May

樫野 珠代

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side 琴未

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黙り込んだまま俯く私に彼はほっと息を吐いた。
「すまない。また君を追い込んでいるな。どうも君のことになると頭で考えるよりも体が先に動いてしまう。」
困惑した表情で彼は苦笑していた。
「君が俺を受け入れてくれるまで待つよ。だからゆっくりでいい。俺との事を考えてくれないか?」
優しい眼差しで私にそう言ってくれた。
嬉しい、本当に。
だけど同時に辛い。
「壱也さん。私・・・。」
「頼むから今すぐに断ろうとしないで欲しい。君が何に悩んでいるか、少しは俺も理解してるつもりだ。それを一つずつ一緒に解決していこう。それら全ての蟠りがなくなったら、・・・その時は俺と一緒になることを真剣に考えて欲しい。」
真剣な面持で、彼が私に告げた。
彼は本気だ。
真剣に私との事を考えてくれてる。
こんな私の為に・・・。
きっと彼が一番苦しむのに。
それなのに私を選んでくれるの?
私、あなたに何もしてあげられないのに。
それでもいいと言うの?
・・・だったら、私も彼の為に何かをしたい。
ううん、してあげたい。
私は彼を真っ直ぐに見つめるとゆっくりと頷いた。
すると彼は嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。これで断られたらどうしようかと不安だった。琴未、ありがとう。絶対に君を守るから。」
「壱也さん・・・。」
彼は私の肩をそっと掴むと、私を見つめた。
「琴未・・・今、俺が怖いか?」
「え・・・。」
「いや・・・さっき言ってただろ?トラウマのこと。いつ、どこで発作が起こるかわからないと。でもその一つはなんとなくわかった。おそらく琴未が過去と同じような恐怖を感じた時に発作が起きる。あくまで俺の見てきた限りでの話だが。どうだ?」
恐怖・・・。
そうかもしれない。
いつも体が震え出して、そして気絶する。
「壱也さんの言う通りかもしれない。気絶する瞬間、過去のあの出来事を思い出すの。だからすごく怖くて、辛くて・・・。」
「そうか・・・。」
「でもっ!今は怖くない・・・です。」
言ってる事が恥ずかしくて最後の方は声がつい小さくなってしまった。
なんだか大胆な発言をしてるようで。
赤くなった顔を見られないように彼から視線を逸らし俯いた。
すると彼の体が震えているのが目に入った。
眉を寄せ見上げると、彼が声を殺して笑っていた。
「な、何を笑ってるんですかっ!」
「くっくっ。悪い。君があまりに可愛い反応をするんでね。」
「か、かわ・・・。」
カッと体中が熱くなった。
可愛いなんて初めて言われた。
しかも好きな人に。
「そういう反応は、むやみに男の前でするもんじゃない。」
そう言って彼は私の顎に手をやり、顔を近づけてきた。
「こうやって、襲われるからな。」
言った瞬間、彼の唇が私のそれに重なった。
触れるだけのキス。
すぐに唇は離れ、彼が再び私をみつめる。
「わかったか?」
彼は何もなかったかのように、平然と尋ねてきた。
けれど私は平然としてられない。
「い、壱也さん!からかわないで下さい!」
ゆでダコ状態の顔で、彼を睨んだ。
「別にからかってるわけじゃない。本当のことだ。無防備な君を見てると理性も吹き飛んでしまいそうになる。だから気をつけた方がいい。」
「気をつけろと言われても・・・困ります。」
「だろうな。」
「わかってるなら言わないで下さい。」
「わかってても言わずにいられないんだよ。それだけ君が無防備だということだ。」
そう言いながら立ち上がり、リビングから出て行った。
う・・・キスされちゃった。
しかも今日2回も。
ど、どうしよう・・・抵抗できない。
無防備だなんて初めて言われた。
普段の私は今までと変わらず男性と一線を引いている。
要君だけは例外だけど。
無防備なのは彼の前だからだと思う。
きっと彼が信頼できる人だから。


