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第一章 幼児編

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闇の中に私は一人膝を抱いて小さくなっていた。
私の周りに、前世で私に言い寄ってきた男達が現れて、その時発した言葉や行動をして消えて行く。
怖くて更に小さくなる。何も見たくない。

『これで、君のファーストキスは僕のものだ』
『大人しくしてろよ。そしたら痛くないから』
『逃がさねぇよ。いいから黙ってヤラレろよ』

どうして…。

『あぁ…綺麗な血だ…』
『さぁ、僕の血を君の血と混ぜよう』

どうして、私ばっかりこんな…。

『……愛してるよ。だから、僕の為に死んで』

嫌よっ!!死にたくないっ!!死にたくないっ!!

「…願い…。お願い…。誰か、だれか、助けて…たすけて…」

もう誰に助けを求めていいのか分からない。
私を刺したあいつが包丁を持って、帽子の下の目を細めて、口を歪めて、迫ってくる。
この刃に刺されて私は命を失う。
分かってるのに。
前世の記憶を取り戻してから、もう何度見たか解らない夢。
私はこの末路を知っている。
こいつに刺されて死ぬって知ってる。
でも、死にたくない。
助けてほしい。誰か、誰か…。
闇の中で必死に手を伸ばして誰かに捕まれるはずなんてないのに…。
伸ばした手が落ちかけた、その時。

「美鈴っ!!」

誰かに手を掴まれて、私は闇から解放された。
瞼が開かれ、私の瞳には見慣れた天井が映る。
「鈴…大丈夫?」
頭上から声がして、見上げると、そこには不安そうな棗お兄ちゃんの顔があった。
「良かった、鈴ちゃん。目を覚ましたんだね」
反対の頭上から葵お兄ちゃんの声がする。
どうやら私、双子のお兄ちゃんに挟まれながら寝ていたらしい。
一体どうしてこんな状況になっているのか。
自分の記憶を辿る。それはそんなに思考しなくても直ぐにわかった。
(そっか。お兄ちゃん達の学校に行って。捕まって気を失ったんだっけ)
恐怖が強すぎてどんな奴だったかなんてまるで覚えてない。
後半にいたっては記憶のフラッシュバックで、真っ暗闇に覆われていた。
お兄ちゃん達の声さえ届いて居なかった。
お兄ちゃん達の声…記憶を少し巡ってはっとした。
そうだっ、棗お兄ちゃんっ!
「棗お兄ちゃんっ、怪我無いっ?何処も殴られてないっ?」
私は棗お兄ちゃんが、どっかの不良に羽交い絞めにされてた事を思い出して、慌ててその顔にぺたぺたと触れる。
すると、棗お兄ちゃんは呆れを含んだ苦笑を浮かべた。
「僕に怪我はないよ。勿論、葵にもない」
「むしろ、鈴ちゃんが一番の怪我人だよ」
「怪我人?」
「そう、『心』のね。本当に心配したんだよ」
「葵お兄ちゃん…。ごめんね。迷惑かけて」
これ以上ないってくらい迷惑をかけてしまったようだ。
謝ると、葵お兄ちゃんが私のおでこを軽く指ではじいた。びっくりして、葵お兄ちゃんを見ると、棗お兄ちゃんと同じような苦笑を浮かべていた。
「鈴ちゃんから迷惑何てかけられてないよ。鈴ちゃんがかけたのは心配」
「う、ん…。ごめんね」
なでなでと、葵お兄ちゃんが頭を撫でてくれる。棗お兄ちゃんがぎゅっと抱きしめてくれる。
心がどんどん落ち着いてきて、そこでようやく、現状に思考が巡った。
窓の方へ目をやると、朝日が差し込んできていて、しかも、ここが棗お兄ちゃんの部屋だと理解した。
見慣れた天井。私は棗お兄ちゃんと寝る心地よさを知ってから、自室では滅多に寝なくなってしまったから、見慣れた天井って事は、棗お兄ちゃんの部屋な訳だ。
今何時だろう?時計に視線を動かして、ぎょっとした。
棗お兄ちゃんの学習机の椅子に鴇お兄ちゃんが長い足を組んで、更に腕を組んで眠っていたから。
「鴇お兄ちゃん、もしかしてずっとそこにいたの?」
「うん。いたよ」
「鴇兄さんも心配だったんだよ。鈴の事が」
制服も着替えないで、ずっといてくれたんだ…。
確かに葵お兄ちゃんが言う様に、私は家族にすごく心配をかけたようだ。
でも…なんでかな?
前世ではママ以外私を心配してくれる人なんていなかったから、…凄く嬉しい。
知らず笑みが浮かぶ。
もそもそとベッドから抜け出して、私は鴇お兄ちゃんに歩み寄る。そっと、その足に手を乗せて、軽く揺すった。
「鴇お兄ちゃん、起きて。朝だよー」
「…ん…?」
ゆっくりと開く瞼。その瞳を覗き込み微笑むと、鴇お兄ちゃんは今度こそ覚醒した。
「美鈴。目を覚ましたのか?」
「うん。おはよう。鴇お兄ちゃん」
「何処か痛む所はあるか?怪我は?」
「大丈夫。むしろお兄ちゃん達に守られて眠ったから絶好調だよっ」
えへんっ!
胸を張ると、鴇お兄ちゃんは私のおでこを指ではじいた。本日二度目です。
「っとに。あんまり心配させるな。無事で良かった。本当に」
そう言って私を抱き上げる鴇お兄ちゃんの首に腕を回し、その肩に額を摺り寄せる。えへへ。
「鈴が目を覚ましたんだし、皆に知らせに行こう」
「うん。そうだね。鴇兄さん、行こう」
背後から双子のお兄ちゃんの声がする。それに鴇お兄ちゃんが頷くと、私を抱き上げたまま立ち上がり、お兄ちゃん達三人は部屋を出てリビングへと向かった。
リビングへ入ると、そこにはママに誠パパ、おばあちゃんと何故か金山さんと四人揃っていた。
「美鈴っ、もう大丈夫なのっ!?」
私の姿を見るなり、ママが駆け寄ってくる。大丈夫だと伝えると、ほっと胸を撫で下ろし、デコピンされた。今日三度目なんだけど…。しかもママの超痛い。
「どうしてもっと上手く立ち回らないのっ!?」
「えっ!?そこ怒るのっ!?ちょっと理不尽じゃないっ!?大体ママが行けっていったんじゃないっ!!」
「ママは昨日鴇達に散々怒られたからいいのっ!!」
「私に八つ当たりしないでよっ!!」
ぎゃんぎゃん言い合っていると、鴇お兄ちゃんがブレイクブレイクと間に入ってくれた。
けど、ママの八つ当たりが酷かったのには、お兄ちゃん達は同情してくれた。優しい。
私達は金山さんが作ってくれた朝食(滅茶苦茶美味しいのっ!!)を頂きつつ、昨日の顛末をお兄ちゃん達に教えて貰った。
どうする?私、家族のみならず、透馬お兄ちゃん達にも盛大な迷惑をかけてるよ?
いや、まぁ、確かに星ノ茶高校の生徒が悪いってのは分かるけど、でもねぇ…。
「何か、お礼、出来ないかなぁ…」
「鈴ちゃん?」
ぽつりと呟いた言葉に隣に座っていた葵お兄ちゃんが反応した。首を傾げてるその姿はちょっと反則な気がします。男の子も可愛い瞬間はあるんです。いや、ほんとに。
「お世話になっちゃったし、でも、昨日言ってた遊園地デートは流石にちょっと、だし。それ以外でどうにかお礼出来ないかな~?って」
いっつも料理ってのも、あれだし。どうしよう…。
考え込んでいると、ママがパンッと手を叩き、いい案があるわと宣言した。
「皆で私の実家に遊びに行きましょうっ」
「え?お祖父ちゃんの所に?」
「えぇっ。夏休み丸々使って遊びに行きましょうよっ。誠さんも紹介したかったし丁度いいわっ」
「皆でって、透馬お兄ちゃん達も誘って?」
「そうよっ」
「でも、部活とかあるんじゃない?」
良い案だと思うけど、でも、あの三人は色んな意味で人気者だし、流石に夏休み丸々ってのは無理なんじゃ…?
「いや。俺達生徒会は基本的に部活動は禁止されている。部活動の手伝いは出来ても、入部は出来ないんだ。だから、不本意だが問題ない」
「葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんも部活は?」
「それは問題ないわっ。お義父さんが空手、柔道、合気道一切合切やれるからっ」
あぁ…そう言えばそうだった…。
「誠パパは嫌じゃない?」
私達が言う実家って言うのは、私にとっての実の父親の実家の事だ。ママの両親は二人共亡くなっており、パパの実家で育てられていた。だからパパの実家はママの実家でもある。とは言え、前夫の実家とは行き辛いのでは?
そう思って誠パパの顔色を窺うと、
「嫌な訳ないよ。きちんと挨拶をしなきゃと思っていたから」
けろっとした返事が返ってきた。
なら、いいのかな?
「そうと決まったら早速電話しなきゃっ」
ママがいそいそと携帯を取り出して電話をかけている。
「なら、俺もあいつらに連絡しとくか」
鴇お兄ちゃんも携帯を取り出してメールアプリを開いて、グループトークにお誘いを流していた。
予想外の流れに唖然としつつも、突然現れた旅行に私はわくわくと心を躍らせるのだった。

