May

樫野 珠代

文字の大きさ
上 下
57 / 109
side 壱也

1-6

しおりを挟む
「おい、壱。おまえ、また何か企んでるだろう。」
俺の部屋へ入るとすぐに宗人は聞いてきた。
「企むとは失礼だな。俺はただ見合いをするだけだ。」
「その見合いで、何をする気だ?」
「別に何も。その辺の見合いと同じようなことをするだけだ。」
「嘘つけ。おまえがすんなり社長の言いなりになるタマかよ。おまえのことだ、何か考えがあるんだろ?秘書である俺には前もって言うべきだと思うが?」
宗人の言う事にも一理ある。
見合いの手配やその他の根回しもコイツにしてもらうことになるだろうから。
「宗人、見合い相手はあの女だ。」
「あの女?・・・まさかあの蛯澤とか言う?」
「あぁ。」
「おいおい、相手はただのOLだぞ?しかも取引先の。」
「そうだ。」
「そうだ、じゃない。おまえにはもっと身分相応の相手を用意する。なんでそこまであの女に拘るんだ?」
「拘ってるわけじゃない。ただ『借り』は返してもらわないとな。」
「だからって・・・。」
「心配するな。これはあくまで遊びだ。」
「・・・社長の言ったことをちゃんと聞いてたか?遊び半分でするなと・・・。」
「わかってるさ。今回だけだ。それに見合いを俺から破談にすれば相手も面目も保てるし、あの親父も呆れて、見合いをさせようなんて2度と思わないだろう。」
そういう俺を宗人は、苦笑しながら聞いていた。
「聞いたからには宗人、おまえも一緒に罪を被ってもらうぞ。」
軽い冗談を言うように彼に向かって命令した。
彼も心得ているのか、降参と言わんばかりに両手を挙げる。
そして気を引き締め、秘書の仮面を被り背筋を伸ばした。
「では、そのように手配をしておきます。日程も相手側と進めておきますので。」
「ん。それは任せた。」
「失礼します。」
そう言って宗人は出ていった。
彼は大した役者だ。
2役をきっちりと使い分ける。
あれで女には一途だというのが信じられない。
本人に聞いたわけではないが、小さい頃から幼馴染一筋らしい。
どうしてそこまで真剣になれるのか。
甚だ疑問だ。




見合い当日。
俺は妙な汗を掻いていた。
別に暑いわけではない。
ただ、稀に見ない程の緊張をしているのだ。
こんなに緊張するのは何年ぶりだろうか。
そもそもなぜ俺が緊張しなきゃならんのだ?
相手はただのOLで、今からソイツとのゲームを企んでいるのに。
俺を見てどう思う?
俺を見てどういう態度に出る?
俺を見てどんな言葉を投げかける?
それらを考えるだけで楽しいというものだ。
先方には敢えて俺の写真など送らず、話しだけで進めてきた。
だからだろうか。
なかなか先方からの返事が来ないと宗人が慌てていた。
話をする度に、誤魔化されたり、逸らされたりと明らかに見合いをさせたくないような素振りだったらしい。
しかし、見合い相手はこの俺だ。
得意先の専務である俺だ。
相手は、結局受けるしかないのだ。
心配せずとも俺から断るんだから素直に受けておけばいいんだ。
ま、そんなこと相手には言えないが。
考えて見れば、おかしな話だ。
普段は嫌がって隠している肩書きを、今思いっきり手段の一つに使ってるんだからな。
しかもただの腹いせのためだけに。




「お相手の方はすでにお待ちです。」
案内をしてくれた仲居が教えてくれた。
目の前の部屋に入れば、あの女がいる。
さて、どう料理しようか・・・。
隣りに佇む宗人に目配せをして下がらせる。
ここからは俺一人で十分だ。
宗人はこれから始まるゲームが見れないとわかり、非常につまらなさそうな顔をして戻っていく。
そうして部屋の襖を仲居が開いた。
「失礼します。藤堂様がお着きになりました。」
すぐさま仲居は横に退き、俺を中へと導く。
1歩入ったところで、仲介役の沖田が立ち上がり、近づいてきた。
「専務、わざわざお越し頂いて・・・。」
「いや、こちらこそ急な話で申し訳ない。」
「いえ、とんでもないです。さぁ、こちらです。どうぞ。」
この沖田には可愛そうな事をしたな。
しかし、恨むなら自分の姪を恨むんだな。
一人心の中で、彼に言い諭した。
ちょうど彼女の目の前に座らされ、正面には俯く彼女がいた。
「すみません、遅くなりまして。」
隣りにいるのは母親だろう、そっくりだった。
「いいえ。お忙しい方だとお聞きしておりますわ。お気になさらないで下さい。」
そう言って母親がにっこりと微笑んでいる。
相変わらず彼女は下を向いてばかり。
決して俺を見ようとはしない。
しばらく様子を見ようと母親と沖田を交え、会話を進める。
が、さすがの俺にも我慢の限界がある。
一向に、顔を上げない彼女に憤りしか感じなくなってきた。
一体、何様だ?コイツ・・・。
こうなったら無理にでも顔を上げさせてやろうじゃないか。
そう思い、俺からゲームを開始させた。
「もしよろしければ、この後、琴未さんと一緒にドライブにでもと考えているのですが、ご都合は如何でしょうか?」
目の前に座る二人に問い掛ける。
母親はすぐに反応したが、本人は心ここにあらず、といった感じで聞いていない。
いい度胸じゃないか、俺の話を聞かないとは。
彼女も不自然な空気を察知したのか、ようやく顔をあげ、母親と沖田の顔を交互に見ていた。
「琴ちゃん?どうするの?」
「へ?」
その一文字で、聞いてませんでしたと言ってるようなもんだ。
横で沖田が慌てている。
母親は・・・慌てる気配もなく、のんびりと自分の娘に説明を始めた。
彼女はまだ渋っている。
せっかくのゲームが開始早々、ゲームオーバーなんて詰まらん。
そう思い、その場にいる全員を言い包め、彼女の腕を取り、即座に部屋を出ていく。
さて、これから面白くなりそうだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

束縛フィアンセと今日も甘いひとときを

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:747

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,171pt お気に入り:450

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:859pt お気に入り:139

【完結】25妹は、私のものを欲しがるので、全部あげます。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:965pt お気に入り:4,868

処理中です...