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彼女の理由
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「レナ? どうしたの?」
この展開は、アナスタジアとしても予想外だったのだろう。戸惑った様子だが、怯えてはいない。その反応が、また癇に障る。
レナードはチッ、と軽く舌打ちをするとぐっと彼女に近づいた。
「……アナスタジア。前にも言いましたよね。俺は、『レナ』ではなく、レナードです」
「……」
言いながら彼女の柔らかい頬に触れると、アナスタジアがぴくりと身震いした。
「な、なに言ってるのよ、レナ。ふざけるのはこのくらいにして……」
「ふざけてなんかいません。俺は男なんですよ、公女様」
レナードは不遜に笑うと、ばさりとかつらを取り外した。すると、男らしい短髪に早変わりする。
その姿を見たアナスタジアが目を見開いたものだから、レナードの加虐心が刺激される。
続けて、彼はぐいっと夜着を脱ぎ捨てた。上体を隠すものはなくなり、彼の逞しい身体が露になった。
当然、そこに女性らしい胸の膨らみなどない。引きしまった身体は、どう見たって男のものだった。
「……アナスタジア」
かつらを取り、上体をさらした彼がアナスタジアの耳元で彼女の名を呼ぶ。
彼の手は彼女のお腹のあたりを這い出して、アナスタジアからは、ひっ、と吐息が漏れた。
(……このへんでやめておくか)
こんなことをしたレナードだが、このまま事に及ぶつもりなどなかった。彼女があまりにも男を分かっていないから、ちょっとだけ、脅かしてやろうと思っただけなのだ。
レナードはすっと身体を起こして彼女から離れ、少し距離をおいたところに腰かけた。
二人のあいだに、しん、と気まずい空気が流れる。
(……やりすぎたか?)
レナードがちらりと横目でアナスタジアを見やる。彼女は、仰向けになったまま茫然としているようだった。
散々女扱いされて、あまりいい気分ではなかったのは事実だ。今回に関しては、彼女の方も考えが甘かったといえるだろう。彼女がレナードに我慢を強いてきた結果でもある。
けれど、レナードの中で、彼女を傷つけてしまったことに対する後悔が湧き上がり始めていた。
もう遅いかもしれないが、彼は彼女に誠心誠意謝ることを決めた。
「……アナスタジア。俺……」
しかし、レナードが謝罪の言葉を紡ぐよりも先に、アナスタジアが小さな声で話し始める。
「……ごめんなさい、レナ。いいえ、レナード」
「……!」
二人きりの場で、彼女に「レナード」と呼ばれるのは初めてだった。
それから、彼女はぽつぽつと自分の思いを吐露し始める。
筆頭公爵家に生まれたアナスタジアは、幼い頃から多くの男児に擦り寄られてきた。
彼らの目的は、アナスタジアと結婚して公爵家の後ろ盾を得ることだ。みな彼女の機嫌をとろうとして、にこにこと愛想よく振舞った。
当時のアナスタジアはまだ幼かったが、彼らの目的には気が付いていた。家柄だけが目当ての男児たちと会うことに辟易していた。
拒絶した途端に乱暴な言葉を吐いてくる男子もいて、男の子に会うなんて嫌で嫌で仕方なかった。
「……それでね、『麗しの公女様』のイメージを、最初から崩してやろうと思ったの」
「最初に会ったときの格好は、それでか……」
初対面のとき、アナスタジアは使用人の娘のような格好をしていた。あれは男避けのためだったようだ。
しかし、公女とその婚約者候補として対面する前に、二人は出会った。
「妖精みたいに可愛かったし、『レナ』って名乗るから、女の子かと思っちゃったわ」
「俺が『レナード』と名乗ろうとしたのを、あなたが早とちりしたんでしょう」
レナードがそう口を挟んだが、アナスタジアは愉快そうに笑うだけだ。
「その日訪問予定だった男の子だって知ったときは、びっくりしたけど……。でも、こんなに可愛い子ならまた会ってもいいかなって思ったの。女の子みたいだから、怖くないなって」
アナスタジアが「道に迷ってべそをかいてて、可愛かったし」と続ける。その隣で、レナードは不服そうに唇を尖らせた。
「……それからも、あなたはずっと私のお願いを聞いてくれた。男の子が苦手な私のそばに、女の子としていてくれた。私、同性の友人と理解ある婚約者が同時にできたようで、とっても嬉しかったのよ?」