実家への里帰りの話をしたのが昨日。
そして、何故か翌日の今日。出発となった。何故だ。
おかげで昨日は凄く忙しかった。何せ荷造りが必要だったから。
だって夏休み丸々だよ?それなりに着替えも量が必要になってくる。いくら洗濯機借りれるからって、そう何日も着まわせられないでしょ。
お兄ちゃん達は部活や学校の先生に連絡したり、友達に連絡したり、私はママが荷造り出来ないから代わりにやったりとか。
あれ?私昨日朝まで気を失って寝込んでたんだよね?と疑問に思う位の忙しさだった。
で、準備が終わって棗お兄ちゃんに抱き着いて深く眠って。
現在―――朝の四時。
すっごく眠いんだけど、鴇お兄ちゃんに起こされた。
眠い目を擦り、起こされた理由を尋ねると、鴇お兄ちゃんはにやりと笑った。
「美鈴。あいつらに悪戯しかけないか?」
いたずら…悪戯…?
眠気が邪魔をして脳内に単語が入ってこない。
えーっと…悪戯って…えっ?悪戯っ!?なに、その楽しそうな話っ!
漸く理解して、私は手を上げた。
「やるっ!なにするのっ?鴇お兄ちゃんっ」
わくわくと胸が躍る。
「それは行きながら説明する。ほら、とにかく着替えて来い」
「んっ、わかったっ」
私はいそいそとベッドから降りて、自室へと戻り、着替える。
セーラー系の袖なしワンピース。胸におっきなリボンがあるのが特徴。ママはとにかく私にワンピースを着せたがる。他の服もない訳じゃないけど、着替えるのも楽だし、いっかなみたいに私も思ってる。
洗面所へ行き髪をブラシで梳いていると、そこに葵お兄ちゃんが入って来た。
「鈴ちゃん。やってあげるからブラシ貸して」
「ありがとう、葵お兄ちゃん」
素直に持っていたブラシを渡すと、葵お兄ちゃんが優しく髪を整えてくれる。
「今日は三つ編みにしようか」
「うんっ」
日に日に葵お兄ちゃんのスキルが上がっていってる気がするのは気のせいだろうか?
横髪で三つ編みを作って後ろで一つに結んでくれた。
「はいっ、完成っ」
「ありがとうっ、葵お兄ちゃんっ」
ぎゅーっと抱き着くと葵お兄ちゃんが頭を撫でてくれる。この瞬間はかなり好き。自然と笑みが浮かびすりすりとお兄ちゃんの胸に額を摺り寄せた。
「こらこら、嬉しいけど折角セットしたのに崩れちゃうよ?」
「あ、そっかっ」
すりすりダメだね。ぐっと我慢して葵お兄ちゃんに向かって微笑んで、やっとどうしてこんなに朝早く葵お兄ちゃんが起きたのか疑問に思った。
んん?首を傾げると、葵お兄ちゃんは微笑んだ。
「鈴ちゃん、覚えてないの?出発時間五時だよ?」
「えっ!?そうだっけっ!?」
「昨日急に佳織母さんが言ってたけど、鈴ちゃん聞いてなかったの?」
聞いてなかったって言うか、多分私それ所じゃなかったんだと思うの。大体ママの分の荷造りでバタバタしてたし。
「昨日その話した時、鈴いなかったんじゃない?」
棗お兄ちゃんが洗面所に入って来て、歯ブラシに手を伸ばした。
「あぁ、そうか。鈴ちゃんお風呂入ってた時だったっけ?」
葵お兄ちゃんもコップに手を伸ばす。私はもう顔も洗ったし歯も磨いたから場所を明け渡し、玄関で待つ鴇お兄ちゃんの下へ急いだ。
「美鈴、お前の荷物はこれだけか?」
キャリーケースを持って訊ねられ、頷く。ママのも全部入っている。勿論ママの仕事道具であるパソコンも入ってるよ。きっとママ置いて行く気満々だからねっ。絶対今回の旅行だって締め切りからの逃亡が含まれてる筈だ。田舎で電波が届かなくても電気さえあればパソコンは動くからね。逃がさん。
玄関に荷物をまとめて置くと、私は鴇お兄ちゃんと一緒に外に出た。今回、ママ達の準備手伝いの為、棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんは悪戯に不参加です。
さて、鴇お兄ちゃんが言う所のあいつらである三人の所へ私達は向かう。三人の家は商店街にあるから鴇お兄ちゃんと一緒にてくてくと坂道を下る。
「ねっ、ねっ。鴇お兄ちゃんっ。どんな悪戯するの?」
並んで歩きながら、鴇お兄ちゃんを見上げる。身長が高いから正直首が痛い。すると足を止めて私を抱き上げると、また人の悪い笑みを浮かべた。
「あいつらに待ち合わせ時間の変更を言ってないんだ。だから、襲撃しようと思ってな」
「おおーっ」
世に言う寝起きドッキリって奴ですねっ!やだ、楽しいっ!
「美鈴、ちょっと聞きたいんだが」
「なぁに?」
「お前、自分から男に触れるのは、平気なのか?」
言われて、きょとんとしてしまう。
考えた事なかったな。記憶を探ってみると、確かに自分から触れる分には怖いけど大丈夫かもしれない。
男の人に急に抱き着かれたりすると、絶叫もんだけど。
「覚悟して触れる分にはちょっと怖いけど、平気だよ」
「そうか。じゃあ、思いっきり脅かしてやろうな」
やっぱり悪い笑みを浮かべてる。えーっと、昨日何かあったんでしょうか?
私が気を失っている間に、鴇お兄ちゃんをここまでさせる何があったのかなー?
「そういや、美鈴。お前いつから棗と一緒に寝るようになったんだ?」
「え?」
「昨日気絶したお前を部屋に運ぼうとしたら、棗が自分の部屋に運んでくれって言ったんだよ。いっつも僕の部屋で一緒に寝てるから、そっちの方が美鈴も起きた時安心するだろうからって」
あぁ、だから目覚ました時棗お兄ちゃんの部屋にいたんだ。納得。
私は棗お兄ちゃんと一緒に眠ると爆睡できると説明すると、鴇お兄ちゃんがそうなのかと納得してくれた。なんでかと聞かれても答えられないから、納得して貰えて助かった。
「けど、昨日葵が棗にずるいを連発してたから、もしかしたら何日かは葵も一緒に寝るかも知れないな」
なんて笑いながら言われた。それは別に私としては全然構わないんだけど、棗お兄ちゃんのベッドに三人…狭くね?
今日も二人が私にピッタリくっつく形で寝てたからどうにかなったものの…。
それにこうして寝られるのも今だけだし。小学校高学年辺りからはどんなに寝られなくても一人で寝なきゃ、だしね。
うんうん。と勝手に自己完結している内に、気付けば商店街に到着していた。私の歩幅だともっと時間がかかる距離も鴇お兄ちゃんの長い足だとあっという間だ。
「まずは、大地の家だな」
そう言いながら、鴇お兄ちゃんは大地お兄ちゃんの家。要するに八百屋さんに向かう。
朝市の為準備に忙しそうなお店を二人でひょいっと覗くと、私達に気付いた大地お兄ちゃんそっくりの二人がこっちを見て驚いた。
「あれ?鴇じゃねぇか」
「どうした?大地に用か…って、なんだ、その子っ!?」
わ、私の事かなっ!?こっちガン見されてるから私の事だよねっ!?
流石に逃げるのは失礼だから、ぎゅっと鴇お兄ちゃんに抱き着いて、ぺこりと頭だけ下げた。
「妹の美鈴です。二人で大地を迎えに来たんですが…」
「あぁー、この子が家の両親のアイドルか。噂は兼兼。確かに可愛いなー」
「だなぁ。美鈴ちゃん、トマト食べる?」
何故かミニトマトを渡された。断るのもおかしいよね。
「あ、ありがとう。お兄ちゃん…?」
受け取って笑ってお礼を言う。すると、二人は互いに顔を見合わせて、何かぼそぼそと話し始めた。
何を言っているのか全然聞こえない。けど、鴇お兄ちゃんはそれを気にした様子もないから、良い事にした。
ミニトマトのヘタを取って口に入れる。あ、これ、フルーツトマトだ。
「甘くて美味し~い」
美味しくて頬が緩む。にこにこ。
「良かったな、美鈴」
なでなで。撫でられてさらにニコニコ。
バタンっ。ドンドンドンっ。
ん?二人が真っ赤な顔して床を叩いてる。なんかデジャヴ?
鴇お兄ちゃんが「はぁ」と溜息をついて、その二人を無視してズカズカと店に入ってしまう。
え?え?大丈夫なの?人様の家だよ?
わたわたとしていると、鴇お兄ちゃんがいつもの事だから気にするなと靴を脱いで家の中へ入る。
待って待って。私靴脱いでないっ。
お兄ちゃんの腕から降りて、靴を脱いで先を歩くその後ろ姿を追い掛けた。
大地お兄ちゃんの家って、結構和風の家なんだなー。
ドアじゃなくて襖な所が尚更そう思う。鍵がかからないって防犯上大丈夫なのかなー?
でも、こんだけ逞しい系の男子がいるんなら大丈夫なのかもしれない。そんな所に泥棒に入ろうとするチャレンジャーはそうそういないだろうし。
大地お兄ちゃんの部屋と思わしき場所で、鴇お兄ちゃんはそーっと襖を開けた。
「兄貴達ー。入る前に一声かけろっていっつも言ってる筈なんだけどー?」
こっちに背中を向けて何かしている大地お兄ちゃんがこちらを振り向かずに言う。
その姿に鴇お兄ちゃんは悔しそうに舌打ちした。
「ちっ。やっぱり起きてやがったか」
「鴇お兄ちゃん、悪戯失敗?」
「って、この声、鴇に姫ちゃんっ!?」
姫ちゃんって何っ!?むしろこっちが驚いたんだけどっ!?
大地お兄ちゃんが立ち上がり、歩いてきた。
「おはよう、大地お兄ちゃん。お迎えにきたよー」
「え?でも、早くないっ?」
「早まったんだ。だから襲撃してみた。昨日の内に準備終わらせろって言っといただろ?行くぞ」
けろっと言うけど、鴇お兄ちゃん、それ結構酷いよ?
しかも、今、朝の四時だからね?普通は起きてないからね?
「そうなんだー。じゃあ、行こうかー」
こんな鴇お兄ちゃんに慣れっこなのか、大地お兄ちゃんは机の側に行き、置いてあったおっきなスポーツバッグを持って戻ってきた。
「もう準備できてるの?」
「ん?あぁ。オレ、良く部活の遠征とか付き合わされるから慣れてんのさー。早起きも八百屋の宿命ってねー」
「そうなんだー」
私達は店と家の境目に戻って、靴を履き二人のお兄さんに礼を言って、大地お兄ちゃんを引きつれ店を出た。
「お前っ、大地ずりーぞっ!!」
「俺達も連れてけっ!!その天国にっ!!」
「朝から五月蠅いよー。兄貴達ー」
と背後で何やら攻防戦を繰り広げているけど、鴇お兄ちゃんは気にするなって言うから、気にしない事にした。
次は、奏輔お兄ちゃんの家。呉服屋さんらしいけど、入るのは初めてかも。
そもそも呉服屋さんって、朝市とかないよね?
皆寝てるんじゃ…?
不安に思ってるのに、二人は気にせず店の裏手に回って、家の玄関からさっさと靴を脱いで、大地お兄ちゃんは玄関に持ってたバッグを置いて、奥に入っていく。
置いて行かれたくないから、私も後を追うけども、本当にいいのー、これ。
二階に奏輔お兄ちゃんの部屋があるらしく、迷いなくお兄ちゃん達は階段を上がっていく。
ほ、本当にいいの、これー?
ドキドキするよー。寝起きドッキリかける所か私がかけられてる気がするよー。
鴇お兄ちゃんは先を進んでしまったから、私は目の前を歩く大地お兄ちゃんの人差し指を握った。
「ひ、姫ちゃん…?」
「ご、ごめんねっ、大地お兄ちゃんっ、でも、ちょっとだけっ、…握っててもいい?」
おずおずと聞くと、大地お兄ちゃんは良い笑顔で逆の手で親指を立ててOKしてくれた。
良かった。ちょっと安心。
二階の奥の部屋が奏輔お兄ちゃんの部屋らしく、鴇お兄ちゃんはそっとドアを開けて、私達三人は足音を殺して中へ入る。
奏輔お兄ちゃんは案の定、すやすやと寝ていた。ベッドの上の山が規則的に上下に揺れている。
じっとそれを見てると、鴇お兄ちゃんはベッドの近くによって私に手招きをした。
誘われるまま、近くによると、鴇お兄ちゃんが私を抱き上げ、耳元で囁く。
「(思いっきり踏みつけてやれ)」
鴇お兄ちゃんのにやり顔を見ると、どうやらこれが悪戯だったらしい。
要するにあれだよね。子供が仕事で疲れてるパパを起こす時にやる、あれ。そう言えば私、やったことないかもっ。
にやりと私も笑う。そっと鴇お兄ちゃんが奏輔お兄ちゃんの上に私を設置して、手を離した。
美鈴、投下ーっ!!

