上 下
16 / 19

第十六話 肝試し

しおりを挟む


「ここは…」

「聞いたことあるか?とある資産家の一家バラバラ殺人事件、それが起きたのがこの屋敷だ」

「は…はぁ!?」

厳かな門扉の前に立つ千紘と市井と無理やり連れてこられたオレ
長く手入れされていない草木は伸びたい放題で、蔓も至るところに外壁を囲っている

「土地が広いんだけど物騒な事件だったからしばらく放置されてたんだ~。けど今度ここにマンションが建つんだって。最後に見ておこうと思って」

「俺達の隠れ家また一つ減るなぁ」

しみじみとした顔で二人は屋敷の佇まいを眺める
オレはそれを聞いて気が気じゃないと、額に汗を滲ませた

「…なん…まさか…入ったりしないよな…!?」

後退りをしたところで市井に腕を掴まれる
オレはしまったと言わんばかりの焦りようで、無様に足をつまずき思い切り市井の方に倒れ込んでしまった

「ぅっ…わ!」

まるで王子様のように安易に受け止める市井は、微笑みながらある提案をしてきた

「肝試ししよっか?泣かなかったら今後一切マツリちゃんに付き纏うのやめるよ」

「…ッ!!」

死ぬほど入りたくはないが、死ぬほど渇望していた自由の身
泣くだなんて、男のオレがするワケがない
ただの廃屋だ。殺人が起きただなんてのも嘘かもしれない

「…約束…ですからね…」

「その代わり、泣いたり助けを求めたりしたら、いい加減諦めて俺達の言うこと素直に聞けよ」

千紘が笑いながら頭を撫でつける
それを振り払いオレはキツく二人に睨みつけた

「絶対そんなことしない!さっさと入るぞ!」

「…ん?何言ってんだ?一人で行くんだよ」

「な…!?」

「この家の地下室に、俺達の大事な宝物置いてきてるんだよね。それ取ってきたら解放してあげるよ」

「そんな…」

「何だ、怖いのか?やめるか?」

二人がからかうようにオレを見下ろす
完全に萎縮していた気持ちを奮い立たせ、オレは頭を振る

「怖くなんかない!行けば良いんだろ!」

怖じ気付く足を廃屋へと向ける
二人はニヤニヤとした嫌らしい顔で手を振ってオレを見送った

「あぁ、そうだ中に入ったらこの前貸した衣装に着替えろよ。着てなかったら約束は無しだからな」

「はぁ!?何でだよ!」

「えー?だって楽しいから」

オレは目を見開いた
フルフルと怒りで戦慄く拳を握り締め、この外道!と叫んで廃屋の中に一人進んでいく



.



