21 / 22
1章
第20話 side:D1 紫月蝕赤
しおりを挟む
巨大な影がある。
その影は空を仰いでいた。
見えるのは大きな月だ。月だけだ。
巨影の周りはゴツゴツとした無骨な岩で囲まれている。
あるのは上空にポッカリと空いた穴。そしてそこから見える月。
月は妖しく紫色に染まっていた。
今日は風が強いのか、あっという間に雲に覆われる。
そして月の光を失った巨影は漆黒に染まる。
『ふむ……どうしたものかな……』
巨影は呟く。
その声は岩肌に反射し重厚な声をより重々しく響かせている。
『主人よ。どうされたか』
巨影に比べかなり小さいが声を発するものがあった。
主人と呼ばれた影は答える。
『“蝕”の進行が早くなった』
『なッ!? 主人よ! どういうことでしょうか!?』
小影は困惑した声をあげた。
その声にはかなり緊迫した雰囲気が伺える。
『ユースよ、落ち着くのだ。現状では支障が出るほどのものではない。だが、ここ数百年無かったことではある。先の勇者の誕生を始め、何かが起ころうとしているのかもしれん』
『そ、そうですか。しかし一体何が……』
主人の言葉にユースと呼ばれた者は一度安堵のため息を漏らし、その後表情を曇らせた。
『わからぬ。儂の【月見】にも映りが悪い。ただの衰えであれば良いが……恐らくは違うのであろう』
『主人の【月見】で見通せぬものなど……ッ!?』
ユースは何かに思い当たったのか、言葉を止めそして緊張した気配を漂わせる。
『もしや……』
『その“もしや”じゃろうな。先ほども儂の予測と異なる波動を僅かに感知したところじゃ』
ユースは一度視線を落とし思案していたが、主人の言葉を聞き視線を上げる。
『波動自体は弱々しいものじゃ。それこそ通常であれば気づかぬ程の、な。じゃが、明らかに異質なものじゃったから気になっての』
『新たな“特異点”ですか?』
“特異点”
それはこの世界、ルードベルに於いては、吉兆と凶兆どちらにも転がる不安定なものであった。
『その可能性は高い。じゃが、今までに現界した“特異点”に比べるとこれも異常なほど弱い波動じゃ。現在は儂の感知にも引っかからぬ程に』
『……“特異点”の現出位置はどちらでしょうか?』
主人はピクッと僅かに反応を示す。
それはユースの言葉が意外だったのか、それ以外の反応だったのかはわからない。
『ふむ。行くのか? 既にそこには存在しておらぬかもしれんぞ? もしかすると消滅した可能性もある』
『無論です。少しでも不安要素があればそれを取り除く……それが我が役目。“特異点”により予想外の事態に陥った場合には、我のことは捨て置いていただければと存じ上げます』
主人は少し考えた後、口を開く。
『……なれば、教えようぞ。ここより北東にあるあの島じゃ』
『かしこまりました。何かあれば報告をいれさせていただきます』
『うむ。十分に気をつけて行くのじゃぞ。こちらでもわかったことがあれば報せを出そう』
軽く頭を下げ、ユースが下がった。
その直後、強風が巻き起こる。
そして風を切る音が聞こえた。
主人は空を仰ぐ。
僅かに漏れる月明かりの下、大きな影が翼を広げている。
三度羽ばたいた後、風を切り北東へと飛び去った。
『……いるのじゃろ?』
主人は視線を落とし、ゆっくりと後ろを見る。
そこには何もない。
いや、ボヤけた黒の中に僅かに光る何かがある。
瞳だ。
翠とそこから僅かに色彩を落とした蒼。
パッと見では気づかない程度のオッドアイの瞳がある。
明るいところでは瞳の違いに気付く者は少ないだろう。
色が原因……というわけではない。
答えは現れた者の姿だ。
その人物の格好は極彩色で彩られ、奇抜な異彩を放つ意匠を施した衣装をその身に纏っていた。
加えて、特異な帽子を被り、瞳の周りには星と月を象った化粧が施されている。
それ以外にも可笑しな点は多々あるが、一言でいえば道化師だ。
「おやおや……気づかれてしまいましたか」
『そら気付くワイ。そんな格好をしておればな』
軽口ではないが、軽い口調の道化師に主人はそう軽口で返す。
「……またまた。相変わらず面白いことを返すお方だ。ワタクシの隠蔽を簡単に破れる程の方はそう多くはいないでしょうに」
フフフと怪しく笑う道化師。それに対して主人は心底嫌そうな顔をしている。
『ハァ……嫌じゃのう。お主は苦手なんじゃよ。それで何の用じゃ』
「おや、そう言われるとワタクシもさすがに傷つきますよ」
グスンと涙を掬う仕草を返す道化師に主人は更に深いため息を吐いた。
その溜息を返事としたかのように道化師はパッと表情を変えた――
巨影と道化師がやり取りを進める遥か上空。
紫色の月。雲は晴れ、その色には赤い陰りが見え始めていた。