「えいっ!!」

ボスッ!!

「―――っ!?いきなり何すんのやっ、お姉っ!」
旨い事お腹の上に落ちようと思ったのに、奏輔お兄ちゃんはぐるっと回転して私達の渾身の一撃を避けてしまった。残念。
「…って、ん?」
「おはよー?奏輔お兄ちゃん」
むっくりと起き上がって抗議する奏輔お兄ちゃんの顔を真正面から見て挨拶をする。
「よう。おはよう。奏輔」
「おっはよー」
追い打ちの二人の挨拶。そこでようやく状況を理解したらしく、奏輔お兄ちゃんが笑った。
枕元に置いていた眼鏡をかけて、
「おはようさん。鴇、大地、それからお姫さん」
と挨拶してくれた。
でも、はい、ちょっと待って。
その姫ってなんなの?ねぇ、姫ってなんなの?
「で?時間の変更か?」
「そうだ」
「了ー解。ほな、準備しよか」
ねぇ、姫ってなんなのさー。
とは言える雰囲気ではなく、私はもそもそとベッドの上から降りて、鴇お兄ちゃんと大地お兄ちゃんと一緒に廊下へ出た。
そんなに時間もかからず、奏輔お兄ちゃんも廊下から出て来る。あ、奏輔お兄ちゃんもスポーツバッグなんだ。
靴を履いて玄関を出る。
二人共あんなに大きい鞄を軽々持ってる。凄いなぁ。いいなあ。あの力。欲しいなぁ。そしたら何かあっても抵抗できるのになぁ。
お兄ちゃん達が三人で話して、ふざけあってるのを見ながらそんな事を考えていると、最後の透馬お兄ちゃんの家。肉屋さんに着いた。
肉屋さんは朝市あるもんね。開店準備してる所へ私達は入っていく。
「あらっ?あらあらあらっ?美鈴ちゃんじゃないっ」
「お姉さん、おはようございますっ」
「おはようっ。今日もお人形さんみたいに可愛いわね~」
「お姉さんはいつも以上に輝いてますね~」
「あらやだよー、この子ってば可愛いことをっ!!」
透馬お兄ちゃんのお母さんに抱きしめられて頬擦りをされる。けど、女性だから全然怖くないし、むしろ嬉しい。
「でもこんな朝早くにどうしたんだい?」
「透馬お兄ちゃんの迎えに来たの~」
「あぁ。あの馬鹿息子を、夏休み中預かってくれるんだって?ありがたいったらないねぇ。ごめんよ~。まだ起きてないんだよ。今叩き起こしてくるからね」
お姉さんのスリスリが痛くなってきました。力がこもってきてるんですねー。透馬お兄ちゃんに対しての怒りからかなー?
「いえ。大丈夫です。おばさん。俺達が起こしてきますから」
私をお姉さんから取り上げて、鴇お兄ちゃんが必殺スマイルを魅せる。あえて見せるではなく魅せるでお願いします。
「そうかい?じゃあ、よろしく頼んだよ」
「はーいっ」
代表して私が返事をして、私達は店の裏へ回って玄関を開けて入っていく。
やっぱりお兄ちゃん達は勝手知ったる何とやらで、玄関に荷物を置いて中へ進む。
今回は、お家の人に許可取ってるから堂々と歩いていいもんね。
奏輔お兄ちゃんの家と違って、ちゃんとお兄ちゃんの後ろを追った。
透馬お兄ちゃんの部屋は一階の階段脇。
そっとドアを開けると気持ち良さそうに爆睡中。
足音を立てないように、抜き足差し足忍び足で近寄って。
奏輔お兄ちゃんの時と同じく、鴇お兄ちゃんに持ち上げられて、透馬お兄ちゃんの上にセット完了っ!
本日二度目。美鈴ちゃん、投下ーっ!!

「えいっ!!」

ドスッ!

「ぐはっ!?」

透馬お兄ちゃんのお腹に見事落下成功っ!!
突然の襲撃に透馬お兄ちゃんは、最初何が起こったのか理解していなかったけれど、私が透馬お兄ちゃんの上から顔を覗き込むと、はっとして視線を巡らせた。
その視線の先に、鴇お兄ちゃん達を見て、完全に理解したようだ。
「お前ら…、酷ぇ起こし方するな…」
「酷い?幸せだろ?俺の可愛い妹に起こして貰ったんだから」
いや、鴇お兄ちゃん。この起こし方は十分酷いと思います。楽しんでやった私が言える事ではないですが。
結構鳩尾に入ったと思うのですよ。うんうん。
「確かに。ベッドの上にちょこんと載ってる姿は可愛かったで?」
「オレも寝てたら良かったなー。正直ちょっと二人が羨ましいー」
「ほらみろ」
「あのなぁ…」
透馬お兄ちゃんが上半身を起こす。って、わわっ!?後ろに転がるっ!!
上に馬乗りになってた私は、透馬お兄ちゃんが起き上がった所為で後ろに転がりそうになるけれど、透馬お兄ちゃんが咄嗟に私を抱き寄せて何とかベッドから転がり落ちる事は避けれた。
「あ、ありがと、透馬お兄ちゃん」
「どういたしまして。姫」
ウィンク。透馬お兄ちゃんには似合うよなぁ…。
…所で、姫って本当になんなの?もういっそ聞いちゃおうかなー…。
「んで?なにしに来たんだ?」
「お迎えにー」
私の頭を撫でてくれる透馬お兄ちゃんに私はニコニコと笑って答える。
「は?迎えって、今日の昼に出発じゃなかったのかよ?」
「早まった」
「はああ?」
お兄ちゃん達がにやにやと笑ってる。あ、分かった。これ、鴇お兄ちゃんが本当に悪戯したかったのは透馬お兄ちゃんだったんだ。
他のお兄ちゃん達はどんな反応するか分かってやってたんだなー。
「はぁ…。ちょっと待ってろ。直ぐに準備する」
なら私は降りようかな。
と思ってたんだけど、透馬お兄ちゃんの手が腰に回ったまま離れない。
それどころか兎に角頭を撫でて撫でて、幸せそうにしている。
ど、どうしよう。
「透馬お兄ちゃん?準備しなくていいの?」
「…はぁ~…。可愛いなぁ…。七海にはこんな時、一瞬たりとも無かったぞ…」
「あの、透馬お兄ちゃん?」
「んー…可愛い」
うぅ…聞いてくれない。
「鴇お兄ちゃぁん…」
助けを求めると、透馬お兄ちゃんの側ににっこりと悪魔の笑みを浮かべた鴇お兄ちゃんが立っていて。

―――ゴンッ!

「いってえええっ!!」

拳骨が透馬お兄ちゃんの脳天に落ちた。
凄い音が鳴ったな。そりゃ殴られた頭抑えて悶絶もするよね。
大丈夫かな?擦ってあげようかな?
私が手を伸ばした、その時。

バンッ!

突然ドアが開き、

「透馬、五月蠅いっ!!こんな朝っぱらから何騒いでんのよっ!!」

女性の声が響き渡った。透馬お兄ちゃんのお母さんの声ではない。
じゃあ、誰だろう?
そう思って声がした方を見ると、そこには明らかに透馬お兄ちゃんと血縁関係であろう女性が立ってこっちを見ていた。
女性は私を見て、目を丸く見開いて、駆け足でこちらへ来ると、何故か透馬お兄ちゃんを殴った。
あぁ、何も同じ所殴らなくても…。
頭を抱えてベッドに沈んだ透馬お兄ちゃんを見て流石に同情する。
「ちょっと透馬っ!こんな小っちゃくて可愛い子ですら襲うってどう言う事よっ!?」
へ?いや、襲われてませんよ?むしろこっちが襲撃をかけました。
って言うかもし襲われてたら、私泣き叫んで、硬直して、気を失ってます。はい。
今はほら。自分から触りに行ってるし、鴇お兄ちゃんもいるから大丈夫。
でも絶賛勘違い中のその人は私を抱き上げて、ぎゅーっと抱きしめた。
「怖かったねーっ!ごめんねっ!!今、あのゴミ、ボコにしてタコにして海に捨てるからねっ!!」
「ご、ごみ…あ、あのねっ、お姉ちゃんっ、違うのっ」
目が、目が怖いっすっ!!人を殺さんとする目ですっ!!
ちゃんと誤解を解かないと、透馬お兄ちゃんが海野藻屑になっちゃうっ!!
「あぁ…くぁわいいい…」
すりすりすりすり…。頬擦り…。
えーっと、えーっと。
どうしたらいいのか解らなくて思考が停止する。
「七海ちゃん、落ち着いてー」
「あれ?大ちゃん?」
「完全に俺らの事、気付いてへんかったな」
「奏くんも?あれ?なんで?」
「こいつの迎えだよ。それからとりあえず俺の妹を返して貰えるか?」
「えっ!?あ、そっかぁ。この子が噂の白鳥家の美少女かぁ。納得の可愛さだわ。可愛い可愛い」
「あ、あの、お姉ちゃん?」
鴇お兄ちゃんが腕を広げて返せと言ってるのに、完璧無視のお姉ちゃんである。
しかし、七海って言ってたっけ?妹がいるって設定は微かに覚えてるけど、こんなに激しい妹だったのかな?
そもそもゲーム本編なんて、ここまで深く掘りこまないから、解らないよ。あぁ、もう、神様。頼むからこの記憶のフィルターを解除して。本当に、困るの。ただでさえ私、男性恐怖症って言うハンデ負ってるんだからさ。
ゲームの世界が現実になってるのなら、色々誤差が出て当然なんだから、ヒント位寄越して、私の負担軽減してよー。大体、関わらずに生きようとしたのに、即行でヒロインに対する補正が入って、こんなに攻略対象に面識が出来るってどう言う事なの?
神様、私にどうして欲しいの?助けてほしいわー。切実に。
ぼんやりと私が脳内で神様に文句を言っていると、気付けば、鴇お兄ちゃんの腕の中にいた。
「鴇君っ!その子頂戴っ!!」
「いや。無理だ。断る」
「んなこと出来るかっ!!馬鹿妹っ!!」
「欲しい欲しい欲しいっ!!」
「ダダ捏ねんなっ!!」
「透馬っ!五月蠅いっ!!私は鴇君と話してるのっ!!」
え?人が思考の海に溺れてる最中に一体どうしてそんな話になってるの?
って言うか、透馬お兄ちゃんが何故か頑張ってる。鴇お兄ちゃんは二人の喧嘩丸無視だよ?
小首を傾げて鴇お兄ちゃんを見ると、ん?とただ笑顔で返される。
「さて、そろそろ行くか。時間だ」
「そうだねー」
「透馬、さっさと準備せぇ。ほな、先行っとるで」
あらー。問答無用なのね。
私達がぞろぞろと家の外へ出て、暫く待っていると、ズタボロになった透馬お兄ちゃんがその手にスポーツバッグを持って出て来た。
「同じ妹って生き物なのに、どうしてこうも違うんだ…?」
ううーん。そればっかりは私にはどうにも…。あぁ、でも。
「七海お姉ちゃん、かっこいいなぁ…」
ぼそりと呟く。
皆集まったので白鳥家へ帰ろうとしていた、四人の足が止まった。
私は相変わらず鴇お兄ちゃんの腕の中だから、必然的に止まる事になるのだけど。
なんで足を止めたんだろ?
それはそれとして、今日見た七海お姉ちゃんに意識を巡らせる。
かっこよかったなぁ。戦える女って感じで。憧れる…。
「七海お姉ちゃんみたいになれたら…」
私も男性を怖がることもなくなるんじゃないかなー、とか。
思ってみたりしたんだけど。四人が、

『やめてくれ』

と声を揃えて悲痛な表情で言うので、頷くしかなかった。
商店街を抜けて、お馴染みの坂道を上っていると、それまで雑談をしていた、奏輔お兄ちゃんが「あっ」と何かを思い出したように足を止めた。
ごそごそと鞄の中に片手を突っ込んで漁ると、私の前に小さな袋を差し出した。
「?」
小首を傾げて、奏輔お兄ちゃんを見ると、奏輔お兄ちゃんは優しい瞳で微笑んだ。
そっと受け取って、その紙袋を開くと、中には藤色のちりめん生地で作られたフリルのついたシュシュが入っていた。可愛いっ!!可愛いけどっ!!
「奏輔お兄ちゃん?これ…」
「貰って?一昨日怖い思いさせたからな」
「え?でも、それは…」
殆どの原因は私にある訳で。奏輔お兄ちゃんからお詫びを貰う事じゃない。
むしろ私がお詫びを渡さなきゃいけないくらいで。
そう思って躊躇っていたら、
「考える事は皆一緒かー」
「だな」
「はい、姫ちゃん」
「え?」
「こっちも、はい、姫」
だから、その姫って何?
いや、違うっ。つい現実逃避をしてしまった。
目の前に布のラッピング袋と小さな箱。
この状況はなんなの?
「気にせんと貰っとき。でないと俺らの気がすまんからな」
奏輔お兄ちゃんに促されて、まず大地お兄ちゃんの持ってる袋を受け取り、リボンを解くと中を覗く。
「うさぎさんだっ」
取り出してじっと見つめる。つぶらな瞳が可愛い、真っ白なウサギさんのぬいぐるみ。ふわあ、可愛いっ。
今度は、透馬お兄ちゃんから箱を受け取って、中を見る。そこにはクマさんのついたネックレスが入っていた。これも可愛いっ。クマさんがクラウン付けてるーっ!!可愛いっ!!
これ、多分透馬お兄ちゃんの手作りだよねっ!?だって銀細工だもんっ!!
「良かったな。美鈴」
鴇お兄ちゃんに言われて、あまりの可愛さに逆上せていた自分を落ち着かせる努力をする。
でも、嬉しくて。ほら、前世から男の人から贈られるものって、色々な下心満載で受け取ったが最後何されるか分かった物じゃなかったから。こうして純粋にものを贈って貰うのは初めてで。
緩む頬のまま、私は多分満開の笑顔で。
「お兄ちゃん達、ありがとうっ」
お礼を言った。早速使おうっ!
葵お兄ちゃんが結んでくれたゴムの上から奏輔お兄ちゃんに貰ったシュシュを付けて。透馬お兄ちゃんから貰ったネックレスを首から下げて、大地お兄ちゃんから貰ったぬいぐるみを抱きしめる。
「ねっ?ねっ?お兄ちゃん達っ、どう?似合う?」
鴇お兄ちゃんの腕から降りて、くるんっと回転する。
「あぁ、とっても似合うよ。美鈴」
「うん。可愛いー。オレも妹欲しくなるくらい可愛いー」
「全てが可愛い。妹って可愛いもんだったんだって思い知らされる位に可愛い」
「お姉達に、も一度おかんの腹の中からやり直せ言いたいくらい可愛いな」
えへへ。褒めて貰って増々嬉しくなり、ニコニコと笑みが浮かび続ける。なんか言葉の最後にちょっと怖い言葉が聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだと思う。
三人が頭を撫でてくれる。ちょっと怖いけど、ぐっと我慢してその手を素直に受ける。すると三人も笑ってくれて私はまた嬉しくなった。
「さて。本当にそろそろ急ぐぞ。時間になる」
「うんっ」
もう一度、鴇お兄ちゃんに抱っこされて、私達は少し急ぎ足で、家へと帰った。
坂を上り切って、家の前に止まっている車を見て、私達は絶句した。
あれは何?どっからどう見てもリムジンなんだけど。え?誰か来てるの?お客様?
白鳥財閥に関する人が来ててもおかしくないから、あってもおかしくはない、けど…。
「ねぇ、鴇お兄ちゃん…?」
「あぁ。俺も嫌な予感がひしひしと感じる」
「だよね…」
取りあえず出発の時間だし、私達は車を避けて玄関へ向かうと、そこにはママと双子のお兄ちゃんと何故か金山さんが立っていた。
「鈴っ」
「鈴ちゃんっ」
双子のお兄ちゃんがこっちに気付いて駆けてきたので、私も鴇お兄ちゃんの腕から降ろして貰って、棗お兄ちゃんに真っ直ぐ抱き着く。
「お帰り」
「ただいまっ。棗お兄ちゃん」
「悪戯、楽しかったかい?」
「うんっ。葵お兄ちゃん」
思いっきり頷いていいものだったんだろうか、と頷いてから思うけどそれはまぁいいや。
「所で、誰かお客さん?」
「?、どうして?」
「どうしてって葵お兄ちゃん。だって、家の前にリムジンとか」
それ以外考えられない。そう思っていったのに、葵お兄ちゃんの考えはそれの遥か上空を越えて降ってきた。
「あぁ、違うよ。僕達が乗るんだよ。金山さんが用意してくれたんだ」
「へっ!?」
「ほら、僕達人数が人数だから、家の車だと無理があるだろう?でも鈴が電車は辛いだろうって事になって、じゃあバスのレンタル?みたいな話になったんだけど」
「そうしたら、金山さんが車を用意してくれるって言うから」
にしたってリムジンはなくね?
いや、多分乗り心地はいいと思うんだ。バスより話もしやすいとは思う。けど、田舎に行く車じゃないよね?
「皆様の道中の安全は私が御守り致しますっ!!」
金山さんの覚悟を決めた顔を見ると、あぁもう反論は無理だと思い知る。
なんでこうなったのか今一解らないけれど、でも、乗り心地はいいんだろうし。と謎な現実逃避で自分を納得させて、お兄ちゃん達の荷物をトランクに乗せたのを確認して車の中に乗り込む。
一番乗りで入ったけど、内装を見て固まってしまった。
およそ普通乗用車ではありえない革張りのソファがコの字型に配置されており、その中央には小さな円形のテーブル、更に赤いファーの絨毯。そして、私が立っているドアの付近。二段階段上った横にドリンク専用の冷蔵庫まである。
え?ちょっと何これ。金の無駄遣い。ありえない…。
しかも、私達仕様になってるのか、ソファーの上に庶民っぽい薄い座布団が置かれていた。
「鈴?」
後ろから棗お兄ちゃんに声をかけられてやっと我に返って、奥へと進む。
えーっと、一番最初に乗り込んだし、両サイドから詰めて行くだろうから、私は一番奥の座席の真ん中に行こうかな。
真ん中に座ると、両サイドに棗お兄ちゃんと葵お兄ちゃんが座る。
そして、右側の座席に、鴇お兄ちゃんと奏輔お兄ちゃんとママが。反対の左側の座席に透馬お兄ちゃんと大地お兄ちゃんが座った。
最後に乗った大地お兄ちゃんが座ると同時に扉は閉まり、車は動き出す。
棗お兄ちゃんの膝の上に越して窓の外を見ると、誠パパとお祖母ちゃんが手を振ってくれていた。
お祖母ちゃんは今回はお留守番で、誠パパは仕事の都合上後で合流になっている。流石に一か月近くも休めないからね。盆休みとかねて二週間休みをもぎ取る為に今頑張るんだって。そう言ってた。
車が動き出し、棗お兄ちゃんが私に座る様に促してきたので、大人しく座る。
それにしても、凄い。走ってる感がなにもない。振動も走行音もないんだもん。これってリムジン効果?それとも金山さんの運転が素晴らしいの?どっち?
うーん。場違いな気がして仕方ないんだけど…。皆は平気なのかな?
周りを見回して、私は気付いた。
場違いも何も、皆イケメン過ぎて、むしろ彼らの為にこの車はあるんじゃないの?位に違和感がなかった。
「……皆の無駄に長い足がなんか腹立つ」
ぼそりと言うと、それを聞いていた双子のお兄ちゃん達が声を上げて笑った。
「むむっ。なんで笑うのーっ?」
「ははっ、いや、だってっ」
「難しい顔してるから何考えてるのかと思えばっ、あははっ」
「三人で何話してるのー?」
大地お兄ちゃんが会話に参加してきたので、私は素直に今私が呟いた言葉を言うと、高校生組の四人が苦笑した。
なんで笑うのーっ?
悔しくて、抗議すると、今度は高校生組四人にもお腹抱えて笑われた。
「美鈴ー。もしかして、リムジンで場違いだって思ってるんでしょう?」
ママにニヤニヤ笑われて言われ、うっと言葉を失う。
「やっぱり。でもね。美鈴、よく考えてみなさい。私達の状況を」
「へ?」
「逃れようもなく『六人の美形男子を引き連れてる金持ちの女』の図よ。これ。しかも、美鈴はまだ子供だからいいけど」
「あー…」
「せめて誠さんがいれば、そんな事にはならないんだけど」
「だよねー」
ママと二人頷きつつ溜息をつくと、そんな私達に違う方面からため息が聞こえた。
「ほんま、自分の事は解らんもんやね」
「だよねー」
「逆もあるって考えがないんだから」
「佳織母さんと美鈴らしいと言えばらしいがな」
何を言ってるんだろう?
私とママが理解出来なくて首を傾げる。
「要するに、佳織母さんと鈴ちゃんも美人で可愛いって事だよ」
「僕達の方からしてみたら、『二人の美人を連れ歩けるステイタスを持った男』の図だよ?僕達は小学生だからいいけど、兄さん達は大変だね」
にこにこ。双子のお兄ちゃん達の言葉が私達より高校生組のお兄ちゃん達に刺さってるみたいです。
「ま、姫と一緒に過ごせるなら、周りの男共位捻り潰して見せるさ」
「確かにー。姫ちゃんと遊ぶ為ならそんなの屁でもないしー」
「本来なら夏休み言えばお姉達のパシリ。おかんと一緒に店の手伝い。そこから逃げられて、で、可愛いお姫さんといられる。他の男なんて全く気にならへんよ」
三人の宣言。それに鴇お兄ちゃんが呆れ顔して、ママがにこにこ笑ってる。
でもね。あのね。もうそろそろ聞いてもいいかなー?
「ねぇねぇ、お兄ちゃん達」
「ん?どした?」
「その『姫』って何?凄く恥ずかしいんだけど…」
「何?って美鈴ちゃんの事だけどー?」
「そ、それは何となく分かってるから。そうじゃなくて、何で姫呼びなの?」
「可愛くて可愛くて仕方ないから、やね」
皆で頷かないでー。恥ずかしくて、穴に埋まりたくなるからー。誰か穴を用意してー。出来れば地球の裏側まで直行出来るのが好ましいですー。
「美鈴。お前、顔真っ赤だぞ?」
「うぅぅ…」
「ホントだ。鈴、凄い可愛いっ」
「な、棗お兄ちゃんまで、揶揄うのー?」
「棗も皆も揶揄ってなんかいないよ。鈴ちゃんが可愛いのは事実だもの」
「葵お兄ちゃん…うぅーっ!お兄ちゃん達のバカーっ!」
座席を飛び降りて、ママに駆け寄り抱き着く。なんなの、この褒め殺しなんなのーっ!!中身はもう三十路過ぎてるのにーっ!!前世でも言われ慣れたセリフなのに、恥ずかし過ぎるーっ!!
「もう、貴方達は。私の娘が可愛いのは事実だけど、あんまりそうやって苛めないの」
くすくす笑ってるママが憎い。むむっ。こうなったらママも同じ目に合わせてやるっ!!
「お兄ちゃん達、ママだって綺麗だよねっ!?」
言うと全員が頷く。そして、口々にどこが綺麗だとか、こんな仕草がぐっとくるとか言い始める。
すると、ママの顔が…あれ?赤くなってない。なんでー?
マジマジと見詰めると、ママはふっとそれはそれは美しく笑みを浮かべて。
「美鈴。ある程度年を取るとね?賛辞で赤くなるなんて事はなくなるのよ。むしろ貪欲に求めるようになるからね」
わお。ママ、貫禄のある発言ありがとう。でも、なんか切ないわ。良く考えたら、前世の年齢を込みにするとママ六十歳近…いや、考えないでおこう。
「ほら、鈴。戻っておいでよ」
棗お兄ちゃんに呼ばれ、ママの貫禄を見せられて、私はとぼとぼと自分の座席へと戻った。
「そう言えば、前々から思ってたんだけど、なぁ、鴇」
「なんだ?」
多分私の事を思って透馬お兄ちゃんが会話を転換してくれた。
「どうして、姫に携帯やら防犯ブザーやら持たせないんだ?自衛の為にも持たせた方が安全じゃねぇ?」
「そう言われたらそうやね。この前みたいに男に狙われる可能性は他の女より高いやろうし」
「うんうん。それに姫ちゃんなら余裕で使いこなせるし問題ないよねー」
え?皆、何を言ってるの?
私は慌てて口を開く。
「待って待って。そんなのいらないよっ、私っ」
「どうして?」
「鈴ちゃんの安全の為には必要だと思うよ?」
双子のお兄ちゃん達もどうして?と首を傾げる。
「もし、お前が持ちたいなら俺が代わりに買ってくるぞ?美鈴」
鴇お兄ちゃんも頷く。
でも、私はどっちもいらない。欲しくない。あんな怖いもの。
「いらないっ。あんな怖いのいらないっ」
「怖い?鈴、どう言う事?」
「だって、携帯って盗聴され易いんだよっ!?防犯ブザーには隠しカメラ仕込まれやすいしっ!!家の鍵だってあってないようなものだもんっ!!」
私の発言に、皆の顔からさーっと血の気が引いた。
「ほらっ、怖いでしょっ!?」
どやっと胸を張って言うと、皆が真剣な顔で私を見た。
「あぁ、怖いな。美鈴…お前、それ、誰かにされた事があるのか?」
「あ…」
しまったっ!!
前世の事堂々と言ってどうするのよっ!!私ってバカっ!?
皆の目から逃れる様に視線を彷徨わせ、ついママを見ると、その口は『ばか』とはっきり言っていた。
うぅぅ…どうせ馬鹿だもん。
どうしよう、何とかして回避を…あぁっ!いい方法思いついたっ!
「そうっ。ママが昔された事があるって言ってたのっ!!」
『えっ!?』
一斉に驚く声が上がる。ママも驚いていた。
ふぃ~…何とかママに全部押し付けたぞー。
酷いって言われそうだけど、酷くないっ。助けてくれないママが悪いっ。
と勝手に責任転嫁してみる。ママの恨みがましい目が私に向くけど、あえて見なかった事にしました。合掌。
暫く質問攻めにあったママを放置して、私はこそこそとずっと気になっていた冷蔵庫を開ける事にした。
「何入ってるん?」
奏輔お兄ちゃんの声がしてから、背後に気配がある。
私を怖がらせないように、声を先にかけて近寄ってきたんだ。優しいなぁ。
それはさておき、中身だ。
ドリンク専用なのは分かってたけど、炭酸のジュースからお茶まで幅広く…牛乳とワイン…幅が両極端過ぎてちょっと驚く。
「美鈴ー。ママにコーヒー」
「缶コーヒーしかないよ?それでもいい?」
「仕方ないわよ。家じゃないしね。頂戴」
「はーい」
頷きつつ、缶コーヒーだしと思って、取り出してママにぽいっと投げる。
それを何気にする事なくキャッチしてるママを確認して、私は振り返って、私の後ろにしゃがんでいる奏輔お兄ちゃんを訊ねた。
「奏輔お兄ちゃんは何か飲む?」
「そやなぁ…。ホンマは酒って言いたい所やけど。茶にしとくか」
未成年の飲酒は違法ですよ、お兄ちゃん。
ひょいっと後ろから手が伸びてきて、ウーロン茶、スポーツドリンク、炭酸ジュースのペットボトルを各一本ずつ取り出した。
あ、お兄ちゃん達の分か。
じゃあ、私も。鴇お兄ちゃんには缶コーヒーのブラック、葵お兄ちゃんにはプレーンティー、棗お兄ちゃんにはレモンティー、私にはミルクティーのボトルを各一本ずつ取り出して席に戻った。
お兄ちゃん達に飲み物を渡し、暫く皆で雑談を繰り広げる。
なんだかんだで車は順調に進み、日が昇った時に出発して、日暮れ間際になってようやく今日泊まるホテルへと到着した。
「って言うか、ホテルに泊まるって聞いてないんだけど」
「言ってないからね」
「そこは言って欲しかったよ、ママ」
「だって、どうせなら旅行を楽しみたいじゃない?」
「この人数のお金どっから出てるの?」
私の発言に皆がママに視線を集める。
だってホテルに必要な荷物だけ持ってチェックインしたんだけど。ここ結構立派なホテルよ?
因みに八人全員同じ部屋です。かなり広い部屋なんです。部屋に入って直ぐにまたドアがあってそこを開けるとリビングみたいな部屋がある。中央にテーブルにそれを囲む様にソファが四つ。そこから少し離れた所に畳が置かれた場所があり、テラスの方にはまたテーブルと籐で出来た椅子が二つ向かい合う形で置かれている。
そして、部屋の四か所にドアがあり、三か所はベッドルーム。残り一か所はトイレとお風呂。どこもかしこも立派な、高そうなホテルである。
本当に、このお金どっから出たの?
不安に思って訊ねると、ママはけろっと言った。
「順一朗お義父様から」
「あ、ならいいや。じゃんじゃん使おう」
「だな。気にする事なかったな」
「鈴、どの部屋使う?」
「棗、独り占めは許さないからねっ」
お祖父ちゃんからのお金なら気兼ねしない。容赦しない。でもきっとせしめてるのはお祖母ちゃんであろうと思う。復讐継続中。
私達が気にしないでいるから、透馬お兄ちゃん達も気にしない事にしたらしい。
結果部屋割りは、私と棗お兄ちゃん、葵お兄ちゃん、ママで一部屋。鴇お兄ちゃんと大地お兄ちゃんで一部屋。透馬お兄ちゃんと奏輔お兄ちゃんで一部屋になった。
各部屋ベッドは二つずつ。エキストラベッドを入れたら三つになるんだろうけど、かなり大きいベッドだし、私達子供組は同じベッドで寝るから何の問題もなかったりする。
とりあえず部屋に荷物を置いて、リビングに戻る。
「で、ママ。これからどうするの?今日はもう自由行動?」
「そうね。金山さんを休ませてあげたいし、そうしましょう」
「じゃ、じゃあ、このホテルの下にあるショッピングモール、行ってきてもいいっ?」
実はずっと気になっていた。このホテルはショッピングモールと一体になっていて、ある時間帯からホテルに泊まる客だけが回れるようになっている。
だから、男の人も結構少なくなってきているだろうし、こういう場所の店員さんは女性が多いし。
期待に目を輝かせて、ママに言うとママは頷いてくれた。
わーいっ!!両手を上げて喜ぶと。
「ただし、持って行きなさい」
そう言って差し出されたお兄ちゃん達。表現が…。ママ、表現がまるで道具のような…。
「…とにかく、行くか…」
あれ?でもママ一人残ってて大丈夫かな?
不安に思って言うと、
「お任せくださいっ。お嬢様っ、お坊ちゃまっ」
金山さんが呼んでもいないのに出て来たので大丈夫だと確信して、私達は買い物に向かった。

