33 / 79
第3章
カッコウの卵-8
しおりを挟む
最初は一匹もアサリが見つからないため、アクアがこぼした。
「そんなに簡単に見つかったら、おもしろくないよ」
迅がクマデで、泥をガリガリやりながら答える。
その直後、泥の中に手を突っ込んで、「ほら」と、アクアに一匹のアサリを見せながら、得意げに微笑む。
アクアは悔しくなった。
急に競争心が湧いてきて、迅から少し離れた位置に移動し、黙々と掘り始めた。
ようやく、一匹、二匹と見つかり始めた。
一匹いたら、近くを集中的に探すと見つかりやすいという迅のアドバイスに従って、周辺や奥深くを掘る。
慣れない中腰の姿勢に疲れて、途中で何度か立ち上がった。
顔や首が汗まみれで、髪が肌に張りつき気持ち悪い。
アクア用の、ピンクのバケツの底を埋めるくらいの量になった。
そろそろ一人で掘るのも飽きてくる。
迅の収穫状況の偵察もかねて、アクアはバケツごと迅の傍に移動した。
迅の黄緑のバケツには三分の一くらい、アサリが入っていた。
アクアの完全な敗北だ。
「アサリ、ちょっと小さいんじゃないの。あまり小さいと可哀想だよ」
アクアはケチをつけた。迅はピンクのバケツを覗きこむ。
「アクアさんのだって。小さいの逃がしちゃったら、全部なくなっちゃうね」
迅が言い返してきた。アクアはしゃがみこみ、再び掘り始めた。
しばらく黙って掘りながら、アクアは一番に訊いてみたかった話を切り出した。
「迅君は、いくつの時に愛子さんの養子になったの?」
間が空いた。迅が手を動かしながら答える。
「赤ん坊の時」
アクアはさらに踏み込んだ。
「どうして養子になったのか訊いてもいい? 答えたくなかったら、いいけど」
迅は掘っている手を休めて、身を起こしアクアを見た。
「赤ん坊がね、あまりにも可愛かったものだから、母がね、愛子さんのことだけど、攫ってきたんだって」
「ふーん、なるほどね」
アクアはわざと首を大きく縦に振った。迅が笑った。
「僕もね、あまりはっきりしたことは知らないんだ。なにしろ、覚えていないからね」
迅は下を向いてアサリ探しを再開する。
はぐらかそうとしているのだろうか。やはり、あまり話したくないのかもしれない。
アクアは質問したことを後悔した。
アクアも、迅に倣って掘り始める。迅が黄緑のバケツにアサリを放った。
「実母に会ったことがある。高校生の時、僕が会いに行ったんだ。住所は知ってた。当時、実母は静岡市に住んでいて、小料理屋を開いてた。今は、山形に暮らしてるよ。スナックをやってるんだって」
迅は淡々とした調子で話を続けた。
「会いに行ったのは、自分の生物学的な母親がどんな人間だったのか、興味があったから。よくテレビでやってるような、産みの母にどうしても逢いたかったとか、そんな感情とは違う。僕はね、三崎の両親に大事に育ててもらったんだ。血の繋がりなどなくても、愛情だってちゃんとある。少なくとも、僕のほうには」
アクアはアサリを見つけて、ピンクのバケツに放った。
血の繋がりはなくても、愛情はある。
やはり迅と愛子は、実の親子に近い関係を築くのに成功したのだろうか。
「前に、愛子さんが北陸へバス旅行に行ったんだ。病院でテレビを見ていたら、北陸の山奥で観光バスの転落事故があったって、報道してた。愛子さんが山のほうへ行くって言ってたものだから、僕は途端に心配になって仕事に集中できなくなった。その後すぐに、連絡が取れて、愛子さんとは関係ない事故だって分かって安心したけど。これって、立派な愛情だよね」
迅はアクアに同意を求めるような視線を投げてきた。
「愛情だと思う」
アクアは答えた。
「話は戻るけど、実母に会って、僕が息子だって名乗った時、母は何て言ったと思う? 『一度は会ってみたかった。自分が産んだ男の子がどんなふうに成長したのか、興味があったから』だってさ」
迅は笑った。アクアも、つい笑う。
会話が途切れ、二人は再度、あさり採りに夢中になる。
いや、傍から見れば、夢中に見えるのだろうが、少なくともアクアは迅や迅の話のことばかり考えていて、手は無意識に動いていた。
やがてアクアは疲れてきて、何度も何度も立ち上がった。
アクアの様子に迅も立ち上がった。
「そろそろ引き上げようか。ずっと同じ姿勢は、さすがに疲れるよね」
アクアは同意すると、足を一歩、前に踏み出した。
そう言えばピンクのバケツはどこにあったのか。
探そうとしたのと、何かに足を引っかけて、それがバケツだと瞬時に理解したのと、思い切り干潟の上へ倒れ込んだのと、ほとんど同時だった。