重厚な扉に手を掛けると、鍵が掛かっていないその扉はいとも簡単に開いた

「………ッ…」

中を覗くと、古く使われていないアンティークな家具が出迎え、そこからまた重苦しい空気が漂い、冷や汗と共に生唾を呑み込む

「…なんで…っ…こんなこと…!」

玄関に上がるなり、学生鞄を床に投げ捨て中に乱雑に仕舞われたアニメキャラのコスプレ衣装を取り出す

「……はぁッ…うぅ…!」

ぎこちない手付きで、その衣装に袖を通した
もう何度も着慣れたモノだというのに、まるで初めて着たかのようにもたつき身体が言うことを聞かない

キラキラのヒロインの衣装、パステルカラーの色彩に、この廃屋は何とも似つかわしくなかった

「…あぁもうっ!クソ!」

やっとのことその衣装に着替えると、オレは恐る恐る辺りを見渡す
高そうなインテリアが並ぶ中、廃屋に相応しい蜘蛛の巣やホコリが充満していた

何度か出入りがあったのか、フローリングの床は行き来した足跡が残されている

「一体…どこに…」

まだ日も暮れていない時間だというのに、部屋の中は勿論電気が通っておらず薄暗い

今にも出てきそうな雰囲気に、背中まで汗が滲み始める

「この足跡…辿って行けば良いのか…?」

頼りになるのはフローリングの床に同じところを何度も通った形跡のある足跡
長い廊下に一直線に伸び、突き当りの角を曲がっている

「……うぅ…帰りたい…」

床の軋む音が耳に不快感を残しながら、あらゆる思想が駆け巡る
自然と頭に浮かぶ童謡のメロディーを頭で奏でながら口ずさむ

「お化けなんてないさ…お化けなんて…」

しかし全く気が紛れる事は無く、余計に恐怖を募らせてしまい逆効果になって足が竦んでしまう

「……もうムリだ…これ以上は…」

廊下を少し進んだところにある洋室から覗き見える光景に背筋が凍った
床に広く敷かれたカーペット。そこには黒い何かがぶちまかれたように、カーペット全体を汚していた

「……ヒッ!」

その瞬間、廊下の突き当りの奥からギシッと物音がした
黒い影が、こちらを見つめる

「…ッ…は…ぁ!?…あぁ!うわぁあああ!!!」

僕は半狂乱になり無我夢中でその場から駆け出した
玄関の扉に辿り着き、乱暴にドアノブに手を掛けガチャガチャと捻るが、その扉はウンともしない

「ハァ!!なんで!?開かない!!」

ドンドンと扉を強引に叩き泣き叫ぶ
開けて開けてと懇願しながら顔をグチャグチャに汚しまるで一体化してしまうんじゃないかと思うほど扉にへばりついた

トンと、何かが肩に触れる
僕は全身から力が失われるように腰を抜かしその場にへたり込んでしまう

「…ゔッ!ア"!許して…!!」

頭を抱えて小さな身体を更に小さく丸め縮みこむ
また何かが次は頭に触れ、ビクリと全身が震えた

「助けて!!」

「マツリちゃん、お疲れさま」

後ろから投げかけられた声は聞き覚えがあった
いつもなら憎くて恨めしくてたまらないその声に、僕は決壊した涙を溢れさせ振り返る

「ぅ…あ…!…あ"ぁ…っ」

ボロボロと泣くのが止まらない
後ろに立つ二人の顔を見て安心してしまうなんて、どうかしている
しかしそんなこと気にしていられないほど僕は恐怖に負けてしまっていた

「ちょっとやりすぎたか?おい、大丈夫か?」

千紘が僕の腕を掴み軽々と持ち上げる
それに身を任せて僕は思い切り千紘に抱きついた

「もうっ無理ですっ…!…ここ…なんかいるっ…!ウチに帰りたいぃ…ッ」

わんわんと泣きついて千紘の制服が汚れることなんて気にせず顔を埋めて、許してくださいと泣きついた

そんな様子を見て二人は、ニコリと笑顔を見せる

「やっぱ肝試し系の動画、あのビビリようは素だったんだな」

「まさかここまで泣いちゃうなんてちょっと可哀想なことしちゃったね」

千紘と市井のやり取りは、泣きじゃくりしゃくりあげる戸祭には聞こえていなかった
それどころか別人のように縋り付いて千紘に抱きついている様子に、当の本人達は満足げである

しかし千紘は無慈悲にも、そんな戸祭にまた酷ともいえる安直な嘘を付く

「おい、泣いてる所悪いんだが俺達ここに閉じ込められたんだぞ」

「…ふぇ…ゥグッ…ゔぅ~」

「そうやって泣いてるとマツリちゃんの怖がってるに目付けられちゃうよ」

「……ッ…う…」

市井が優しく頭を撫でる
いつもならその手を振り払って文句の一つでも言うところなのに、今は安心感を得てしまう

「よしよし、俺達が側にいるからね」

「あぁ、増えてるけどな、お前の後ろに…」

「……ヒッ!?」

千紘がわざとらしく冗談を言う
真に受けた戸祭は顔を青ざめてガタガタと全身を震わせた

「マツリちゃん」

「……んっ」

呼ばれた方向に目を向けると、市井が僕の唇にキスを落とす
こんな状況で一体何を…と頭で思いつつも、目を見開き硬直することしか出来ない

「…な…なん…」

チュ、チュ、と頬や耳や頭にバードキスをしてくる市井に、涙が引き張り詰めた緊張の糸がほつれる

「こうやってエッチなことしてると、幽霊って寄って来ないんだよ?マツリちゃんのエッチな姿、たくさん見せつけようね」

一見バカげだ提案に聞こえるが、パニックを起こした今の僕には藁にも縋る想いでこの恐怖を振り払いたかったので、考え無しにコクコクと頭を上下させてしまった
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

蒼い海 ~女装男子の冒険~

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:1,320pt お気に入り:37

ジャンクフードと俺物語

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:1,407pt お気に入り:3

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:200,349pt お気に入り:12,255

運命の番(同性)と婚約者がバチバチにやりあっています

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,358pt お気に入り:30

女装転移者と巻き込まれバツイチの日記。

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:376pt お気に入り:24

すきにして

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:1,363pt お気に入り:0

百色学園高等部

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:644

処理中です...