その影は空を仰いでいた。
見えるのは大きな月だ。月だけだ。
巨影の周りはゴツゴツとした無骨な岩で囲まれている。
あるのは上空にポッカリと空いた穴。そしてそこから見える月。
月は妖しく紫色に染まっていた。
今日は風が強いのか、あっという間に雲に覆われる。
そして月の光を失った巨影は漆黒に染まる。
『ふむ……どうしたものかな……』
巨影は呟く。
その声は岩肌に反射し重厚な声をより重々しく響かせている。
『主人よ。どうされたか』
巨影に比べかなり小さいが声を発するものがあった。
主人と呼ばれた影は答える。
『“蝕”の進行が早くなった』
『なッ!? 主人よ! どういうことでしょうか!?』
小影は困惑した声をあげた。
その声にはかなり緊迫した雰囲気が伺える。
『ユースよ、落ち着くのだ。現状では支障が出るほどのものではない。だが、ここ数百年無かったことではある。先の勇者の誕生を始め、何かが起ころうとしているのかもしれん』
『そ、そうですか。しかし一体何が……』
主人の言葉にユースと呼ばれた者は一度安堵のため息を漏らし、その後表情を曇らせた。
『わからぬ。儂の【月見】にも映りが悪い。ただの衰えであれば良いが……恐らくは違うのであろう』
『主人の【月見】で見通せぬものなど……ッ!?』
ユースは何かに思い当たったのか、言葉を止めそして緊張した気配を漂わせる。
『もしや……』
『その“もしや”じゃろうな。先ほども儂の予測と異なる波動を僅かに感知したところじゃ』
ユースは一度視線を落とし思案していたが、主人の言葉を聞き視線を上げる。
『波動自体は弱々しいものじゃ。それこそ通常であれば気づかぬ程の、な。じゃが、明らかに異質なものじゃったから気になっての』
『新たな“特異点”ですか?』
“特異点”
それはこの世界、ルードベルに於いては、吉兆と凶兆どちらにも転がる不安定なものであった。
『その可能性は高い。じゃが、今までに現界した“特異点”に比べるとこれも異常なほど弱い波動じゃ。現在は儂の感知にも引っかからぬ程に』
『……“特異点”の現出位置はどちらでしょうか?』
主人はピクッと僅かに反応を示す。
それはユースの言葉が意外だったのか、それ以外の反応だったのかはわからない。
『ふむ。行くのか? 既にそこには存在しておらぬかもしれんぞ? もしかすると消滅した可能性もある』
『無論です。少しでも不安要素があればそれを取り除く……それが我が役目。“特異点”により予想外の事態に陥った場合には、我のことは捨て置いていただければと存じ上げます』
主人は少し考えた後、口を開く。
『……なれば、教えようぞ。ここより北東にあるあの島じゃ』
『かしこまりました。何かあれば報告をいれさせていただきます』
『うむ。十分に気をつけて行くのじゃぞ。こちらでもわかったことがあれば報せを出そう』
軽く頭を下げ、ユースが下がった。
その直後、強風が巻き起こる。
そして風を切る音が聞こえた。
主人は空を仰ぐ。
僅かに漏れる月明かりの下、大きな影が翼を広げている。
三度羽ばたいた後、風を切り北東へと飛び去った。
『……いるのじゃろ?』
主人は視線を落とし、ゆっくりと後ろを見る。
そこには何もない。
いや、ボヤけた黒の中に僅かに光る何かがある。
瞳だ。
翠とそこから僅かに色彩を落とした蒼。
パッと見では気づかない程度のオッドアイの瞳がある。
明るいところでは瞳の違いに気付く者は少ないだろう。
色が原因……というわけではない。
答えは現れた者の姿だ。
その人物の格好は極彩色で彩られ、奇抜な異彩を放つ意匠を施した衣装をその身に纏っていた。
加えて、特異な帽子を被り、瞳の周りには星と月を象った化粧が施されている。
それ以外にも可笑しな点は多々あるが、一言でいえば道化師だ。
「おやおや……気づかれてしまいましたか」
『そら気付くワイ。そんな格好をしておればな』
軽口ではないが、軽い口調の道化師に主人はそう軽口で返す。
「……またまた。相変わらず面白いことを返すお方だ。ワタクシの隠蔽を簡単に破れる程の方はそう多くはいないでしょうに」
フフフと怪しく笑う道化師。それに対して主人は心底嫌そうな顔をしている。
『ハァ……嫌じゃのう。お主は苦手なんじゃよ。それで何の用じゃ』
「おや、そう言われるとワタクシもさすがに傷つきますよ」
グスンと涙を掬う仕草を返す道化師に主人は更に深いため息を吐いた。
その溜息を返事としたかのように道化師はパッと表情を変えた――
巨影と道化師がやり取りを進める遥か上空。
紫色の月。雲は晴れ、その色には赤い陰りが見え始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる