藍色バース

弓川ルツ

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第1章

導き-4

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 住宅街にしては幅広い道路で、アクアは車の速度を落とした。
  道路の端には花水木が植えられていて、白い花が満開に咲いており、見応えがあった。通りに沿って、競い合うように個性を強調する洒落た住宅が並んでいる。
 中に一軒だけ、我が道を行くかのように二階建ての古ぼけた住宅があった。愛子の家だ。離れが建てられているが、母屋よりは新しい。アクアは愛子の自宅前に路駐し車を降りた。
  もちろん、ずっと駐車するつもりはない。一つ、やっておきたいことがあるのだ。
  スーパーでパート勤めをしている愛子は、出勤日のため今日は不在である。愛子がいない時は、離れの合鍵を玄関に並べられている植木鉢の裏側に隠してある。
  だが、玄関と離れの入口はすぐ近くなので、他のメンバーに植木鉢から鍵を取り出す場面を目撃されてしまう。
  そこで、アクアは先に一人で鍵を持ってくるようにしているのだ。特に愛子に頼まれているわけではない。アクアの配慮である。いくらメンバーとは言え、あまり鍵のことが知れ渡るのは不用心だろう。離れにはパソコンも置いてある。
『義父が亡くなった後、義母と同居することになって離れを建てたの。でも一緒に暮らして一年もしないうちに、義母は亡くなり、主人も二年前に他界したわ。以来、息子の迅と二人暮らしよ』
 愛子がそう話していたのは二年ほど前だから、愛子の夫が亡くなってから四年ということになる。  
 塀のすぐ内側には柿の木が一本、植えられている。ほんの申し訳程度の狭い畑があり、くたびれかけた菜の花が咲いていた。
 玄関の横には、台風が来ればすぐにでも吹っ飛びそうな屋根がついた、車二台分の駐車スペースがある。今は一台だけ車が駐められていた。今日は迅がいるらしい。
  市立浜名医療センター精神科の医師だという迅。アクアは、迅と一度も会ったことがない。 迅の車を見かけたことはある。が、アクアの用があるのは離れだし、母屋にいるだろう迅もわざわざ顔を見せるわけではない。
『きらきら星ベビーの会』の親しいメンバーたちから、迅の評判を聞いたことがある。
『迅君ってカッコイイのよ。背が高くて顔が小さくて、笑顔がとても素敵。ちょっと寂しそうな感じがするけど、案外、気さくに話すの』
  だが、愛子はと言うと、迅の話をあまりしない。国立大学を卒業して医者になった息子を、世間一般の母親なら自慢したくて疼々しているのではないか。
 アクアに子供がいないから、遠慮して話さないのかと考えもした。だが、それもしっくり来ない。アクアだって、いちいち世の中の全ての親子関係に対して感傷的になるわけではないのだ。
  アクアが少ない情報から推測するに、迅はおそらく三〇才くらいになるはずだ。では、突然死したという絢音の兄になるのか、弟になるのか。その辺りは分からない。
  アクアは玄関の植木鉢に近づく。目的の植木鉢の前で覆い被さるようにして、鍵を取り出し、体を起こした瞬間、無意識に迅の車を見た。
アクアはドキリとして、もう少しで声を上げそうになった。誰かいる……。
  若い男が、駐車スペースの屋根の支柱に凭れるように座り込んで煙草を喫っていた。アクアを警戒しているかのように覗っている。暗い視線、沈んだ表情。
 アクアは途端に緊張した。何か喋らなくては。
「こんにちは。私、長瀬と申します。今日はカウンセリングでお邪魔しました」
容貌からして相手は迅で間違いないだろう。色白で、全体に小作りの顔立ちに、切れ長の目。評判通り、いやそれ以上かもしれない。ついさっきまで、迅のことを考えていたせいもあって、アクアは気恥ずかしくなった。
「長瀬さんって……?」
アクアの挨拶に、迅は首を僅かに傾げると微笑んだ。途端に迅の雰囲気が一変する。人懐っこそうな笑顔に安堵すると同時に、アクアの胸の奥で何かが揺らめいた。
「もしかして長瀬アクアさんですか?」
 迅に名前を言い当てられて、アクアは顔が熱くなるのを止められなかった。
「名前は母から聞いて知ってるんです。家にはよく来てくれているそうですね」
 迅は、少々無遠慮なくらいアクアをじっと眺めると、周りを見回す仕草をした。
「あの、相手の方とは、すぐそこのショッピング・センターで、待ち合わせしてるんです。車もいつもそこに駐めていて」
 言い訳めいた口調になった。迅は「そうですか、ご苦労様です」と頷く。
  アクアは頭を下げて、自分の車へ向かおうとした。その時、後ろから声が掛かる。
「すみませんが、離れの鍵、カウンセリングが終わったら直接、僕に返してくれませんか」  
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