May

樫野 珠代

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side 琴未

4-7

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いつからそこに・・・?
「ご、ごめんなさい。起こしちゃって。うるさかったですよね?」
「彼と出かけるのか?」
「え?」
彼は怒りを抑えたような声で尋ねてきた。
その目に宿る鋭さが私を貫く。
「さっきの男と出かけるのか?」
聞こえてた?
そうよね、要君の声大きかったし。
「いえ、まだ決まったわけじゃ・・・。」
「っ・・・そうか。」
そう言って彼は目を逸らし、リビングへと戻っていった。
なんだか気になって彼の後を追うようにリビングへと向かった。
彼はソファに座り、頭を抱えて俯いていた。
そんな彼になんと言って声をかければよいのかわからず、立ちすくんでいた。
とりあえず何でもいいから彼と話がしたかった。
「あ、あの。喉渇いたので、何か貰ってもいいですか?」
ようやく出た言葉がコレ。
なんだか悲しい。
彼はスッと立ち上がってキッチンへと向かった。
私もその後を追う。
リビングも広いけど、キッチンも普通の家庭より広い。
対面式キッチンで、収納スペースも充分ある。
いいなぁ、こんな所に住んでみたい。
そう思っている自分が恥ずかしくなった。
住むって・・・やだ、何考えてるんだろう。
思わず、顔が赤くなった。
「どうかした?」
彼が突然、話し掛けてきた。
彼を見ると、冷蔵庫から水を出し、グラスに注ぎながら私を窺っていた。
「い、いえ。別に・・・。」
目線を彼から逸らし、注がれた水へと向けた。
彼はそのグラスを私へと差し出して、自分の分も注ぐ。
私がグラスの水を一気に飲み干した頃、
「どうやら俺は嫌われたようだな。」
ぽつりと彼が呟いた。
嫌われた?誰に?私?
「壱也さん、あの誤解です。私は別に・・・」
「では、どうして目を逸らす?」
「それは・・・。」
思わず言葉を飲み込んだ。
ただ恥ずかしいから、とか照れてしまうからとか、そんな理由なんだけど・・・。
でも彼のあまりの真剣さに言うのが躊躇われた。
それと同時にそんな彼がおかしくて、思わず噴出してしまった。
彼は眉間に深い皺を寄せ、私を睨んだ。
いけない・・・でも笑っちゃう。
「ぷっ、ククッ。ごめんなさい、笑ってしまって。でも壱也さんがあまりに真剣だから。」
「真剣になって何が悪いんだ。」
「だって私が目を逸らしただけなのに。壱也さんは女性のことを快く思ってないんですよね?だったら私のことなんて軽く流せるはずなのに・・・。ってちょっと意地悪ですね。目を逸らしたのは、ただ・・・ちょっと照れてしまってただけなんです。私ってあんまり男の人と面と向かい合って話す事ってないし。・・・慣れてないんです。」
そう言っている今でさえ、顔が熱くて俯いてしまう。
なぜこんなことを赤裸々に告白してるんだろう。
言うんじゃなかったかも。
そう思っていたら、急に暖かいものに包まれた。
それが彼の腕の中だと気付いたのは、彼がさらにぎゅっと強く抱きしめてきた時だった。
なんで・・・。
「い、壱也さん・・・あ、の・・・。」
「俺を嫌っていないんだな?そう思っていいんだな?」
「し、しつこいですよ、壱也さん。」
「よかった・・・。」
彼が私の肩に頭を乗せてそう呟いた。
彼は心底ほっとしたようだった。
私も誤解が解けて嬉しくなって・・・というか、今のこの状況は一体・・・。
落ち着いたら、急にドキドキしてきた。
「あ、あの・・・えー・・と・・・。」
「なんだ?」
私を抱きしめたまま、彼が聞いてくる。
「その・・・そろそろ腕を解いて欲しいなぁ・・・と。」
「嫌か?」
「え?」
「こうされて嫌かと聞いてるんだ。」
そ、そんなこと聞かないで!
ただでさえ、心臓バクバクなのに。
でも・・・彼のぬくもりが感じられて嬉しかった。
それに彼の匂いも。
・・・匂い?
忘れてた!私、汗掻いてたんだ!
慌てて彼の胸を押しやり、彼と距離と取った。
うう・・・すでに遅いかも。
恥ずかしすぎて顔を上げる事が出来ない。
「琴未?」
急に離れた私を不審に思ったのだろう。
私の顔を覗き込んできた。
それに耐えられず俯いた。
「そろそろ・・・部屋に戻ります。」
「待てよ!」
体を方向転換しようとしたら、すぐに止められた。
振り返ると、彼の視線が絡み付いてきた。
「嫌っていないのなら、どうして君は俺から逃げようとするんだ。車で送ると言っても電車で帰ると言うし、車に乗れば降ろせと言う。そして今もここから立ち去ろうとする。その行動の意味をぜひ説明してもらいたいね。」
彼の突き刺すような瞳が私を捉える。
逃げられない。
そう感じた。
私を今にも飲み込みそうな勢いがそう思わせる。
自然と足が後ろに引いて、押し下がっていた。
彼は距離を縮めようと私に近づく。
徐々に彼との距離がなくなっていく。
そして背中に硬い感触を受け、それが壁だと気付くのに時間はかからなかった。
追い詰められた獲物、まさにその状態。
それでも彼は、私に近づく。
そしてあと1歩ほどの距離まで来ると彼は立ち止まった。
「嫌なら抵抗しろよ。」
そう言って、私との距離をゼロにした。
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