそんなの関係ないよ。祐介君は祐介君で、大事なのは今であって過去じゃない。
私は知ってる。
祐介君がどれだけ優しいのか。
そしてどれだけ妹思いなのか。
それだけで充分、祐介君は誇れる人だと思う。
だからもっと皆にも知ってもらいたい。
そんな祐介君を。
そう思うのに・・・・・・


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