藍色バース

弓川ルツ

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第3章

カッコウの卵-9

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 アクアは、すっかり途方にくれた。

バケツに蹴つまづいて無様に転んだせいで、顔も、おそらく髪も、シャツもジーンズも泥まみれになってしまった。海水が湿ってきて、気持ち悪い。

このリカバリーは、いったいどうしたらいいのだろう。

迅が、さもアクアを心配するような顔をしながら、その実、必死に笑いを噛み殺しているのを、アクアは見逃さなかった。

アクアは泥水を少しだけ掬い出し、迅の顔に掛けてやった。
こうなったら、一蓮托生だ。

迅は慌てて顔を逸らし、手で庇おうとしたが、アクアの不意打ちに当然、間に合わなかった。手で目や鼻を拭っている。

アクアは、やり過ぎたか、と反省した。怒ったかもしれない。
けれども迅は、普段どおりの口調で軽く抗議しただけだった。

「笑ってたでしょう?」
「笑ってないよ」
「笑うの、我慢してた。私には分かったよ」

迅はアクアの全身を見て、今度は遠慮なく笑い出した。

「アクアさんの転び方、素敵だったよ。豪快で。泥の上に、こう、ビシャンて」
迅は両手を前に伸ばして、転ぶ真似をして見せた。

アクアはピンクのバケツを起こすと、中から数匹ほど飛び出したアサリを拾い、バケツに入れて、さっさと歩き出す。

途中、岩場の上を慎重に歩いていると、年配の女性の三人組に出くわした。
一人がアクアの様子に、声を上げる。

「あらあら、可哀想に」
アクアは「大丈夫ですから」と、曖昧に笑顔を返した。

「近くにね、海水浴場があるよ。そこで洗ったら。近くと言っても、車で行かなきゃなんないけど」

迅が女性から、詳しい道順を聞いた。
アクアは、思いついて、一番近くの衣料品店の場所も聞き出した。

女性たちは親切にも自分たちの車から、タオルを持ってきて、応急的に、アクアの腕や足から泥を払い落としてくれた。何かに役に立つかもしれないからと、新聞紙をくれた。

迅とアクアは三人組に丁寧に礼を言って、別れた。

車を汚さない程度に、タオルで足の泥を払い落とした後、アクアは車に乗った。

「とりあえず、着替えを買いたいんだけど」

アクアの要望に従って、まずは衣料品店を目指した。
迅がナビを触り、場所を確認する。

衣料品店は、チェーン店系列で駐車場は広く、店舗も大きかった。

「Tシャツと、下はズボンなら何でもいいよ。迅君のセンスに任す」

泥だらけで、アクアはとても店には入れない。
不本意ではあるが、迅に頼むしかない。

「分かった」と言い、身を起こそうとする迅を、アクアは引き留めた。
「それからね。上下の下着も。悪いけど。染みてきちゃっているの」

迅は不安げに、アクアの顔を見る。

「でも、女の人の下着って、買ったことないし。……どうしても必要?」
「必要。私だって本当は、頼むの、抵抗があるんだから。あのね。お店の人に、姉が入院するからとでも言って、選んでもらうの」

迅の表情が明るくなった。

「そうだね。そうするよ」 
迅は車を出て行く。

一人になって、アクアは、家を出て行った時と違う服装の言い訳を考え始めた。

三崎さんの家に着いたら、愛子が畑に水を撒いていて、うっかり全身に掛けられてしまった、という口実はどうだろう?

それとも……?

買い物に行った迅が、あっという間に戻ってきた。
ドアを開けるなり、アクアに訊ねる。

「サイズ、訊いてなかったんだけど」
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