すぐに壱也は戻ってきた。
「体調は?」
「もう大丈夫です。」
「じゃあ風呂に入るか?さっき、かなりうなされて汗掻いただろ?」
「あ、はい。・・・・・・お借りしてもいいですか?」
「ああ。今、お湯を張ってるから。」
「有難うございます。」
かなり気になっていた。
汗掻きすぎじゃない?って自分で思うくらいびっしょりだもん。
ココでお風呂に入ることにちょっと抵抗はあったけど、背に腹は変えられない。
不謹慎だとは思うけど、借りる事にした。
彼は立ち上がると、数ある中の一室に入って行き、しばらくしてから戻ってきた。
「これ、大きいと思うが着替えにすればいい。」
そう言って服を私に差し出した。
それを素直に受け取ると、彼が歩き出し、バスルームへと案内してくれた。
「中の物、適当に使ってくれて構わない。あと、バスタオルはコレ。」
そう言って棚からタオルを取り出すと、私に渡し、ドアを閉めて出て行った。
ぽつんと脱衣所に1人。
いや、一人でいいんだけどね。
とりあえずさっさと服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
やはりと言うか、一体、何人が同時に入るの?って言うくらい広いお風呂。
昔で言う銭湯みたいな広さ。
そんな広い中で一人きり。
贅沢な気分で、のんびりとお湯に浸かった。
のぼせそうになるぎりぎりの所でお風呂場から脱出。
タオルで体に付いた水滴をふき取り、先程受け取った着替えと呼ばれたものを手にとった。
・・・大きすぎです。
おそらく、いや絶対に彼のものだろう。
Lサイズだし。
貰ったものはTシャツとハーフパンツ。
Tシャツだけでも十分な丈だけど、やっぱり他人の家にいるのでハーフパンツも履いてみる。
が、やっぱりブカブカ。
幸い、紐で調整できるようになっていたので、引っ張れるだけ引っ張って、キツク結んだ。
ハーフじゃないよ!私が着ると!!
一人で突っ込んでみた。
そうだよね、既製品のジーンズだって補正無しで着られるんだもんね。
やっぱり足が長い。
Tシャツには仄かに彼の匂いがする。
な、なんかやらしくない?これって・・・。
自然と顔が赤くなった。
一人で赤面してる自分に呆れ、慌ててその妄想を払拭した。
濡れた髪をタオルで大雑把に拭き、洗面台にある鏡に自分を映した。
化粧がすっかり取れた顔がそこにはあった。
こんな顔、壱也さんに見せていいのだろうか。
だからと言って、さすがに今からまたメイクをする気にもなれない。
ま、いっか。
こんな時、楽観的になってしまう自分に笑いが漏れる。
ふと壱也がまだ外出した頃と着てるものが変わっていない事を思い出した。
まだ壱也さんもお風呂に入ってないんだ!
そのことに気が付き、慌てて首にタオルをかけてバスルームをあとにした。
リビングへと足を忍ばせながら戻ると、彼はバルコニーに出ていた。
何か、考え事?
彼は私の存在に気付かず、ずっと夜景を眺めていた。
なんだろう・・・彼がすごく遠くに感じる。
もともと遠い存在の人なんだけど、それでも今は同じ空間にいるわけで・・・。
「壱也さん?」
思わず声をかけてしまった。
なぜだか呼ばずに入られなかったから。
彼ははっと振り返り、私の姿を確認するとバルコニーから部屋へと入ってきて扉を閉めた。
「お風呂、ありがとうございました。あと、先に使わせて頂いて・・・。」
「ああ。」
頷きながら彼は答える。
そして彼の視線が再び私の方へと注がれた。
う、そんなに見ないで欲しい。
ノーメイクだし。
なるべく顔を見られないように俯いた。
「明日は仕事、ないんだろ?今日はもう遅い。ゆっくり休むといい。」
「あ、はい。・・・おやすみなさい。」
彼に促されるまま、さっきまで寝ていた部屋へ戻ろうと踵を返した。
「琴未。」
背後から彼が呼びとめ、顔だけ彼へと向けると彼は、私に近づいてきた。
私もそれに合わせて、彼へと体を向けた。
「明日・・・予定は?」
「明日、ですか?いえ、何もないですけど・・・。」
「そうか。」
彼の表情は硬く、重い雰囲気を纏っていた。
それが何かわからないまま、静かに頷いた。
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