「そんなに簡単に見つかったら、おもしろくないよ」
迅がクマデで、泥をガリガリやりながら答える。
その直後、泥の中に手を突っ込んで、「ほら」と、アクアに一匹のアサリを見せながら、得意げに微笑む。
アクアは悔しくなった。
急に競争心が湧いてきて、迅から少し離れた位置に移動し、黙々と掘り始めた。
ようやく、一匹、二匹と見つかり始めた。
一匹いたら、近くを集中的に探すと見つかりやすいという迅のアドバイスに従って、周辺や奥深くを掘る。
慣れない中腰の姿勢に疲れて、途中で何度か立ち上がった。
顔や首が汗まみれで、髪が肌に張りつき気持ち悪い。
アクア用の、ピンクのバケツの底を埋めるくらいの量になった。
そろそろ一人で掘るのも飽きてくる。
迅の収穫状況の偵察もかねて、アクアはバケツごと迅の傍に移動した。
迅の黄緑のバケツには三分の一くらい、アサリが入っていた。
アクアの完全な敗北だ。
「アサリ、ちょっと小さいんじゃないの。あまり小さいと可哀想だよ」
アクアはケチをつけた。迅はピンクのバケツを覗きこむ。
「アクアさんのだって。小さいの逃がしちゃったら、全部なくなっちゃうね」
迅が言い返してきた。アクアはしゃがみこみ、再び掘り始めた。
しばらく黙って掘りながら、アクアは一番に訊いてみたかった話を切り出した。
「迅君は、いくつの時に愛子さんの養子になったの?」
間が空いた。迅が手を動かしながら答える。
「赤ん坊の時」
アクアはさらに踏み込んだ。
「どうして養子になったのか訊いてもいい? 答えたくなかったら、いいけど」
迅は掘っている手を休めて、身を起こしアクアを見た。
「赤ん坊がね、あまりにも可愛かったものだから、母がね、愛子さんのことだけど、攫ってきたんだって」
「ふーん、なるほどね」
アクアはわざと首を大きく縦に振った。迅が笑った。
「僕もね、あまりはっきりしたことは知らないんだ。なにしろ、覚えていないからね」
迅は下を向いてアサリ探しを再開する。
はぐらかそうとしているのだろうか。やはり、あまり話したくないのかもしれない。
アクアは質問したことを後悔した。
アクアも、迅に倣って掘り始める。迅が黄緑のバケツにアサリを放った。
「実母に会ったことがある。高校生の時、僕が会いに行ったんだ。住所は知ってた。当時、実母は静岡市に住んでいて、小料理屋を開いてた。今は、山形に暮らしてるよ。スナックをやってるんだって」
迅は淡々とした調子で話を続けた。
「会いに行ったのは、自分の生物学的な母親がどんな人間だったのか、興味があったから。よくテレビでやってるような、産みの母にどうしても逢いたかったとか、そんな感情とは違う。僕はね、三崎の両親に大事に育ててもらったんだ。血の繋がりなどなくても、愛情だってちゃんとある。少なくとも、僕のほうには」
アクアはアサリを見つけて、ピンクのバケツに放った。
血の繋がりはなくても、愛情はある。
やはり迅と愛子は、実の親子に近い関係を築くのに成功したのだろうか。
「前に、愛子さんが北陸へバス旅行に行ったんだ。病院でテレビを見ていたら、北陸の山奥で観光バスの転落事故があったって、報道してた。愛子さんが山のほうへ行くって言ってたものだから、僕は途端に心配になって仕事に集中できなくなった。その後すぐに、連絡が取れて、愛子さんとは関係ない事故だって分かって安心したけど。これって、立派な愛情だよね」
迅はアクアに同意を求めるような視線を投げてきた。
「愛情だと思う」
アクアは答えた。
「話は戻るけど、実母に会って、僕が息子だって名乗った時、母は何て言ったと思う? 『一度は会ってみたかった。自分が産んだ男の子がどんなふうに成長したのか、興味があったから』だってさ」
迅は笑った。アクアも、つい笑う。
会話が途切れ、二人は再度、あさり採りに夢中になる。
いや、傍から見れば、夢中に見えるのだろうが、少なくともアクアは迅や迅の話のことばかり考えていて、手は無意識に動いていた。
やがてアクアは疲れてきて、何度も何度も立ち上がった。
アクアの様子に迅も立ち上がった。
「そろそろ引き上げようか。ずっと同じ姿勢は、さすがに疲れるよね」
アクアは同意すると、足を一歩、前に踏み出した。
そう言えばピンクのバケツはどこにあったのか。
探そうとしたのと、何かに足を引っかけて、それがバケツだと瞬時に理解したのと、思い切り干潟の上へ倒れ込んだのと、ほとんど同時だった。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる