May

樫野 珠代

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side 壱也

6-3

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嵌められた。
「これはどういうことです?」
険しい表情で親父にそう言う。
目の前に広がる光景に苛立ちを隠せない。
「いいから座れ。」
親父は有無を言わせないようにきつい口調でそう告げる。
くそっ・・・来るんじゃなかった。

親父の言う会食を仕事だと思い込んでいた俺はまんまとやられた。
案内された個室に入るや否や、今日ここに来た事をひどく後悔した。
これは明らかに両家の顔合わせだ。
部屋の中にいる人物達には、嫌と言うほど見覚えがある。
親父を始め、前島 園子とその両親だ。
後ろでは、宗人もさすがに息を呑んでいた。
園子の親父は、‘それなり’の会社の社長だ。
自分の娘を使ってまで俺達と関係を持ちたいと言うことか。
いや、そうじゃないな。
おそらく園子の方から言い出したに決まってる。
本当にウザイ女だ。
ここまでしつこいとは思わなかった。

いつまでもここに立ってるわけにもいかない。
そう思いつつ、この状況を打破すべく頭をフル回転させていた。
そんな俺を他所に話が進んでいく。
「いやぁ、壱也君も逞しくなりましたなぁ。」
「いえいえ、まだまだ若輩者ですよ。これからは、前島さんと共にコイツを鍛えていかねば、とそう考えております。」
「何を仰るんですか。もう十分、頼もしい人間へとご成長になられてますよ。こんな素晴らしい青年とうちの娘が結ばれるとは、本当に夢のようです。」
「コイツは見ての通り、素っ気無い奴です。そのせいで園子さんにご迷惑をおかけするかもしれない。」
「おじ様、私は大丈夫です。これでも壱也さんのこと、少しは理解しているつもりです。それに素っ気無いのは照れてるだけだと思いますし。」
園子は男好きする声をワザと出して、親父に取り入ろうとしている。
それが見え見えで俺はぞっと寒気が走った。
普段の園子は可愛くもおしとやかでもない。
今と全くの逆だ。
どうしてこんな女がこの世に存在しているのか。
そしてそんな女を一度でも抱いてしまった俺自身を何よりも悔いて病まない。
俺の人生で最大のミスだ。
「本当にお優しいお嬢さんだ。壱也には勿体無いな。はっはっは」
馬鹿らしい・・・。
親父も猫を被った園子に騙されている。
そろそろ怒りも限界に達していた。
スッと立ち上がり、テーブルを取り巻く人間達に冷たい視線を送った。
「申しわけありませんが、仕事が立て込んでおりますので失礼します。」
「おい!壱也!失礼じゃないか!」
「壱也君。」
慌てる親父と戸惑う前島社長。
そして園子は何も言わず、逃げる気?といった表情で俺の様子を覗っている。
その挑戦的な視線を俺は受け入れた。
くすっと笑いを漏らし、その場にいる人間達に告げた。
「ここに来たのは仕事の為であって、プライベートな話をしに来たわけではありません。それにくだらないお遊びもそろそろ終わりにすべきかと。」
「壱也!」
顔を真っ赤にして親父が怒り狂っている。
それを横目にさらに続ける。
「そうだ。この機会に皆さんにお伝えしておきますよ。俺にはすでに心に決めた女性がいます。俺はその女性以外、一緒になるつもりはありません。」
その言葉にすぐに反応したのはやはり園子だった。
クスクスと笑い、俺を見上げてきた。
「冗談がお好きなのね、壱也さん。」
「冗談とお思いですか?」
さらに鋭い視線を彼女に突き刺した。
それを受けた彼女は息を飲み、顔を強張らせた。
園子を黙らせた後は、残りの人間だ。
園子の親父を真っ直ぐに見据えた。
「言っておきますが、俺は親父とは違います。仕事も完全能力主義の人間です。出来ない人間は切り捨てる。それと同様に、我が社に有益でない企業も切り捨てる。例え、親父が親しくしていた企業でも。」
言った後に、例外が1度だけあったことに気付くがそれは無視を決め込んだ。
「壱也!いい加減にしろ!」
俺の言葉を聞いた親父が立ち上がり、俺を睨んできた。
そんな親父に静かに告げた。
「もしそんな俺の思想が気に入らないのであれば、今すぐ俺を見限って頂いても結構です。俺は自分の意志を変えるつもりはありませんので。」
「なっ!」
親父は開いた口が塞がらない様子で、固まっていた。
単純な反応だな。
そう思いながら、
「それでは仕事に戻ります。」
そう言って、その場にいた人間達に一礼をして部屋をあとにした。


俺の後に付いてきていた宗人の大きな溜息が聞こえた。
「なんだ?」
「壱、おまえは本当にやることがデカ過ぎだ。おまえの方こそ、度合いを考えるべきだぞ。」
呆れながら宗人が言った。
「おまえに言われたくないな。誰だったかな、親の会社より女性を選んで結婚したのは。」
そう言うと宗人が苦笑した。
「そうだった。つまり俺達はお互いにやることがデカイということか。藤堂の血はかなり厄介だな。」
「・・・そうだな。」
宗人を羨ましく思う。
愛する女性を一生、自分一人のモノにしておけるからだ。
それに比べて俺は・・・俺達はまだ何も始まっていない。
彼女を俺の傍に置く事も、共に過ごす事もできない。
「琴未・・・会いたいと思うのは俺だけか?」
宗人に聞かれない程の小さい声で俺はそこにはいない人物へ言葉を投げかけた。
返ってこないとわかっていても。

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