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3章 新しい関係
2 これからへの期待と、終わることへの不安
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「……アーロン様?」
髪にキスされたマリアベルは、不思議そうにぱちぱちと瞳を瞬かせる。
彼女の態度や言葉には、動揺や照れ、愛おしさといったものは、宿っていないように見えて。
アーロンは、そんなマリアベルの反応にちょっとだけ寂しそうに微笑んでから、もう一度、柔らかな銀糸に唇を落とした。
「……ベル。おそらく今日には、マニフィカ家にも話がいっていると思う。真剣に考えてもらえると、嬉しい」
「……? はい……」
なんのことだろう、と思った。
アーロンから詳しく話を聞いてみたかったが、彼はそれきり黙ってしまって。
なんとなく、マリアベルも彼に合わせて言葉を減らしたから。
二人とも起きているのに、静かな帰り道になった。
馬車がマニフィカ家に到着すると、先に馬車からおりたアーロンが、マリアベルに向かって手を差し出す。
「ありがとうございます、アーロン様」
マリアベルも、慣れた様子で彼の手をとる。
公の場でなくたって、彼はいつだってこうなのだ。
流石のマリアベルだって、慣れるというものである。
いつもなら、互いに挨拶をしたらこれで解散。
しかし、今日は違って。
アーロンは、マリアベルが馬車をおりたあとも、彼女の手を離さなかった。
日が暮れ始めており、辺りはオレンジ色に染まっている。
「アーロン様?」
どうしましたか、とマリアベルはアーロンを見上げる。
夕暮れの中、彼はどこか名残惜しそうな、寂しそうな……。まだ帰りたくない、離れたくないと言い出したいのを我慢している、子供みたいな顔をしていて。
そんな彼が心配になって、じっと覗き込んでいると、ふわりと何かに包み込まれて、視界が暗くなった。
長身のアーロンに抱きしめられて、彼の胸板にぽふっと顔を埋める形になったのである。
「あ、アーロン様!?」
抱擁ともなれば、流石のマリアベルもちょっと焦る。
髪や手の甲へのキスはこれまでにも経験があったが、抱きしめられるのは初めてだった。
こんなにも密着したら、色々と伝わってきてしまう。
身長が高くすらっとしていて、顔立ちも甘いから、一見細身にも見える彼だが、本当はしっかりした身体つきをしていて。
彼とくっついたことで、女性の自分とは、体格も身体の作りも違うことを、理解させられた。
アーロンは、マリアベルよりもずっと大きい。
服ごしであっても、女性のマリアベルのようにぷにぷにと柔らかくないことがわかる。
彼が「男性」であることを感じ、マリアベルは、アーロンの腕の中で動けなくなってしまった。
抱きしめ返すこともできず、手の行き場がないまま慌てるマリアベルとは対照的に、アーロンは落ち着いていて。
今このときを、噛み占めているようだった。
事実、アーロンは、こうして彼女に触れることができるのも、最後かもしれないと覚悟を決めていた。
もし、マリアベルがこの先の話を拒み、他の男を選ぶのなら、婚約者でもない彼は、マリアベルから離れるしかないからである。
アーロンは、期待と不安の両方を抱いて、愛しい人をその胸に抱いていた。
これが最後になんてならないようにと、祈って。
「……ベル。これからの話を、どうか受け入れて欲しい。……大好きなんだ」
「……アーロン、さま……?」
どれくらい、そうして抱きしめられていたのだろうか。
そっと離れてくれたと思ったら、今度は名残惜しそうに額にキスを落とされる。
「それじゃあ、そろそろ行くね。いい返事がもらえるよう、祈っているよ」
そう言うと、アーロンは颯爽と馬車に乗り込んで立ち去ってしまう。
マニフィカ邸の前に残された、マリアベルはといえば。
――だからなんの話ですか、アーロン様……!
と、混乱していた。
しかし、帰宅後すぐに、マリアベルはアーロンの言う「正式に話がいっている」「いい返事」の意味を、理解することとなる。
髪にキスされたマリアベルは、不思議そうにぱちぱちと瞳を瞬かせる。
彼女の態度や言葉には、動揺や照れ、愛おしさといったものは、宿っていないように見えて。
アーロンは、そんなマリアベルの反応にちょっとだけ寂しそうに微笑んでから、もう一度、柔らかな銀糸に唇を落とした。
「……ベル。おそらく今日には、マニフィカ家にも話がいっていると思う。真剣に考えてもらえると、嬉しい」
「……? はい……」
なんのことだろう、と思った。
アーロンから詳しく話を聞いてみたかったが、彼はそれきり黙ってしまって。
なんとなく、マリアベルも彼に合わせて言葉を減らしたから。
二人とも起きているのに、静かな帰り道になった。
馬車がマニフィカ家に到着すると、先に馬車からおりたアーロンが、マリアベルに向かって手を差し出す。
「ありがとうございます、アーロン様」
マリアベルも、慣れた様子で彼の手をとる。
公の場でなくたって、彼はいつだってこうなのだ。
流石のマリアベルだって、慣れるというものである。
いつもなら、互いに挨拶をしたらこれで解散。
しかし、今日は違って。
アーロンは、マリアベルが馬車をおりたあとも、彼女の手を離さなかった。
日が暮れ始めており、辺りはオレンジ色に染まっている。
「アーロン様?」
どうしましたか、とマリアベルはアーロンを見上げる。
夕暮れの中、彼はどこか名残惜しそうな、寂しそうな……。まだ帰りたくない、離れたくないと言い出したいのを我慢している、子供みたいな顔をしていて。
そんな彼が心配になって、じっと覗き込んでいると、ふわりと何かに包み込まれて、視界が暗くなった。
長身のアーロンに抱きしめられて、彼の胸板にぽふっと顔を埋める形になったのである。
「あ、アーロン様!?」
抱擁ともなれば、流石のマリアベルもちょっと焦る。
髪や手の甲へのキスはこれまでにも経験があったが、抱きしめられるのは初めてだった。
こんなにも密着したら、色々と伝わってきてしまう。
身長が高くすらっとしていて、顔立ちも甘いから、一見細身にも見える彼だが、本当はしっかりした身体つきをしていて。
彼とくっついたことで、女性の自分とは、体格も身体の作りも違うことを、理解させられた。
アーロンは、マリアベルよりもずっと大きい。
服ごしであっても、女性のマリアベルのようにぷにぷにと柔らかくないことがわかる。
彼が「男性」であることを感じ、マリアベルは、アーロンの腕の中で動けなくなってしまった。
抱きしめ返すこともできず、手の行き場がないまま慌てるマリアベルとは対照的に、アーロンは落ち着いていて。
今このときを、噛み占めているようだった。
事実、アーロンは、こうして彼女に触れることができるのも、最後かもしれないと覚悟を決めていた。
もし、マリアベルがこの先の話を拒み、他の男を選ぶのなら、婚約者でもない彼は、マリアベルから離れるしかないからである。
アーロンは、期待と不安の両方を抱いて、愛しい人をその胸に抱いていた。
これが最後になんてならないようにと、祈って。
「……ベル。これからの話を、どうか受け入れて欲しい。……大好きなんだ」
「……アーロン、さま……?」
どれくらい、そうして抱きしめられていたのだろうか。
そっと離れてくれたと思ったら、今度は名残惜しそうに額にキスを落とされる。
「それじゃあ、そろそろ行くね。いい返事がもらえるよう、祈っているよ」
そう言うと、アーロンは颯爽と馬車に乗り込んで立ち去ってしまう。
マニフィカ邸の前に残された、マリアベルはといえば。
――だからなんの話ですか、アーロン様……!
と、混乱していた。
しかし、帰宅後すぐに、マリアベルはアーロンの言う「正式に話がいっている」「いい返事」の意味を、理解することとなる。
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※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
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