ショッピングモールの買い物は楽しかった。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんへのお土産を買いつつ、洋服を見たり。
しかし、服を見ていた時、私はゲームの事を思い出せずにはいられなかった。
変な瞬間にフィルターが外れるもんだよねー。
この乙女ゲームにはおしゃれシステムってのがある。
彼の好みの恰好をして、デートでの好感度を上げるって奴ね。デートの約束の日、前日にクローゼットを開く演出がされて、一杯現れる服の中から彼好みの服をチョイスして旨い事組み合わせる必要がある。
まぁ、ミニゲームの一種と言っても良い。
それで、上手に組み合わせると、BS(ボーイッシュスタイル)RS(ラブリースタイル)SS(セクシースタイル)CS(クラシックスタイル) KS(クラールスタイル)の五つの内どれか一つに分類されて、それが彼の好みと一致すれば彼の好感度が大幅に上昇するのだ。
…とまぁ、それはいいとして。要するに男の子にだって女の子にして欲しい好みの恰好があるわけだ。
そこでさっきのブティックで服を見ていた時の話に戻るんだけど。
私の服について暫く口論になった。

鴇お兄ちゃんのゲーム内での好みのスタイルは、KS(クラールスタイル)。所謂清楚系の格好だ。で私に勧めてきたのは白のシャツワンピース。
透馬お兄ちゃんのゲーム内での好みのスタイルは、RS(ラブリースタイル)。フリルたっぷりなぶりっ子系の恰好。私に勧めてきたのはピンクのフリル付きミニスカート。
大地お兄ちゃんのゲーム内での好みのスタイルは、BS(ボーイッシュスタイル)。動きやすい体育系の恰好。私に勧めてきたのは、デニムのショートパンツ。
奏輔お兄ちゃんのゲーム内での好みのスタイルは、SS(セクシースタイル)。お色気系の肌露出の高い恰好。私に勧めてきたのはタイト系のダメージデニムのミニスカート。

で、それはもう大変な口論になりました。
どれが似合うか、で。誰のを採用するか、で。
店員さんが口を挟もうにも挟めない程の口論でした。
それからどうなったかと言うと、皆がそれぞれで買ってプレゼントしてくれた。
その時はそれで終了したんだけど、その後。
ついでに水着を買おうって話になって、そこでも争いが勃発。
こればっかりは何着もある必要がないからと、私に似合うのはどれだと皆真剣に話し合う。
私の水着の話なのに、私が蚊帳の外ってどゆこと?
しかも、今回は服の時傍観していた双子のお兄ちゃんも参戦した。
双子のお兄ちゃん達はやっぱり兄弟だからか鴇お兄ちゃんと好みはKSで一緒だったりします。
ふと、さっきの店での言い争いを思い出す。