アナスタジアが微笑む。その表情からは信頼が読み取れて、レナードはさっと目をそらした。
この展開は、アナスタジアとしても予想外だったのだろう。戸惑った様子だが、怯えてはいない。その反応が、また癇に障る。
レナードはチッ、と軽く舌打ちをするとぐっと彼女に近づいた。
「……アナスタジア。前にも言いましたよね。俺は、『レナ』ではなく、レナードです」
「……」
言いながら彼女の柔らかい頬に触れると、アナスタジアがぴくりと身震いした。
「な、なに言ってるのよ、レナ。ふざけるのはこのくらいにして……」
「ふざけてなんかいません。俺は男なんですよ、公女様」
レナードは不遜に笑うと、ばさりとかつらを取り外した。すると、男らしい短髪に早変わりする。
その姿を見たアナスタジアが目を見開いたものだから、レナードの加虐心が刺激される。
続けて、彼はぐいっと夜着を脱ぎ捨てた。上体を隠すものはなくなり、彼の逞しい身体が露になった。
当然、そこに女性らしい胸の膨らみなどない。引きしまった身体は、どう見たって男のものだった。
「……アナスタジア」
かつらを取り、上体をさらした彼がアナスタジアの耳元で彼女の名を呼ぶ。
彼の手は彼女のお腹のあたりを這い出して、アナスタジアからは、ひっ、と吐息が漏れた。
(……このへんでやめておくか)
こんなことをしたレナードだが、このまま事に及ぶつもりなどなかった。彼女があまりにも男を分かっていないから、ちょっとだけ、脅かしてやろうと思っただけなのだ。
レナードはすっと身体を起こして彼女から離れ、少し距離をおいたところに腰かけた。
二人のあいだに、しん、と気まずい空気が流れる。
(……やりすぎたか?)
レナードがちらりと横目でアナスタジアを見やる。彼女は、仰向けになったまま茫然としているようだった。
散々女扱いされて、あまりいい気分ではなかったのは事実だ。今回に関しては、彼女の方も考えが甘かったといえるだろう。彼女がレナードに我慢を強いてきた結果でもある。
けれど、レナードの中で、彼女を傷つけてしまったことに対する後悔が湧き上がり始めていた。
もう遅いかもしれないが、彼は彼女に誠心誠意謝ることを決めた。
「……アナスタジア。俺……」
しかし、レナードが謝罪の言葉を紡ぐよりも先に、アナスタジアが小さな声で話し始める。
「……ごめんなさい、レナ。いいえ、レナード」
「……!」
二人きりの場で、彼女に「レナード」と呼ばれるのは初めてだった。
それから、彼女はぽつぽつと自分の思いを吐露し始める。
筆頭公爵家に生まれたアナスタジアは、幼い頃から多くの男児に擦り寄られてきた。
彼らの目的は、アナスタジアと結婚して公爵家の後ろ盾を得ることだ。みな彼女の機嫌をとろうとして、にこにこと愛想よく振舞った。
当時のアナスタジアはまだ幼かったが、彼らの目的には気が付いていた。家柄だけが目当ての男児たちと会うことに辟易していた。
拒絶した途端に乱暴な言葉を吐いてくる男子もいて、男の子に会うなんて嫌で嫌で仕方なかった。
「……それでね、『麗しの公女様』のイメージを、最初から崩してやろうと思ったの」
「最初に会ったときの格好は、それでか……」
初対面のとき、アナスタジアは使用人の娘のような格好をしていた。あれは男避けのためだったようだ。
しかし、公女とその婚約者候補として対面する前に、二人は出会った。
「妖精みたいに可愛かったし、『レナ』って名乗るから、女の子かと思っちゃったわ」
「俺が『レナード』と名乗ろうとしたのを、あなたが早とちりしたんでしょう」
レナードがそう口を挟んだが、アナスタジアは愉快そうに笑うだけだ。
「その日訪問予定だった男の子だって知ったときは、びっくりしたけど……。でも、こんなに可愛い子ならまた会ってもいいかなって思ったの。女の子みたいだから、怖くないなって」
アナスタジアが「道に迷ってべそをかいてて、可愛かったし」と続ける。その隣で、レナードは不服そうに唇を尖らせた。
「……それからも、あなたはずっと私のお願いを聞いてくれた。男の子が苦手な私のそばに、女の子としていてくれた。私、同性の友人と理解ある婚約者が同時にできたようで、とっても嬉しかったのよ?」
アナスタジアが微笑む。その表情からは信頼が読み取れて、レナードはさっと目をそらした。
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