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樫野 珠代

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高校1年-10月

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「ごめん、春菜。」
「え?」
二人きりになると秋緒がいきなり謝ってきて春菜は驚いた。優香は拓海が来たようで出迎えに行くことになり、慌てて校門まで走って行ってしまった。教室に残された春菜と秋緒は周りの喧騒とは離れ、ゆっくりとした時間を過ごしていた。泣いて赤くなった目を冷やしていた春菜に秋緒が謝ったのは優香が出て行って暫くしてからだった。
「ユリを連れてくるんじゃなかった。事務所で学園祭の話してたら、行くときは誘ってねって言われて。何も考えずに一緒に行く約束しちゃったんだよね。でもユリの性格を考えたら、連れて来るべきじゃなかった。」
「そんなことないよ。」
「ううん。少なくともこの学校は避けるべきだった。本当にごめん。」
「秋緒が謝る必要はどこにもないよ。それに由梨さんも悪くない。ただ祐介君を想う私の独りよがりなだけだし。むしろ由梨さんには申し訳ないなって思ってる。」
「春菜・・・ねぇ、一体何があったの?春菜が泣くってことはそれなりの何かがあったってことでしょ?」
「別に何も・・・。」
「またそうやって誤魔化す。私には嘘は付けないってわかってるでしょ?もう隠すのはやめてよ。私はそれが一番辛いの。将樹のことだってそう。春菜は一度も私に自分の気持ちを話してくれなかった。」
「それは・・・。」
「わかってるよ。あの関係を壊したくなかったんでしょ?私も最初はそうだった。3人でいる時は本当に楽しかったから。」
秋緒は窓の外を見上げながら懐かしそうに目を細めた。しかしその表情はすぐに消え、一転して悲しそうな憂いを帯びていく。
「年齢を重ねるにつれてね、将樹が少しずつ遠くにいく気がしてた。それに春菜も将樹のことを想ってるって知ってたし。すごく焦った。好きだって気持ちを抑えるよりももっと将樹の近くにいたいって気持ちが増していって気がついたら気持ちをぶつけてた。その時にね、一瞬、春菜の顔が頭をよぎったの。たぶん、後ろめたさを感じたんだと思う。」
秋緒は視線を落とし、自嘲的な笑みを浮かべた。
「でも自分の気持ちに嘘はつきたくなかったし、春菜には隠したくなかった。だからちゃんと逃げずに春菜にそのことを伝えた。どんな時でも春菜とは正々堂々と正面から向き合っていたくて。でも春菜は違ってた。私に何一つ話してくれなかった。自分の気持ちも、将樹に気持ちを伝えたことも。」
春菜ははっと顔を強張らせた。
「知ってたの?」
なぜ知ってるんだろう。
将樹に告白したことは優香にしか話していない。
あとは将樹本人しか知らないこと。
それをどうして秋緒が・・・。
春菜の表情から察し、秋緒が口を開いた。
「私が無理やり将樹から聞いたの。春菜に対しての態度が変だったから。」
「ごめん、私・・・。」
「謝らないで。」
春菜の言葉を遮って、秋緒は言った。
「春菜に謝られたら私、立つ瀬がないじゃない。春菜が大事にしたかった3人の関係を壊したのは私なんだから。だから謝る必要ないよ。」
そう言う秋緒に春菜は首を振った。
「それは違う。いつかは壊れるものだったんだよ。それが早まっただけで秋緒は悪くない。それに秋緒はちゃんと全てを話してくれた。将樹を好きになった自分の気持ちも二人が付き合うようになったことも。いつでも秋緒は私に正直だった。それに比べて私は、秋緒に何も言えなかった。」
「うん・・・。それは本当に辛かった。」
秋緒は春菜に視線を向けた。
「将樹と付き合うようになって嬉しいはずなのに、心から喜べなかった。毎日、春菜の顔を見るたびに罪悪感が膨れ上がってた。いっそ、無茶苦茶に詰め寄ってくれた方が良かった。最低だって罵倒してくれた方が気が楽だった。」
「秋緒。」
「そんな時、お父さん達の事があって。私が何も出来ない状態なのに春菜は淡々と手続きとか進めていって、何でそんなに平静でいられるんだって怒りを覚えたりもした。でも・・・そうじゃなかった。今まで押し込めていたものとお父さん達のことで一気に感情の針が振り切れて春菜の心が壊れてたんだよね。近くにいたのにそれに気づかなかった自分がすごく恨めしかった。春菜の事を何でもわかってると思い込んでた自分があまりにも恥ずかしくて、情けなくて。」
そう言って秋緒は唇を噛み締めた。
「でも同時に、春菜が心を開いてくれなかったことがとても悲しかった。今も・・・あれからずっと春菜は近くにいるはずなのに、すごく遠くに感じて・・・。」
そうして秋緒は目に涙を溜めながら春菜にすがり付いた。
「私達、もう二人きりなんだよ?お父さんもお母さんもいなくなっちゃった今、唯一の家族はお互いだけなんだよ。お願いだから話してよ!愚痴でもいい、私に対する不満でもいい!あの時に言えなかったことでもいい。どんな小さなことだっていいの。私には何も隠さないで!私、春菜が傷つくのを見たくない。春菜が一人で抱え込んでるのも嫌。あの時のような思いはもう二度としたくないの。」
「秋緒・・・。」
言われた言葉が春菜の胸に重く響いた。
辛かったのは私だけじゃなかったんだ。秋緒も違った辛さを感じてた。私が何も言わなかったばかりに。もっと感情を秋緒にぶつけていたら、少しは秋緒も楽だったのかもしれない。
「私、ずっと将樹が好きだった。」
今さらだけど・・・あの時のこと、時効だから話してもいいよね。
ぽつりと話しだした春菜を涙目の秋緒が見上げた。
「たぶん秋緒が将樹を好きになる前から。」
「うん。」
それから春菜はあの日の出来事をゆっくりと噛み締めるように話し始めた。さらに4月の祐介との出会い、そして再会。最後には祐介に拒絶されたことと先ほど見てしまったキスシーン。ただ祐介の過去だけは話してはいけないことだと、それだけは触れずにいた。春菜の話をずっと静かに聞いていた秋緒はふいに顎に手を当てて考え始めた。
ますますわからない。
赤城祐介がどういう人間なのか。
あまりにも多重人格すぎて。
ただ春菜の話を聞きながらずっと頭にあるのは、最後に家に来た時に見せたあの表情と言葉。
『春菜にもこれ以上、近づかねーし。だから安心していい。』
孤独な表情で彼はそう言った。その後で彼は春菜を拒絶した。彼はあの言葉の前になんて言った?
確か・・・春菜を傷つけるつもりはない、そう言ってなかった?
つまり、少なくとも春菜のことを嫌っているわけじゃなく、むしろ春菜のためを思って突き放す行動に出たってことじゃない?
でも春菜のためにした行動でも、結局は春菜を苦しめているのは事実。春菜が赤城祐介を好きでいる限り、これからも同じようなことが何度もあるだろう。好きな人に無視される寂しさや哀しさを春菜はこれからも感じていかなくてはいけない。出来れば春菜にはずっと笑っていてもらいたい。でも正体のわからない人物を春菜に近づけるのは避けたい。相反する気持ちが混ざり合う。
「なんか・・・複雑。」
思わずそう口にして秋緒は慌てて口に手をやって隠したが、春菜もまた物思いに耽っていたのか聞こえていなかった。ほっとしながらも、これから先のことを考えると秋緒は気分が重くなった。