「どう考えてもこのホルターネックの水着やろっ」
「六歳の姫ちゃんに黒はないでしょー。ここは普通に競泳系の水着にしとこうよー」
「競泳ってそれはない。それこそ六歳でそれだとただのスクール水着だろ。姫にはこっちだって。このピンクのパンツ型ビキニ」
「なんでお前ら六歳児にビキニ押しなんだよ。普通に白のワンピース型でいいだろ」
「え?鴇兄さん。こっちのひまわり柄ワンピも良くない?」
「いやいや。棗。こっちの黄色のストライプワンピも可愛いよ?」
「いや、これやろっ」
「これだってー」
「いや絶対これだって」
「駄目だ。これが一番良い」
「でも、鴇兄さん。こっちの方が鈴らしいよ」
「何言ってるの、棗。こっちだってっ」

などなど。
分かりますか?私のこの持て余された暇な時間。
だって誰も私の意見聞いてくれないんだもん。
あ、因みに水着の勝負に勝ったのは、鴇お兄ちゃんです。意外にも鴇お兄ちゃん全力で戦って勝利してた。
そこまで全力になる必要あるのかな?
こっそり鴇お兄ちゃんに聞いてみたら、

「佳織母さんが、絶対に勝てって言うからな」

と携帯のメール画面を見せてくれた。
確かに、白のワンピで押し通せって書いてある。ママもこっそり参加してたみたいです。
意見としては多数決に敵わないらしいです。でも私としては正直奏輔お兄ちゃんのホルターネックビキニに決まらなくてほっとしております。
なんて皆で全力で買い物を楽しんで、小休憩を込みでフードコートに来ていた。
しかし、ここでもやっぱり美形結界ってあるんだなー。
透馬お兄ちゃん達が増えた事により強化されてる気がする。
歩いてると皆、蜘蛛の子散らす勢いで遠ざかっていく。
そんなの慣れっことまるで無視を決め込み、お兄ちゃん達はフードコートの真ん中で足を止めた。
「姫、何食べたい?」
「アイスーっ!」
はいはーいっ!元気よく手を上げる。
透馬お兄ちゃんが頷いて、大地お兄ちゃんと奏輔お兄ちゃんに目配せする。すると、私達家族を残して3人は他の店に向かった。
何か他の食料をを買いに行ったみたい。アイコンタクトで手分け出来るって凄いよね。
「アイスはー…あっちだねっ。鈴、行こうっ」
「鈴ちゃん、はい、手を繋ごうっ」
「うんっ」
双子のお兄ちゃんと手を繋いで、3人でちょっと早足でアイスクリーム専門店の前に立つ。
「うわぁ、うわぁっ。一杯あるーっ」
どれにしようっ!?
ショーケースに並ぶ、色とりどりのアイスに私は興奮してしまう。
「どれにするの?鈴ちゃん」
「えっと、えーっとね…」
「迷ってるの?鈴」
迷わない訳がないっ!
出先でアイス食べるの事体、殆ど経験ないのに、専門店でしかも自分で選べるんだよっ!?
もう一度言う。迷わない訳がないっ!
ショーケースに張り付いて中を見定めていると、葵お兄ちゃんが私の頭を撫でて微笑んだ。
「何と何で迷ってるの?」
「クッキー&チョコとミックスベリーとシトラスブレンド」
「なんだ。だったら僕達がその内の2つ買えば、3つ楽しめるよ。3人で分けっこしよう」
「いいのっ?」
「勿論っ」
わーいっ!!
両手上げて喜ぶ。どんだけ幼児返りしてるの私。でも、嬉しいものは仕方ないかっ!
そんな私達の姿を店員さんが微笑ましそうに眺めている。
「って事で悪いんだけど、今言った三種類貰えるか?」
鴇お兄ちゃんが言うと、店員のお姉さんは顔を真っ赤にして必死に頷く。
イケメンは罪なのさ~、なんて心の中で歌ってみたり。
手早く用意してくれたアイスを鴇お兄ちゃんが受け取って私にくれる。
この店専用のカップに青いスプーンが刺さってる。にしても、ちょっと量多くね?
そっと店員さんを見ると、顔を真っ赤にしつつ只管盛ってるから、きっとサービスなんだろうな。イケメン効果の。
葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんもアイスを受け取り、鴇お兄ちゃんが会計を終えると、その場を離れた。
「はー…美形一家ってあるんだねー…」
「あぁなるともう観賞用だよねー…」
なんて、店員さん達が話していたらしいけど、目の前のアイスに浮かれていた私には届かなかった。
先に買い出しを終えて待っていた透馬お兄ちゃん達と合流して、窓際の六人掛けのテーブルにつく。
長方形のテーブルで長椅子と椅子三つが向かい合って置かれている。私達は子供だから、長椅子の方に詰めて座れば、四人座れるから六人掛けで十分。
席につくと早速透馬お兄ちゃん達が買ってきた戦利品をテーブルに並べ始めた。
「わっわっ、たこ焼きだっ。フライドポテトっ、ピザもあるっ」
凄い凄いっ!
見てるだけでもテンション上がるっ!!
「ははっ、姫。好きなの食べていいぞ」
「うんうん。なんなら食べさせてやるで?」
「姫ちゃん、何にするー?」
好きなの食べていいんだってっ!!どうしよ、どうしよっ!!何食べようっ!!
ワクワクしながら選んでいると、
「鈴。先にアイス食べないと溶けちゃうよ?」
と棗お兄ちゃんに言われさっき買って貰ったアイスを思い出す。
私が持ってるのはミックスベリーのアイスだ。三種類のベリーが混ぜられてるらしい。
「いただきます」
ちゃんと挨拶してから一口、口に含む。
「んんんーっ!!美味しいーっ!!」
幸せ、幸せーっ!!
「良かったね、鈴」
「鈴ちゃん、可愛い」
二口、三口。私が食べてると、目の前に座る透馬お兄ちゃん達がおもむろにカメラを取り出して、…?
カシャカシャ音がするから、写真を撮ってるんだろうなぁ。…って誰のっ!?
「あのー…お兄ちゃん達?それ…」
「悪用はしないからっ!!写真だけは許してくれっ!!」
透馬お兄ちゃんがどえらい迫力で言うから、私は怖くて棗お兄ちゃんに抱き着く。
「大丈夫だよ、鈴。この人達はただのバカだから」
「そうそう。悪用なんて出来る訳ないよ。ただ、見せびらかしたいだけだろうし」
「くくっ。言われてんぞ、お前ら」
鴇お兄ちゃんが楽しそうに、馬鹿にして…じゃなくて笑ってる。
携帯のカメラじゃなくて、ちゃんとしたカメラだからまぁ大丈夫かな。
本当はそんなに写真は好きじゃない。だって、悪用されやすいじゃない?当人達の意志でなくてもどこからか何かしらゲットした連中が悪用するんだよね…。
…どうにか写真を撮る手を止められないだろうか…。
あ、そうだっ!!
私はスプーンでアイスを掬って、透馬お兄ちゃんの前に差し出した。
「透馬お兄ちゃん、はい、あーんして?」
「ひ、姫…?」
「カメラ置いて、あーん?」
にこにこ。透馬お兄ちゃんは早かった。鞄の中にカメラをしまい、素直にそれを口にする。
「美味しい?」
「……泣けるほどっ」
え?そんなにっ?
思わず一口食べて首を捻る。そんなに美味しいかな?
いや、美味しいよ?私も幸せ感じる位美味しかったし。でも泣くほど?
…試してみよう。
アイスを掬って、大地お兄ちゃんの前に差し出す。
「大地お兄ちゃん、あーん」
「あーん」
躊躇いなしっ。
大地お兄ちゃんはカメラを仕舞い、直ぐにぱくり。
「美味しい?」
「うん。美味しいよー」
あ、だよね。にこにこと微笑むくらいだよね。
うんうん。私ももう一口食べて納得する。でも、まだ一票ずつ。
確認の為に、奏輔お兄ちゃんにも掬って差し出す。
「奏輔お兄ちゃんも、あーん?」
「ん。おおきに。お姫さん」
パクリ。奏輔お兄ちゃんも抵抗なし。奏輔お兄ちゃんは既にカメラを仕舞っていた。
「美味しい?」
「めっちゃうまい。お姫さん、もう一口頂戴?」
「うん」
掬ってもう一回差し出す。すると嬉しそうに、奏輔お兄ちゃんはそれを口に含んだ。
結局、透馬お兄ちゃんが一番アイスが好きだったってそう言う事なのかな?
「鈴。自分の分なくなっちゃうよ?」
「そうそう。それにこっちも食べるんでしょう?鈴ちゃん。はい、あーん」
わーいっ!アイスーっ!
ぱくっ。葵お兄ちゃんのはクッキー&チョコだ。うまうま。にこにこ。
「はい、鈴。僕の方も。あーん」
次は棗お兄ちゃんの。あーん。素直に口に含む。シトラスうまうま。にこにこにこ。
「満面の笑みだな。美鈴」
鴇お兄ちゃんが言う。こんだけ笑顔で喜んでたらそう言われても仕方ないよね。
「けどな、美鈴?ホテル戻ったら晩飯が待ってるって忘れるなよ?」
「あ…」
「ちゃんと食わせるからな。おやつはほどほどにしておけよ」
「うぅー…」
釘刺された。でも、アイスはまだ半分残ってるし、でもでもっ、たこ焼き、フライドポテト、ドーナッツ、窯焼きピザー…。
しょんぼり。肩を落とし、じーっとテーブルに乗ってる美味しそうな物を見詰める。
「ほら、美鈴。そのアイス寄越せ。俺が残り食ってやるから」
えっ!?いいのっ!?
目をきらきらさせて鴇お兄ちゃんを見ると、苦笑して頷いてくれた。
いそいそとアイスを渡して、私はドーナッツに手を伸ばす。有名チェーン店のドーナッツっ。
「どれ食べたいん?」
「そのメープルのっ」
「これな。了解」
奏輔お兄ちゃんはドーナッツを四等分にして、その一欠片を私にくれた。
喜んで受け取って、口に含む。
美味しいっ、頬っぺた落ちそうっ!
両手で自分の頬をおおって顔を振る。
「はい、姫ちゃん。たこ焼き、食べるでしょー?」
つまようじに刺さったたこ焼きを大地お兄ちゃんがくれる。
素直に受け取って食べる。外カリ中トロで美味しいっ!
「こっちのピザも小さく切っといたぜ?食べるだろ?」
こくこくっ。必死に頷き、透馬お兄ちゃんの切ってくれたピザを受け取って一口食べる。
焼きたてうまうま。チーズもとろけてトマトも新鮮で美味しいっ!
フライドポテトを一本とって食べて、私は大変満足した。
これ以上食べると本当に、晩御飯食べれなくなる。
背もたれにもたれて、休むことにした。
お兄ちゃん達はがつがつと食べてる。…でも、あれだね。イケメンって食べ方も綺麗だよね。
あり得ない速さでテーブルの上が綺麗になっていくのに、なんだろう。
がっついてる感じがしないと言うかなんというか。
昔はこんな光景あり得なかったな。
食事なんて、一人が当り前で。会社とかで男の人に誘われて、誠実そうだと思ってた人ほど食事の後にホテルに連れ込もうとするし。
私の男を見る目がないんだなー、とか思って、なるべく距離を置こうとしたら今度は、お高くとまってんじゃねぇよとか言って集団で襲い掛かってくるし。
不公平だよねー。女ってだけでこんな目に合うんだから。
男は例え女に襲われてもさ。子供出来る訳じゃないし。痛い訳でもないし。
…なんかイライラして、落ち込んできた。
精神安定剤…。私は棗お兄ちゃんに抱き着く。
「鈴?どうかしたの?」
「なんでもないの。ちょっと嫌な事思い出しただけ」
ぎゅー。横から抱き着いてるから多分棗お兄ちゃんは動き辛いだろうに、全然気にした様子もなく私の頭を撫でてくれた。
「お兄ちゃん達は汚れないでね…」
色んな意味で。
小声で呟いたそれに気付いた人は誰も居なかった。
 フードコートで休憩した後、私達はまた暫く買い物を楽しんでホテルへ戻った。
バイキング形式の食事を済ませ、皆でホテル自慢の展望大浴場へ行く。男湯と女湯と隣り合った入口の前で立つ。
「それじゃ、皆、後でね」
「分かった。じゃ、行こう、葵」
「うん。了解。佳織母さん、鈴ちゃん。後でね」
「姫。六歳だったら、どっちに入っても文句言われねぇだろ?男湯来るか?」
「えっ!?」
「…透馬。お前チャレンジャーやな」
「オレはそんな、鴇に喧嘩売るような怖い事出来ないなー」
「………透馬。中でゆっくり話をしようか…」
「えっ!?ぶほっ!!」
透馬お兄ちゃんが鴇お兄ちゃんにアイアンクローをかまされて、男湯の中に消えてった。手を振って双子のお兄ちゃん達も中に入る。大地お兄ちゃんと奏輔お兄ちゃんは私達が入るのを見届けてから入るって言うから、私達はお言葉に甘えて、暗証番号を入力して――最近の女湯は防犯の為、暗証番号を入れないとドアが開かないみたい――中へ入った。
このホテルには各部屋に立派なお風呂が付いてる所為か、大浴場には誰もおらず貸切状態だった。手早く服を脱いでロッカーに入れてタオルで体を隠しながら鍵を閉める。二人で同じ場所を使用したからベルトの付いた腕時計のような鍵はママが腕に巻き付けた。
浴場へ入ると、そこは展望大浴場と言われるだけあり、ガラスの向こうには夜景が広がっていた。
「ほあ~…ママ、凄いね」
「そうね。昔の私達だったらこんな光景夢のまた夢だったわね」
「うんうん。ママ、背中流してあげる~」
「じゃあ、ママは美鈴の背中流してあげるからね~」
ほんわか。二人でにこにこ笑いながら背中を流し合って、体を洗って髪を洗うとタオルを頭に巻いて湯船に浸かる。
「綺麗ねぇ…」
「だねぇ…」
二人並んで夜景を眺める。本当に綺麗だなぁ…。

ドンガラガッシャーンッ!!
「あっぶねぇなっ!!大地っ!!」
「ご、ごめんーっ!まさか、石鹸が落ちてるなんて思わなくてーっ!!」
「うわっ!!こっち来んなっ!!転ぶなら一人で転ばんかいっ!!」
「奏輔さんっ、危ないですよっ!そっちは壁ですっ!!」
「あー、もう、大地の馬鹿はほっとけっ!!葵も馬鹿の相手はしなくていいっ!!」
「鴇兄さんっ!!あっちでこっそり女湯覗こうとしてる馬鹿がいるよっ!!」
ギャーギャーッ!!

私は静かに男湯と女湯を隔てる壁を見た。
「……台無しだねぇ」
「そうねぇ…」
隣の男湯は大層盛り上がってるようです。
平和と言えば平和だけど、とても恥ずかしいです。お兄ちゃん達。
女湯には誰もいないからいいとして、男湯も誰もいないことをママと二人真剣に祈った。
ゆっくりと広いお風呂を堪能して、私達は部屋に用意されていた浴衣を着て外へ出た。
廊下に出ると、お風呂で火照った体を冷ます心地よい風が流れていた。男湯の前にあるベンチでお兄ちゃん達が争い終えた戦士のようにぐったりとしている。
なんでそんなにぐったりなる程暴れたのよ…。
「男の子は馬鹿ねぇ」
ママの痛恨の一撃。でもそれに抗議する気力もなくなってるみたい。皆ハハッっと苦笑いで誤魔化している。
「待ってなさい。今、何か飲む物買ってきてあげるから」
そう言ってママは廊下の奥にある自販機スペースに歩いていった。
私はママがいなくなってちょっと不安になって鴇お兄ちゃんに近寄る。うわー…鴇お兄ちゃん、超ぐったり。
「大丈夫?鴇お兄ちゃん」
燃え尽きたボクサーみたいに前かがみで座っている鴇お兄ちゃんの頭を撫でる。
「…美鈴…。六歳のお前がこんなに大人しくしてるのに…この馬鹿共はっ」
珍しくぎゅっと鴇お兄ちゃんが抱き着いてきた。
「お疲れ。鴇お兄ちゃん」
同情するし、ちゃんと労ってあげるよ。なでなで。頭を撫でてあげた―――その時。

―――ゾワッ。

背中に一瞬身の毛がよだつ気持ち悪さ感じた。一気に鳥肌が立ち、慌てて辺りを見渡す。でも、そこにはお兄ちゃん達以外誰も居ない。
「美鈴?どうした?」
キョロキョロと何かありそうな場所を見詰めるけど、カメラとか悪寒を与えてきそうな物は置かれていない。
でも、あの背筋をぞわぞわさせる、舐めあげるような感覚は覚えがある。まるで―――ストーカーに見られてるような…。
「美鈴?おい、大丈夫か?顔が真っ青だぞ」
無意識に体が震えるほど、青ざめていたらしい。
「お、兄ちゃん、なんか、今…感じなかった?視線、みたいな…」
震える唇で必死に紡いだ言葉。それをお兄ちゃん達はちゃんと聞きとってくれたみたいで。
さっきまで燃え尽きてた姿が嘘みたいに、険しい表情で辺りをみやった。
「それらしいのは見当たらねぇけど」
「そ、そう…」
気のせいだったらそれに越した事はない。でも…。
「…美鈴。大丈夫だ。お前は俺達が守ってやるから。大丈夫」
「う、ん…鴇お兄ちゃん…」
怖い。ストーカーは前世の私の死因。これほど怖いものはない。
もしかして、また、ストーカーに目を付けられたんだろうか…。だとしたら、私はまた滅多刺しにされてしまうんだろうか。
そんなの嫌だ。今度こそ、ちゃんと老衰したい。
「鈴、…鈴。大丈夫。大丈夫だから」
「鈴ちゃん。僕達が傍にいるから」
二人が背中を撫でてくれる。その手が暖かくて。鴇お兄ちゃんが抱きしめてくれるその腕が暖かくて。私の中の恐怖は少し鳴りを潜めた。
ママが皆の分のドリンクを買って戻ってくると、私の顔色を見て慌てて皆で部屋に戻った。
早足で戻ってきた私達に驚いた金山さんに経緯を説明すると、怒気を含んだ笑顔で鍵をちゃんとかけるように鴇お兄ちゃん達に言いつけて部屋を出て行った。
部屋の中。念の為、私は盗聴器やカメラが仕込まれてそうな所をチェックした。
それらしきものは見つからない。金山さんが部屋にずっといたみたいだから、そんな事出来ないって事は解ってるんだけど…。
「美鈴。大丈夫よ。この部屋にはこんなに頼りになる人達がいるでしょう?」
「うん…。うん。そうだよね。お兄ちゃん達がいてくれるもんねっ」
例え誰かが不法侵入したって、カメラを仕込んでたって、お兄ちゃん達が助けてくれるはず…だよね?
ママに抱き着きつつ笑うと、ママも漸く安心したのか笑みを浮かべてくれた。
「さ、もう寝ましょう。大丈夫。棗と葵が一緒に寝てくれるんだから眠れるわよ。それに、美鈴が感じた視線。もしかしたら、美鈴じゃなくて鴇を見ていたのかもしれないし」
「え?で、でも、私、同性の視線は特に感じ取れないよ?」
「…鴇を見ていたのかもしれないしっ!!」
あ、ママの瞳が輝いた。拳をぐっと握って嬉しそう。
「……佳織母さん。マジで勘弁してくれ」
「鴇は同性にも人気があると思うのよっ!!勿論、大地君や奏輔君や透馬君も同性に掘られる…ごほごほっ、惚れられる可能性があるとおもうのっ!!」
「ママ、本音がだだ漏れよ」
そしてお兄ちゃん達が顔面蒼白で数歩引いてるんだけど。
「ごめんね。お兄ちゃん達。これ、引き取ってくから。お休み~」
「え?ちょっと、美鈴っ?これからママの壮大なストーリーを語ろうと」
「語らなくていいから。後で後悔するから。…誠パパが」
「えっ!?美鈴っ!?それどう言う意味っ!?」
問答無用でベッドルームに引き摺りこむ。ママが不満そうな顔をしていたけど、私は知ってる。
わざとふざけて、その場の空気を変えてくれたことに。まぁ、その内容があれだったから何とも仕様がないママだけど。
私達の後に葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんが部屋に入ってくる。
ベッドに潜り込むと、右側に葵お兄ちゃんが、左側に棗お兄ちゃんが潜り込んできた。
ぎゅっと棗お兄ちゃんが抱きしめてくれて、葵お兄ちゃんは手を繋いでくれる。ママは布団をきちんとかけてくれた。
「大丈夫。『今度こそ』守るわ。美鈴…」
額にキスが落とされる。
「ママ…。『お母さん』…大好き」
ママの愛情に涙が込み上げてくるけど、今ここで泣くのは違うから。だから、私は微笑みそっと瞳を閉じる。
「僕達も守るよ。鈴」
「絶対に守るよ。鈴ちゃん」
「ですって。美鈴。だから、安心して眠りなさい」
暖かくて優しいママの手が私を撫でる。その暖かさに誘われ、深い深い眠りへと落ちて行った。

翌日。目を覚ました私は驚いて、思考が停止した。
左右にいるお兄ちゃん達は一緒に寝たからいるのは当然でいいの。
問題はベッドの周りで、微笑ましそうに眺めている奏輔お兄ちゃんと、カメラを構えて必死にいいアングルを探そうとしている透馬お兄ちゃんと、あり得ないくらいガン見してくる大地お兄ちゃんと、そんな三人を射殺さんとする鋭い視線を飛ばしている鴇お兄ちゃんが立っていたから。
「お、お兄ちゃん達、おは、よう?」
なんでここにいるのかな?ってか、ママは?
視線を巡らすもののママはいない。
いや。そもそも今何時で、この状況はなんなの?
そして、六歳と言えど、女の寝起きを見るのはいかがなものか?
素直に恥ずかしいんだけど。こもこもと布団の中に潜ってしまう。
「ん…鈴…?どうかした…?」
「棗お兄ちゃん。ちょっと目を開けて、周り見て」
「んー…?」
目をゴシゴシして、棗お兄ちゃんは起き上がり、そして、
「うわっ!?」
声を上げた。ですよねー。そうなるよねー。
「んー…棗、鈴ちゃん…どうした、の?」
双子らしく、葵お兄ちゃんも目を擦って、起き上がり、
「って、うわっ!?何、この状況っ!?」
驚いた。ですよねー。やっぱり、そうなるよねー。
「はー…癒されるなぁー。可愛い子達の寝姿って最高の癒し効果があるよねー」
「だよな。七海に渡されたカメラだけど、返したくねぇな」
「お前ら余裕やなー。俺は今後ろが怖くて振り向けんわー」
三人が好き勝手に言っている。そりゃね。あの鴇お兄ちゃんの目を見るとねー。だから、三人はあえて私達をじーっと見てるんだよね。
「…はぁ。ほんっとにこいつらは…。美鈴、葵、棗。そろそろ時間だ。起きろ」
「え、う、うんっ」
「佳織母さんは金山さんと朝食を買いに行ってる」
「ここで食べないの?」
「買って車で食うってさ。だから、ほら。起きて準備しろ」
「んっ。分かった」
今度こそちゃんと私は起き上がると、鴇お兄ちゃんは頷いて、透馬お兄ちゃん達を叩き出して部屋を出て行った。
私達は急いで着替えて荷造りをした。そんなに荷物持って来てなかったし、お土産とかは金山さんがもう運んでくれてたみたいだから、私は、自分の荷物とママの荷物を片付けるだけでいい。
荷物はOK。着替えもOK。問題はこの跳ね上がる髪。どうして、こう変な方向に跳ねるのー…。
「ほらほら、鈴ちゃん。落ち込んでないで。直してあげるからおいで」
「うん。ありがとう葵お兄ちゃん」
「ふふっ。今日も盛大に跳ねてるね」
「笑わないでよー。棗お兄ちゃんのばかー」
「ごめんごめん」
目の前で鏡を持っている棗お兄ちゃんにむくれると、棗お兄ちゃんは楽しそうに笑いながら謝る。
絶対謝ってないよ。もー。
でも、私もなんか面白くなってくすくすと笑ってしまう。
葵お兄ちゃんも釣られて笑い、三人で笑い合った。
「でも、こうも寝癖が酷いならやっぱり髪伸ばそうかなー。ロングってした事ないんだけど、似合うかな?」
「鈴ちゃんならどんな髪形でも可愛いよ」
「うん。きっと似合うよ」
うっ…。美少年の笑顔って破壊力抜群だよね。
そんな風に言われると、いっつも寝癖直してもらうの悪いなー、でも自分で直せないしなー、昔から髪伸ばせば寝癖が付き辛いって言うじゃない?だから伸ばそうかなーって邪な事を考えていたのが心苦しくなる。
「鈴?」
「な、なんでもない」
「はい。直ったよ。鈴ちゃん」
「ありがとう、葵お兄ちゃん」
今日はポニーテール。日に日に葵お兄ちゃんのヘアアレンジの腕が上がっていっている。ごめんね、葵お兄ちゃん。私が不器用なばっかりに…。
戻ってきたママが皆を呼んで、ホテルをチェックアウト。
金山さんがまわしてくれた車に乗り込んで、朝食を済ませつつ私達はパパとママの実家へと向かった。
 
結構な田舎にあるお祖父ちゃん達の家。むしろ山の中と言った方が正しいのかもしれない。周りは山に囲まれた小さな村。もう隔離された場所だよね。
そして、そんな場所にあるから道も舗装されてなくて砂利道だから、流石の金山さんも振動のないスムーズな運転が出来なくなったのか、揺れが激しくなった。
私の体は軽いから跳ねる跳ねる。
何度か、葵お兄ちゃんと棗お兄ちゃんの膝の上にダイブしてしまう。でも、これ結構楽しい。ついついお兄ちゃん達に捕まってはしゃいでしまった。にしても凄い細い砂利道をこの車体の長いリムジンで走るんだから金山さんって凄いよね。
かなりの時間ガタゴト揺らされて、やっとお祖父ちゃんの家に到着した。
「父さん、母さん、ただいまー」
車から降りて、躊躇いも何もなく、玄関をがらっと開ける。
お祖父ちゃんの家はこの村随一の土地持ちで、純和風の日本家屋。しかもデカい。
誰もが一度入るのを躊躇うのだけれど、そこで育ったママには通用しない。
「おおー。帰ったか。佳織」
「お帰りなさい。佳織ちゃん」
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが奥から顔を出して、ママの姿を確認すると、嬉しそうに出迎えてくれた。
「ただいまー。お祖父ちゃん、お祖母ちゃん」
「おおー。美鈴。おっきくなったなー」
「あんまり変わってないよー?」
「いやいや。増々可愛くなったぞー」
…デレデレだね。お祖父ちゃんはほんっと私に甘いから。もう、孫馬鹿のトップクラス。
ママ曰く。私が生まれた時からそうだったって。ママにも激甘らしいから、尚更なんだって。因みにパパには厳しかったらしいよ?
そんな姿見た事がないから解らないけど。お祖父ちゃん曰く、男は逞しく、女は愛らしく育てるのがモットーなんだそうだ。それって、男はタコ殴り、女は激甘ってのと同義語ではないと思うんだ。
お祖父ちゃんとニコニコ会話していると、ママが割り込んできた。
「孫を溺愛してる最中に悪いんだけど。父さん、母さん。息子達、紹介していい?」
「お、おおー。そうだったそうだった」
「鴇、葵、棗。おいで」
ママに手招きされて、お兄ちゃん達が私の後ろに立った。
そんなお兄ちゃん達を見て、お祖父ちゃんが止まった。お祖母ちゃんも驚いている。
「初めまして。鴇です」
「葵です。初めまして」
「棗です。よろしくお願いします」
皆の営業スマイル。そして一礼。
「まぁまぁまぁっ。皆綺麗な顔してるのねぇっ」
「ありがとうございます」
鴇お兄ちゃんがお祖母ちゃんの言葉ににっこりとお礼を言う。
あれかな?良い印象をつけようとしてるのかな?鴇お兄ちゃんにしては珍しく緊張してるみたいだし。
「ふむ…」
ん?お祖父ちゃん?何、険しい顔して…って、あっ!?

―――ヒュンッ!

お祖父ちゃんが突然、着ていた袴の胸元から何かを取り出しこちらへ投げつけた。
びっくりしつつも、鴇お兄ちゃんがそれを咄嗟に掴みとり逆にお祖父ちゃんに投げ返した。

「ふおっ!?」

お祖父ちゃんがびっくりしつつもそれを回避した。コロンと落ちた物を確認するとそれはどうやら小さな種芋みたいだった。
いきなり投げつけたら危ないと思うの。
「…お祖父ちゃん…?」
「父さん…?」
ギラリと私とママの目がお祖父ちゃんを睨み付ける。
「あなた…?」
お祖母ちゃんの目も追加され、お祖父ちゃんは自主的に正座した。
「そ、そのな?佳織と美鈴を守るにはそれなりのな?力が必要かな?と思ってだな?」
ダラダラと冷汗を流しつつ言い訳するお祖父ちゃんに、私達女性陣は冷めた視線を送る。
そんなお祖父ちゃんに助け舟を出したのは、狙われた鴇お兄ちゃんだった。
「まぁまぁ。佳織母さん落ち着け。美鈴も」
「だって、鴇お兄ちゃん」
「俺は大丈夫だし、つい投げ返しちまったからな。これでお相子だろ」
ぐりぐりと私の頭を撫でて鴇お兄ちゃんが笑うから、私達は渋々納得する。
それに歓喜したのは、勿論お祖父ちゃんで。
すぐさま鴇お兄ちゃんに走り寄り、その手を掴み振り回した。
「気に入ったっ!鴇だったなっ!!お前はいい子だっ!!」
「は、はぁ…どうも」
「あと、棗と葵だったなっ!!」
双子のお兄ちゃん達がお祖父ちゃんに抱き着かれ持ち上げられ、すりすりと頬ずりされている。
ぶっちゃけお祖父ちゃんの髭は固くて痛い。こう、口を囲む様に髭があるんだけどね。それが威厳を放ってカッコいいとは思うんだけど、以外と中身と相まって残念さを醸し出すんだよねー。
結局ママの親族は残念な人が多いと。そういうことです。
「柔道と空手をやっておるんだったなっ!!偉いっ!!男は強くなくてはなっ!!儂がしっかりきっかり面倒見てやるから安心しろっ!!」
「あ、ありがとうございます」
「う、嬉しいです」
…お兄ちゃん達ファイトっ!
あぁ、でも、お兄ちゃん達が助けを求めてる。
「お祖父ちゃんっ、私の大事なお兄ちゃん達、独り占めしちゃダメっ!!」
私はお祖父ちゃんの腕からお兄ちゃん達を奪い返す。
「鈴…」
「鈴ちゃん…」
助かったと顔にありありと書いてある。こんなお兄ちゃん達ホントに珍しい。
「さて。この人の大暴走も終わった事だし、皆いい加減中に入りなさいな。鴇ちゃんのお友達も後ろで待っているのでしょう?」
「そうね。皆、上がって頂戴」
ママが促して、漸く透馬お兄ちゃん達が顔を出した。
「お邪魔します」
「失礼しまーすー」
「お世話になります」
身長の大きいお兄ちゃん達が入ると、一気に手狭になる玄関。
私達は先に入った方がいいかも。お祖父ちゃんを先に中に追いやって、ママと二人先に靴を脱ぎ、中へ上がる。
「じゃあ、お邪魔します」
そう言って、鴇お兄ちゃんが靴を脱ごうとしたら、お祖母ちゃんがぺしっと鴇お兄ちゃんのおでこを叩いた。
「違うでしょ。鴇ちゃん」
「え…?」
「貴方達はもう私達の家族なんだから。『ただいま』でしょう?葵ちゃんも棗ちゃんもよ?」
三人はぽかんとお祖母ちゃんを見詰めている。
するとお祖母ちゃんは茶目っ気たっぷりに笑って、言葉を促す。
「た、ただいま。お祖母さん」
「違う違う。そうじゃないでしょ?ね?」
鴇お兄ちゃんが躊躇う。そして一瞬視線を彷徨わせ、納得したように笑って。
「ただいま。祖母ちゃん」
「はい。よろしい。お帰りなさい。鴇ちゃん」
お祖母ちゃんが嬉しそうに微笑み、鴇お兄ちゃんもそれに釣られて微笑んだ。
「じゃあ、僕達も。ただいま、お祖母ちゃん」
「はい。お帰り。葵ちゃんの方かしら?」
「うん。そうだよ。で、僕が棗。目の色で判断してね、お祖母ちゃん。ただいま」
「あらまぁ。双子なのに目の色が違うのねぇ。分かったわ。棗ちゃん。お帰りなさい」
私とママは二人並んで、ほのぼのとお兄ちゃん達が受け入れられる光景を眺めていた。

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