秋緒がそろそろ帰ると言って春菜に声をかけた。
そして携帯を取り出し由梨に連絡を取った後、
「あとは大丈夫だから、春菜は戻っていいよ。」
「あ・・・うん。」
由梨と顔を合わせないよう春菜に気を使ったのか、秋緒はそう言って由梨が来る前に春菜を帰そうとしてくれた。春菜もまた先程のこともあり、どのような顔で会えばいいのかわからず結局、素直に秋緒の言う事をきくことにした。それまでいた教室から一歩外にでると再び学園祭という現実が訪れる。廊下を楽しげに行き交う学生達。春菜はなるべく泣いて赤くなった目を見られないように俯きながら自分のクラスへと歩き始めた。すると目の前の視界に揃えられた両足が見えた。春菜はそっと顔を上げると、そこには由梨が立ちはだかり、春菜の行く手をふさいでいた。
「春菜さん、少し話がしたいんだけど。」
挑戦的な微笑みを浮かべ、由梨は春菜についてくるように目で促す。躊躇っていた春菜だが、ここで逃げだす勇気もなく仕方なしに由梨についていった。


由梨が立ち止まった所は非常階段の踊り場だった。夏の暑さがまだ残る外の、しかも何もない日の良く当たるそんな場所に来る人間は誰もいるはずもなく、春菜は由梨と二人きりになった。
「AKIも待ってるし、すぐに終わるから。」
そう言って由梨は春菜と対峙した。
「率直に聞きたいんだけど、春菜さんはユースケのこと好きなの?」
「え・・・。」
いきなり訊かれるとは思ってもいなくて、春菜は心の準備が出来ておらず言葉が出ない。それを見越したかのように由梨は話を続けた。
「もしなんとも思ってないのなら、彼に付き纏わないで。もうわかってると思うけど、私、ユースケのこと気に入ってるの。会えないと思って諦めてたんだけど、でもこうしてまた再会できた。だからチャンスは逃さないし、誰にも邪魔はさせない。」
そう言ってじっと春菜を見据え、由梨は返事を待った。その鋭い視線に春菜は耐えられず顔を逸らした。
羨ましい。
正直、そう思った。ここまでストレートに行動できたらどんなにいいだろう。自分の気持ちを信じ、それを相手にぶつけるだけの勇気は、私にはない。ただ、見てるだけ。何もせずに・・・何もできずに。
だから・・・
「心配しなくても、彼とは何でもないの。関わることさえないし。彼にはっきりそう言われたから。だから、たとえ私が彼を好きだとしても、これから先どうにかなることなんてない。」
「ふーん、そうなんだ。じゃあこれで心おきなく彼を落とすことができるわ。実はちょっとだけ気が引けてたのよねー。ほら、AKIのお姉さんと取り合うことになったりしたら色々面倒でしょ?あー良かった。じゃ、話はそれだけ。今日は楽しかったわ。」
そう言って片手を上げて踊り場から消えていった。残された春菜はじりっと肌を焼く太陽に攻められながら、しばらくそこを動けないでいた。





 




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